小グループで聖書を学ぶ

9 迫害が起こり、散らされて(使徒8:1〜25)

「心の門を開いて」

 泣きっ面に蜂、弱り目に祟り目などと言いますが、悪いことに悪いことが重なる、苦しい辛い時に問題が起こる、そうすると、人は意気消沈し、失望落胆してしまいます。初代教会でも、ステパノの殉教という悲しい出来事があったばかりなのに、それに加えて聖徒たちに対する迫害が始まりました。どうなって行ったのでしょうか。そこから、私たちへの適用を学びます。

「御言葉の種を蒔きながら」

1 ステパノの殉教は、初代教会にとって大きな悲しみでした。ところが、その悲しみに浸ることができませんでした。どんなことが起こりましたか。
・1〜3節/
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2 ステパノの殉教を契機として、聖徒たちに対して激しい迫害が起こり、聖徒たちは避難せざるをえませんでした。こうして、悲しいことが重なり、苦しみに苦しみが続きました。私たち自身、仕事や家庭の中で問題が続いたり、苦しいことや悲しいことが続いたりした時、どんな心境になりますか。
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3 激しい迫害のために聖徒たちはエルサレムにいることができず、ユダヤ、サマリヤの諸地方へと避難しました。辛い悲しい逃避行だったでしょう。行く先々で聖徒たちはどうしましたか。結局、これは、どういうことが実現したのでしょうか。
・4節/
・使徒1:8/

4 ステパノの殉教に続いて、迫害が起こりました。しかし、エルサレムから散らされた結果、聖徒たちは、ユダヤとサマリヤの地方に福音を証しするようになりました。このことは、私たちにどういうことを教えているのですか。苦しみや悲しみの中にある者に、どんな励ましや希望を与えてくれますか。
・エペソ3:20/
・ローマ8:28/

5 私たちにも、問題が続いたり、辛い中で悲しい出来事が起こったりする時、意気消沈してはならないということです。問題が続く中でも主は共にいてくださり、導いてくださり、思いを越えて働いてくださるからです。サマリヤとは、どういう所だったのですか。ステパノの同僚であったピリポの働きによって、サマリヤ人はどうなりましたか。
・ヨハネ4:9/
・5〜8,12節/

6 その町にシモンという魔術師がいて、人々は長い間その魔術に驚かされていました。つまり、魔術に惑わされていたというのです。そのことから、サマリヤの人々がどのような精神状態、生活習慣の中にいたということが考えられますか。
・ガラテヤ5:19〜21/(参考)
・エゼキエル13:6〜7/(参考)

7 占いや魔術で惑わされ偶像に縛られていた人々は、イエス様を信じてバプテスマを受け、魔術から解放されました。遣わされた使徒たちは、彼らのために何を祈りましたか。それは、なぜですか。サマリヤの聖徒たちは、何を知らなかったのでしょう。経験していなかったのでしょうか。
・14〜17節/
・使徒19:2,エペソ5:18/

8 サマリヤの人々は、聖霊の満たしや御霊の臨在を経験していませんでした。今日の聖徒たちの多くも、信じて救われたのに、聖霊に満たされていません。御霊の働きや御霊に満たされることを知らない人も多いです。それでは、依然としてどういうことになりますか。シモンは、信じて洗礼を受けましたが、その姿はどうでしたか。
・ローマ4:14,Tコリント3:3/
・18〜21節/

9 御霊の働きや御霊に満たされることを知らなければ、依然として自我が心の王座に座っているので、形だけの信仰となります。信仰が人生に影響を与えることも、成長することもありません。聖霊は私たちを霊的に成長させ、新しい人に造り変えてくれます。人生には、問題が続いたり、悪いことが重なったりする時があります。そんな時、どうしますか。どう受け止めますか。どんなことを確信しますか。
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「命の実を刈り取ろう」

 問題が続いたり、悪いことが重なったりする時、私たちは主に立ち返り、心の王座にイエス様を迎え、聖霊の満たしを願うようにします。そうすると、失意と不安の中でも、導きと助けを受け、力を与えられて、乗り越えるようにされます。苦しく辛い中でも、思いを越え、願いを越えて働く主の恵みと祝福を享受するようになります。患難が続いても、かえって信仰が成長し、深化する機会となります。今日の学びから与えられた導きや励ましを分かち合い、互いのために祈りましょう。ローマ8:28。

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