2016年8月7日「主の道を歩むなら」T列王記2:1〜25

序−ダビデ王が世を去ろうとしています。10〜11節。そこで、ダビデはソロモンに遺言を残します。世間では、遺言というと遺産のことになりますが、ダビデは精神的なことでした。

T−躓きの石の除去−5〜12
 ダビデからソロモンに王位が引き継がれて行くためには、十分に準備されて、譲り渡されることが必要です。ところが、ダビデによって完全に解決されていない危険が残されていました。それは、ソロモンにとって大きな敵対勢力となるであろう人々でした。
 まず、軍隊の総司令官ヨアブです。5〜6節。イスラエルの統一以前、サウル王家の将軍であったアブネルとアマサがダビデに従おうとして来たので、ダビデは受け入れました。しかし、ヨアブは、個人的な感情で彼らを殺してしまいました。ダビデ王を無視したヨアブをどうすることもできずにいました。Uサムエル3章,20章。
 ヨアブは将軍としては有能で、イスラエルを勝利に導いて来ました。しかし、彼には大きな欠点がありました。神様の御心よりも、いつも個人的感情や利害関係が先に立っていたということです。一度感情に走ってしまうと、ためらうことなく王の意向さえ無視してしまう人でした。このような人をソロモンが重用してはならない、警戒しなさいと言うのです。彼がとんでもないことを言うならば、父の重臣であったということは考えないで、処断してよいと命令しているのです。
 でも、なぜダビデ自身がしなかったのでしょうか。国を統一する過程では、総司令官である彼を処罰することができなかったのです。もう一つの理由は、悔い改める時間を与えたということです。ヨアブが過ちを悟り、悔い改めて生きることができるようにしたかったのです。しかし、ヨアブは悪事を悔い改めませんでした。神様の慈愛と忍耐を軽んじました。アドニヤ王子に加担したことに、それがあらわれています。ソロモンの時代には、容赦しなくてよいというのです、
 もう一人注意するように言い残しているのは、アブシャロムの反乱の時、逃げるダビデを追いかけて来て、さんざんにのろいの言葉浴びせたシムイという者です。8〜9節。シムイは、サウル王の一族の者で、サウル王家から王位を奪ったと言ってダビデを逆恨みしていたのです。Uサムエル16:5〜6。しかし、ダビデが亡命から帰る時には、いち早く駈け付けて来て命乞いをしたシムイを、分裂の種を残さないために赦して、命を取らないと約束しました。Uサムエル19:22〜23。
 しかし、自分勝手な思いのために、のろいの言葉をダビデに浴びせたシムイという者がどれほど傲慢で危険な男か、このような人物もまた、イスラエルの発展には躓きの石となることが分かっていました。ネットで人を誹謗中傷する人々がいます。根も葉もないことでも、噂が噂を呼んで深刻な結果を及ぼします。悪い噂を流すなら、シムイののろいと同じになります。噂を流すような人には気をつけなければなりません。
 二人とも、ダビデの寛容のために処罰されないのをいいことに、神様の慈愛を軽んじて、悔い改めることがありませんでした。ローマ2:4。
 心残りは、悪い人のことばかりではありません。亡命生活をしている時に助けてくれたバルジライの子どもたちに良くしてあげるように頼んでいます。7節。普通人は、自分に悪をなした人のことは長く覚えているのですが、自分に好意を示してくれた人のことは忘れてしまうようです。しかし、ダビデは、自分に良くしてくれた人に報いるようにと頼んでいます。それは、ソロモンにも良くしてくれて、支えてくれる人になるからです。このようにして行けば、ソロモンの王位は確立して行くでしょう。12節。

