2017年9月17日「主にあって喜び、感謝しよう」ヨエル2:18〜27
序−苦難の印象は、長くて中々終わらないことでしょう。幸せな時はあっという間に過ぎ去って、苦難はうんざりするように長いという印象です。あれもこれも駄目になり、すべてが失われ、悩みと悲しみの中に落ち込み、恐れます。それでも、残っているものがあり、回復の望みがあります。失望落胆の中にいた民を変えたのは、悔い改めと神への立ち返りでした。
T−立ち返って来る者への主の熱情とあわれみ−18〜20
悔い改めて、主に立ち返ると言っても、自分勝手に歩んでいた、罪を犯してしまったことを神様ごめんなさいということだけではありません。主を忘れて自分の力と考えで何とかできると思っていた、災害や患難のために心が神様から離れていた、不安と恐れに陥って主を信頼していなかった、そのようなところからの立ち返りです。悔い改めた時、神の御言葉が心に入って来ました。始めて聞いたのではなくて、謙虚になって、御言葉が聞こえるようになりました。
悔い改め主に立ち返った民は、泣いて祈って、神の前に叫びました。17節。慟哭の祈りを聞かれた神は、心が熱くなりました。18節。神様は、妬むほど愛し、あわれんでくださる方です。妬むと訳された原語には、ねたみと共に熱心という意味があります。元々熱い心があって、その悪い意味としてねたみがあるということでしょう。心が熱くなって、と訳している聖書もあります。立ち返って来る民に対して、神様は、心が熱くなられたのです。どれほどの熱情、あわれみでしょうか。
民が主に立ち返って来るのを待っておられた熱い心です。12〜13節。神様が選んで、救ってくださった聖徒が災害や患難の中で苦しんでいるのをご覧になって、どうしてあわれみの心が熱くならないでいられましょうか。彼らの生活基盤である土地の荒廃を見て、それを回復させてやりたいという熱情がわいてこないでしょうか。それほどに、神は熱く切ない心で私たちの立ち返りを待っておられるのです。神様は、罪に翻弄され、滅び行くたましいをあわれまれ、苦しみ悲しむ人々を熱く切ない心で見て、御子イエス様を十字架に私たちの代わりとしてお渡しになられました。ヨハネ3:16。
主は、慟哭して助けを祈る民に答えてくださいました。19〜20節。失っていた穀物や作物を回復してくださる、被害を与えたいなごを除き、外敵を退け、そしりを受けないようにする、と約束されました。そうして、民の心を満たしてくださると言われるのです。これは、民が神様を離れていたのを赦してくださったということです。このように愛してくださる神を知らず、神様から離れて生きていた者も、いつか救い主イエス様出会い、主の御前に立ち返る時、救われて、罪の赦しと天国への命を与えて、主の恵みと祝福を回復させてくださいます。
U−回復への約束−21〜27
聖書の神は、回復の神です。どんな大いなることをしてくださいましたか。21〜27節。大群のいなごと旱魃で甚大な被害を受け、大地も荒廃し、民は絶望に打ちひしがれ、恐れと不安に陥っていました。しかし、立ち返った民に対し、失われたもの一つ一つを回復させてくだるというのです。とりわけ、「食い尽くした年々を償おう」、回復しようと言われます。25節。苦難に会った期間に応じて報いてくださるというのです。
長年出エジプトの民を導いて労苦したモーセは、「いつまでこのようなのですか。あなたのしもべらを、あわれんでください」と祈り、「私たちを悩まされた日々と、私たちがわざわいに会った年々に応じて、私たちを楽しませてください」と求めました。詩篇90:13〜16。悩まされた日々とわざわいに会った年々に応じて報いてくださるという主の約束、なんて素晴らしいんでしょう。私たちに救い主イエス様を与えてくださった神様は、私たちがこれまで苦しんで、悲しんだところを補償してくださるお方なのです。何という慰め、何という幸いでしょうか。
この民に与えられた祝福は、今日の私たちにも約束されている祝福です。これから秋が深まっていくと、山々が紅葉で美しく染まります。神様は、自然よりも大切な私たちを養い守ってくださるから、心配しないように言われました。マタイ6:26,30〜31,34。空の鳥を見れば、種も蒔かず刈り入れもしないが、養ってくださる、野の草も美しく装わせてくださる、ましてあなたがたによくしてくださらないわけがありましょうかと言ってくださいました。明日のための心配は無用、労苦はその日その日で十分ですと言われました。
