2016年10月30日「幸いな人」T列王記10:1〜29
序−ソロモンの知恵を聞きに来たシェバの女王、世間によく知られています。シャンソンの名曲や映画が作られ、バレーや歌劇の題目としても取上げられています。人々の興味を引く人物です。しかし、直接聖書を読むと、そこには私たちにとって大切なメッセージが与えられます。
T−シェバの女王の訪問と質問−1〜3,6〜7
シェバの女王が有名になれば、ヤマタイ国の女王卑弥呼のように、女王の国シェバとはどこにあったのかが話題になります。諸説ある中で、携えてきた品物からアラビヤ半島の南端にあるイエメンという説と東アフリカのエチオピアだという説が有力です。今でも、エチオピアでは、かつて偉大な女王がいてソロモン王を訪ねたという伝説が残っています。
それよりも、重要なことは、何のためにこの女王が多くの贈り物を携えてソロモン王を訪ねて遠い地からやって来たのかということです。1〜2節。この女王は、何もすることがなくて、金塊を持ってやって来たのでしょうか。「ソロモンの名声を伝え聞」いて訪ねて来たというのです。しかし、ソロモンに対する好奇心だけでこのような甚大な贈り物を持って遠くから来るのでしょうか。10節。
おそらく、この女王は、簡単には解決することのできない深刻な問題を抱えていたのでしょう。重臣や学者に聞いても解決できなかったのです。統治上の問題なのか個人的なことか、どうにかして解決しなければならない問題があって、エルサレムまで来なければならない状況だったのです。3節。女王は、はじめはそれほどソロモンの知恵を信じてはいませんでしたが、色々質問して試してみて、ソロモン王の知恵が卓越したものであることが分かりました。そうして、自分の深刻な問題を持ち出して、ソロモンの助けを得ようとしたようです。
「主の名に関連してソロモンの名声を」とありますから、これは、女王が困難な問題を神様の御前に持って来た機会となったということになります。噂で聞いても、それを頼りに遠くから来たので、恵みを受けることができました。多くの人々は、困難な問題があったとしても、どうせ駄目だろうと思ったり、遠いとか面倒だとか言って、そのままにしてしまうのです。それでは、神様の恵みを受ける機会を逸してしまいます。女王は、国でソロモン王の噂を聞いた時、話し半分も信じなかったけれども、こうして来ました。6〜7節。それまで何を頼っても駄目だった問題の解決が、ソロモン王を祝福し用いておられる神にあるのではないかと望みを持ったからです。来て見たら、聞いたのは事実の半分もありませんでした。
この姿勢が人を救います。はじめは皆よくわかりません。でも、求める心がそこに解決の道があるのではないかと思わせるのです。噂を通して、信じている人の姿を通して、神様が導いてくださるのです。私たちも、そうして導かれ、救われました。私たちの家族や友人、地域の人々も同じです。誰でもはじめから聖書をよく知っている人はいません。知らなければ信じられないということでもありません。使徒の時代に、エチオピアの女王カンダケの高官が、聖書のことをあまり知らなくてもエルサレムに礼拝に来て、その帰りにピリポから福音を聞いて信じました。使徒8:27〜38。
どんな人々の心の中にも、世にあるもので満足できない心の渇きがあります。どんな人でも、その人生の中で何らかの問題を抱えています。重荷を負っている人は、地の果てからでもエス様のところに来なければならなりません。マタイ11:28〜29。イエス様が自分の罪と重荷を十字架に負ってくださったからです。現代でも、人々は神様の御言葉を聞くことがどれほど大切な恵みかを分からず、葛藤を覚えながら、重荷を抱えながら人生を歩んでいます。この女王の人生をかけて教えていることを、後世の人々はしっかり受け取らなければなりません。
U−シェバの女王の称賛−4〜5,8〜9
シェバの女王がエルサレムに来て思ったことがあります。8節。エルサレムの人々を「なんとしあわせなことでしょう」と言っています。うらやましいと思っています。彼らが、いつでもソロモンの知恵を聞くことができ、神様の御言葉を聞くことができるからです。女王がエルサレムで発見したことは、驚くべきことです。それは、そこでは、神様の御言葉が泉のように湧き出ているということです。
女王自身が一生に一度あるかないかという御言葉を聞く機会が、エルサレムの人々には、いつでもそこで聞くことができるという祝福がありました。私たちも、こうして御言葉を聞くことができることがどれほど幸いであるか、女王から教えられます。しかし、ここに気をつけなければならないことが示されています。まず、その恵みはあまりにも奪われ易いということです。神様の御言葉は、御言葉に期待して求めた人に対して開かれ始めます。それなのに、御言葉より他のことに忙しくしているなら、御言葉の恵みは閉じられてしまいます。
何よりも御言葉を先に求めていたダビデ王には、御言葉が閉じられることはありませんでした。しかし、ソロモンは、神様の御言葉より、次第に領域経営に心が奪われて行きます。そもそも民を治めるために御言葉の知恵をいただいたのに、国の経営で忙しくて、落ち着いて御言葉を研究する状態にならなくなるのです。シェバの女王が訪ねて来て、恵みを受けた時が、ソロモン王の全盛期のようです。