U−アドニヤの陰謀−16〜17
 ダビデの死後、すぐにダビデの心配は現実のものとなります。それは、ヨアブでもシムイでもありません。王位を簒奪しようとしたあのアドニヤ王子の陰謀です。アドニヤが、アビシャグを私の妻に与えてくれるようにソロモンに頼んでくれとバテ・シェバにお願いします。15〜17節。どうして、結婚の相談が、陰謀なのでしょうか。何の問題があるのでしょう。アビシャグという人は、どんな人だったのですか。1:3〜4。アビシャグは、ダビデや側近の者には単純に看護師なのですが、外部の者には、ダビデ王の側室に見えたことでしょう。ですから、アドニヤがこの女と結婚するなら、人々はアドニヤがダビデの後継者かと思うようになり、混乱するはずです。昔はそういうことが多くあったからです。
 アドニヤの言うことから、幾つかのことを知ることができます。アドニヤは、まだソロモンを幼い弟くらいにしか見ていないし、どれほどの知恵があるかまだ分かっていなかったということです。「王位は私のものであるはずだ、民は私が王となるのを期待していた」などというのは、明らかにソロモンを見くびっていました。
 バテ・シェバは何も知らずに、そのままソロモンに伝えます。すると、ソロモンは、アドニヤの陰謀を見抜き、将軍ベナヤを遣わしてアドニヤを打ち取らせました。22,25節。アドニヤは王位簒奪の重罪を犯したにもかかわらず、罪を問われずに生かされていました。そのまま悔い改めて平凡に生きるならば良かったのに、また首をもたげて来たのです。その時、罪を問われなかったのは、警告だったのです。警告を無視し、悔い改めることがなければ、自分に滅びを招くことになります。
 サタンの陰謀に落ちたと言えるでしょう。サタンの誘惑とは、どんなものでしょう。神様の御心を求め、御言葉に従う者が問題や患難に出会っても、試練に会うだけです。神様によって守られ、力を与えられます。しかし、自分の肉と欲のままの人には、サタンがその欲に働いて、誘惑するのです。欲がはらんで罪を生みます。ヤコブ1:14〜15。アドニヤは、神様のせいでなれなかったと文句を言っています。神様に逆らい、無視しています。
 ダビデの遺言では、躓きの石となる危険な人物は、ヨアブとシムイでしたが、実際には、一番大きな躓きの石はアドニヤでした。ソロモンは、単純にダビデの言うことに従って動いた人ではなくて、ダビデより遥かに問題を本質的に見ることができる能力を持っていた人であると知ることができます。アドニヤの策略は、すぐに見抜かれてしまいました。
 これが信仰の力です。私たちも御言葉の真理に基づいているなら、神様の御心に従っているなら、サタンの誘惑に陥ることはありません。人の陰謀を信仰の目をもって見ることができます。幸いな信仰生活を歩んで行くのに重要なことは、御言葉の基礎の上に人生を築くことです。

V−祝福の根拠−1〜4
 ダビデは、大変年を取り、今世を去ろうとしています。1節。これまではソロモンの絶対的な保護者でした。もう守ってあげることはできません。そして、築き上げて来た王国をソロモンに委ねなければなりません。ダビデは、小さい頃から辛酸をなめ、あらゆる困難を経験して来た人です。果たして、ソロモンがどう歩むことができるだろうか、どうすれば国の統治を引き継ぎ、様々な困難を乗り越えて、治めていくことができるだろうか、自分が死ねば、何を頼りにすればよいか、どう生きていくのか、大事なことを遺言として残しました。私たちも、次の世代のために、どうすればいいのでしょうか。家族に残してあげられるものは何でしょうか。
 それは、神様の御言葉を守って、主の御心に従って歩むことだと伝えています。2〜4節。普通の人や国ならば、世での競争に勝ち残ることが特徴でしょうか。武力と権謀術数で国や権力が立って行くでしょう。しかし、神の国、信仰の人の特徴は違います。御言葉を守り、神様の導きに従って歩むなら、栄えることができると遺言しています。これはいつの時代にも適用される真理です。申命29:9,詩篇1:2〜3。御言葉を昼も夜も黙想し、それを守り行うなら、私たちの家族も子孫も、神様の守りと恵みを受け、その人生は繁栄するのです。
 ソロモンは、これまで父ダビデの信仰のお陰で守られて来ました。ダビデの信仰のゆえに神様の恵みを受けていましたが、これからは、自分の信仰でもって神様の御心に従い、御言葉を守って生きなければなりません。私たちの場合も同じです。親の信仰、夫や妻の信仰で守られて、家族が恵みを受けています。しかし、その信仰の家族が世にいる間です。その間に家族も自分で信仰を持って、神様に従い、御言葉によって生きるようにしなければなりません。ですから、私たちが家族の中で生きていくのは、信仰による遺言を残しているのだという思いで生きることが必要です。
 世の原理がどんなに空しく、人を駄目にしているか、今や人々はそれに気付き、どう生きればいいかを求めるようになりました。私たちは、愛する家族や友人たちに何を残してあげるのか、この変転極まりない世で、競争や肉の原理が横行する社会で生きる彼らに何を伝えなければならないのか、私たちは真剣に考え、行動しなければなりません。伝え、残すべきは、私たちを救い、私たちを幸いに導いてくれたイエス様の救いです。
 そのために、私たちの愛する人々が、自分でイエス様の十字架を信じて、救いの恵みを受けて生きるようにしなければなりません。私たち自身が信仰の恵みを享受して、信仰生活自身が遺言であるかのような高尚な人生を生きて、証しが遺言となるようにしたいのです。使徒20:24。



