2016年11月13日「相談、助言」T列王記12:1〜24

序−「売り家と唐様で書く三代目」という江戸時代の川柳があります。会社も、創業から三代目にはよく傾くと言われます。ダビデ・ソロモン王朝もそうなります。その原因から、私たちへの大事なメッセージを学びます。

T−反逆の火種−1〜3
 ソロモンの栄華と言われたソロモン王が死に、ダビデ・ソロモン王朝の三代目レハブアムが王となろうとしています。しかし、その中には、分裂の火種がありました。1〜3節。これは、ソロモンの罪に対する神様からの裁きでした。ダビデが神様から祝福を受けた時、彼の子孫も祝福を相続するのですが、その子孫が罪を犯せば、杖とむちをもって懲らしめると警告されました。Uサムエル7:14。ソロモン王が御言葉に背いて、世の道に行った時、すでに恐ろしい敵が置かれていたのです。T列王記11:28〜40。
 それは、ダビデ王朝の政敵であったヤロブアムという人でした。この人は、ヨセフ族の政治を任されていていました。11:28。つまり、イスラエル北部の中心地の支配を委ねられていたということです。エフライム族とマナセ族を合わせてヨセフ族と言われます。エジプトの宰相となってイスラエルの先祖を救ったヨセフの子孫だという誇りを持っていました。しばしば他の部族が活躍すると、妬んで問題を起こしていた部族です。
 サウルのイスラエル王国が衰退すると、仕方なくユダ部族を治めていたダビデをイスラエルの王と迎えました。しかし、ソロモン王が大事業を繰り返し、重税と徴用を続けると、ユダ部族のように王国の繁栄のためだからとは受け入れることができず、ユダの繁栄のために搾取されている、王に苦しめられていると受け止めたわけです。ユダ部族、すなわちダビデ・ソロモン王朝に対する妬み、恨みは大きかったのです。
 その北部の部族の妬み、反発の象徴が、かつて彼らを治めていたヤロブアムでした。物事には、背景があり、流れや歴史があります。それを知らないで対処すると判断を誤ります。反逆者が突然あらわれたというのではなく、その火種は以前からあったのです。ソロモン王が民を大事にする政策をしていれば、御言葉に聞き従って治めていれば、その火種は燃えることはありませんでした。ですから、私たちも困難や問題の絶えない世にあって、神様に拠り頼み、御言葉に聞き従っているなら守られるのですが、神様から離れるなら、様々な問題の火種が燃え出すのです。
 シェケムに集まったというのは、重要な意味があります。シェケムは、イスラエル王国の中心にあり、カナンの地に入ったイスラエルの民が神様と契約を結んだ地です。ヨシュア記24:1。ですから、御言葉から離れて、信仰の火が消えかかっていた時にシェケムに集まったのは、イスラエルが悔い改めて、再び御言葉によって新しく出発するチャンスだったのです。

U−統治原理は?−4〜5
 この時、再びイスラエルを回復させるか破滅させるか、三代目レハブアムにかかっていました。ヤロブアムは、北部の民を代表して、レハブアムに要望します。4節。過酷な重税と労役を軽くしてください。そうすれば、レハブアムを新しい王として受け入れますということです。ヤロブアムと民は、はじめから反逆しようとしたわけではありません。
 彼らがレハブアムの意志を確認したことは、神様のあわれみと恵みです。ソロモン王が御言葉から離れた結果この状況となったわけですが、神様は期待を持って、この機会をレハブアムに与えてくださったのです。民の要求は、ソロモン王の政策を捨てることを意味しています。それは、政策を転換して、祖父ダビデの統治原理に戻ることになります。民を思い、神様の御言葉と恵みをもって民を治めることです。そうすれば、ヤロブアムの反逆、分離計画は廃棄され、1つとなって復興することになります。
 間違った政策をそのままにすることはいけないということです。会社の事業でも、個人の生活習慣でも、それが間違っているのに、時代や状況に合っていないのに、そのまま続けるということが多いです。以前のまま踏襲し、習慣を続けることがはるかに易しいからです。それが、会社の危機を招き、人々の生活を破綻させます。現代社会も、既得権益が妨げます。
 この要求に対して、レハブアムはすぐに答えないで、三日後に返答すると言って帰しました。5節。これは、見ようによっては、慎重な態度にも見えます。しかし、別にみれば、このレハブアムの態度は、イスラエルを統治する原理を持っていないということを見せています。もちろん、王は国の重要政策を重臣たちと相談しなければなりませんが、国を治める原理、ビジョンのようなものは、すでに準備しておかなければなりません。
 ダビデ王の統治原理は、徹底して神の御心と御言葉中心でした。御言葉で統治するということは、神様が統治されるということです。ところが、ソロモン王の統治は、他の国の統治原理と同じになってしまいました。自分の思いを満足させ、見た目と利益という肉の原理に基づいていました。
 私たちの人生は、どんな統治原理で導かれているのでしょうか。神様が統治されていますか。イエス様の福音に基づいていますか。諸問題が御言葉によって取り扱われていますか。ローマ8:2〜6。自分の肉の思いがなるかどうかで生きているとしたら、肉の原理で支配されます。イエス様が尊い犠牲を払って、私たちを罪と死の原理から解放してくださったのに、残念なことです。イエス様の十字架は、私たちがいのちの御霊の原理で生きることができるようにしてくださいました。
 ですから、救われた者は、霊的に造り変えられ、新しい命で生きて、主の栄光をあらわそうというビジョンで生きることになります。何をするにしても、神様に対するようにするのです。コロサイ3:23。

