2022年10月30日「イエス様と出会ってから」ガラテヤ1:11〜24

序−私たちの人生は、一人で生きていくものではありません。多くの人々と交わり、助け合い、とりわけ信仰の友と人生を分かち合うことによって人生を歩んでいくことができます。イエス様と出会ってからのパウロの人生から学びます。

T−以前の生活とイエス様との出会い−11〜16
 パウロは、ガラテヤの聖徒たちに自分の人生を分かち合っています。自分の人生の物語を語っています。私たちにも、自分の人生があり、人生の物語があります。まずパウロは、かつての生き方について話しています。13〜14節。パウロは、裕福なユダヤ人の家庭に生まれ、ギリシャ文化と教育の町タルソで育ち、修辞学を学びました。青年時代には、エルサレムで最も厳格な学派ガマリエルのもとで聖書を学び、パリサイ派に属し、先祖の伝承に人一倍熱心で、教会を迫害するほどでした。使徒22:3〜4。それが秩序をただすことだと思い、評価を受けたからです。
 パウロは、当時最高の知性を身に付けた人で、ローマ市民権まで持っていた、エリートでした。足りないものはありませんでした。しかし、パウロの人生に大転換が起きます。イエス様を信じて、福音を伝える者になったのです。15〜16節。その理由は、神が「私を選び出し、恵みをもって召してくださった」からと言っています。つまり、イエス様に出会って、召しを受けたからというのです。
 今や神はパウロの周辺部におられるのでなく、中心部となられました。神が創造者であり、パウロは創造された存在となりました。パウロは、自分に対する神のご計画が自分の生まれる前から始まっていたことに気付きました。御言葉を自分に向けられた個人的な御言葉として聞くようになりました。11〜12節。
 私たちも、神の選びと召しを受けた者です。エペソ1:4〜5。パウロはイエス様との出会いを通して、恵みで呼ばれたことを知りました。招待されたのです。人生は、目的なしにさまようものではありません。私たちも、神の恵みでもって召された者です。それは、私たちが目的に合うから呼ばれたのではなく、仕事がよくできるから選ばれたのでもありません。ただ神様の愛とあわれみのゆえに、選び、召してくださったのです。
 パウロは、イエス様について間違っていました。イエスとは、自分のようなエリートではなく、辺境のガリラヤ地方出身の卑しい身分であり、愚かにも権力者たちの陰謀によって十字架につけられた失敗者などという印象でした。しかし、イエス様と人格的に出会い、イエス様こそ預言されていた救い主であることを分かったのです。
 その時、イエス様は何と言われましたか。使徒26:14〜15。パウロがしていることは、「とげのついた棒をけるのは自分も痛いことだ」と言われました。神のためと思い、権力者から評価を受けるからと言っても、クリスチャンを迫害することに心が痛まなかったでしょうか。イエス様から、ご自分がキリストであると聞いて、自分の誤りを悟ったのです。
 パウロは、ダマスコ途上で眩い光の中、イエス様の声だけ聞こえました。神が自分を知っておられ、自分への計画を持っておられることを知りました。使徒26:14〜18。パウロは、自分の人生の中心に神がおられることを悟りました。自分の意志に他人を従わせようとして迫害することをやめました。そして、生涯神の御心に従い、神に用いられる人になりました。
 これが、パウロという一人のクリスチャンの人生の物語です。ここで注目すべきは、「私がイエス様を信じる決心をしたとき」ではなく、「神が御子を私のうちに啓示されたとき」と表現されているところです。もはや、自分の思いで生きていくのではなく、私たちと共におられる神様に信頼することで生きていくのです。私たちの人生も同じです。