T列王記2:1 ダビデの死ぬ日が近づいたとき、彼は息子のソロモンに次のように言いつけた。
2:2 「私は世のすべての人の行く道を行こうとしている。強く、男らしくありなさい。
2:3 あなたの神、【主】の戒めを守り、モーセの律法に書かれているとおりに、主のおきてと、命令と、定めと、さとしとを守って主の道を歩まなければならない。あなたが何をしても、どこへ行っても、栄えるためである。
2:4 そうすれば、【主】は私について語られた約束を果たしてくださろう。すなわち『もし、あなたの息子たちが彼らの道を守り、心を尽くし、精神を尽くして、誠実をもってわたしの前を歩むなら、あなたには、イスラエルの王座から人が断たれない。』
2:5 また、あなたはツェルヤの子ヨアブが私にしたこと、すなわち、彼がイスラエルのふたりの将軍、ネルの子アブネルとエテルの子アマサとにしたことを知っている。彼は彼らを虐殺し、平和な時に、戦いの血を流し、自分の腰の帯と足のくつに戦いの血をつけたのだ。
2:6 だから、あなたは自分の知恵に従って行動しなさい。彼のしらが頭を安らかによみに下らせてはならない。
2:7 しかし、ギルアデ人バルジライの子らには恵みを施してやり、彼らをあなたの食事の席に連ならせなさい。私があなたの兄弟アブシャロムの前から逃げたとき、彼らは私の近くに来てくれたからだ。
2:8 また、あなたのそばには、バフリムの出のベニヤミン人ゲラの子シムイがいる。彼は、私がマハナイムに行ったとき、非常に激しく私をのろった。しかし、彼は私を迎えにヨルダン川に下って来たので、私は【主】にかけて、『あなたを剣で殺さない』と言って彼に誓った。
2:9 だが、今は、彼を罪のない者としてはならない。あなたは知恵のある人だから、彼にどうすれば彼のしらが頭を血に染めてよみに下らせるかを知るようになろう。」
2:10 こうして、ダビデは彼の先祖たちとともに眠り、ダビデの町に葬られた。
2:11 ダビデがイスラエルの王であった期間は四十年であった。ヘブロンで七年治め、エルサレムで三十三年治めた。
2:12 ソロモンは父ダビデの王座に着き、その王位は確立した。
2:13 あるとき、ハギテの子アドニヤがソロモンの母バテ・シェバのところにやって来た。彼女は、「平和なことで来たのですか」と尋ねた。彼は、「平和なことです」と答えて、
2:14 さらに言った。「あなたにお話ししたいことがあるのですが。」すると彼女は言った。「話してごらんなさい。」
2:15 彼は言った。「ご存じのように、王位は私のものであるはずですし、すべてのイスラエルは私が王となるのを期待していました。それなのに、王位は転じて、私の弟のものとなりました。【主】によって彼のものとなったからです。
2:16 今、あなたに一つのお願いがあります。断らないでください。」彼女は彼に言った。「話してごらんなさい。」
2:17 彼は言った。「どうかソロモン王に頼んでください。あなたからなら断らないでしょうから。シュネム人の女アビシャグを私に与えて私の妻にしてください。」
2:18 そこで、バテ・シェバは、「よろしい。私から王にあなたのことを話してあげましょう」と言った。
2:19 バテ・シェバは、アドニヤのことを話すために、ソロモン王のところに行った。王は立ち上がって彼女を迎え、彼女におじぎをして、自分の王座に戻った。王の母のためにほかの王座を設けさせたので、彼女は彼の右にすわった。
2:20 そこで、彼女は言った。「あなたに一つの小さなお願いがあります。断らないでください。」王は彼女に言った。「母上。その願い事を聞かせてください。お断りしないでしょうから。」
2:21 彼女は言った。「シュネム人の女アビシャグをあなたの兄のアドニヤに妻として与えてやってください。」
2:22 ソロモン王は母に答えて言った。「なぜ、あなたはアドニヤのためにシュネム人の女アビシャグを求めるのですか。彼は私の兄ですから、彼のために、王位を求めたほうがよいのではありませんか。彼のためにも祭司エブヤタルやツェルヤの子ヨアブのためにも。」
2:23 ソロモン王は【主】にかけて誓って言った。「アドニヤがこういうことを言って自分のいのちを失わなかったら、神がこの私を幾重にも罰せられるように。
2:24 私の父ダビデの王座に着かせて、私を堅く立て、お約束どおりに、王朝を建ててくださった【主】は生きておられる。アドニヤは、きょう、殺されなければなりません。」
2:25 こうして、ソロモン王は、エホヤダの子ベナヤを遣わしてアドニヤを打ち取らせたので、彼は死んだ。



ローマ2:4 それとも、神の慈愛があなたを悔い改めに導くことも知らないで、その豊かな慈愛と忍耐と寛容とを軽んじているのですか。

ヤコブ1:14 人はそれぞれ自分の欲に引かれ、おびき寄せられて、誘惑されるのです。
1:15 欲がはらむと罪を生み、罪が熟すると死を生みます。

申命29:9 あなたがたは、この契約のことばを守り、行いなさい。あなたがたのすることがみな、栄えるためである。

詩篇1:2 まことに、その人は【主】のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。
1:3 その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。

使徒20:24 けれども、私が自分の走るべき行程を走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音をあかしする任務を果たし終えることができるなら、私のいのちは少しも惜しいとは思いません。

戻る