小グループで聖書を学ぶ
30 役に立つ者となって(使徒15:36〜41)

「心の門を開いて」

 あのパウロとバルナバが喧嘩して、分裂するなら、我々がそうするのは当たり前だと誤解し、争いや分裂を正当化する人々がいます。しかし、その元となった事件を学ぶと、私たちは、その逆であることを知るようになります。信仰に生きる人々の深い思いを知って、私たちへの適用を学びます。

「御言葉の種を蒔きながら」

1 エルサレム会議が終わり、割礼をうけなければ救われないという主張は退けられ、誰でもイエス様を信じるだけで救われるということが確認されました。その決定がアンティオキヤへ知らされましたが、この問題については、アンティオキヤに留まらず、以前伝道された小アジヤのガラテヤ地方においても起こっていたはずです。そのために、パウロは提案をします。それについて、バルナバは、何を考えていましたか。
・36節/
・37節/

2 バルナバの考えに対して、パウロの反応はどうですか。その反応をした原因は、何ですか。どんな事件が尾を引いていたのですか。その事件の時、3人は、どんな気持ちになったと思いますか。
・38節/
・使徒13:13〜14 /

3 マルコのことでバルナバとパウロの間で「激しい議論」となったとありますが、原語には、争いとか反目という意味はありません。この原語からparoxysm(発作)という医学用語ができています。ですから、二人ともマルコのことを思うあまり、興奮して熱心に議論したという様子です。二人のやり取りで、バルナバは「マルコ」という個人名を出していますが、パウロは個人名を出していません。どういうことを意味していると考えることができますか。
・39節前半/
・37〜38節/

4 「一行から離れて働きに同行しなかった者は、連れて行かないほうがよい」と個人名は出していないのには、大きな意味があります。マルコは駄目だとは言っていないのです。今は連れて行く時ではない、成長と変化を待ちますということです。多くの人々が、人の失敗や過ちとその人自身を混同して、あの人は駄目だ、あの人は役に立たないと判断してしまうことがあります。そのような例があれば、分かち合ってください。

5 激しい議論の結果、どうなりましたか。それは、どういうことですか。はじめ、それについてどんな印象を持ちましたか。
・39〜41節/
・/

6 その結果、互いに別行動をとることになったというのは、一見すると、分裂したように見えます。しかし、それぞれの行き先を見ると、どういうことを意味していますか。前回の伝道地とどういう関係がありますか。地図で確認してください。
・使徒13:4,13〜14,1,6/
・/

7 バルナバは、マルコと一緒に迫害のなかったキプロスに行きました。パウロは、シリヤおよびキリキヤを通り前回の町々へ向かいます。つまり、二人が喧嘩して分裂したのではなく、以前行った伝道地の訪問を分担したということです。ここに、主の導きがありました。その後のマルコは、どうなったのでしょう。バルナバの養育は進んで行ったのでしょうか。パウロもマルコの成長と変化を期待していたようですが、その後どうですか。
・ピレモン1:24/
・コロサイ4:10 , Uテモテ4:11 /

8 後に、マルコは、パウロの同労者となりました。パウロは、マルコを評価するだけでなく、大きな益を受け、助けられたと告白しています。マルコは私の務めのために役に立つ者だから、連れて来てくれと頼んでいます。これは、どういうことを示していますか。
・Tペテロ2:2/
・ヘブル6:1前半/

9 マルコは、ペテロの秘書のような働きをしたと考えられています。ペテロは、マルコを「私の子マルコ」と呼んでいます。後に、使徒ペテロから聞いたことを整理して、マルコ福音書を書いたと言われています。素晴らしい変化、成長です。霊的造り変えです。失敗した痛みとバルナバとパウロの愛の衝突、熱い議論がマルコを変えたのです。マルコの成長や変化を学んで、私たちは、自分自身についてどんな希望や期待を持てますか。
・Tペテロ5:13/
・エペソ4:15/(参考)

「命の実を刈り取ろう」

 クリスチャンは、変化する存在、成長する者です。イエス様が十字架に犠牲になられて救われた存在なのですから、救われたに留まらず、キリストに似た者になるまで成長し、霊的に変化する者となっているのです。失敗したとしても、挫折してはなりません。マルコのように変化し、成長し、役立つ者となります。あの人は駄目だと決め付けないようにしましょう。マルコのように変えられる可能性があります。役立つ者となるかもしれません。今日の学びを通して気付かされたことや導きを受けたことを分かち合い、互いのために祈りましょう。ピレモン1:11。

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