小グループで聖書を学ぶ
25 迫害の中でも進む御言葉(使徒14:1〜7)

「心の門を開いて」

 近年情報操作、虚偽報道、フェイクニュース等が増え、社会を混乱させています。初代教会においても、偽りの情報によって使徒たちや聖徒たちが妨害を受け、迫害されていました。人の罪から出てくる常套手段です。しかし、そのような中でも御言葉は進んで行くことを学びます。

「御言葉の種を蒔きながら」

1 パウロを妬んだユダヤ人によってピシディヤのアンティオキヤから追い出されたパウロとバルナバは、近くのイコニオンという町へ行きました。そんな時、どんな気持ちになると思いますか。そこでパウロたちは何をしていますか。その結果どんなことが起きていますか。
・使徒13:50〜51/
・1〜2節/

2 二人は、意気消沈も悲観もしないで、イコニオンでも会堂に入って、福音を伝えました。多くの人が信じましたが、信じようとしないユダヤ人は、異邦人にあれこれと嘘偽りを吹き込み、悪い感情を抱かせました。人は、自分の都合よく事実を歪曲し、嘘偽りを言って、ある人に悪い感情を抱くようにさせるのです。そのようなことに出合った時、あなたはどんな気持ちになりましたか。どのように反応しましたか。
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3 私たちは、そのような声に自分がさらされると、悲しくなり、心が痛くなり、憤慨もします。他の人についてならば、容易に扇動されて悪意を抱いてしまうこともあります。でも、イエス様は、このようなことについて何と言われておられますか。聖書はどのように対処するように教えていますか。
・マタイ5:11 /
・Tペテロ2:1〜2/

4 ユダヤ人が異邦人たちを扇動して、自分たちに対して悪意を抱かせたことに対して、パウロたちは、どう反応しましたか。気分を悪くしていますか。悲観していますか。憤慨していますか。もし、このように反応したとしたら、どうなりますか。
・3節前半/
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5 私たちは、人がそそのかされて、自分に悪意を抱いて来るならば、心穏やかではいられません。心が乱され、あれこれ思い惑うでしょう。さらには、騒いでそれを他の人にも言うようになります。それが、悪意を抱かせる人の思う壺です。その人のうしろで働くサタンの手練手管に落ちることになります。信仰の歩みを続けるには、どんなことが必要ですか。パウロたちが、福音を語り続けられた理由は何ですか。
・3節後半/
・マタイ28:19〜20/

6 このような妨害と迫害の中で証し人として生きた使徒たちの原動力は、「恵みのことば」です。イエス様による救いの御言葉は、まさに恵みの御言葉です。もし、悪意を抱く者たちを見て、悪意の声を聞いたら、不満や文句、失望が多いでしょう。どうして関係ない人にまで悪意を持たせるのか、何も知らないのに扇動されるなんてひどいなどと言って、恨みつらみでいっぱいになるでしょう。私たちは、何を見て、何を聞くべきですか。
・エペソ2:5/
・使徒2:25,ヨシュア24:24/

7 そんな妨害にも関わらず、福音を聞いて、信じる人が起こされました。人々を扇動して悪意を抱かせたにも関わらず、町の半分の人々が使徒たちの側に立つのを見た悪意を抱くユダヤ人と異邦人は、何を企てましたか。そのために使徒たちはどうしましたか。そのことは、どんなイメージをもたせますか。
・4〜6節/
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8 「難を避け」ということばを直訳すれば、「逃げた」ということです。逃げるというと、何かマイナスイメージですね。仕方なくという思いがそこにはあります。しかし、避難先での二人の行動は、どうですか。それは、迫害の中でもどんなことが進んでいることになりますか。どういうことが言えますか。
・7節/


9 悪意を抱く者の扇動と謀略の結果、他の町々へ福音が伝わり、人々が救われるようになります。扇動と殺害の企ての中でも、福音は伝えられ、御言葉は進んで行ったのです。私たちが出会う苦難と試みの中でも、信仰は進んで行くのです。試みや苦難の中でも信仰が進み、神のご計画があり、意味があったと悟る例があれば、分かち合ってください。


「命の実を刈り取ろう」

 パウロは、神の摂理の御手に喜んで自分の人生を委ねて、生涯を走りました。限りある私たちの地上の生涯ですが、永遠の神様に用いられ、導かれて歩む人生よりも貴重な人生はありません。妨害や試みによって自分の意志とは無関係に展開して行く時、救われている恵みを覚え、主と共に歩みたく願います。学びを通して与えられた適用や気付きを分かち合い、祈りましょう。Tペテロ2:1〜2。

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