確かに、ソロモン王は知恵を用いることはしていました。しかし、御言葉を求めるダビデの知恵とはかなり違います。ダビデの詩篇には、神様を信じる人々が経験する葛藤や試練、罪からの勝利が扱われています。生身の人々が、試練の中で御言葉に深い信頼を寄せ、取り扱いを求めています。しかし、今ソロモンの知恵は、御言葉を知らない異邦人に御言葉の真理を紹介することはするが、すでに信じている人々をもっと深い御言葉の真理で養うことをなおざりにしていたようです。
シェバの女王の口を通して、「うらやましい」と言わせた神様の愛とあわれみを感じます。何と、女王は、ソロモン王の知恵とエルサレムの繁栄に驚きながら、神様を賛美しています。9節。あまり御言葉を知らない女王が純粋に神様の愛と恵みを賛美しているのを、ソロモンや民は心の耳で聞いて、共に賛美したのでしょうか。イエス様の十字架によって救われている私たち、天地万物を創造された真の神様を礼拝できる私たちを女王が見たら、「なんと幸せなことでしょう」と言うでしょう。私は幸いな人だと自覚して、神様を賛美しましょう。
V−ソロモンよりまさった者−4〜5、10〜
シェバの女王が驚いたのは、ソロモンの知恵や御言葉ばかりではありません。神殿や宮殿、その中でおこなわれる祭祀や宮廷生活を見て、息も止まるばかりに驚いたというのです。4〜5節。彼らも、はじめは神様の御言葉の恵みを享受していたでしょうが、その豊かさに心が奪われて、御言葉から離れて、彼らはますます派手に贅沢になったようです。この章の後半は、驚くばかりの贅沢が列挙されています。
私たちには、様々な心配があります。その一方で、必要なものが備えられている恵みを忘れています。イエス様は、私たちが神様の守りと恵みの中にあることを覚えて、心配するよりも「神の国とその義とをまず第一に求めなさい」と教えておられます。マタイ6:33〜34。その前には、ソロモン王を引用して「栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいません」と言われました。マタイ6:29〜30。
このようなイスラエルの繁栄は、神の民の幸いの本質ではありません。神の民の幸いな繁栄は、御言葉と祈りにあります。御言葉と祈りが豊かにあってこそ、必要なものが備えられるのです。残念なことに、ソロモン王の心は、外的な贅沢、物的繁栄に向いてしまいました。ソロモンは、事業を減らして、神様と交わり、御言葉を黙想する時間を持つべきでした。私たちも、やるべきこと、やりたいこと多くあるでしょうが、主と交わり、御言葉に養われる時を持つことをまず第一に求めたいのです。
ソロモン王の派手な例は、金の盾です。16〜17節。商人や王たちが持って来た多くの黄金で、多くの盾を作り、宮殿に飾りました。それは全く使い道のない、ただ見せびらかすためのものでした。また、大きな象牙の王座を作り、これに純粋な金をかぶせ、様々な飾りを付けました。18節。さらに、多くの戦車と騎兵が彼のもとに集められました。もうソロモン王は、見せびらかすことに執着し、中毒になってしまいました。
こうして、彼は御言葉から離れて行きました。人がどれほど愚かであるかと言えば、本質的なものを捨てて、本質的でないものに執着することです。イエス様は、主の御言葉を聞かず、奇跡を見ても信じない人々を見ながら、シェバの女王を引用されました。「南の女王が、さばきのときに、今の時代の人々とともに立って、この人々を罪に定めます。なぜなら、彼女はソロモンの知恵を聞くために地の果てから来たからです。しかし、見なさい。ここにソロモンよりもまさった者がいるのです。」マタイ12:42。
女王は、ソロモンの知恵と繁栄ぶりを見て、王と民は幸いだと言いましたが、主を信じた女王の方が幸いでした。王は、ますます派手になり、浪費し、最後は空しい、空しいと言うほかなくなります。伝道者の書1:1〜3。イエス様を信じて、御言葉に聞き従う者は、幸いな人なのです。マタイ5:3〜11。
T列王記10:1 ときに、シェバの女王が、【主】の名に関連してソロモンの名声を伝え聞き、難問をもって彼をためそうとして、やって来た。
10:2 彼女は、非常に大ぜいの有力者たちを率い、らくだにバルサム油と、非常に多くの金および宝石を載せて、エルサレムにやって来た。彼女はソロモンのところに来ると、心にあったすべてのことを彼に質問した。
10:3 ソロモンは、彼女のすべての質問を説き明かした。王がわからなくて、彼女に説き明かせなかったことは何一つなかった。
10:4 シェバの女王は、ソロモンのすべての知恵と、彼が建てた宮殿と、
10:5 その食卓の料理、列席の家来たち従者たちが仕えている態度とその服装、彼の献酌官たち、および、彼が【主】の宮でささげた全焼のいけにえを見て、息も止まるばかりであった。
10:6 彼女は王に言った。「私が国であなたの事績とあなたの知恵とについて聞き及んでおりましたことはほんとうでした。
10:7 実は、私は、自分で来て、自分の目で見るまでは、そのことを信じなかったのですが、驚いたことに、私にはその半分も知らされていなかったのです。あなたの知恵と繁栄は、私が聞いていたうわさよりはるかにまさっています。
