2019年7月28日「唇を制する者」箴言10:1〜32

序−箴言は、私たちの存在を関係の中でとらえています。関係は、私たちにとって重要なことです。主なる神との関係の中で、私たちは神を恐れる者として召された者であり、隣人との関係の中で、隣人に仕える者として召された者です。そして、関係の中で生きる私たちに求められているのは、誠実に生きることです。今日の箇所は、神様が与えられる知恵を持って生きることは、どのような姿なのか、正しい者と悪人を対比して、具体的に教えてくれています。

T−正しい者は誠実に生きる−1〜9
 誠実に生きる者は、父母を喜ばせます。1節。誠実に生きる者は神を信頼して、神の御言葉通り生きるので、健全に生きます。そのような生き方は、親を喜ばせます。愚かな者は、御言葉の知恵を拒否して、自分の欲にしたがって生きるので、神の祝福を受けず、親の大きな心配事となります。ですから、親は子どもが小さい頃から、御言葉の知恵で生きるように、子どもを導く必要があります。箴言22:6。
 誠実に生きる者は、勤勉です。2〜3節。不義によって得た財宝とは、不正な目的のために不正な方法で得られる富です。悪者は、不正な方法で富を得ようとしますが、不正な富は、物理的な快適さと官能的な喜びを与えても、それは一時的であり、真の幸いを与えてはくれません。一方、誠実に働いて生きる者は、生活が守られ、生きることができます。勤勉であっても、それで生活は大丈夫か、果たして労苦は報われるのだろうかと心配するかもしれません。悪者や愚か者が富むのを見て、揺さぶられるでしょう。しかし、主なる神は、守ってくれます。4節。
 勤勉な者は富を得ると約束しています。誠実に働く者は、働くべき時に働き、地道に働きますから、祝福を受けることになります。5〜6節。誠実な者は、主の命令を聞いて、誠実に生きようとします。御言葉に聞き従って、まっすぐに生きようとします。その歩みは主によって守られますから、安全です。8〜9節。ですから、勤勉で怠らず、霊に燃え、主に仕えて、望みを抱いて喜び、患難に耐え、絶えず祈りに励んで生きます。ローマ12:11。人に仕えることも、人のごきげんとりのような、うわべだけの仕え方でなく、主に仕えるように、善意をもって仕えることが、誠実な働き方となります。
 主なる神との関係で言えば、私たちは、誠実に生きるように召されています。神様のかたちに似せて造られた者として、自然を主の御心にそって治める委任を受けた者です。創世記1:26〜27。そして、聖徒は、神の栄光を現すために生きます。Tコリント10:15。委任を受けているということは、神に対して責任を負っているということです。主は、その御目をもって、あまねく全地を見渡し、その心がご自分と全く一つになっている人々に御力をあらわしてくださいます。U歴代16:9。主の御目を意識して、誠実に生きましょう。今、神のかたちに造られた者として、自分が誠実でなければならないことは何でしょうか。

