2012年3月4日「人の高慢と神様の勝利」イザヤ14:12-23

序−バビロンには、バベルの塔と言われるジグラット(高い塔)の残骸があります。バベルの塔とは、神様のように高くなろうとした人の罪が教えられている話です。古代において悪の勢力の代表がバビロンであり、絶対権力を手にして高ぶり、神様に敵対しました。私たちも陥り易い高慢という罪の姿、その罪に働くサタンについて学びます。

T−バビロンの特徴、高慢−12-14
 当時の近東世界を支配することになるバビロンの特徴の一つが、落ちた明星です。12節。「明けの明星」とは、朝他の星が消えてしまった後、空に光っている星、つまり金星のことです。「明けの明星が落ちた」ということは、それが偽物の明星だったということです。朝明けは、新しい世の到来を知らせる兆しです。まだ全体は暗い世を、目覚めさせる先駆けの意味です。一時代の文明を築いたバビロンでしたが、バビロンは、本当の明星ではなく、偽物の明星であり、滅びてしまいました。
 この箇所は、よくサタンをあらわすものとして引用されます。サタンは、自分の正体を現して人々に近づくようなことは決してしません。サタンは、明星のようにして、魅力的に自分をあらわします。サタンは、自分に関心をもって助けてくれるのは他にいないかのように思い込ませます。しかし、サタンの本当の目的は、その人を精神的に支配し、罪を犯させることです。強権を振るう独裁者は、はじめはそうなのです。
 だから、サタンは、自分を光の御使いに仮装します。Uコリント11:14。決して、サタンの姿は見せないということです。天使のようにしてあらわれるのです。ですから、サタンの魔の手から簡単には抜け出せなくなるのです。バビロンは、他の国を征服する時、初めは紳士的に尋ねて来て、助けようと言うのですが、後には攻撃して、残忍に征服してしまうのです。U列王20:12-18。騙されてしまうのです。騙しは、サタンの手練手管です。
  バビロンの特長は、何と言っても高慢です。神様くらいに高くなることを願いました。13-14節。バビロンは、自分を絶対視するだけでなく、神格化するようになりました。神々の中で最も高い神になりたいとしたのです。確かに、その時代、バビロンほど絶大な権力を持った国はなかったからです。
 多くの国を征服し従え、すべての権力を手中にしたバビロン、バビロン王の関心は、自分を神格化するだけでなく、「星の神々のはるか上に私の王座をあげ」というように、神々の上に君臨しようとしました。「北の果てにある会合の山」とは、バビロンに神々が集まって会議をすることを意味しています。神々の中心になろうとしたのです。日本の神話でいう神無月に出雲に神々が集まるという感じです。そんなバビロンにバベルの塔が造られる、ありそうな話です。バベルの塔とは、神と同じくらい高くなろうとして塔を建てたという、奢り高ぶった人間の罪の姿が教えられている話です。創世記11:4-9。高ぶりや傲慢がいかにサタンの働く危ないものか、教えています。箴言16:18。私たちは、自分の中心に誰が座っていますか。

U−バビロンの悲惨な滅び−15-23
 神様は、バビロンのような国を通して、悪の正体を見せています。人々の心の中には、バビロンのようにすべての権勢を手中にして、思いのまま操ることができたらいいのにな、という野望があります。ですから、バビロンの高慢と権力の乱用を通して、人間の罪の性質を明らかに見るようにさせたのです。
 人は罪人です。絶対に人の手に権力を手中にしてはならない、神様によって統制されなければならない、と悟らせてくれるのです。16-17節。悪者たちは、少しの期間は人々を騙すことはできても、ずっととは行きません。必ず本性が現われるようになります。歴史の評価は、厳しいです。歴史上、独裁者の末路が悲惨でなかったことはありません。
 バビロンは、悲惨な最期を迎える他ありませんでした。18-19節。多くの国々と民は、バビロンを恐れ、ふるえおののきました。バビロンに対抗する国はありませんでした。知恵があり、文明が高かっただけに、悪賢く、残忍で、できないものは何もないくらいでした。しかし、王の最後は、悲惨で虚しいものでした。その死体は、多くの死体の並んで捨て置かれ、墓に埋葬されなかったのです。世界を震撼させたバビロンという国が滅ぶ時、その最後は一瞬に没落してしまう空しいものだったのです。
 人がバビロンの滅亡を見て感じることは、人間が傲慢になるなら、その最後はこんなにも悲惨なものだということです。人は、自分勝手に生きては駄目だ、危険だ、高慢になってはならないということです。人は、神様の御怒りに戒められて、神様との平和が与えられる前には本当に平安になることはできないのです。バビロンは、自分の国を戦乱に巻き込み、多くの民を犠牲にしました。20節。王には、神様を畏れ、謙遜で、賢く、平和を愛する人を立てなければなりません。ところが、民が高慢になって罪を犯すことを恐れないので、そのような王が立ったのです。国が悪いのは、国民が悪いからです。目先の利益のために強権な独裁者を立てて、自分たちに滅びを招くのです。21-23節。それは、歴史が証明しています。
 バビロンの民は、頭が良くて、強力な王が登場した時、喜びました。独裁者のはじめは、このように歓迎されて、その付けを民が受けるのです。私たちは、神様以外のものを絶対視してはなりません。互いの助言に耳を傾けて、私たちが、このような悪の勢力に会う時には、神様に祈らなければなりません。イエス様の十字架の血によって勝利を得ることができます。人々の救いのために十字架にかかられたイエス様こそ、勝利者です。人となって来られ、仕える者となられたイエス様こそ勝利者です。ヨハネ16:33。

