小グループで聖書を学ぶ

54 謀略や騒動の中でも(使徒21:27〜40)

「心の門を開いて」

 願っていたようにならない、恐れていたことが起こる、そんなことばかりだと、人は憂い、失望してしまうと言われます。でも、本当にそうでしょうか。暴動という危機的状況の中にあったパウロの姿から、主が御自身に信頼する聖徒たちをどのように扱ってくださるかを学びます。

「御言葉の種を蒔きながら」

1 根も葉もない噂話で騒いでいるユダヤ人聖徒たちを静めるために、パウロは律法の儀式を行うよう勧められました。パウロは、それで事が収まるのであればとその通りにしました。ところが、そうしたことでどんなことが起きましたか。その原因は何ですか。
・26〜28,30節/
・29,24節/

2 当時のユダヤは、ローマ帝国の支配に対して強烈な不満や反発が鬱積していたので、偽りや誤解がきっかけで騒動が起こりました。人は、不満や苛立ちが心に溢れていれば、ちょっとしたことで吹き出て来ます。ユダヤ群衆は、偽情報によって騒動を起こしました。私たちは、ネット情報に流され、噂話を鵜呑みにして失敗したことはないでしょうか。
・イザヤ29:21/
・Tテモテ5:13/

3 パウロのように、ひどい目に遭い、危機的状況に陥ったなら、人は、来なければ良かったのだ、他人の言うことを聞かなければ良かったのだ、これは失敗だ、もうだめだと思うでしょう。あなたは、願っているようにならない、恐れていたことが起こり苦しい状態になったら、どんな気持ちになりますか。聖書は、どう教えていますか。
・Uコリント4:8〜10/


4 私たちは、事を肉の目だけで見てはなりません。主なる神は、すべてのことをご存知です。導いてくださいます。見捨てません。イエス様の十字架の犠牲によって救われているのですから、諦めないで、失望しないで、どう導いてくださるのか、見極めることです。命が危うくなり、危機的状況にあったパウロは、どうなりましたか。
・31〜32節/


5 パウロが殺されそうになった時、暴動が起きていると報告を受けたローマ軍が出動して来て、暴徒はパウロを打つのを止めました。パウロはすんでのところで助けられました。パウロは、コリントやエペソでどのように守られ、助けられたのですか。これは、どういうことを私たちに教えていることになりますか。
・使徒18:12〜16,19:38〜41/
・Tコリント10:13 ,詩篇31:15/

6 私たちは、病気や患難、悲しみや苦しみにある時、努力しても解決しえない苦難の前で無力でしかない時、私たちはどんな態度を取っているのでしょうか。人が何もできない状況だからこそ、できることがあります。そういう時、聖徒たちはどんな信仰を持てるのですか。
・出エジプト14:13/
・詩篇62:8/

7 このような状況だったら、無実を主張したり、不当逮捕に抗議したりするでしょう。そして、群衆の暴力から助け出されて、ほっとするかでしょう。しかし、パウロはそうしませんでした。兵営の中に入れられるという時、パウロはどうしましたか。パウロは、エルサレムでどうすることを望んでいたのですか。
・37〜39節/
・ローマ15:30〜31/

8 暴動から守られただけでなく、暴動を起こした群集の前でどうすることができるようになりましたか。こんな自分の命を危うくさせた暴徒の前でそうするのは、パウロのエルサレムの民に対するどんな思いがあるからなのですか。
・40節/
・ローマ9:3/

9 テロリストではないと分かると、千人隊長は群衆の前で弁明することを許可しました。考えてみてください。パウロにとって四面楚歌のような群衆の前で、パウロについて偽りと誤解が満ちている中で、何と福音を語るチャンスが与えられたのです。とても考えられない、望めない環境の中でできるようになりました。これは、私たちにどういうことを教えていると思いますか。
・ローマ8:28/(参考)

「命の実を刈り取ろう」

 御言葉を思い巡らし、神の御心にかなう歩みをしようとする聖徒は、辛い、悲しい、痛みを伴うような問題の中でも、神様の守りの御手を発見します。そればかりか、主に用いられる霊的な機会ともなります。ですから、私たちは、たとえ苦しみの中でも、八方塞がりの状態であっても、自分に与えられた務めを黙々と行い、苦難の中で忍耐を学び、悲しみの中でも全能の神の前に祈り、神に信頼する聖徒となることを願います。今日の学びで与えられた発見や導きを分かち合い、互いのために祈りましょう。ローマ8:28。

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