2017年1月29日「あなたは何をしているのか」T列王記19:1〜21

序−多くの人が、困難や問題に出会って、倦み疲れ、意気消沈し、燃え尽きます。心傷付き、恐れ、悩み、心身が病気になることもあります。実は、神様に用いられた聖書に登場する人たちも、同じようになっています。ぜひ、その様子を学び、癒しや回復、助けや導きを受けたいものです。

T−燃え尽きて後で−1〜4
 預言者エリヤは、バアルとアシェラの預言者850人と戦って勝利し、3年半旱魃で苦しんだ北イスラエルに雨を降らせました。18:19〜46。主なる神に用いられて偉大な仕事を成し遂げました。その光景を目撃したアハブ王は、王宮へ戻りました。ところが、アハブから事の顛末を聞いた王妃イゼベルは、ひるむどころか、激怒して、明日までにエリヤを殺すと脅して来たのです。1〜2節。邪悪なイゼベルには、通用しませんでした。
 この予想外のイゼベルの脅しを聞いたエリヤの反応に注目しましょう。3〜4節。恐れたのです。尋常ではない恐れ方です。北イスラエルから逃げ、南ユダ王国を過ぎて、その国境を越えたところまで逃げたというのです。もう生きる意欲も失ってしまいました。英雄エリヤのこんな惨めな姿は、まさに「人を恐れると罠にかかる」ということです。箴言29:25。
 いわゆるバーンナウト、燃え尽き症候群の姿のようです。エリヤは、頑強でも有能でもありません。私たちと同じ普通の人です。ヤコブ5:17。神様に拠り頼んで、やっただけです。しかし、あれだけ頑張ったのに報われなかったという思いでいっぱいになり、急速に気力が失せ、失望落胆して、うつ状態となってしまいました。今日も多くの人が、仕事や生活で頑張り、ストレスと戦い、プロジェクトや課題を成し遂げた後で燃え尽きてしまう体験をします。
 4節を見ると、あれほど主に拠り頼んでカルメル山で戦い、大勝利したエリヤが、今はあまりにも不安と混乱の中にいます。私の命を取ってくださいと言っていますが、なぜここまで逃げて来たのでしょうか。生きたいのか、死にたいのか、何をしたいのか、自分自身でも分からない混乱状態に陥っています。私たちも、自分で自分をどうしたいのか分からなくなる混乱状態になる時があります。しかし、複雑にするのは、仕事や生活の問題や人間関係という外的なものではなく、自分の心です。では、エリヤはどうしてこのように混乱しているのでしょうか。今エリヤは、主を見ているのでなく、イゼベルを見ていたからです。主の評価を聞くのでなく、人の評価、人の反応を聞いていたからです。主に聞き従うのでなく、肉の思いに従いました。
 エリヤは、「私は先祖たちにまさっていません」と言っていますが、これは、自分は先祖たちも優っていると思っていたということです。ケリテ川での養いとやもめの養いを通して、何もない所で神様に拠り頼むことを経験し、神様に祈りながらバアルの預言者たちとの戦いに臨みました。ところが、大勝利して、雨を降らした後、自分が頑張った、自分が戦った、自分がやったという思いが生じていたのです。それで、自分は先祖たちよりも優れている、神に仕える資格があると感じていたのです。でも、恐れ逃げ惑う今の自分はその資格がない、と思っているのです。
 本当に何も無く、本当に資格のない人は、落胆しません。エリヤが覚えておかなければならないことは、自分は普通の人であり、人より優れてもいないけれども、主に信頼して、主に用いられたということです。私たちは何もありません。ただ神様の愛とあわれみのゆえに救われて、イエス様が私たちの身代わりに十字架にかかってくださったので、生かされているだけです。

U−起きて食べなさい−5〜8
 さあ、バーンナウトして、自暴自棄になっているエリヤを神様はどうしてくださったのでしょう。5〜6節。木の下で横になって眠っているエリヤのところにひとりの御使いが来て、「起きて食べなさい」と言って、パンと水を与えてくれました。エリヤは、それを食べるとまた寝ました。カウンセリングでも、燃え尽きて無気力になった時は、とにかく休むことだと言います。気持ちの転換をはかり、楽しむことを勧めています。私たちの主は、私たちに必要なことは何かよく分かっておられるのです。
 私たちも、多くの仕事や問題の中で、思う通りにならず、どうしていいか分からず、悩みや不安で心が疲れてしまうことがあるでしょう。自分はだめだと思い、日々鬱々としてしまうでしょう。そんな時、まずは、休むこと、しっかり食事を取ることが大切なのです。主の御翼のかげに身を避け、心を休ませたいですね。詩篇57:1。
 休んだエリヤは、その後どうされたのでしょう。主の使いは、再び彼を起こして、食事をさせ、ホレブ山に行かせました。7〜8節。神の山ホレブで、神様と出会わせてくださいました。主は、私たちがもうだめだという時、起こして、励ましてくださいます。起きて食べて、一緒に行こうと私たちを呼んでくださいます。私たちが、燃え尽きて倒れている時、鬱々している時、人の声ではなく、主の御声を聞くことを必要としています。
 復活されたイエス様が弟子たちと会われた時、優しい御声で呼びかけ、「さあ、朝の食事をしなさい」と食べさせ、落ち込んでいた弟子たちを励ましてくださいました。ヨハネ21:4〜5,12〜13。あわれみ深い神様は、私たち一人一人を呼んでおられます。御言葉の慰めと励ましに応えて、私たちが新たに起き上がることを望んでおられます。