V−バビロンとサタン−
 バビロンにサタンの姿を見ることができ、サタンに支配される人の姿を見ることができます。サタンは、角が生えた気味の悪い怪物の姿では出て来ません。もしそんな格好だったら、誰も誘惑されません。バビロンをこれほどに高慢にさせ、人に対して残酷にさせ、悪の行動させたのは、サタンです。高慢や憎しみ、赦せない思いは、サタンが働くところです。
 本来、サタンという言葉は、告発する者、讒訴(ざんそ)者という意味です。人の過ちを探し出して、告げ口をする役割をする意味です。告発というより、讒訴なのです。サタンは、私たちを悪く言って、裁きを受けるようにさせるのです。詩篇109:6。また、人を用いて讒訴者とします。少しのことでも、悪し様に告発させ、責めさせるのです。サタンは、私たちを告発し、お前のようなやつは神様の前に出て行けないと攻撃し、赦しを受けられないようにするのです。すねに傷持つ者、過ちの多い者である私たちは、そのような告発には、はなはだ弱いのです。自分を裁いて、神様から遠ざかるのです。こうして、サタンの手練手管に陥るのです。
 イエス様を信じる人々の鬱は、神様の赦しを信じないために生じることがあります。自分を赦すことができない場合に生じるのです。赦された心の平安、安らぎがないからです。私たちが、自分の感情を信じてしまうならば、神様の赦しを信じることができなくなったり、人を赦せない思いに縛られるようになったりします。私たちは、御言葉で自分の感情を説得しなければなりません。イエス様が世に来られた時、すでにサタンは天から人々を讒訴する資格を失い、天から落ちました。ルカ10:18。事実、私たちの罪のために十字架にかかられて、神様の赦しを与るようにしてくださいました。イエス様を自分の救い主だと信じる者が、罪の赦しを得るようにしてくださいました。
 サタンは、人を騙して、人の思いを支配します。肉の思いを満足させることが幸福だと、人々を騙すのです。明けの明星のように現われて、御使いの姿で人を騙して、人を自分の奴隷にします。何かを得ることを条件にサタンにたましいを売るという話があります。人はサタンに騙され、サタンの囚われ人となり、罪を犯し、神様に敵対するようになるのです。
 私たちが、サタンに囚われているか、一番分かり易いは、自分の中で神様が一番になっているかということです。他のことが一番であれば、御言葉より他のことに従い頼っているなら、サタンに支配されています。サタンのねらうことは、滅びに引っ張ることです。落ちた明星、堕落したサタンは、人々が神様の御怒りを受けるようにさせ、滅びに引きずり込むのです。ダニエル4:30-31。そのためにサタンが利用する方法は、人が高慢になり、神様に敵対させることです。己を一番とさせることです。
 サタンの目的は、自分と同じように、人が自分自身を高くして神様に敵対することです。そして、滅んで行くことです。バビロン王は、強さと文明のために傲慢になり、自分を神格化させ、神様に敵対しました。自分中心、自分の知恵と力に奢り高ぶり、自分勝手になる時、サタンのねらいに陥るのです。イエス様を、見なければなりません。私たちの救い主イエス様は、どのような姿でしたか。私たちのために神の御子が人となって地に来られ、ご自分を無にし、ご自分を卑しくし、仕える者の姿を取り、十字架にまでかかられました。でも、それゆえに、イエス様は高くされ、すべてのものにまさる名を与えられました。ピリピ2:6-9。私たちは、イエス様を信じてサタンの囚われから解放され、イエス様に倣って、謙遜に仕える者となって、真実に信仰に生きたいのです。



