小グループで聖書を学ぶ
22 離反させる人々 (Uコリント11:1〜9)

「心の門を開いて」

 イエス様を救い主として受け入れたことで信仰に必要なことは完了したと思うかもしれません。しかし、福音を聞いて信じるよりもっと大切なのは、御言葉の中で正しく成長することです。子どもが生まれたら、それですべてが終わったと言うでしょうか。栄養のあるものを食べさせ、病気にかからないようにして、教育を受けさせるでしょう。それが欠けていたために、聖徒たちに問題が起こっていました。

「御言葉の種を蒔こう」

1 コリント教会の聖徒たちの信仰姿勢のため、パウロは、愚かな自慢をするので少しこらえてほしいと言っています。では、その少しばかりの自慢とはなんでしょうか。
・1〜2節/


2 パウロが、「神の熱心をもって、熱心にあなたがたのことを思っている」と言うのですが、「熱心」と訳された言葉は、「嫉妬」をも意味します。原語のゼロスとは、沸騰している音から出来た言葉で、熱心や嫉妬を沸き立たせるという熱情を表しています。神様と聖徒たちの関係を花婿と花嫁の比喩であらわしているのは、花婿が花嫁に対して愛の嫉妬を燃やすように、神様がクリスチャンを熱く愛していることが分かります。出エジプトの神も「ねたむ神」と表現されています。これほどの神の愛をどう思いますか。
・出エジプト34:14/
・ローマ8:32/

3 イエス様を信じた後、信仰の恵みを忘れて自分の肉の思いで生きるなら、それは婚約を忘れた者のようです。キリストの花嫁である教会の聖徒たちがどのようになって行くのを神様は、望んでおられるのですか。
・Tペテロ2:1〜2/


4 私たちにとって重要なことは、福音を聞いて、イエス様を信じただけにとどまらず、その後も御言葉の真理の中で成長して行くことがもっと重要なのです。しかし、キリストと聖徒たちの愛の関係を、邪魔して、惑わす存在がいます。パウロが心配していることは、何ですか。
・3節/
・Uコリント2:11/

5 サタン、悪魔は人が神様によって幸いになることが我慢なりません。サタンは人をおだてて、神様がいなくてもいくらでも幸福になれると騙します。サタンの騙しは、まるでサタンが世にいないかのように信じさせることです。ある人をイエス様から引き離そうとして、人を使って反対させたり、肉の自分に自信を持たせます。神様中心に信仰が熱心になることが危ないことかのように思わせます。人間を滅ぼそうとするサタンの策略であることを知らないでいると、その結果どうなりますか。
・4節/


6 コリントへほら吹きのような人々がやって来て、聖徒たちを真理の道から離そうとしていました。その内容は分かりませんが、聖書だけ信じていては幸福になれないとか、世と同じようにしなければならないとか、もっと自分の肉の思い中心でいい、罪のことを言ってはいけないなどと、どんどんイエス様の福音から引き離し、心を神様から引き離そうとします。そのような試みに会った経験はありませんか。互いに分かち合って、騙されないようにしましょう。



7 私たちにとって重要なことは、福音を聞いて、イエス様を信じただけでなく、その後も御言葉の真理の中で成長して行くことがもっと重要なのです。聖徒たちがすでにイエス様を信じたのに、元の価値観に戻ってしまうなら、パウロを悪く言う反対者の言うことに騙されてしまいます。実際のどんな問題を取り上げていますか。
・5〜7節/


8 古代ギリシャでは弁論術が盛んで、それを専門にした弁論家がいました。その弁論術は、内容より、どれだけ流暢に弁舌するかということが重要でした。弁論料が高ければそれだけ有名な弁論家として評価されたそうです。そのようにしていた反対者が、パウロを批判し、コリントの聖徒たちも、その地の文化や世の価値観のためにパウロを誤解したようです。パウロは、どんな価値観に立ってして来たと弁明していますか。
・6,9節/


9 聖徒たちの問題は、クリスチャンとなったのに、世の価値観や文化で物事や人のことを考えて、受け止めていたということです。それで、反対者の批判に騙されて、パウロを誤解してしまいました。あなたも、世の価値観や罪の習慣で物事や人のことを考えて、受け止めてしまったことがありませんか。そういうことでサタンに騙されたことは何ですか。


「命の実を刈り取ろう」

 イエス様を信じただけに留まらず、新しく造られることが重要です。救われて、生き方も、価値観も新しくなりました。御言葉の価値観に立って、聖書的に人や物事を受け止め、福音で理解しようとすることが必要です。きょうの学びで気付かされたこと、悔い改めたことは何ですか。Uコリント5:17。

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