U−正しい者は唇を制する−10〜21,31〜32
 人との関係において誠実に生きるために、最も必要なことは、唇を制することです。19節。この章には、口、くちびる、舌という言葉が、15回も繰り返し出て来ます。自分のくちびるを制御することは、御言葉の知恵を持っている人ができることです。人が生きるか死ぬかということは、舌の力にかかっていると言います。11節。正しい者の唇には、知恵があります。13節。知恵に満ちた舌は、銀のように価値あるものです。20節。知恵ある唇は、自分を豊かにするだけでなく、多くの人を養うものとなります。21節。私たちの伝える御言葉、知恵に生きる言葉が、人々を養うことになるのだということを心に銘記しましょう。
 反対に、肉の言葉には、恐ろしい破壊力あります。舌と口は、恐ろしい働きをします。ヤコブ3:2〜6。くつわが馬のからだ全体を引き回すように、小さなかじによって船がかじ取られるように、小さな器官である舌が、人の人生全体に影響を与え、破壊します。13節に、思慮に欠けた者の背には杖があるというのは、思慮に欠けたことを言う者は杖で叩かれる、つまり思慮に欠けたことを言う唇が人生を悲惨にするというのです。
 私たちはみな、多くの点で、失敗をするものですが、とりわけ、口や舌で、つまり言葉で失敗します。ヤコブ3:2。1つの言葉が、その人全体を動かしてしまいます。ネット上の一言が世界を駆け巡り、社会を動かしてしまいます。口や舌から発せられた言葉は、まるで暴れる馬のようです。ある人が発した言葉を聞いた時、聞いた人の中に良くない感情があったならば、否定的な言葉だけ選んで、広めようとします。そうして、取り返すことのできない傷を与えることになります。
 ですから、むだ口をたたくのは、愚か者です。10節。言うべきことでない、余計なことを言うのが、むだ口です。話してはいけないことまで話すのが、うわさ話です。Tテモテ5:13。むだ口、うわさ話、していませんか。むだ口、うわさ話は、頭で考えることなく、見て聞いたことに反射的に発するのです。当然、聞いた人の心を痛めさせ、状況を悪化させ、自分自身をも倒すことになります。ことば数が多いところには、そむきの罪がつきものだからです。19節。くれぐれもわきまえたいものです。
 愚かな者は、そしりを口に出します。18節。簡単に人を批判し、文句をいいます。怒りをぶつけます。怒りから発せられる言葉は、まるで火のようです。その火は、その人自身を燃やし、小さな一言が、人生の車輪を回して、人生全体を燃やしてしまうのです。悪者の口は、ねじれた舌であり、悪者の口はねじれごとを言います。悪口を捨てなければなりません。Tペテロ2:1〜2。
 むだ口や悪口を言わなくても、悪者の口は暴虐を隠します。11節。悪者は、憎しみを隠した偽りの唇を持ちます。18節。それは、取り繕う言葉でその暴虐の意図や憎しみを隠しているのです。表面上は、普通の言葉や良い言葉であっても、それは良いものではなく、人に不利益と痛みをもたらすものです。人の心には、妬みや憎しみ、怒りがあります。御言葉の知恵を用いることができません。むだ口や悪口を言わなくても、心にある負の感情は、表情や言葉の端々に出て来るのです。
 どうしたら、いいでしょうか。今日の御言葉の中に、私たちの目を惹く言葉があります。12節。「憎しみは争いをひき起こし、愛はすべてのそむきの罪をおおう」というのです。Tペテロ4:8でも、「 何よりもまず、互いに熱心に愛し合いなさい。愛は多くの罪をおおうからです」と教えています。心がジーンとする言葉ですね。もちろん、この愛は、イエス様の十字架の犠牲によってあらわされた愛です。Tヨハネ4:11。イエス様が私たちの救いのために犠牲となられた、その愛が私たちの罪と滅びをおおってくださったのです。この愛に感謝し、感動します。この主の愛を受けた私たちからも愛が出て来ます。
 勿論心と思いを変えることは、容易なことではありません。醜い心を愛する心に変化させることも、簡単なことではありません。しかし、一つ方法があります。それは愛の言葉を口と舌で宣言することです。醜い感情、醜い心であっても、愛と赦しを唇で表現するなら、その瞬間心が変化して行く偉大な奇跡を体験するようになります。神の言葉を聞いて、御言葉通り行動すれば、心と思いも変化するようになるのです。愛する心を持つには、良い言葉を用いることにより、生活態度を変えて行くことです。
 イエス様の十字架によって自分を救って下さった神様に対する絶対信頼があるなら、御言葉に動かされます。御言葉の知恵によって生きることができます。そうしたら、1つの御言葉が私たちを癒し、1つの御言葉が私たちを立ち上がらせ、1つの御言葉が私たちの人生を変えるのです。

V−正しい者が受ける祝福−22〜31
 では、知恵で誠実に生きる者には、どのような祝福が与えられるのでしょうか。悪者には、どのような結果が待っているのでしょう。22〜31節。人が最も恐れているのは、死と滅びです。25節。人には、一度死ぬことと死後に裁きを受けることが定まっています。ヘブル9:27。イエス様を信じて救われた者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っています。ヨハネ5:24。イエス様を信じて救われた後は、救いの恵みに応えて、新しい命に生きることです。
 知恵に生きた勤労の結果、主の祝福そのものが人を富ませ、人の苦労は何もそれに加えません。22節。富は、人の努力や労苦の結果とは言っていません。あくまでも、神の恵みだと強調しています。感謝して、受けるだけです。主の栄光のために、人に仕えるために用いて行くのです。
 知恵を誠実に用いて生きると、恵みと祝福を受け、望みがかなえられます。24節。そして、知恵を用いることがますます楽しみになります。23節。誠実な者は健康な心で生きるので、体の健康も導かれます。27節。かつて私たちは、神様から離れて罪の中に生きていた者ですが、罪を告白して、イエス様を信じて救われた者です。与えられた新しい命で誠実に生きて行くしかありません。召しに応じて誠実に生きましょう。仕事や学びを誠実に行いましょう。神に似せて造られた者としてふさわしい人格になるように、御言葉に誠実に聞き従う者になることを願います。



