小グループで聖書を学ぶ

34 いっさいのことを愛をもって(Tコリント16:13〜24)

「心の門を開いて」
 
 コリントの手紙は、教会の争いと混乱を戒め、聖徒たちの霊的状態を知らせて、立ち返るべき福音、崇高な救いの恵みを教えてくれました。この手紙を閉じるにあたって、コリントの聖徒たちが立ち返るべき美しい成熟した信仰の姿を見せてくれています。

「御言葉の種を蒔こう」

1 まず、コリントの聖徒たちへの励ましですが、どんな内容ですか。五つの勧めの文で特徴的な表現は何ですか。
・13節/


2 「目を覚ましていなさい」というのは、神様の御前にいるということです。私たちが自分のことだけ考えると、霊的に眠っている状態であり、「信仰に堅く立つ」ことができず、肉の思いに心引き回され、怒ったり、失望したりします。そのような時にイエス様の十字架の御業、罪の赦しと天の御国に思いを馳せるなら、どういう思いになりますか。



3 「男らしく」というのは、大人らしくということです。霊的な子ども、幼子のままでないようにということです。学問も知識もありながら争っていた高慢な人々が、肉に属する人、霊的幼子と呼ばれていました(Tコリント3:1)。聖書でいう大人、成人とは、どういう者ですか。私たちは、どうなることを目指して行くのですか。
・エペソ4:13
・ヘブル6:1

4 コリントの争いや混乱の渦中にいたのは、リーダーたちであり、働きをしていた人たちでした。自分を誇り、肉の思いで働き、高慢になり、蔑み、批判し、妬み、文句を言い、争っていました。そんな彼らに必要なことは何ですか。その元は、どこにありますか。
・14節/
・Tヨハネ4:9〜12/

5 私たちの罪の赦しと永遠の命のためにイエス様を十字架に渡されたほど、神は私たちを愛してくださいました。この愛を知り、この愛によって救われた私たちが、人を愛する者となると教えられています。その愛は、人々に対する時、人に仕える働きにおいてあらわれます。「いっさいのことを愛をもって」と命じています。会社の仕事や家庭の働き、職場の人や家族に対してどうですか。



6 パウロは、愛をもって仕えるクリスチャン、成熟した働き人の例として、コリント教会の働き人を紹介しています。どんな人ですか。特徴をあげてみましょう。
・15〜18節/


7 ステパナは、成熟した信仰の持ち主であり、証しにつとめて、謙遜に黙々と労苦しながら仕える働き人であったようです。能力や知識を競っていた高慢な人々に比べれば、目立っていなかったのでしょう。私たちもそのような成熟した信仰で仕えて、労して行くと、どのようにされますか。
・16,18節/
・ピリピ2:29/

8 成熟した働き人の例として、パウロのそばにいたアクラとプリスカ夫婦を紹介しています。調べてみると、二人が福音にしっかり立って、苦難の中でも信仰をもって生きて、人々を愛し、助け、パウロを助けて、同労者として働いていたことが分かります。その生活自体が証しとなり、人々との交わりが証しとなって、彼らの家が人々の集まるところとなりました。この成熟した信仰の夫妻を知って思うことは何ですか。
・19節/
・使徒18:2,18,26/

9 パウロの挨拶の部分を注意して見て下さい。コリントの聖徒たちに対するパウロの愛がどのように表されていますか。
・21〜24節/


「命の実を刈り取ろう」

 「主を愛さない者はだれでも、のろわれよ。主よ、来てください」とは、パウロの心の大きな叫びです。人が主を愛さないなら、のろわれた者になって滅んでしまう、と叫んでいます。ですから、コリントの聖徒たちに対する愛の思いは、「主よ、来てください」(マラナ・タ)という言葉となって飛び出しています。主のあわれみと愛の取り扱いを願うあまり、「マラナ・タ」と叫んだのです。パウロ自身が、この霊的緊迫感で生きていた人でした。以後、これは初代教会の聖徒たちの挨拶となります。もし今イエス様にお会いするとしたら、今の生き方、姿勢、信仰のままで、会えますか。信仰の成熟、働く姿勢、人々に仕える心について示されたことを分かち合いましょう。「マラナ・タ!」

戻る