2012年2月19日「隆盛と滅亡」イザヤ13:13-22

序−イザヤは、タイムマシンに乗って見て来たかのように、2百年後のバビロンの悲惨な終わりを描いています。神様がこれを見せてくださったのは、どんな意味があるのでしょうか。現代を生きている私たちとどんな関係があるのでしょうか。

T−バビロンの滅亡、文明と人の罪−13-16
 強大なバビロン帝国のさばきが預言されています。13節。バビロンがアッシリヤとエジプトを征服し、近東に大帝国を築きます。バビロンは、ユダ王国を滅ぼし、ユダの民を捕囚としてバビロンに連行します。ユダの民にとってバビロンは、あらゆる悪の根源、残虐の具現、罪と欲の型となりました。黙示録には、都市の悪の根源と罪と欲の象徴的な名称として大バビロンの名が用いられています。黙示録18:2,10,18。
 バビロンは、当時最高の文明を築きました。世界7不思議の一つにバビロンの空中庭園があります。しかし、文明は発達したものの、その罪の性質は、変わりませんでした。それで、神の御怒りがくだされたのです。人々の生活水準や生き方が文明化したからと言って、人間の罪性が少なくということはありませんでした。現代は、過去には想像もできないほど、科学や文明が発達しましたが、人間の罪の性質は、少しも変わるところがありません。悲惨な戦争はなくならず、社会には不道徳と悪習慣がはびこっています。人の罪や悪も、増大しています。エレミヤ17:9-10,13:23。
 「天を震わせ、大地はその基から揺れ動く」というのは、根底から滅ぼされてしまうということです。バビロンの人々が追い出されて逃げ去って行くとあります。どうして追い出されるのでしょうか。14節。富を求めて繁栄したバビロンに集まっていた人々は、侵略軍によって、略奪されました。バビロンの文明と富を求めて集まっていた人々も、潮が引くように、バビロンから逃げ出して行ったのです。人がいなくなったら、そこは町ではありません。廃墟です。今日、消費の変動や経済の空洞化のために、ゴーストタウンが増加し、雇用も低下しています。
 彼らの逃げる道が寸断され、侵略軍に見つかるなら、略奪され、殺されてしまいます。無慈悲な殺戮が行なわれました。15-16節。バビロンによって滅ぼされ、蹂躪された民族が、報復したのでしょう。憎しみが爆発した時、もう止まらなかったのです。東欧やアフリカでの民族衝突でも同じようでした。昔も今も、文明の発達して所でも、人の憎しみ、罪の性質は変わりないのです。イエス様の十字架による赦しが必要です。コロサイ3:13,15。

U−バビロンの使用目的、神様からのメッセージ−
 なぜこんなバビロンにユダが渡されたのでしょうか。神様は、人々に絶え間なく自分を省みるように、メッセージをくださいます。私たちは、私たちの周りに起こる大なり小なりの出来事の中に、神様のメッセージがあることを覚えなければなりません。霊的状態は目に見えません。信じていると言っても、まったく変わらず、人のことばかり妬み憎み、不満に思う姿もあります。自分を見ない霊的無感覚は、恐ろしいものです。イエス様は、時には病気を癒やしてくださるばかりでなく、病気治療を通して、心の中の罪をも見るようにしてくださいました。
 神様は、神の民にも、自分たちの霊的状態を見るようにされたのです。バビロンに征服された神の民は、捕囚とされます。人にとって最も悲惨なのは、奴隷状態です。家畜や物同様に取り扱われます。まったく自由がなく、命の保証もありません。ユダの民は、神様の御言葉に満足しないで、バビロンのような強国の栄光を求めました。そうして、罪の奴隷になって行きました。神様は、神の民をバビロンの捕囚とさせて、世の栄光の真実を見るようにさせ、罪の奴隷から助け出したのです。70年の捕囚生活の後、信仰を回復した神の民は、約束の地に帰還できるようにされます。
 罪を行ない、罪に支配されている人は、罪の奴隷です。ヨハネ8:34。すべての人は罪のために、奴隷となっているのです。そこから、様々な悲惨な苦しみ空しさが生じて来ます。イエス様の十字架による救いそのものが、私たちを罪の奴隷から救うことでした。ローマ6:10,17-18。
 では、バビロンに捕囚にされたユダの民の生きる道は、何なのでしょうか。バビロンに適応しなければなりません。そうしなければ生きることができません。商売でも農業でもして、とにかく食べて生きなければなりません。でも、いつかバビロンは滅ぶのだから、いつかはすべてを置いてバビロンを出る備えをしなければならないという生き方でした。それは、バビロンの繁栄の奴隷になっては危険だということを教えています。その力や繁栄の捕囚となったら、そこに住み続け、信仰をなくし、エルサレムに帰還することはなかったでしょう。
 世には、私たちに必要なことはほとんどあります。しかし、世は罪に満ちています。神様を認めません。私たちは世で食べて生きて行かなければなりません。しかし、この世に望みを置いて罪の奴隷となってはなりません。世のものに捕らわれると危険です。放棄しばければならなら放棄できる姿勢を持って生きることが必要です。これが、神の民のバランス感覚であり、信仰的シンプルライフと言えるでしょう。ピリピ4:11-12。
 私たちがこの世で生きる目的は、何でしょう。この混乱した先が見えない社会の中でどう生きるのでしょうか。神様は、私たちがバビロンでの神の民のようなバランス感覚をもって世に生きて、神様の御心を成し遂げることを願われています。私たちは、世で罪や欲の奴隷とならないで、信仰を持ちながら、しっかり生きるのです。御言葉に聞き従いながら、最後の時まで最善を尽くして生きるのです。いつも祈りながら、イエス様と共に歩みながら、世で生きるのです。コロサイ2:6。