雨の回復、穀物の回復、食料の回復は、破綻した生活の回復、失われた仕事の回復、混乱した家庭の回復につながっていきます。患難や問題で生活が混乱し、様々なことを失うなら、回復をさせてくださいと祈りましょう。人生の実りはどこから来ると教えていますか。ぶどうの枝がぶどうの木につながっていてこそ実るように、救い主イエス様とつながっていることで人生の実りがあります。ヨハネ15:5。
自分は優れている、自分の知恵と力で生きているふりをして生きていたが、そうではなかったと気付き、主の前に立ち返って来るとき、その涙を汲み取ってくださり、その叫びを聞いてくださり、さまよって失った月日に応じて回復し、悩んで眠られずに過ごした一日一日に応じて満たしてくださると約束されています。関係が回復された親子や夫婦が、より深い交わりに恵まれ、失った仕事に勝って用いられるということが起こって来ます。悩まされた日々とわざわいに会った年々に応じて、回復させてくださるのです。
かつては、神様を離れて、自分の思いで生きていても、患難や問題を通して苦しみや悩み、悲しみを経験した今は、主だけより頼みながら生きて行こうと決断します。その瞬間、それまで出会った患難や問題を通して受けた苦しみや悲しみも、主の訓練のように、恵みに変えられます。ローマ8:28。
V−回復させる神様 感謝、主をほめたたえる−21,23,26
何と、きょうの箇所を読むと、「楽しみ喜べ」と二度繰り返されています。21,23節。この箇所のことは、やがて来る回復の約束です。ヨエルの時代の現状は、まだいなごの害と旱魃で大地は荒廃し、民の生活は疲弊しています。とても楽しみ喜べる状態ではありません。災害から大きな苦痛を受けて、感謝できる環境ではありません。いなごの害は、前代未聞の未曾有の災害でした。それで民は、苦しみと悲しみのどん底にいました。
試験に失敗した、仕事を失った、生活が厳しい、そのような状況で楽しみ喜べと言われたら、何を言っているのか、と抗議や反発を受けるでしょう。現状は、大地は荒廃しているのです。生活は破綻しているのです。どうして喜び、感謝できるのですか。喜んで感謝できる理由が記されています。23節。「主にあって、楽しみ喜べ」と言っています。喜び感謝できる理由はただ一つ、「主にあって」ということです。民が楽しみ喜び、感謝できるのは、いつですか。雨がふり、穀物が実り、家畜が育ち、飲んで食べることができる時ですか。すべての問題が解決された後ですか。そうではありません。むしろ、目に見える問題や困難が一つも解決されていない今です。
神様が切なる祈りを聞いてくださったと確信できる今、信仰の目で未来を眺める時、回復の声が聞こえて来るのです。すべてのことは、心の中にまず起きます。今までは、言葉では信じると言いながら、実は自分の考えと思いで生きていました。自分の思うままにならない度に、不機嫌になり、怒りながら生きて来ました。患難や問題に出会って苦しんで絶望して、落ち込みます。しかし、ある日主に心を向け、神様に祈ってみようという思いになります。祈ってみると、ああ本当に愚かに生きていたな、自分は傲慢だったなという言葉が出て来るのです。
主が大いなることをしたからだと言うのですが、イエス様を信じるようになることがもっと大きなことです。そして、イエス様を信じた人が、御言葉で整えられ、信仰が成長し、霊的に変えられることも大きなことです。今ユダの民は、信仰がどういうものか分りました。今は、約束を信じて、喜び楽しもう、感謝しようとなります。今日、主が私たちの間でされた大きなことは、何ですか。イエス様を信じた私たちを、真実に御言葉に生きる者と造り変えてくださることです。
患難の中でも、主の回復を信じて、喜び、感謝するなら、苦難に耐える信仰が与えられます。事実、それを乗り越えて、回復を享受するようになります。恵みの雨を受け、収穫の恵みに浴し、神を恨む心は、神を賛美する心に変わります。26節。どんな状況でも、まず喜んで感謝しなさいと言います。そうすれば、主は雨を降らし、収穫を豊かに与えてくださいます。ヨエルの時代悲惨な状況では、不平と恨みばかり出る状況です。しかし、神様は、このように状況で喜び感謝する時、回復の約束をされました。
