小グループで聖書を学ぶ

10 弱くても用いられる(士師記6:1〜15)

「心の門を開いて」

 自分は弱くて欠けが多い、私は用いられないと思うことが多いでしょう。しかし、落胆することはやめて、聖書のメッセージに目をとめましょう。神様は、神の民を救うために取るに足りない者を用いられました。

「御言葉の種を蒔こう」

1 信じていても、何事もなくうまく行っている時は、神様以外のものにより頼み、世の肉の価値観、罪の習慣に流され易いものです。その結果、神の民はどのような状態になっていますか。
・1〜5節/


2 彼らは、食べることにも事欠き、山地に隠れ住み、苦しみの中でまったく出口が見えないという状態でした。社会も生活環境も職場の環境も悪化しています。人々の心は混乱し、様々な問題や困難に出会い、悩み苦しんでいます。私たちがそのような苦しい状態に陥ったら、どうすればよいのでしょうか。イスラエルの民が最後に取った行動は、どんなことですか。
・6節/


3 「非常に弱くなって」とは、自分たちの力では到底困難を解決することはできない状況になって、追い詰められてということです。彼らは、集って共に祈りました。体面とかプライドとかいう肉の思いを捨てて、ただ素直に神様に叫び求めました。あなたも、そのように祈り、求めることはありませんでしたか。



4 神様は、その祈りに応えて、御言葉をくださいました。今イスラエルの民に必要なことは、食料であり、ミデアン人を追い出すことですが、どういう意味があると思いますか。その御言葉の中身はどうですか。
・8〜10節/


5 神様がまず御言葉を与えた理由は、神の民に根本を思い出させています。イスラエルの民をエジプトの奴隷から助け出し、約束の地カナンに導きいれたのは、主なる神様だったのに、神様のあわれみと愛を忘れ、御言葉に聞き従っていなかったのです。御言葉の後に、民を救い出してくれる士師を与えてくださいました。どんな人ですか。
・11, 15節/




6 酒ぶねとは、葡萄を足で搾るために岩に掘られた窪みのことです。狭い所で小麦を脱穀すれば、籾殻が刺さります。それでも、ミデアン人を恐れるあまり、その窪みに隠れてしていたのです。彼自身も、自分はあまりにも弱虫で、小心者、取るに足りない者だと自認していました。あなたは、自分をどのように見ていますか。



7 しかし、神様の使者は、ギデオンに対して、「勇士よ」(直訳は「大勇士」)と呼びかけます。これはまったくギデオンに合いません。皮肉なのでしょうか。どのような裏づけがあって、勇士よと言われたのですか。
・12節。
・出エジプト3:11〜12, ヨハネ14:16/

8 主が一緒ならば、どんなに弱虫で臆病な人でも、勇士になることができます。私たちにも、イエス様がともにおられます。ギデオン自身にも、勇士となれる理由がありました。彼は幼い頃から、何を聞いていましたか。何をもって抗議していましたか。
・13節/


9 神様に御言葉で抗議しているのは、彼が純粋に御言葉を信じる信仰だったからです。神様がギデオンを召しだされた理由は、ここにあります。ギデオンが召しだされた理由を知って、自分も用いられると思いませんか。



「命の実を刈り取ろう」

 ギデオン自身は、自分を最も弱い者、未熟な若者だ、役には立たないと思っていました。しかし、神様は、このような人を召し、用いてくださると言われます。あなたは、自分は、弱い、欠けだらけの者だ、何もできない、と落胆されますか。イエス様の弟子たちもまた、平凡な欠けの多い人々でした。イエス様に召しだされた時は、まだ若く、未熟者でした。でも、主の御手にとらえられて、変えられて、豊かに用いられました。イエス様を信じて救われた私たちも、イエス様の弟子になりました。取るに足りないと思う私たちも、信仰があるなら、弱くても用いられます。自分が主に用いられる主人公になれるのは、すばらしいことです。主は、あなたにどうするように語りかけておられますか。Tコリント1:27〜28。

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