U−訓練と養育−16〜17
 イエス様に出会ったパウロの変化は、その後の行動にも現れています。16〜17節。次なる行動は、エルサレムへ行って聖徒たちと交わるとか、異邦人宣教の召しに応えて、伝道旅行にでかけるとかではありません。「エルサレムへは行かず、アラビヤへ行って、ダマスコに戻った」とわざわざ記されています。アラビヤへ行ったとは、どういう意味なのでしょう。
 アラビヤとは、砂漠や荒野の地域です。人はいません。何もありません。どうしてそんな所に行ったのでしょう。神様と深く交わり、黙想するためでした。パウロはこれまで自分中心で生き、自分の思いでがむしゃらに行動して来ました。その結果、クリスチャンを苦しめることまでしました。神様中心に生きることに慣れていません。神の恵みで生きることに慣れていません。これまでは、自分の活動を通して自分の存在を認めてもらおうとする生き方でしたが、神様に喜ばれることは何かを知って生きる者になるためです。ですから、神様の御心を求め、聞く必要がありました。そのための場所がアラビヤでした。
 私たちも、アラビヤが必要です。日常から離れた孤独の時間を通して、自分に対する神様の愛と赦しの意味を深く悟り、神様の御心を求めるのです。そんな時間を通して、状況を霊的に見直すようになり、神様の導きと力をいただき、主とともに物事に取り組むようになります。
 脚光を浴びて走って来たパウロにとって、神と過ごしたアラビヤは、御言葉を悟り、御言葉に変えられる恵みを体験するところとなったでしょう。そして、訓練と養育の場となりました。それは、神様中心の生活、御言葉の価値観で生きる人生に慣れるためでした。私たちにも、訓練と養育の場が必要です。御言葉に養われ、御言葉を黙想し、主と出会いながら過ごす信仰生活が整えられることが必要です。
 パウロの信仰と思想に深みがあるのは、このような訓練と養育を通して深い思索があったからです。かつての特権や業績、人々の評価や認証を失い、その時パウロにあるのはただ神様だけでした。でも、その神の霊的訓練と御言葉の養育を通して、神に信頼し神を喜ぶ信仰が与えられました。私たちも同じです。苦難を受けるのを余儀なくされる時、私たちから出るのは、落胆や不満です。信じている私になぜこんなことが起こるのか、と神様を恨み、離れます。
 でも、訓練や苦難があって信仰は成熟するのです。苦難が来た時、私に向けられた神様の御心は何ですか、と祈りましょう。その時、私たちが主の前で変わる時です。パウロは、それをアラビヤで受けたのです。

V−交わりと働き−18〜20
 その後、パウロはどうしたのでしょう。18〜19節。エルサレムに行ってケファを尋ねました。この「尋ねる」という原語には、「分ける」という意味があります。ただ表敬訪問をしたのではありません。15日間ゆっくりと交わり、たくさんの話をしました。それぞれの体験を分かち合ったでしょう。パウロは、ダマスコでの体験したイエス様との出会いと召しを話し、ケファは、イエス様と過ごした様々なことを話したでしょう。それぞれの人生の物語を分かち合い、互いに共感し、喜び、励まされたでしょう。
 クリスチャンは、人生を分かち合わなければなりません。それを聞く人がいなければなりません。人生の物語は色々です。みな違います。私たちも、人生の物語を分かち合いながら、共通する神様の導きや恵みを確認し、分かち合うことで励ましや慰めを受けます。
 パウロとケファは、まったく違った方法でクリスチャンになりました。救われる以前の生活もまったく違いました。パウロはエリートで知識人でしたが、ケファはガリラヤの漁師でした。そのままであったなら、まったく出会うことのない者たちでしたが、今はイエス様に召し出されて、共に使徒として仕える者になりました。
 聖徒たちの交わりとは不思議なものです。教会には老若男女が集い、共に礼拝をささげ、人生を分かち合います。その生い立ちも、仕事も、人生も違います。しかし、イエス様にあって救われ、キリストの一つのからだとされています。エペソ4:16。私たちは、信仰共同体の中で、神の国に一緒に仕えて行くのです。
 ケファは、イエス様と共に生活し、一緒に働き、御言葉を聞きました。パウロは、イエス様に反発し、クリスチャンを迫害した者でした。しかし、それぞれに罪の赦しを受け、同労者となりました。パウロは、ケファからイエス様の話されたこと行われたことを詳しく聞いて、信仰が増し加わえれ、その後の宣教の導きを受けたことでしょう。
 それで、その宣教の様子が証しされています。21〜24節。人生の物語を分かち合うのは、聖徒たち同士だけではありません。まだ囲いの外にいる人々とも人生を分ち合い、救いの恵みを共にするようにします。そうするようにイエス様から使命をいただいていたからです。16節, 使徒6:14。また、それを宣教するパウロを見た聖徒たちも、迫害者が宣教師になっていると神をあがめました。
 パウロの人生の物語は、パウロだけのものではありません。信仰の人生は個人的なものではありません。あふれ出て、分かち合われるものです。イエス様に出会い、救われ、訓練と御言葉の養育を受け、聖徒たちと人生を分かち合って、互いに整えられ、人々と人生を分かち合い福音を伝えて行くのです。これが、私たちの共通した人生の物語です。エペソ4:16。