癌治療を20年して来た癌専門の医者自身が癌になり、幾度も転移して、何度も手術しました。その人は、人生のすべての苦しみは、洞窟ではなく、トンネルです。いつかは終わりがあり、出口があると希望をもって乗り越えました。その後、不自由な体で医者に復帰し、治療が残っているだけでも感謝しなければならない、絶望することが免疫を落とすと言って、癌患者を励まし治療をしているそうです。今困難がありますか。不安や恐れがありますか。それでも、感謝することから始めましょう。Tテサロニケ5:16〜18。
ヨエル2:18 【主】はご自分の地をねたむほど愛し、ご自分の民をあわれまれた。
2:19 【主】は民に答えて仰せられた。「今、わたしは穀物と新しいぶどう酒と油とをあなたがたに送る。あなたがたは、それで満足する。わたしは、二度とあなたがたを、諸国の民の間で、そしりとしない。
2:20 わたしは北から来るものを、あなたがたから遠ざけ、それを荒廃した砂漠の地へ追いやり、その前衛を東の海に、その後衛を西の海に追いやる。その悪臭が立ち上り、その腐ったにおいが立ち上る。主が大いなることをしたからだ。」
2:21 地よ。恐れるな。楽しみ喜べ。【主】が大いなることをされたからだ。
2:22 野の獣たちよ。恐れるな。荒野の牧草はもえ出る。木はその実をみのらせ、いちじくの木と、ぶどうの木とは豊かにみのる。
2:23 シオンの子らよ。あなたがたの神、【主】にあって、楽しみ喜べ。主は、あなたがたを義とするために、初めの雨を賜り、大雨を降らせ、前のように、初めの雨と後の雨とを降らせてくださるからだ。
2:24 打ち場は穀物で満ち、石がめは新しいぶどう酒と油とであふれる。
2:25 いなご、ばった、食い荒らすいなご、かみつくいなご、わたしがあなたがたの間に送った大軍勢が、食い尽くした年々を、わたしはあなたがたに償おう。
2:26 あなたがたは飽きるほど食べて満足し、あなたがたに不思議なことをしてくださったあなたがたの神、【主】の名をほめたたえよう。わたしの民は永遠に恥を見ることはない。
2:27 あなたがたは、イスラエルの真ん中にわたしがいることを知り、わたしがあなたがたの神、【主】であり、ほかにはないことを知る。わたしの民は永遠に恥を見ることはない。
ヨハネ3:16 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
詩篇90:13 帰って来てください。【主】よ。いつまでこのようなのですか。あなたのしもべらを、あわれんでください。
90:14 どうか、朝には、あなたの恵みで私たちを満ち足らせ、私たちのすべての日に、喜び歌い、楽しむようにしてください。
90:15 あなたが私たちを悩まされた日々と、私たちがわざわいに会った年々に応じて、私たちを楽しませてください。
90:16 あなたのみわざをあなたのしもべらに、あなたの威光を彼らの子らに見せてください。
マタイ6:26 空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。あなたがたは、鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか。
6:30 きょうあっても、あすは炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこれほどに装ってくださるのだから、ましてあなたがたに、よくしてくださらないわけがありましょうか。信仰の薄い人たち。
6:31 そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。
ヨハネ15:5 わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人に中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。
Tテサロニケ5:16 いつも喜んでいなさい。
5:17 絶えず祈りなさい。
5:18 すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。
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