小グループで聖書を学ぶ

65.どちらが成功者、勇者ですか(詩篇52:1〜9)

「心の門を開いて」
 
 自分が関わることにはすべて自己責任を覚える人、権謀術数を駆使し要領よく立ち回り出世をする人、そのどちらが成功者と言うのでしょうか。祭司たちの悲劇を自分のせいだと言うダビデ、その悲劇を画策してキャリヤを築こうとするドエグ、どちらが成功者であり、勇士なのでしょうか

「御言葉の種を蒔こう」

1 詩篇52篇は、表題のように、エドム人ドエグとダビデが関係した事件が背景となっています。登場人物と事件のあらましを確認しましょう。
・Tサムエル21:7, Tサムエル16:18/
・Tサムエル22:9〜10, 17〜19,22/

2 サウルに仕える勇士で知恵のあったドエグは、サウル王に認めてもらうためには、ダビデを助けた祭司たちを惨殺することまで平気でする人でした。この詩では、ドエグのような価値観の人を悪者、ダビデような者を神様に従う正しい者と言って、その生き方、価値観を対比しています。まず、悪者の態度とそれに対する警告は何ですか。
・1節/


3 その時、ドエグがサウル王に認められ、出世し、一方ダビデは頼る人たちがいなくなり、ますます苦しい逃亡生活をするようになりました。肉と欲の原理で生きる者が、人を騙し、陥れ、陰謀と中傷をもって出世し、富を得ることは多くあります。一方、正しく生きる者が被害を受け、損をし、不利な状況に置かれ、認められないことも多くあります。そのような経験があれば、お分かちください。



4 ドエグのような人は、知恵と力を悪用して、人を妬み、落とし入れ、富と権力を得ようとします。正しい者を害することで気分を良くするのです。この時、ドエグは誇ったのですが、それでも、神様の慈しみはいつも神様に従う正しい者とともにある、と言っています。なぜ、そう言えるのでしょうか。
・詩篇94:14/
・詩篇118:6〜7, ローマ8:31〜32/

5 祭司たちの惨殺を引き起こしたのは、ノブの祭司がダビデを助けたことをサウル王に教えたドエグの告げ口、讒言(ザンゲン)です。それで、ドエグの何が、どんなことが強調されていますか。(参考/箴言6:16~19)
・2〜4節/


6 悪者の舌は、神の民の間違いや足りなさを細かく覚えておいて、それをすべて悪く取って攻撃するというやり方をするものです。それも、弁明したりする機会を与えないで、自分が悪いと思わせ、自分を責めるようにもさせます。そういう仕打ちを受けて、心痛んだり、自分を責めたりしたことはありませんか。



7 神の民を権力者の力を借りてする間接的な攻撃は、中傷や悪口を浴びせる直接的な攻撃よりはるかに破壊的です。祭司がダビデを助けたという告げ口は、サウル王のダビデに対する妬みや猜疑心に火を点けるようなものでした。ドエグもまた、同じサウル王に仕えた勇士として、勇士ダビデに妬みを持っていたのでしょう。妬みや猜疑心は、サタンにつけいれられます。私たちも気をつけなければなりません。思い当たることはありませんか。



8 ドエグのような人の特徴は、神に頼らないで富により頼み、自分の悪知恵に頼りました。サウルの権力を使っていたドエグも力を振いました。サウルの王権がなくなれば、どうなりますか。罪と肉の原理に立って、権謀術数を駆使して、一時期成功したかのように見えても、結局どうなるでしょう。
・5,7節, 詩篇1:4〜6/


9 一方、イエス様を信じる者は、神様の恵みに拠り頼みます。一時的な状況に揺さぶられることなく、ずっと拠り頼み続けるならば、どうされますか。御霊の原理に立って生きると、どうなりますか。
・8〜9節,詩篇1:1〜3/

「命の実を刈り取ろう」

 このドエグのような者は、サタンの手下です。サタンの使いである蛇が人類の祖先を罪に落したように、ドエグは蛇のような舌を使って陰謀のめぐらし、サウル王の権力を用いてダビデを窮地に陥れました。しかし、神様は、人類を罪に陥れた蛇に「女の子孫が蛇の頭を砕く」言われました。この女の子孫とは、イエス様のことです。私たちの身代わりに十字架にかかってくださったイエス様を信じる者は、罪と滅びから救われています。この福音が、舌禍から私たちを守り、悪をなす者を退けられます。どう生きますか。

戻る