箴言10:1 ソロモンの箴言知恵のある子は父を喜ばせ、愚かな子は母の悲しみである。
10:2 不義によって得た財宝は役に立たない。しかし正義は人を死から救い出す。
10:3 【主】は正しい者を飢えさせない。しかし悪者の願いを突き放す。
10:4 無精者の手は人を貧乏にし、勤勉な者の手は人を富ます。
10:5 夏のうちに集める者は思慮深い子であり、刈り入れ時に眠る者は恥知らずの子である。
10:6 正しい者の頭には祝福があり、悪者の口は暴虐を隠す。
10:7 正しい者の呼び名はほめたたえられ、悪者の名は朽ち果てる。
10:8 心に知恵のある者は命令を受け入れる。むだ口をたたく愚か者は踏みつけられる。
10:9 まっすぐに歩む者の歩みは安全である。しかし自分の道を曲げる者は思い知らされる。
10:10 目くばせする者は人を痛め、むだ口をたたく愚か者は踏みつけられる。
10:11 正しい者の口はいのちの泉。悪者の口は暴虐を隠す。
10:12 憎しみは争いをひき起こし、愛はすべてのそむきの罪をおおう。
10:13 悟りのある者のくちびるには知恵があり、思慮に欠けた者の背には杖がある。
10:14 知恵のある者は知識をたくわえ、愚か者の口は滅びに近い。
10:15 富む者の財産はその堅固な城。貧民の滅びは彼らの貧困。
10:16 正しい者の報酬はいのち。悪者の収穫は罪。
10:17 訓戒を大事にする者はいのちへの道にあり、叱責を捨てる者は迷い出る。
10:18 憎しみを隠す者は偽りのくちびるを持ち、そしりを口に出す者は愚かな者である。
10:19 ことば数が多いところには、そむきの罪がつきもの。自分のくちびるを制する者は思慮がある。
10:20 正しい者の舌はえり抜きの銀。悪者の心は価値がない。
10:21 正しい者のくちびるは多くの人を養い、愚か者は思慮がないために死ぬ。
10:22 【主】の祝福そのものが人を富ませ、人の苦労は何もそれに加えない。
10:23 愚かな者には悪事が楽しみ。英知のある者には知恵が楽しみ。
10:24 悪者の恐れていることはその身にふりかかり、正しい者の望みはかなえられる。
10:25 つむじ風が過ぎ去るとき、悪者はいなくなるが、正しい者は永遠の礎である。
10:26 使いにやる者にとって、なまけ者は、歯に酢、目に煙のようなものだ。
10:27 【主】を恐れることは日をふやし、悪者の年は縮められる。
10:28 正しい者の望みは喜びであり、悪者の期待は消えうせる。
10:29 【主】の道は、潔白な人にはとりでであり、不法を行う者には滅びである。
10:30 正しい者はいつまでも動かされない。しかし悪者はこの地に住みつくことができない。
10:31 正しい者の口は知恵を実らせる。しかしねじれた舌は抜かれる。
10:32 正しい者のくちびるは好意を、悪者の口はねじれごとを知っている。


箴言22:6 若者をその行く道にふさわしく教育せよ。そうすれば、年老いても、それから離れない。

ローマ12:11 勤勉で怠らず、霊に燃え、主に仕えなさい。
12:12 望みを抱いて喜び、患難に耐え、絶えず祈りに励みなさい。

エペソ6:6 人のごきげんとりのような、うわべだけの仕え方でなく、キリストのしもべとして、心から神のみこころを行い、
6:7 人にではなく、主に仕えるように、善意をもって仕えなさい。

U歴代16:9 主はその御目をもって、あまねく全地を見渡し、その心がご自分と全く一つになっている人々に御力をあらわしてくださるのです。あなたは、このことについて愚かなことをしました。今から、あなたは数々の戦いに巻き込まれます。」

ヤコブ3:2 私たちはみな、多くの点で失敗をするものです。もし、ことばで失敗をしない人がいたら、その人は、からだ全体もりっぱに制御できる完全な人です。
3:3 馬を御するために、くつわをその口にかけると、馬のからだ全体を引き回すことができます。
3:4 また、船を見なさい。あのように大きな物が、強い風に押されているときでも、ごく小さなかじによって、かじを取る人の思いどおりの所へ持って行かれるのです。
3:5 同様に、舌も小さな器官ですが、大きなことを言って誇るのです。ご覧なさい。あのように小さい火があのような大きい森を燃やします。
3:6 舌は火であり、不義の世界です。舌は私たちの器官の一つですが、からだ全体を汚し、人生の車輪を焼き、そしてゲヘナの火によって焼かれます。

Tテモテ5:13 そのうえ、怠けて、家々を遊び歩くことを覚え、ただ怠けるだけでなく、うわさ話やおせっかいをして、話してはいけないことまで話します。

Tペテロ2:1 ですから、あなたがたは、すべての悪意、すべてのごまかし、いろいろな偽善やねたみ、すべての悪口を捨てて、
2:2 生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、みことばの乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。

Tペテロ4:8 何よりもまず、互いに熱心に愛し合いなさい。愛は多くの罪をおおうからです。

Tヨハネ4:11 愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。

ヘブル9:27 そして、人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっているように、

ヨハネ5:24 まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。


戻る