10:8 なんとしあわせなことでしょう。あなたにつく人たちは。なんとしあわせなことでしょう。いつもあなたの前に立って、あなたの知恵を聞くことのできる家来たちは。
10:9 あなたを喜ばれ、イスラエルの王座にあなたを着かせられたあなたの神、【主】はほむべきかな。【主】はイスラエルをとこしえに愛しておられるので、あなたを王とし、公正と正義とを行わせられるのです。」
10:10 彼女は百二十タラントの金と、非常にたくさんのバルサム油と宝石とを王に贈った。シェバの女王がソロモン王に贈ったほどに多くのバルサム油は、二度と入って来なかった。
10:11 オフィルから金を積んで来たヒラムの船団も、非常に多くのびゃくだんの木材と宝石とをオフィルから運んで来た。
10:12 王はこのびゃくだんの木材で、【主】の宮と王宮の柱を造り、歌うたいたちのために、立琴と十弦の琴を作った。今日まで、このようなびゃくだんの木材が入って来たこともなく、だれもこのようなものを見たこともなかった。
10:13 ソロモン王は、その豊かさに相応したものをシェバの女王に与えたが、それ以外にも、彼女が求めた物は何でもその望みのままに与えた。彼女は、家来たちを連れて、自分の国へ戻って行った。
10:14 一年間にソロモンのところに入って来た金の重さは、金の目方で六百六十六タラントであった。
10:15 このほかに、交易商人から得たもの、貿易商人の商いで得たもの、アラビヤのすべての王たち、およびその地の総督たちからのものがあった。
10:16 ソロモン王は、延べ金で大盾二百を作り、その大盾一個に六百シェケルの金を使った。
10:17 また、延べ金で盾三百を作り、その盾一個に三ミナの金を使った。王はそれらを、レバノンの森の宮殿に置いた。
10:18 王は大きな象牙の王座を作り、これに純粋な金をかぶせた。
10:19 その王座には六つの段があり、王座の背には子牛の頭があり、座席の両側にひじかけがあり、そのひじかけのわきには二頭の雄獅子が立っていた。
10:20 また、十二頭の雄獅子が、六つの段の両側に立っていた。このような物は、どこの王国でも作られたためしがなかった。
10:21 ソロモン王が飲み物に用いる器はみな金であった。レバノンの森の宮殿にあった器物もすべて純金であって、銀の物はなかった。銀はソロモンの時代には、価値あるものとはみなされていなかった。
10:22 王は海に、ヒラムの船団のほか、タルシシュの船団を持っており、三年に一度、タルシシュの船団が金、銀、象牙、さる、くじゃくを運んで来たからである。
10:23 ソロモン王は、富と知恵とにおいて、地上のどの王よりもまさっていた。
10:24 全世界の者は、神が彼の心に授けられた知恵を聞こうとして、ソロモンに謁見を求めた。
10:25 彼らはおのおの贈り物として、銀の器、金の器、衣服、武器、バルサム油、馬、騾馬などを、毎年きまって携えて来た。
10:26 ソロモンは戦車と騎兵を集めたが、戦車一千四百台、騎兵一万二千人が彼のもとに集まった。そこで、彼はこれらを戦車の町々に配置し、また、エルサレムの王のもとにも置いた。
10:27 王は銀をエルサレムで石のように用い、杉の木を低地のいちじく桑の木のように大量に用いた。
10:28 ソロモンの所有していた馬は、エジプトとケベの輸出品であった。それは王の御用達が代価を払って、ケベから手に入れたものであった。
10:29 エジプトから買い上げられ、輸入された戦車は銀六百、馬は銀百五十であった。同様に、ヘテ人のすべての王も、アラムの王たちも、彼らの仲買で輸入した。
マタイ11:28 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。
11:29 わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。
マタイ6:33 だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。
6:34 だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。
マタイ6:29 しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。
6:30 きょうあっても、あすは炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこれほどに装ってくださるのだから、ましてあなたがたに、よくしてくださらないわけがありましょうか。信仰の薄い人たち。
マタイ12:42 南の女王が、さばきのときに、今の時代の人々とともに立って、この人々を罪に定めます。なぜなら、彼女はソロモンの知恵を聞くために地の果てから来たからです。しかし、見なさい。ここにソロモンよりもまさった者がいるのです。
伝道者の書1:1 エルサレムでの王、ダビデの子、伝道者のことば。
1:2 空の空。伝道者は言う。空の空。すべては空。
1:3 日の下で、どんなに労苦しても、それが人に何の益になろう。
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