V−助言、相談、王国の分裂−12〜24
 レハブアムは、エルサレムに帰って来て、まずソロモンに仕えていた長老たちと相談しました。すると、彼らは驚くべき返答をしたのです。6〜7節。何と、彼らは、ソロモン王に仕えていたにもかかわらず、ソロモン王の統治が正しくないと考えていたのです。彼らは、ダビデ王の影響を受けた人たちだったのです。彼らは、今イスラエルが分裂の危機の中にあって、1つとなるためには、過度な事業や貿易よりも、民を御言葉で養い、愛して、仕えてあげることだと考えていました。神様の民は権力で服従させるのではなく、御言葉でよく仕えて、謙遜に対することが重要です。これは、私たちが人を助け導く時の原理でもあります。「謙遜と柔和の限りを尽くし、寛容を示し、愛をもって」仕えることが、イエス様に救われた者としてふさわしい歩みです。エペソ4:1〜3。
 レハブアムが長老たちの助言に従って、ダビデの統治原理を選ぶならば、ソロモンの罪にもかかわらず、神様はレハブアムにイスラエルの復興をさせる機会を与えてくださったでしょう。ヤロブアムも、反逆することもできなくなります。しかし、そのためには、ソロモン王からの既得権益を放棄しなければなりません。人が自分の利益を放棄して、正しい道を選ぶということは、本当に難しいことです。現代社会は、まさにそうです。既得権益を放棄して全体を生かすという人は、ほとんどいません。
 結局、長老たちの助言を退けて、自分と一緒に育った近習の若者たちに相談します。8〜9節。すると、彼らはソロモンの政策をそのまま推し進めるべきだと助言したのです。10〜11節。要求を飲めば見くびられてしまう、厳しく当たるべきだと考えました。彼らは、人に仕えるということがまったく分かっていない人たちでした。重税と過酷な徴用に長く苦しんでいた民を労わり、仕えてあげて、民の善なる心が戻って来るようにしなければなりません。人を神様から離してしまう悪い助言の責任、御言葉に基づかない助言の罪は、とても重いです。U歴代22:4。レハブアムの愚かな返答に接した民は、みな反抗してレハブアムから離れて行きました。16節。イスラエル王国の分裂は、こうして決定的となりました。
 この時代と王国の趨勢を決めることになった助言に目を留めましょう。どんな助言をするか、助言をどう聞くかというのは、1つの問題だけでなく、人生を決めることにもなります。レハブアムは、御言葉をいつも読んで、神様を恐れ、謙遜の心をもつべきでした。申命記17:18〜20。イエス様は、仕えるために来られたと言われました。マタイ20:28。私たちを救うために、贖いの代価として、自分のいのちを十字架に与えられました。イエス様は「不思議な助言者」と呼ばれます。イザヤ9:6。相談する者も、相談を受ける者も、いつも主を自分の相談相手としたいのです。詩篇119:24。
 有効な周囲の助言をもらうことができない人が多いです。全然聞いてこないのでと困惑する周りの人の声も多いです。相談し、助言を求めるのに、迷惑をかけるのではという躊躇もあるでしょう。しかし、人生は、助言や相談なしに過ごせるほど簡単なものではありません。箴言11:14。かえって助言を求めることは、自分の好感度を高め、賛同と助けを受けられます。気付きやチャンスに出会い、敵対者をさえ応援者に変えてくれます。
 相談を受けて、助言するなんて、私には、という声もあります。勿論、自分の肉の考えや経験で言うのは確かに危険です。しかし、私たちは御言葉に基づいた助言をするのです。御言葉に至るように、神様に聞くように助言するのです。私たち自身も主を相談相手にしているのですから、私たちも助言者になれます。私たちの信仰の分かち合いは、このように互いに御言葉による助言者となっていく姿なのです。アーメン。詩篇32:8。




