小グループで聖書を学ぶ
22 主を求め、御言葉に生きる(T列王記16:1〜34)

「心の門を開いて」

 勝ち組になる、強ければいい、自分を押し出す方が得、そんな言葉が巷間に流れていますが、そうでない人が傷付くだけでなく、結局はそうしている人々も幸いにはなれないようです。そのような風潮や価値観の世の中で人がどうなって行くのか、どうすればそのような中で幸いに生きられるのか、聖書から学びましょう。

「御言葉の種を蒔こう」

1 T列王記16章には、北イスラエルの王たちの交代が記されています。信仰を失い、肉の力によって行動する王たちの姿を見せています。最初に出て来るバシャとは、どんなことをした王ですか。王様になって、どうなりましたか。
・T列王15:25〜27/
・1〜2節/

2 バシャは、ヤロブアムの息子ナダブの悪が酷いため謀反を起こし、ナダブを殺して王になりました。しかし、力で王となったバシャは、ヤロブアムの道に歩み、民に罪を犯させ、主の怒りを引き起こすようになりました。バシャの後王となった息子エラも、同じく主の目の前にあらゆる悪を行い、主の怒りを引き起こしました。その結果、バシャの家にどんな事件が起こり、王権はどうなりましたか。
・8,13節/
・9〜10節/

3 力と欲が前面で出て来れば、人の世は、非道と権力争いが日常化します。混乱した現代社会でも、力と欲のために騙しや非道が増加しています。謀反を起こして王となったジムリは、バシャ王朝の一族をどうしましたか。それは、何を意味していましたか。それを知って、あなたが思うことは何ですか。
・11節/
・12〜13,7節/

4 謀反を起こして王になったジムリの統治も長くは続きません。謀反は、別の謀反を生みます。エラ王が殺害されたというニュースは、イスラエル中に広がりました。その結果、何が起こりましたか。誰が、どのようにして王になりましたか。
・16〜18節/
・21〜22節/

5 悪い王が弱くなると謀反を起こしますが、自分も悪い王となり、謀反によって滅ぼされるということが繰り返されています。このように信仰がなく、偶像崇拝が多かった北イスラエルは、謀反と内戦による流血と殺戮が止まりませんでした。肉の欲を満足させ、力による生き方は、決して幸いにはなれないことを表しています。なぜ悪い王が続き、謀反が謀反を生んだのでしょうか。
・ローマ5:12,14/


6 信仰で造り変えられることがなければ、罪の連鎖のゆえに、人は肉の欲に翻弄され、肉の強さに左右されるのです。強くても信仰がなければ、悲惨な結果となります。押しの強いのがコミュニケーション能力と勘違いする人がいます。他人の気持ちを察したり汲み取ることなく、人に感情をぶつけ、人を馬鹿にして周りに不快感や心の傷を与えます。だから、何が必要なのでしょう。それがあればどうなりますか。
・ローマ5:17〜18/
・Uコリント12:9/

7 王になったオムリは、難攻不落の城をサマリアに造り、強力な統治しましたが、どんな王様になりましたか。オムリの強力な軍事政権は、次にどんな王を誕生させることになりましたか。共通する特徴は、どんなことですか。
・24〜25節/
・30〜33節/


8 最後の節の悲劇は、主の御言葉を無視したことの結果です。王朝興亡史の王たちの末路とは、「主の御言葉の通りであった」ということが共通しています。御言葉の通り、主の御旨がなされたことが強調されています。どんなに悪い時代であっても、混乱とわざわいの多い世であっても、御言葉があることが希望です。イエス様に救われた者は、どのように生きるのですか。
・34節, ヨシュア6:26/
・ピリピ2:14〜16/

9 この時代、北イスラエル王国は、4王朝6王が交代しましたが、その間、南ユダ王国は、アサ王一人だけです。どうして、こんなに違うのでしょうか。北イスラエル歴代の王になくて、アサ王にあったものがありました。それは、何でしょう。
・10,15,23,29節, T列王15:25/
・U歴代14:2〜4, 9〜12/

「命の実を刈り取ろう」

 アサ王は、民が主を求め、御言葉に聞き従うようにさせました。アサ王自身、クシュが攻めて来た時、神様を求めて祈り、主に拠り頼んで戦いました。私たちは今、人々が力で押して、欲を満足させることを求め、騙しや悪が横行する混乱の時代に生きていますが、私たちには変わらない真理の御言葉があります。罪の赦しと天国の命というイエス様の素晴らしい救いがあります。ですから、私たちは弱くても、神の前に御言葉に聞き従って生きるだけです。今日の学びを通して気付かされたこと、導かれた決心などを分かち合いましょう。ヤコブ1:21。                  (T列王記16:1〜34)

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