イザヤ
14:12 暁の子、明けの明星よ。どうしてあなたは天から落ちたのか。国々を打ち破った者よ。どうしてあなたは地に切り倒されたのか。
14:13 あなたは心の中で言った。『私は天に上ろう。神の星々のはるか上に私の王座を上げ、北の果てにある会合の山にすわろう。
14:14 密雲の頂に上り、いと高き方のようになろう。』
14:15 しかし、あなたはよみに落とされ、穴の底に落とされる。
14:16 あなたを見る者は、あなたを見つめ、あなたを見きわめる。『この者が、地を震わせ、王国を震え上がらせ、
14:17 世界を荒野のようにし、町々を絶滅し、捕虜たちを家に帰さなかった者なのか。』
14:18 すべての国の王たちはみな、おのおの自分の墓で、尊ばれて眠っている。
14:19 しかし、あなたは、忌みきらわれる若枝のように墓の外に投げ出された。剣で刺し殺されて墓穴に下る者でおおわれ、踏みつけられるしかばねのようだ。
14:20 あなたは墓の中で彼らとともになることはない。あなたは自分の国を滅ぼし、自分の民を虐殺したからだ。悪を行なう者どもの子孫については永久に語られない。
14:21 先祖の咎のゆえに、彼の子らのために、ほふり場を備えよ。彼らが立って地を占領し、世界の面を彼らの町々で満たさないためだ。」
14:22 「わたしは彼らに向かって立ち上がる。――万軍の主の御告げ。――わたしはバビロンからその名と、残りの者、および、後に生まれる子孫とを断ち滅ぼす。――主の御告げ。――
14:23 わたしはこれを針ねずみの領地、水のある沢とし、滅びのほうきで一掃する。――万軍の主の御告げ。――」



Uコリント11:14 しかし、驚くには及びません。サタンさえ光の御使いに変装するのです。

U列王記20:12 そのころ、バルアダンの子、バビロンの王メロダク・バルアダンは、使者を遣わし、手紙と贈り物をヒゼキヤに届けた。ヒゼキヤが病気だったことを聞いていたからである。
20:13 ヒゼキヤは、彼らのことを聞いて、すべての宝庫、銀、金、香料、高価な油、武器庫、彼の宝物倉にあるすべての物を彼らに見せた。ヒゼキヤがその家の中、および国中で、彼らに見せなかった物は一つもなかった。
20:14 そこで預言者イザヤが、ヒゼキヤ王のところに来て、彼に尋ねた。「あの人々は何を言いましたか。どこから来たのですか。」ヒゼキヤは答えた。「遠い国、バビロンから来たのです。」
20:15 イザヤはまた言った。「彼らは、あなたの家で何を見たのですか。」ヒゼキヤは答えた。「私の家の中のすべての物を見ました。私の宝物倉の中で彼らに見せなかった物は一つもありません。」
20:16 すると、イザヤはヒゼキヤに言った。「主のことばを聞きなさい。
20:17 見よ。あなたの家にある物、あなたの先祖たちが今日まで、たくわえてきた物がすべて、バビロンへ運び去られる日が来ている。何一つ残されまい、と主は仰せられます。
20:18 また、あなたの生む、あなた自身の息子たちのうち、捕えられてバビロンの王の宮殿で宦官となる者があろう。」

創世記11:4 そのうちに彼らは言うようになった。「さあ、われわれは町を建て、頂が天に届く塔を建て、名をあげよう。われわれが全地に散らされるといけないから。」
11:5 そのとき主は人間の建てた町と塔をご覧になるために降りて来られた。
11:6 主は仰せになった。「彼らがみな、一つの民、一つのことばで、このようなことをし始めたのなら、今や彼らがしようと思うことで、とどめられることはない。
11:7 さあ、降りて行って、そこでの彼らのことばを混乱させ、彼らが互いにことばが通じないようにしよう。」
11:8 こうして主は人々を、そこから地の全面に散らされたので、彼らはその町を建てるのをやめた。
11:9 それゆえ、その町の名はバベルと呼ばれた。主が全地のことばをそこで混乱させたから、すなわち、主が人々をそこから地の全面に散らしたからである。

箴言16:18 高ぶりは破滅に先立ち、心の高慢は倒れに先立つ。

ヨハネ16:33 わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」

詩篇109:6 どうか、悪者を彼に遣わしてください。なじる者が彼の右に立つようにしてください。

ルカ10:18 イエスは言われた。「わたしが見ていると、サタンが、いなずまのように天から落ちました。

ダニエル4:30 王はこう言っていた。「この大バビロンは、私の権力によって、王の家とするために、また、私の威光を輝かすために、私が建てたものではないか。」
4:31 このことばがまだ王の口にあるうちに、天から声があった。「ネブカデネザル王。あなたに告げる。国はあなたから取り去られた。

ピりピ2:6 キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、
2:7 ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。
2:8 キリストは人としての性質をもって現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。
2:9 それゆえ、神は、キリストを高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。

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