T列王記12:1 レハブアムはシェケムへ行った。全イスラエルが彼を王とするため、シェケムに来ていたからである。
12:2 ネバテの子ヤロブアムが、そのことを聞いたころは、ヤロブアムはソロモン王の顔を避けてのがれ、まだエジプトにおり、エジプトに住んでいた。
12:3 人々は使いをやって、彼を呼び寄せた。それで、ヤロブアムはイスラエルの全集団とともにやって来て、レハブアムに言った。
12:4 「あなたの父上は、私たちのくびきをかたくしました。今、あなたは、父上が私たちに負わせた過酷な労働と重いくびきとを軽くしてください。そうすれば、私たちはあなたに仕えましょう。」
12:5 すると、彼はこの人々に、「行って、もう三日したら私のところに戻って来なさい」と言った。そこで、民は出て行った。
12:6 レハブアム王は、父ソロモンが生きている間ソロモンに仕えていた長老たちに相談して、「この民にどう答えたらよいと思うか」と言った。
12:7 彼らは王に答えて言った。「きょう、あなたが、この民のしもべとなって彼らに仕え、彼らに答え、彼らに親切なことばをかけてやってくださるなら、彼らはいつまでもあなたのしもべとなるでしょう。」
12:8 しかし、彼はこの長老たちの与えた助言を退け、彼とともに育ち、彼に仕えている若者たちに相談して、
12:9 彼らに言った。「この民に何と返答したらよいと思うか。彼らは私に『あなたの父上が私たちに負わせたくびきを軽くしてください』と言って来たのだが。」
12:10 彼とともに育った若者たちは答えて言った。「『あなたの父上は私たちのくびきを重くした。だから、あなたは、それを私たちの肩から、軽くしてください』と言ってあなたに申し出たこの民に、こう答えたらいいでしょう。あなたは彼らにこう言ってやりなさい。『私の小指は父の腰よりも太い。
12:11 私の父はおまえたちに重いくびきを負わせたが、私はおまえたちのくびきをもっと重くしよう。私の父はおまえたちをむちで懲らしめたが、私はさそりでおまえたちを懲らしめよう』と。」
12:12 ヤロブアムと、すべての民は、三日目にレハブアムのところに来た。王が、「三日目に私のところに戻って来なさい」と言って命じたからである。
12:13 王は荒々しく民に答え、長老たちが彼に与えた助言を退け、
12:14 若者たちの助言どおり、彼らに答えてこう言った。「私の父はおまえたちのくびきを重くしたが、私はおまえたちのくびきをもっと重くしよう。父はおまえたちをむちで懲らしめたが、私はさそりでおまえたちを懲らしめよう。」
12:15 王は民の願いを聞き入れなかった。それは、【主】がかつてシロ人アヒヤを通してネバテの子ヤロブアムに告げられた約束を実現するために、【主】がそうしむけられたからである。
12:16 全イスラエルは、王が自分たちに耳を貸さないのを見て取った。民は王に答えて言った。「ダビデには、われわれへのどんな割り当て地があろう。エッサイの子には、ゆずりの地がない。イスラエルよ。あなたの天幕に帰れ。ダビデよ。今、あなたの家を見よ。」こうして、イスラエルは自分たちの天幕へ帰って行った。
12:17 しかし、ユダの町々に住んでいるイスラエル人は、レハブアムがその王であった。
12:18 レハブアム王は役務長官アドラムを遣わしたが、全イスラエルは、彼を石で打ち殺した。それで、レハブアム王は、ようやくの思いで戦車に乗り込み、エルサレムに逃げた。
12:19 このようにして、イスラエルはダビデの家にそむいた。今日もそうである。
12:20 全イスラエルは、ヤロブアムが戻って来たことを聞き、人をやって彼を会衆のところに招き、彼を全イスラエルの王とした。ユダの部族以外には、ダビデの家に従うものはなかった。
12:21 レハブアムはエルサレムに帰り、ユダの全家とベニヤミンの部族から選抜戦闘員十八万を召集し、王位をソロモンの子レハブアムのもとに取り戻すため、イスラエルの家と戦おうとした。
12:22 すると、神の人シェマヤに次のような神のことばがあった。
12:23 「ユダの王、ソロモンの子レハブアム、ユダとベニヤミンの全家、および、そのほかの民に告げて言え。
12:24 『【主】はこう仰せられる。上って行ってはならない。あなたがたの兄弟であるイスラエル人と戦ってはならない。おのおの自分の家に帰れ。わたしがこうなるようにしむけたのだから。』」そこで、彼らは【主】のことばに聞き従い、【主】のことばのとおりに帰って行った。



ローマ8:2 なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです。
8:3 肉によって無力になったため、律法にはできなくなっていることを、神はしてくださいました。神はご自分の御子を、罪のために、罪深い肉と同じような形でお遣わしになり、肉において罪を処罰されたのです。
8:4 それは、肉に従って歩まず、御霊に従って歩む私たちの中に、律法の要求が全うされるためなのです。
8:5 肉に従う者は肉的なことをもっぱら考えますが、御霊に従う者は御霊に属することをひたすら考えます。
8:6 肉の思いは死であり、御霊による思いは、いのちと平安です。

コロサイ3:23 何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心からしなさい。

マタイ20:28 人の子が来たのが、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためであるのと同じです。

U歴代22:4 彼はアハブの家にならって主の目の前に悪を行った。その父の死後、彼らが助言者となって、彼を滅びに至らせたのである。

詩篇119:24 まことに、あなたのさとしは私の喜び、私の相談相手です。

イザヤ9:6 ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。

箴言11:14 指導がないことによって民は倒れ、多くの助言者によって救いを得る。

詩篇32:8 わたしは、あなたがたに悟りを与え、行くべき道を教えよう。わたしはあなたがたに目を留めて、助言を与えよう。

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