V−メディヤ人の攻撃、世に生きる私たちは−17-22
 神様は、バビロンを滅ぼすためにメディヤ人を用いられました。17-18節。古代の戦争は、略奪が目的です。戦利品を獲ようとするものです。ですから、金銀など宝物をあげれば、退散することもあります。U列王18:15。ところが、メディヤ人は、金や銀に目をくれないというのです。ただやたらに無慈悲な殺戮を行なったのです。それは、バビロンの滅亡そのものを願っていたということです。
 メディヤは今のイランであり、バビロンは今のイラクです。1980〜1988年にイラン・イラクの間で国境をめぐって戦争がありましたが、2千数百年前から続いていた関係なのでしょうか。メディヤは、戦利品や金銀が目的でないのであれば、何のために戦争したのでしょう。「奮い立つ」ほど、感情の入ったものです。バビロンに対して、感情的な問題があったということです。かつてメディヤがバビロンから蹂躪され、弾圧されたからでしょう。アフリカや東欧でも民族間の戦争は、憎しみのゆえに凄惨を極めました。憎しみは人の悪を増大させます。人の憎しみや妬みの思いにサタンが付け入るのです。私たちの中にも、憎しみや赦さない思いが残っていないでしょうか。その心が私たちを罪の奴隷とします。
 結局、バビロンは、徹底的に滅ぼされます。19-22節。当時最高に文明を誇ったバビロンが、廃墟となるというのです。住み着く人もなく、アラビヤ商人も通り過ぎ、遊牧民も近づかない、ただ野生動物だけが住むような所となるというのです。今日も、バビロンの遺跡がそれを証明しています。現代でも経済の破綻のために廃墟化する町々が増大しています。
 現代の都市は、この古代のバビロンに似ています。都市には、人々が必要としているものがあふれています。人々を魅了するものがいっぱいです。しかし、反面人々を悪や罪に誘惑するものに満ち、犯罪の巣窟となっています。経済破綻や政治の混乱によって、あっという間に衰え、ゴーストタウン化してしまいます。では、世捨て人にでもなれということでしょうか。いいえ、神様は、私たちを世で生きるようにされました。私たちは、地の塩世の光とならなければなりません。社会で生きる私たちも、バビロンで生きた神の民のように、都市の罪や悪に捕らわれないで、神様に拠り頼み、御言葉に聞き従いながら、注意して生きなさいということです。
 世は、私たちを罪に陥るようにさせ、滅ぶようにさせます。ですから、霊性を持って生き、神様が放棄しなさい、離れなさいという時には、従える備えをしておかなければならないのです。私たちは世で生きながら、世の繁栄に目を眩ませられ、罪や欲を煽られるでしょう。失望と挫折感を経験することもあるでしょう。ですから、神様が私たちに正しい判断力と世に打ち勝つ力を与えられるように祈りましょう。イエス様に救われた者には、罪と悪徳に打ち勝つ生活が約束されているからです。ヨハネ16:33
 私たちは、いつかはこの世を離れる者です。世にあるものに絶対的な望みを置かなくていいのです。たとえ、世で認めてくれなくても、世で成功しなくても、神様の評価と神様の祝福があります。世の習慣や価値観に捕らわれないで、終わりまで主に拠り頼み、御言葉に聞き従いましょう。主の導きに敏感になりましょう。そうすれば、世のすべてのことを良く用いることができて、神様の御心をなすことができます。ローマ6:10,10:31。



