2016年7月31日「主の導きの中で」T列王記1:15〜53

序−ダビデ王からソロモン王への王位継承のドラマは、緊迫感とどんでん返しがあり、登場人物の姿を通して人のあり方、信仰の確かさを私たちにふんだんに見せてくれるところです。私たちの人生と生活を重ね合わせながら学びましょう。

T−緊迫の瞬間に−15〜16,21
 これまでの流れは、アドニヤ王子が、野心をもって王となろうと立ち上がり、利害を共有するものが集まり、もうすぐ王位簒奪がなるぎりぎりの状況となっていたということです。ところが、そこにバテ・シェバが重要な働きをすることになります。イスラエルの王位を決定する重要な役割を果たすのです。それは、以前ダビデ王がバテ・シェバに、その子ソロモンが次の王となると約束していたからです。
 しかし、人の目で見れば、状況からすれば、ソロモンは到底王にはなれないということです。兄弟たちの中で最も年が若く、ダビデ王とバテ・シェバの間には罪の影がさし、王を決定すべきダビデ王は老衰しています。ダビデ王は、神様から示された次の王はソロモンであると教えてくださったのですが、今や野心家のアドニヤ王子が王となろうとしています。そのままアドニヤが王となれば、バテ・シェバも、その子ソロモンも粛清されてしまうでしょう。12節。
そこで、バテ・シェバは、寝室のダビデ王のもとに行きました。15〜16節。ダビデが、寝室から外に出ることのできない状態であったことがわかります。つまり、ダビデは寝室の外で何が起こっているのか、まったく分からなかったのです。当然、イスラエル全体が緩んでおり、無秩序になっていたということです。現代でも、政権末期は政治的空白が生じ易いと言われます。その隙に、反対勢力が暗躍したり、敵対する外国が強い行動に出たりします。この状況では、ダビデ王の名前を語って、工作することもできます。ここまで守られているのは、神様がダビデの家や神の民を愛して、導いてくださっておられるからです。
 「ひざまずいて、王におじぎをする」というのは、私的な訪問ではなく、公式的な訪問だということを意味しています。バテ・シェバは軽率に振舞うことなく、落ち着いて、「以前ダビデ王は、ソロモンが跡を継いで王となるとお誓いになられたのに、今アドニヤが王となろうとしていますが、ご存じないのですか」と質問をしています。17〜18節。これが重要な姿勢です。感情的になって、老衰しているダビデを責めたなら、ダビデも感情的になって、話ができなくなるでしょう。危急の時でありながら、落ち着いて話しています。
 アドニヤ王子陣営は、準備万端のように見えて、決定的に足りないものがあります。それは、ダビデ王の承認です。それがない状態で王となろうとしているので、他の人々も確信のないまま集まっていたようです。それでも、次の王を決定しないままダビデが死ぬなら、アドニヤ王子に決まってしまうでしょう。「すべてのイスラエルの目はあなたの上に注がれています」と、バテ・シェバも、王の決心を促しています。20〜21節。命が危ないのに、何よりもダビデ王に後継者決定を求めました。
 おそらく、バテ・シェバの言葉を聞いたダビデは何のことが分からなかったのではないでしょうか。そこに、ナタンが入って来て、バテ・シェバが言ったことは事実であって、深刻な状況にあると確信させるようにしました。21〜27節。重要なことは、ダビデの判断と決心です。幸いなことに、肉体的には老衰していましたが、精神的にははっきりしていました。少なくとも、この時にははっきりになったのです。主の守りと導きの中にありました。

