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62 恐れないで喜びなさい(マタイ28:1〜10)

「心の門を開いて」

 AIによる文章解析というものがあるそうです。何と、登場人物や筆者の感情まで解析できるそうです。今日私たちは、イエス様の復活の箇所に現れた感情を読み取り、そこから私たちへのイエス様の復活のメッセージを受けたいと思います。

「御言葉の種を蒔きながら」

1 イエス様が金曜日に十字架にかけられ、埋葬された後の日曜日の朝、マグダラのマリアともう一人のマリアがイエス様の墓に来ました。何をしに来たのですか。この時のマリアさんたちの気持ちを想像してみましょう。どんな感情ですか。
・1節/
・マルコ16:1〜3/

2 自分たちの愛するイエス様が殺されて、希望が失われてしまいました。姉妹たちは、失望と空しさ、不安と恐れを抱きながら、重い足取りで墓まで行きました。そこには何の期待も希望もありません。心は落ち込んでいました。姉妹たちのこの時の感情を思うと私たちも共感できるでしょう。どんな時のどのような感情の状態を思い出しますか。



3 この姉妹たちに恐れや不安があったものの、イエス様の埋葬の用意をしてあげたいと墓まで来ました。そして、イエス様の復活の場面に立ち会うことができました。それは、姉妹たちのどういう思いがそうさせたのでしょうか。引用聖句から、姉妹たちのイエス様に対する思いを考えてみましょう。
・マルコ16:9/
・マルコ15:40,47/

4 姉妹たちは、空の墓を見ただけです。御使いから主の復活のニュースを聞いて、復活を信じました。さっきまで失望や恐れの中に落ち込んでいた姉妹たちは、どのように変わりましたか。
・5〜6,8節/


5 イエス様の復活を信じると、すべてが変わりました。墓に来るまでは重い足取りだったのに、飛ぶように走って行きました。悲しみや不安で押しつぶされそうになっていた心が喜びに満たされました。弱く人の目を気にしていた人が大胆な人に変わりました。なぜ、そのように変わったのですか。
・Tヨハネ5:11〜12/
・ローマ8:2,23/

6 イエス様を信じて救われた者は、よみがえりの命をいただいており、復活の約束にあります。人は、罪の重荷と死の恐れに押しつぶされそうになって生きていますが、イエス様の復活が、信じる者をそこから解放してくださいます。たとえ難しい問題に出会っても、悲しみや不安に押しつぶされるのではなく、救われている恵みと喜びを抱いて生きるようになるからです。そのような体験があれば、分かち合ってください。



7 8節をよく見ると、姉妹たちは、大いに喜んでいたものの、まだまだ恐れや不安を抱いていました。そんな姉妹たちに、復活されたイエス様が現れました。姉妹たちに何と言われましたか。脚注によれば、その意味は何ですか。ここに、姉妹たちに対するイエス様のどんなお気持ち、思いが現れているのでしょうか。
・9節/
・ピリピ3:1,4:4/

8 「おはよう」と訳されている原語は、喜ぶという動詞の命令形「喜びなさい」です。落ち込んでいる時、イエス様から「悲しみや恐れがありますね。でもわたしはあなたのために十字架にかかり、よみがえりました。それゆえあなたも復活の命に与っています。わたしはあなたとともにいます。喜びなさい。」と言われたら、どんな思いになりますか。



9 イエス様は、御使いと同じことを言われました。なぜ、繰り返し言われたのですか。イエス様が言われたことには、どんな感情が表れていますか。弟子たちに行くようにと言われたその場は、弟子たちにとってどんな所ですか。わざわざそこに行かせるのは、何か意味があるのですか。
・7,10節/
・マタイ26:31〜32/

「命の実を刈り取ろう」

 弟子たちはみな、イエス様を見捨てて、逃げてしまいました。イエス様を知らないと否定しました。そんな弟子たちを、イエス様は、「わたしの弟子たち」と呼ぶことで、その関係が回復されることを示されました。ガリラヤは、弟子たちにとって、イエス様に出会い、弟子になる召しを受けた所だからです。イエス様との関係が回復し、新しい使命を受けるには最適の場所です。私たちにとってのガリラヤはどこかと言えば、それは教会です。イエス様の復活された日曜日に礼拝をささげ、御言葉で養われ、霊的にイエス様と会う所だからです。今日の学びで受けた恵み、気付きを分かち合い、互いのために祈りましょう。ピリピ4:4。

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