小グループで聖書を学ぶ
21 サウロからパウロへ(使徒13:1〜12)

「心の門を開いて」

 人が成長する時に、当然変化していくところがあり、何かから解放されることを伴うものです。今日の箇所でも、イエス様を信じる者が霊的成長をする時、変化や解放があることを教えています。

「御言葉の種を蒔きながら」

1 アンテオケ教会は、エルサレムやユダヤでの迫害から逃れて来た避難民の証しによって始められた群れであり、バルナバとサウロの御言葉による地道な養育によって整えられた教会でした。そして、次第に教会に仕える働き人が育ってきました。どんな働き人が紹介されていますか。読んで見て、何を感じますか。
・1節/


2 ニゲルと呼ばれるシメオンは、その名前からユダヤ教のエチオピア人だったのではないかと言われています。クレネ人ルキオは、今のリビヤ出身のローマ人ということだけです。国主ヘロデの乳兄弟マナエン、乳兄弟とは同じ乳母に育てられたか、小さい頃一緒に遊んだ仲ということで、ヘロデ王家に近い人だったということです。そして、これまでにも登場して来たバルナバとサウロです。民族や文化や習慣が違う、学歴も社会的地位もまったく違う人々が集まっていたのに、どうして同労者となって共に働けたのですか。
・使徒11:25〜26/
・エペソ4:12〜16/

3 この5人、当時の社会では、一緒にいることも共に働くことも不可能な人々の集まりでした。世においては、人の感情や考え方の違い、育った背景や習慣の違いからどのようなことが起こっていますか。どんなことが考えられますか。
・ヤコブ3:14〜16/(参考)
・Uコリント12:20/(参考)

4 世においては、互いの違いから相容れず、敵対心や妬みが生じています。しかし、アンテオケ教会では、まったく背景の違う人々が、固定観念や偏見から解放されて1つとなっていました。彼らが祈っている時、聖霊の導きがありました。その人選でどんなことが起こると予想されますか。聖徒たちは、どのようにその障害を乗り越えましたか。
・2節,ルカ1:29,使徒2:12/
・3節/

5 「他の人ではなく、バルナバとサウロを遣わせだなんて、この2人はエルサレム教会形成の中心人物ですよ。教会は困ります。」そのように聖徒たちは思ったでしょう。しかし、祈りを通して聖霊によって彼らの心が変化して、そのような自分たちの思いから解放されて、2人を送り出すことができました。最初の宣教地は、キプロスで、どんな妨害が起こり、邪魔が入りましたか。それは、どういうことですか。
・5〜8節/
・マタイ16:23,エペソ6:12/

6 私たちは、サタンの妨害に会います。御言葉に聞き従って、イエス様に喜ばれる歩みをするのは、サタンの嫌うことだからです。問題や人々を通して救いや信仰の成長を邪魔するのです。サウロは、どのように対処していますか。
・9節/
・使徒2:4,詩篇37:5/

7 バルナバとサウロの2人は、これまではバルナバが中心でした。バルナバが、サウロの回心のあとサウロの聖徒たちへの仲間入りを導いてくれました。バルナバは、エルサレム教会からアンテオケに遣わされると、タルソに引きこもっていたサウロをアンテオケに連れて来て、同労者として一緒に御言葉による養育の働きをさせました。ところが、このキプロス宣教で活躍しているのは誰ですか。これ以降のこの宣教チームは、何と言われるようになりますか。
・使徒9:27, 11:25〜26/
・9, 13節/

8 キプロス宣教旅行からサウロが中心になったのは、異邦人宣教が主から与えられたサウロの使命であったからであり、サウロの経歴、賜物が異邦人宣教のために備えられていたからです。このようなリーダーシップの変化は、人間的にはどんな感情や問題が生じるところですか。バルナバは、どうですか。
・ヤコブ3:16/
・マタイ20:16,27〜28/

9 バルナバは、サウロの賜物と使命を見抜き、助け導き、同労者として育て、異邦人宣教師に押し上げています。自分が前に出たい、自分が認められなければという思いから解放されていました。9節を見ると、サウロの名前が変わりました。サウロは、ユダヤ人の名前であり、その意味は「望まれる」です。パウロは、ローマ人の名前であり、その意味は「小さな者」です。人々からの好意と名誉を期待する名前を捨て、謙虚さを全面に打ち出した名前を採用しました。サウロの思いはどうであると、うかがわれますか。
・Tコリント15:9,Tテモテ1:15/

「命の実を刈り取ろう」

 サウロからパウロへの改名は、古い自分から解放されて、新しい人へと変わった象徴でした。私たちも、古い肉の人から解放されて、造り変えられて新しい人として生きて行くことを願います。適用を分かち合い、祈りましょう。Uコリント5:17。

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