V−あなたは何をしているのか−9〜18
 ホレブ山に着いたエリヤに主の言葉がありました。9,13節。「エリヤよ。ここで何をしているのか」と2度聞いておられますが、分からないから聞いておられるのでしょうか。分かっていないのは、エリヤの方です。神様は、すべてのことを知っておられるのに、このように質問されます。私たちと交わりたいので、私たちに質問をして来られるのです。
 禁断の木の実を食べて隠れているアダムに、「あなたは、どこにいるのか」と声をかけられました。創世記3:9。アッシリヤが滅ぼされないので怒ったヨナに、「あなたは当然のように怒るのか」と尋ねられました。ヨナ4:9。教会を迫害していたパウロに「サウロ、サウロ、どうしてわたしを迫害するのか」と問われました。使徒9:4。いずれも人生の問題と苦悩にある時、神様の方でその人を見つけて来られたということです。
 私たちが燃え尽きている時、失意と落胆の中にある時、神様の方で私たちに来てくださり、声をかけてくださいます。あなたはどこにいるのか、あなたは何をしているのか、何を望んでいるのかと尋ねられます。そして、私たちに自分自身の状態を省みさせるのです。エリヤは、どう答えましたか。10,14節。2度とも、「私は、主に熱心に仕えました。しかし、人々は御言葉を捨て、主の預言者を殺し、私だけが残っています」と答えています。
 正直にありのまま素直に答えています。回復は、主の前に正直に自分をさらけ出すことです。救いの道も、自分が罪人であり、空しく、不安であったことを素直にイエス様に告白することから始まります。ルカ19:8〜9。エリヤも私たちと同じ人でした。落胆し、恐れ、疲れて、文句も言いました。でも、真実な神様の前に素直に出て、正直に自分のことを申し上げました。今私たちが主の前に出る資格は何ですか。イエス様が私の代わりに十字架にかかってくださったからです。今日もイエス様の御名によって集まり、イエス様の御名によって礼拝をささげています。
 エリヤの答えには、否定的な特徴があります。民のみんなが御言葉を捨て、祭壇を壊し、預言者を殺し、私だけが残っているというのです。カルメル山での大勝利、主に立ち返った民たちはどうしたのですか。人が、燃え尽きて、うつ状態になる時、否定的になると言われます。将来がひどく不安になり、明るい展望がないと思い、自分はだめだ、迷惑をかけていると感じてしまうというのです。私も、落ち込んで悩んでいた時は、何でも否定的にとらえ、展望を持てませんでした。
 神様の関心と質問はエリヤに向けられていましたが、エリヤの関心は、民に向いていました。私たちが倒れる原因は、人や状況だけを見て、主を見ていない時です。今主は、ネガティブな思考からエリヤを解放させるために、ご自分の力を見せ、臨在を覚えさせておられます。11〜12節。そして、自分だけが残っているというエリヤに、驚くべきことを知らせてくださいました。15〜18節。
 新しい使命を与えられました。アハブやイゼベルと戦う人々を立てるようにという使命です。あとは、その人たちがしてくれるということです。そして、イスラエルの中にバアルに屈めない七千人を残しておくという励ましを受けました。
 かつて、悩み、不安を覚え、鬱々としていた時の私も、御言葉によって養われ、御言葉の適用に生きるということを学んだ時、お前は何を信じていたのか、何によって生きようとしているかと問われた思いでした。まさに、あなたはどこにいるのか、と問われたのです。それからは、御言葉の素晴らしさを味わい、信仰の恵みを享受するようになりました。
 燃え尽きたエリヤの回復を学んだ私たちも、イエス様との出会いを通して新しく立ち上がり、礼拝をともにし、信仰を分かち合う兄姉に励まされ、御言葉に養われて導かれて歩んでいきたいのです。使徒18:10。