イザヤ
13:13 それゆえ、わたしは天を震わせる。万軍の主の憤りによって、その燃える怒りの日に、大地はその基から揺れ動く。
13:14 追い立てられたかもしかのように、集める者のいない羊の群れのようになって、彼らはおのおの自分の民に向かい、おのおの自分の国に逃げ去る。
13:15 見つけられた者はみな、刺され、連れて行かれた者はみな、剣に倒れる。
13:16 彼らの幼子たちは目の前で八裂にされ、彼らの家は略奪され、彼らの妻は犯される。
13:17 見よ。わたしは彼らに対して、メディヤ人を奮い立たせる。彼らは銀をものともせず、金をも喜ばず、
13:18 その弓は若者たちをなぎ倒す。彼らは胎児もあわれまず、子どもたちを見ても惜しまない。
13:19 こうして、王国の誉れ、カルデヤ人の誇らかな栄えであるバビロンは、神がソドム、ゴモラを滅ぼした時のようになる。
13:20 そこには永久に住む者もなく、代々にわたり、住みつく者もなく、アラビヤ人も、そこには天幕を張らず、牧者たちも、そこには群れを伏させない。
13:21 そこには荒野の獣が伏し、そこの家々にはみみずくが満ち、そこにはだちょうが住み、野やぎがそこにとびはねる。
13:22 山犬は、そこのとりでで、ジャッカルは、豪華な宮殿で、ほえかわす。その時の来るのは近く、その日はもう延ばされない。



黙示録18:2 彼は力強い声で叫んで言った。「倒れた。大バビロンが倒れた。そして、悪霊の住まい、あらゆる汚れた霊どもの巣くつ、あらゆる汚れた、憎むべき鳥どもの巣くつとなった。
18:10 彼らは、彼女の苦しみを恐れたために、遠く離れて立っていて、こう言います。『わざわいが来た。わざわいが来た。大きな都よ。力強い都、バビロンよ。あなたのさばきは、一瞬のうちに来た。』
18:18 彼女が焼かれる煙を見て、叫んで言いました。『このすばらしい都のような所がほかにあろうか。』

エレミヤ17:9 人の心は何よりも陰険で、それは直らない。だれが、それを知ることができよう。
17:10 わたし、主が心を探り、思いを調べ、それぞれその生き方により、行ないの結ぶ実によって報いる。
13:23 クシュ人がその皮膚を、ひょうがその斑点を、変えることができようか。もしできたら、悪に慣れたあなたがたでも、善を行なうことができるだろう。

コロサイ3:13 互いに忍び合い、だれかがほかの人に不満を抱くことがあっても、互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。
3:15 キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。そのためにこそあなたがたも召されて一体となったのです。また、感謝の心を持つ人になりなさい。

ヨハネ8:34 イエスは彼らに答えられた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。罪を行なっている者はみな、罪の奴隷です。

ローマ6:10 なぜなら、キリストが死なれたのは、ただ一度罪に対して死なれたのであり、キリストが生きておられるのは、神に対して生きておられるのだからです。
6:17 神に感謝すべきことには、あなたがたは、もとは罪の奴隷でしたが、伝えられた教えの規準に心から服従し、
6:18 罪から解放されて、義の奴隷となったのです。

ピりピ4:11 乏しいからこう言うのではありません。私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。
4:12 私は、貧しさの中にいる道も知っており、豊かさの中にいる道も知っています。また、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。

コロサイ2:6 あなたがたは、このように主キリスト・イエスを受け入れたのですから、彼にあって歩みなさい。

U列王18:15 ヒゼキヤは主の宮と王宮の宝物倉にある銀を全部渡した。

ヨハネ16:33 わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」

ローマ6:10 なぜなら、キリストが死なれたのは、ただ一度罪に対して死なれたのであり、キリストが生きておられるのは、神に対して生きておられるのだからです。
 

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