小グループで聖書を学ぶ
10 聖霊に導かれ、御言葉に導かれ(使徒8:26〜40)

「心の門を開いて」

 人は迷う時、あれこれと考え、悩みます。でも、私たちには、聖霊の導きがあり、御言葉の導きがあります。この恵みに導きを求めて、受け止めているでしょうか。今日の箇所には、聖霊に導かれ、御言葉に導かれる2人の人物の素晴らしい場面が記録されています。2人の姿から学びます。

「御言葉の種を蒔きながら」

1 ピリポがサマリヤで福音を宣べ伝え、驚くべきことがたくさん起きました。ピリポは大活躍をしました。ところが、主の使いを通してピリポに導きが示されました。どんなことですか。そこは、どんな所ですか。納得できることなのでしょうか。
・26節/


2 聖霊の導きは、人のいない荒野へ行けというのです。ガザに下る道へ行けというだけで、その目的も、理由も教えられていないのです。でも、人生においては、そういう時があります。聖書に登場する信仰の人にも、そのような例があります。人生には、理由も分からないで行く道があり、目的も知らされずにしなければならないことがあります。そのような例があれば、分かち合ってみてください。
・ヘブル11:7〜8/


3 ピリポの反応はどうでしょうか。彼は、「立って出かけた」というのです。ピリポは、何の質問もせず、文句の一つも言わず、出かけました。なぜでしょう。サマリヤでの出来事があったからです。サマリヤでの驚くべき出来事は、自分の能力や努力によって行なわれたことではなく、御霊の働きだったからです。ピリポは、すぐさま指示通り下って行きました。向かった先に、どんな人がいましたか。その人についてどんな想像ができますか。
・ヨシュア24:17/
・27〜28節/

4 王国の財政を任されていた高官は、自分を整え、国を治めるという難しい仕事のために聖書の教えが必要でした。主は、その願いを知っておられ、そのためにピリポを送ってくれたのです。ここで聖霊は、ピリポにどんな指示を出しましたか。聖霊の導きに対して、ピリポはどう反応しましたか。それは、どんなことを理解したからですか。
・29〜31節/
・ルカ4:1, 伝道者9:11/

5 エチオピヤ人が聖書を読んでいるのを知って、ピリポは、なぜ聖霊が自分をここに来させたか、理解しました。ですから、機会を逃さず、「読んでいることが、わかりますか」と声をかけました。すると、エチオピヤの高官は、どんな反応をしましたか。何を知りたかったのですか。
・31〜34節/
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6 エチオピヤという遠い国から来た高官に聖書を教えるという驚くべきことが起こりました。この時間にここを通るのでなければ、2人は出会えません。高官が馬車の中で声を出して聖書を読んでいなければ、ピリポが気付いて声をかけることはありません。一緒に馬車に乗って欲しいと高官が頼まなければ、聖書を教えてもらい、福音を聞くことも実現しませんでした。2人に何があったからですか。
・ローマ8:14/
・ガラテヤ5:25/

7 この高官が知りたいと求めていたのは、読んでいる箇所のことは誰のことを言っているのかということでした。誰が何をしたことを教えているのですか。
・35節, ヨハネ5:39/
・イザヤ53:7〜8/

8 ピリポは、ほふり場に連れて行かれる子羊のように十字架につけて殺されて、人々のそむきの罪のために犠牲とされたイエス様を伝えました。イエス様の十字架の犠牲が、すべての人の身代わりだったことを説明しました。これを聞いて、高官はどうしましたか。あなたは、福音を聞いて、どう思いましたか。
・36〜38節/
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9 この高官が国に帰りました。この高官が国に帰ってから、その国の人々にイエス様を伝えたでしょう。その影響力も大きかったでしょう。歴史によれば、この国は、やがて王様をはじめ国民がイエス様を信じて、キリスト教国家となりました。2千年経った今日でも、南スーダンとエチオピヤの6割はキリスト教徒です。これは、何が実現したことになりますか。この話から思うことは何ですか。御霊に導かれた人の役割は何であるかを示していますか。
・39節/
・使徒1:8/

「命の実を刈り取ろう」

 この2人の出会いから、高官が福音を聞くことができて救われたことすべて、聖霊の導きでした。聖霊に導かれ、御言葉に導かれて歩めば、家庭を変え、職場を変え、学校を変え、国を変える一人となる可能性があります。学びを通して与えられた気付きや導きを分かち合い、そのために祈りましょう。ガラテヤ5:25。

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