T列王記
19:1 アハブは、エリヤがしたすべての事と、預言者たちを剣で皆殺しにしたこととを残らずイゼベルに告げた。
19:2 すると、イゼベルは使者をエリヤのところに遣わして言った。「もしも私が、あすの今ごろまでに、あなたのいのちをあの人たちのひとりのいのちのようにしなかったなら、神々がこの私を幾重にも罰せられるように。」
19:3 彼は恐れて立ち、自分のいのちを救うため立ち去った。ユダのベエル・シェバに来たとき、若い者をそこに残し、
19:4 自分は荒野へ一日の道のりを入って行った。彼は、えにしだの木の陰にすわり、自分の死を願って言った。「【主】よ。もう十分です。私のいのちを取ってください。私は先祖たちにまさっていませんから。」
19:5 彼がえにしだの木の下で横になって眠っていると、ひとりの御使いが彼にさわって、「起きて、食べなさい」と言った。
19:6 彼は見た。すると、彼の頭のところに、焼け石で焼いたパン菓子一つと、水の入ったつぼがあった。彼はそれを食べ、そして飲んで、また横になった。
19:7 それから、【主】の使いがもう一度戻って来て、彼にさわり、「起きて、食べなさい。旅はまだ遠いのだから」と言った。
19:8 そこで、彼は起きて、食べ、そして飲み、この食べ物に力を得て、四十日四十夜、歩いて神の山ホレブに着いた。
19:9 彼はそこにあるほら穴に入り、そこで一夜を過ごした。すると、彼への【主】のことばがあった。主は「エリヤよ。ここで何をしているのか」と仰せられた。
19:10 エリヤは答えた。「私は万軍の神、【主】に、熱心に仕えました。しかし、イスラエルの人々はあなたの契約を捨て、あなたの祭壇をこわし、あなたの預言者たちを剣で殺しました。ただ私だけが残りましたが、彼らは私のいのちを取ろうとねらっています。」
19:11 【主】は仰せられた。「外に出て、山の上で【主】の前に立て。」すると、そのとき、【主】が通り過ぎられ、【主】の前で、激しい大風が山々を裂き、岩々を砕いた。しかし、風の中に【主】はおられなかった。風のあとに地震が起こったが、地震の中にも【主】はおられなかった。
19:12 地震のあとに火があったが、火の中にも【主】はおられなかった。火のあとに、かすかな細い声があった。
19:13 エリヤはこれを聞くと、すぐに外套で顔をおおい、外に出て、ほら穴の入口に立った。すると、声が聞こえてこう言った。「エリヤよ。ここで何をしているのか。」
19:14 エリヤは答えた。「私は万軍の神、【主】に、熱心に仕えました。しかし、イスラエルの人々はあなたの契約を捨て、あなたの祭壇をこわし、あなたの預言者たちを剣で殺しました。ただ私だけが残りましたが、彼らは私のいのちを取ろうとねらっています。」
19:15 【主】は彼に仰せられた。「さあ、ダマスコの荒野へ帰って行け。そこに行き、ハザエルに油をそそいで、アラムの王とせよ。
19:16 また、ニムシの子エフーに油をそそいで、イスラエルの王とせよ。また、アベル・メホラの出のシャファテの子エリシャに油をそそいで、あなたに代わる預言者とせよ。
19:17 ハザエルの剣をのがれる者をエフーが殺し、エフーの剣をのがれる者をエリシャが殺す。
19:18 しかし、わたしはイスラエルの中に七千人を残しておく。これらの者はみな、バアルにひざをかがめず、バアルに口づけしなかった者である。」
19:19 エリヤはそこを立って行って、シャファテの子エリシャを見つけた。エリシャは、十二くびきの牛を先に立て、その十二番目のくびきのそばで耕していた。エリヤが彼のところを通り過ぎて自分の外套を彼に掛けたので、
19:20 エリシャは牛をほうっておいて、エリヤのあとを追いかけて行って言った。「私の父と母とに口づけさせてください。それから、あなたに従って行きますから。」エリヤは彼に言った。「行って来なさい。私があなたに何をしたというのか。」
19:21 エリシャは引き返して来て、一くびきの牛を取り、それを殺し、牛の用具でその肉を調理し、家族の者たちに与えてそれを食べさせた。それから、彼は立って、エリヤについて行って、彼に仕えた。




箴言29:25 人を恐れるとわなにかかる。しかし【主】に信頼する者は守られる。

ヤコブ5:17 エリヤは、私たちと同じような人でしたが、雨が降らないように熱心に祈ると、三年六か月の間、地に雨が降りませんでした。
5:18 そして、再び祈ると、天は雨を降らせ、地はその実を実らせました。

詩篇57:1 神よ。私をあわれんでください。私をあわれんでください。私のたましいはあなたに身を避けていますから。まことに、滅びが過ぎ去るまで、私は御翼の陰に身を避けます。

創世記3:9 神である【主】は、人に呼びかけ、彼に仰せられた。「あなたは、どこにいるのか。」

使徒18:10 わたしがあなたとともにいるのだ。だれもあなたを襲って、危害を加える者はない。この町には、わたしの民がたくさんいるから」と言われた。

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