小グループで聖書を学ぶ

17 あなたがたの愛を示して (Uコリント8:16〜24)

「心の門を開いて」

 日本の配達サービスは、世界では稀有なものだといわれています。日本で当たり前のことでも、世界ではそうではないようです。それでも、ときおり配達に関して、問題が起こることがあります。そんな配達に関して、信仰で取り組んだ例から大切な姿を学ぶことにしましょう。

「御言葉の種を蒔こう」

1 パウロは、エルサレムへの支援金を配達業者に依頼していません。献金をエルサレムへ持って行く人を推薦しています。どのような人に運んでもらうようにしているのでしょうか。どんな特徴がありますか。
・16〜19節/
・22節/

2 コリント教会の聖徒たちに対しても、深い信頼を寄せ、熱心になっている人です。いずれも信仰の人であり、働きにおいては熱心で勤勉です。支援金配達ということについて、信仰の姿勢で徹底して行う人たちでした。どうして、このような人たちを推薦しているのでしょうか。有名な貿易港、商人の町であったコリント、当然そこにいる聖徒たちも、お金に関してはうるさい、詳しい人たちでしょう。当時のコリント教会では、派閥争いや噂話による混乱、妬みやプライドのぶつかり合いなどという肉の思いで翻弄されていました。
・20節/


3 人は、お金のことでは失敗しやすく、間違いを犯し易いものです。憶測から誤解を引き起こすことがあります。そういうことにサタンが働き、私たちを間違いや争いへ誘います。サタンは、人を誤解させ、非難させようとするのです。私たちは、物事について、自分は気にしないからいいんじゃないと考えますが、誤解する素地を与えないことは重要です。相手に誤解する素地を与えるならば、自分にそのような意図が無くても、サタンに非難材料を与えたことになります。どうすることが必要だと教えていますか。
・21節/


4 私たちにとって、主に対することでは、信仰をもって誠実にしなければならないと考えますが、同じように世の中の様々なことでも誠実にすることが必要だということです。支援の働きでも、会社や家庭での仕事でも、主の御前に信仰をもってするような心と同じ思いが必要だということです。あなたは、このようなことについてどうですか。

5 人の評価だけを考えて、主の御前にして行くことを考えないのは残念な姿です。主のことは考えるのに、人の躓きや思いに無頓着なのも困ります。誤解や非難を受けないように公明正大であることは大切です。職場や家庭の仕事においても、その思いがあれば、随分違って来るのではないでしょうか。聖書は、どう勧めていますか。
・コロサイ3:22〜23/


6 パウロは、彼らについてどのように称賛していますか。それは、コリント教会に対して彼らをどのように受け止めるように願っているのでしょうか。
・23節/


7 非常に気を使い、素晴らしい信仰の働き人を送っても、配達人とか雇い人のように扱われるのでは、意味がありません。プライドの中にいる人たちは、謙遜に振舞う人や黙々と仕える人を見くびり、ぞんざいに扱いがちです。3人の使者に対して、どのような態度と姿を示してほしいと頼んでいますか。
・24節/


8 16節の「熱心」は、「関心」とも訳されます。使者の関心が、コリント教会、聖徒たちに向けられていたということです。ですから、コリントの人たちも、3人の使者に関心をもって、愛を示してほしいと頼んでいます。愛を示すというのは、関心を向けるということです。人の思いが内向きになると、自分のことばかりを考え、不満や文句、空しさばかり感じてしまいます。反対に、外向きになると、人の問題や状態に関心を持ち、人を助け、人をもてなすことに動きます。あなたは、このことについて、どう思いますか。



9 私を愛し、私を満足させる言動をし、私に関心を向けろというのでは、奪う愛、エロスの愛になってしまいます。私たちには、友達、親子などの相互の愛、フィリアの愛があります。でも、何かのことで片方の愛がストップしてしまえば、相互の愛は成り立ちません。では、どんな愛が必要ですか。
・ヨハネ3:16/
・Tヨハネ4:11〜12/

「命の実を刈り取ろう」

 イエス様の十字架の救いにあらわされた神様の一方的な愛、アガペーの愛が必要なのです。イエス様に救われて、神の愛を受けているならば、受けたその愛を周りの人たちに受け渡すことができます。その愛に押し出されて、人に関心を向けて、仕えて行くと、私たちも満たされて来ます。神様からもっと愛を受けられるようになります。そして、他の人からも愛を受けるようになります。きょうの学びを通して、気付かされたこと、導きを受けたことは何ですか。

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