U−ダビデの決心と形勢逆転28〜30,34〜40,48−
 ダビデ王は、アドニヤに対して、一度も叱ることはしていなかったのに、まさに今アドニヤは、「あなたはどうしてこんなことをしたのか」と言われることをしています。6節。ダビデは、王位簒奪のことを聞いて、どれほど残念な思いになったことでしょうか。けれども、そんな感情は抑えて、神様の御心の遂行に動き出します。別人のように的確に命令を出します。すぐに、バテ・シェバを呼んで来させ、以前の約束を確認し、それを公表すると決定しました。28〜30節。
 神様の御心は、このように進行していくのです。人間的な約束であったなら、「すまない、約束通りにはできなくなった」などということになりかねませんが、神様の御言葉は時間が経とうと変わることはありません。状況が変わっても、効力がなくなることもありません。私たちは、御言葉の約束をしっかり握ることが大切です。イザヤ41:9〜10。私を救ってくださった神様は、私を捨てない。どんな状況にあろうと、「恐れるな、たじろぐな」と励ましてくださるのです。そうするならば、今も変わることなく、神様の祝福と守りが私たちに臨みます。
 「苦難から救い出してくださった主は生きておられる」とダビデは信仰告白していましたが、「救い出す」とは「代価を払って」という意味です。29節。まさにイエス様の十字架がそうです。イエス様が私を罪と滅びから救うためにご自分の命を代価として払われたということです。Tコリント6:20。イエス様を犠牲にして私を救われた神様が私の味方なのです。私を恵んでくださらないはずがありません。誰が私に敵対することができるでしょうか。ローマ8:31〜32。信仰とは、この救いの約束が自分の人生の一つ一つに及ぶことを確信することです。ぜひ、イエス・キリストが自分を救うために十字架に犠牲なったと信じて、恵みの人生を歩んでください。
 もうこれ以上バテ・シェバは何もしないで待つだけです。なぜなら、ダビデが決心し、動くからです。ダビデは、すぐにアドニヤに組しなかった家来たちを呼んで、ソロモン王の即位式を挙げるように命じます。32〜35節。これまで老衰でベットに横たわっていた人とは思えないほどの矢継早の的確な命令です。これが、内なる人は新たにという人の姿なのでしょうか。一気に形勢は逆転しました。何と、アドニヤの野望が、ダビデにソロモンへの王位継承の決心を与え、即位を早めることになりました。これが神様の導きです。神様の御心ならばなるということです。
 私たちの人生にも、これがあるということです。状況が変わらないように見えても、御言葉の約束を握る者には、神様の御心が進んでいるのです。神の時が来れば、変わるのです。ダビデの決心より重要なのは、神様の御心とご計画です。忠実な家来ベナヤも、神様の祝福を祈っています。36〜37節。このことが神様の御心によるものだと賛美しています。そして、民もこの決定が神様のものと歓呼して、ソロモン王の即位を称えています。39〜40節。民の心は一つとなって、喜びました。
 ソロモン王への王位継承をとりわけダビデ王が喜びました。48節。これまでイスラエルを導いて来たことは、大変思い責任でした。誰よりも、ダビデ王自身が、危機と逆転の中で神様の導きが進んだことを理解し、神様を賛美しました。私たちも、神様がイエス様の十字架のゆえに自分を救ってくださったばかりか、自分の人生を御心のままに守り導いてくださることを信じて、賛美しましょう。

V−アドニヤの運命−43,49〜50〜53
 アドニヤは、神様の御心を無視し、導きに逆らって、王位を奪おうとしましたが、つかの間の天下でした。ダビデが決心するまでは、アドニヤがほとんど王になったようでしたが、都での民の歓声と角笛の音を聞いて、ソロモン王の即位式が行われたことを知ることになります。41〜43節。都から来たヨナタンが、民が即位を知って喜び、家来たちがダビデに祝辞を述べ、ダビデもそれに応えて、神様に感謝したこと伝えました。45〜48節。完全な即位式です。肝心のダビデ王の承認が周知のこととなっています。
 ヨナタンは、実況中継のように詳しくその様子を伝えました。それだけに、集まった者たちの衝撃は大きかったのです。その瞬間、アドニヤたちは、王位簒奪の計画が失敗したことを悟りました。49〜50節。あまりにもあっけない結末です。そこに集まっていた人々は、あっと言う間に去って行きました。その瞬間までは、王位と権勢を手中にしていたかのだったのに。神様が立てていないことは、どれほど虚しいものでしょうか。
 神様が喜ばれない集まりは、大勢集まっていても、中身のない集まりでした。神の民には、委ねられた重要な使命があります。それは、神様の御心を求め、神様の導きに従うことです。人の多さや流行に左右されず、付和雷同になりません。神の御心がどこにあるか、主が喜ばれることは何か、それが神の民の思考や行動のもととなります。では、神様の御心がどうして分かるのでしょう。ローマ11:34, Tコリント2:16。本当にイエス様を信じて、神様に従おうとしているなら、分かるようにしてくださいます。
 ソロモンの即位は、決して簡単なことではありません。むしろ、王位簒奪というアドニヤ王子の野心と企みが、ダビデ王の正しい判断と決心を引き出したのです。今困難な状況にあるからと言って、駄目だと思わないでください。今勝手な人が力をふるっているように見えても、くさらないようにしましょう。それが、正しいことへのきっかけになり、逆転のはじまりになっているからです。謙遜に神様の導きを信頼して行くなら、守られ、導かれ、やがて引き上げられます。Tペテロ5:6。