ガラテヤ1:11 兄弟たち、私はあなたがたに明らかにしておきたいのです。私が宣べ伝えた福音は、人間によるものではありません。
1:12 私はそれを人間からは受けたのではなく、また教えられたのでもありません。ただイエス・キリストの啓示によって受けたのです。
1:13 ユダヤ教のうちにあった、かつての私の生き方を、あなたがたはすでに聞いています。私は激しく神の教会を迫害し、これを滅ぼそうとしました。
1:14 また私は、自分の同胞で同じ世代の多くの人に比べ、はるかにユダヤ教に進んでおり、先祖の伝承に人一倍熱心でした。
1:15 しかし、母の胎にあるときから私を選び出し、恵みをもって召してくださった神が、
1:16 異邦人の間に御子の福音を宣べ伝えるため、御子を私のうちに啓示することをよしとされたとき、私は血肉に相談することをせず、
1:17 私よりも先に使徒となった人たちに会うためにエルサレムに上ることをせず、すぐにアラビヤに出て行き、再びダマスコに戻りました。
1:18 それから三年後に、私はケファを訪ねてエルサレムに上り、彼のもとに十五日間滞在しました。
1:19 しかし、主の兄弟ヤコブは別として、ほかの使徒たちにはだれにも会いませんでした。
1:20 神の御前で申しますが、私があなたがたに書いていることに偽りはありません。
1:21 それから、私はシリヤおよびキリキヤの地方に行きました。
1:22 それで私は、キリストにあるユダヤの諸教会には顔を知られることはありませんでした。
1:23 ただ、人々は、「以前私たちを迫害した者が、そのとき滅ぼそうとした信仰を今は宣べ伝えている」と聞いて、
1:24私のことで神をあがめていました。


使徒22:3 「私はキリキヤのタルソで生まれたユダヤ人ですが、この町で育てられ、ガマリエルのもとで私たちの先祖の律法について厳しく教育を受け、今日の皆さんと同じように、神に対して熱心な者でした。
22:4 そしてこの道を迫害し、男でも女でも縛って牢に入れ、死にまでも至らせました。

使徒26:14 私たちはみな地に倒れましたが、そのとき私は、ヘブル語で自分に語りかける声を聞きました。『サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか。とげの付いた棒を蹴るのは、あなたにとって痛い。』
26:15 私が『主よ。あなたはどなたですか』と言うと、主はこう言われました。『わたしは、あなたが迫害しているイエスである。
26:16 起き上がって、自分の足で立ちなさい。わたしがあなたに現れたのは、あなたがわたしを見たことや、わたしがあなたに示そうとしていることについて、あなたを奉仕者、また証人に任命するためである。
26:17 わたしは、わなたをこの民と異邦人との中から救い出し、彼らのところに遣わす。
26:18 それは彼らの目を開いて、暗やみから光に、サタンの支配から神に立ち返らせ、わたしを信じる信仰によって、彼らが罪の赦しを得て、聖なるものとされた人々とともに相続にあずかるるためである。』

エペソ4:16 キリストによって、からだ全体は、あらゆる節々を支えとして組み合わされ、つなぎ合わされ、それぞれの部分がその分に応じて働くことにより成長して、愛のうちに建てられることになります。

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