T列王記1:15 そこで、バテ・シェバは寝室の王のもとに行った。──王は非常に年老いて、シュネム人の女アビシャグが王に仕えていた──
1:16 バテ・シェバがひざまずいて、王におじぎをすると、王は、「何の用か」と言った。
1:17 彼女は答えた。「わが君。あなたは、あなたの神、【主】にかけて『必ず、あなたの子ソロモンが私の跡を継いで王となる。彼が私の王座に着く』と、このはしためにお誓いになりました。
1:18 それなのに、今、アドニヤが王となっています。王さま。あなたはそれをご存じないのです。
1:19 彼は、牛や肥えた家畜や羊をたくさん、いけにえとしてささげ、王のお子さま全部と、祭司エブヤタルと、将軍ヨアブを招いたのに、あなたのしもべソロモンは招きませんでした。
1:20 王さま。王さまの跡を継いで、だれが王さまの王座に着くかを告げていただきたいと、今や、すべてのイスラエルの目はあなたの上に注がれています。
1:21 そうでないと、王さまがご先祖たちとともに眠りにつかれるとき、私と私の子ソロモンは罪を犯した者とみなされるでしょう。」
1:22 彼女がまだ王と話しているうちに、預言者ナタンが入って来た。
1:23 家来たちは、「預言者ナタンがまいりました」と言って王に告げた。彼は王の前に出て、地にひれ伏して、王に礼をした。
1:24 ナタンは言った。「王さま。あなたは『アドニヤが私の跡を継いで王となる。彼が私の王座に着く』と仰せられましたか。
1:25 実は、きょう、彼は下って行って、牛と肥えた家畜と羊とをたくさん、いけにえとしてささげ、王のお子さま全部と、将軍たちと、祭司エブヤタルとを招きました。そして、彼らは、彼の前で飲み食いし、『アドニヤ王。ばんざい』と叫びました。
1:26 しかし、あなたのしもべのこの私や祭司ツァドクやエホヤダの子ベナヤや、それに、あなたのしもべソロモンは招きませんでした。
1:27 このことは、王さまから出たことなのですか。あなたは、だれが王の跡を継いで、王さまの王座に着くかを、このしもべに告げておられませんのに。」
1:28 ダビデ王は答えて言った。「バテ・シェバをここに呼びなさい。」彼女が王の前に来て、王の前に立つと、
1:29 王は誓って言った。「私のいのちをあらゆる苦難から救い出してくださった【主】は生きておられる。
1:30 私がイスラエルの神、【主】にかけて、『必ず、あなたの子ソロモンが私の跡を継いで王となる。彼が私に代わって王座に着く』と言ってあなたに誓ったとおり、きょう、必ずそのとおりにしよう。」
1:31 バテ・シェバは地にひれ伏して、王に礼をし、そして言った。「わが君、ダビデ王さま。いつまでも生きておられますように。」
1:32 それからダビデ王は言った。「祭司ツァドクと預言者ナタン、それに、エホヤダの子ベナヤをここに呼びなさい。」彼らが王の前に来ると、
1:33 王は彼らに言った。「あなたがたの主君の家来たちを連れ、私の子ソロモンを私の雌騾馬に乗せ、彼を連れてギホンへ下って行きなさい。
1:34 祭司ツァドクと預言者ナタンは、そこで彼に油をそそいでイスラエルの王としなさい。そうして、角笛を吹き鳴らし、『ソロモン王。ばんざい』と叫びなさい。
1:35 それから、彼に従って上って来なさい。彼は来て、私の王座に着き、彼が私に代わって王となる。私は彼をイスラエルとユダの君主に任命した。」
1:36 エホヤダの子ベナヤが王に答えて言った。「アーメン。王さまの神、【主】も、そう言われますように。
1:37 【主】が、王さまとともにおられたように、ソロモンとともにおられ、彼の王座を、わが君、ダビデ王の王座よりもすぐれたものとされますように。」
1:38 そこで、祭司ツァドクと預言者ナタンとエホヤダの子ベナヤ、それに、ケレテ人とペレテ人とが下って行き、彼らはソロモンをダビデ王の雌騾馬に乗せ、彼を連れてギホンへ行った。
1:39 祭司ツァドクは天幕の中から油の角を取って来て、油をソロモンにそそいだ。そうして彼らが角笛を吹き鳴らすと、民はこぞって、「ソロモン王。ばんざい」と叫んだ。
1:40 民はみな、彼のあとに従って上って来た。民が笛を吹き鳴らしながら、大いに喜んで歌ったので、地がその声で裂けた。
1:41 アドニヤと、彼に招待された者たちはみな、食事を終えたとき、これを聞いた。ヨアブは角笛の音を聞いて言った。「なぜ、都で騒々しい声が起こっているのだろう。」
1:42 彼がまだそう言っているうちに、祭司エブヤタルの子ヨナタンがやって来た。アドニヤは言った。「入りなさい。あなたは勇敢な人だから、良い知らせを持って来たのだろう。」
1:43 ヨナタンはアドニヤに答えて言った。「いいえ、私たちの君、ダビデ王はソロモンを王としました。
1:44 ダビデ王は、祭司ツァドクと預言者ナタンとエホヤダの子ベナヤ、それに、ケレテ人とペレテ人とをソロモンにつけて送り出しました。彼らはソロモンを王の雌騾馬に乗せ、
1:45 祭司ツァドクと預言者ナタンがギホンで彼に油をそそいで王としました。こうして彼らが大喜びで、そこから上って来たので、都が騒々しくなったのです。あなたがたの聞いたあの物音はそれです。
1:46 しかも、ソロモンはすでに王の座に着きました。
1:47 そのうえ、王の家来たちが来て、『神が、ソロモンの名をあなたの名よりも輝かせ、その王座をあなたの王座よりもすぐれたものとされますように』と言って、私たちの君、ダビデ王に祝福のことばを述べました。すると王は寝台の上で礼拝をしました。
1:48 また、王はこう言われました。『きょう、私の王座に着く者を与えてくださって、私がこの目で見るようにしてくださったイスラエルの神、【主】はほむべきかな。』」
1:49 すると、アドニヤの客たちはみな、身震いして立ち上がり、おのおの帰途についた。
1:50 アドニヤもソロモンを恐れて立ち上がり、行って、祭壇の角をつかんだ。
1:51 そのとき、ソロモンに次のように言って告げる者がいた。「アドニヤはソロモン王を恐れ、祭壇の角をしっかり握って、『ソロモン王がまず、このしもべを剣で殺さないと私に誓ってくださるように』と言っています。」
1:52 すると、ソロモンは言った。「彼がりっぱな人物であれば、彼の髪の毛一本でも地に落ちることはない。しかし、彼のうちに悪があれば、彼は死ななければならない。」
1:53 それから、ソロモン王は人をやってアドニヤを祭壇から降ろさせた。彼がソロモン王の前に来て礼をすると、ソロモンは彼に言った。「家へ帰りなさい。」



イザヤ41:9 わたしは、あなたを地の果てから連れ出し、地のはるかな所からあなたを呼び出して言った。「あなたは、わたしのしもべ。わたしはあなたを選んで、捨てなかった。」
41:10 恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強め、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。

ローマ8:31 では、これらのことからどう言えるでしょう。神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。
8:32 私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。

Tコリント6:20 あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現しなさい。

ローマ11:34 なぜなら、だれが主のみこころを知ったのですか。また、だれが主のご計画にあずかったのですか。

Tコリント2:16 いったい、「だれが主のみこころを知り、主を導くことができたか。」ところが、私たちには、キリストの心があるのです。

Tペテロ5:6 ですから、あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神が、ちょうど良い時に、あなたがたを高くしてくださるためです。

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