2016年12月4日「光あるうちに」T列王記14:1〜20
序−警告を受けたヤロブアム王は、自分の手がいやされた奇跡を経験し、祭壇が崩れるのも目撃し、その預言者が、ベテルでは水を飲んでも、パンを食べてもいけないという神の命令を破ったとき、ライオンによって殺された話も聞きました。それにもかかわらず、彼は立ち返りませんでした。裁きを警告された義なる神様は、同時にあわれみ深い神様です。Tペテロ1:3。次の機会を与えてくださいました。滑稽な話しで始まります。
T−悔い改めの機会、非表示の愚−1〜6
今、ヤロブアム王の息子が病気になっています。1節。これは、あわれみ深い神様が、再び王にくださった警告であり、悔い改めに導く神様のサインとなっています。私たちは、神様の御心が分からないので従うことができないと言い訳します。しかし、実際には神様の警告や導きは様々なことを通して示されています。でも、それを知りながら、そのまま続けてしまうことがたくさんあります。ヤロブアム王がまさにそうでした。
それで、ヤロブアム王はどのような対応をしたのでしょうか。2〜3節。ヤロブアムは、子どもがどうなるか教えてもらうために、自分がこの民の王となることを告げてくれた預言者アヒヤを尋ねるように妻に頼んでいます。注目すべきは、妻に変装させたという滑稽さです。パン十個、菓子数個と蜜のびんとは、当時普通の奥さんが人を訪ねるときに持っていったものでした。こんなことまで指示して、ヤロブアムの妻とわからないように、息子がどうなるかだけを聞くためでした。高価な贈り物は持っていかせなかったのです。老齢のために目が見えなくなっていた預言者アヒヤを騙すためでした。
滑稽な話しですが、ここにヤロブアム王のずる賢さと愚かさがあらわれています。なぜヤロブアムの妻であることを隠して、預言者を騙さなければならないのですか。裁きの警告を無視しているので、ヤロブアム王に関することだと分かれば、悪いことしか言ってもらえないと思ったのです。息子のことが心配なら、真実に主の御前に出て、心から罪を悔い改め、確信をもって神様のあわれみと愛に拠り頼むべきでした。
自分の罪への警告だと分かっていながら、そのままにしていたのです。そして、ただ自分の必要を満たすために、都合の良いことを言ってくれる人を探して、神様を求めています。自分を非表示にして、偶像崇拝者ではなく、ただ神の愛とあわれみを必要とする哀れで可憐な者であるふりを装わせていたのです。 ずる賢いというか、愚かというか、残念な姿です。
しかし、このずる賢くて愚かな姿、変装する姿は、他でもない私たちのうちにもある姿です。私たち自身、神様の前に不従順のままにしている問題を明らかに知っていながら、自分の生活の中にくださる主の明確な示しとメッセージを見ながら、ただ私の必要な問題が解決されるだけを望んでいないでしょうか。自分が主の前に放棄しなければならないことは捨てずに、主の前に告白しなければならないことは祈らないで、都合の良いことだけ聞こうとしていないでしょうか。主に反発し、御言葉に不従順でありながら、ただ自分に起こった問題を解決してもらおうと、神の前に出て来ていないでしょうか。
ヤロブアム王と彼の妻の姿は、決して他人事ではないのです。ですから、私たちは、真摯に自分を省みて、正直に真心をもって神の御前に出て行きたいのです。神様は、私たちがありのままの姿で御前に来るのを望んでおられます。
U−恵みに答えない愚 訪れる裁き−7〜16
現代の電子で行われているように、自分の名前等を非表示にしたからといって、神様は分からないのでしょうか。変装したからといって、だまされるでしょうか。神様はヤロブアムの妻を迎える準備をしておられました。5〜6節。私たちは、人を欺くことはあっても、神を欺くことはできません。ヨブ13:9。神様が自分を調べても、大丈夫ですか。
私たちは、今日人々の前に出ている場合は、自分の姿を見栄え良く整え、飾ることができます。実際は高慢なのに、謙虚なふりもできます。心の中では世の欲を愛しながら、表面上は主を愛するように見せかけることもできます。 ヤロブアム王と彼の妻の姿をずる賢く愚かだと見ていても、自分がそのような姿になっていることは、御言葉を通して示されないと分かりません。
ついに、このあわれみのチャンスもふいにしてしまいます。騙したつもりで、変装して行った妻に、ヤロブアム王に対する厳しい裁きが告げられます。7〜12節。私たちが信じて従う神様は、正義をもって裁かれる神様です。しかし、同時に愛とあわれみの神です。これまで、私たちは、神様がヤロブアム王に繰り返し警告の言葉と悔い改めの機会をくださったことを見て来ました。ヤロブアム王は、否定することができないほど明らかに、神様の明確な戒めと警告の言葉をいただきました。ですから、自分の家の滅びとやがて来る王国の滅びも、彼の責任となりました。 14〜16節。
私たちも、神様から溢れんばかりの愛とあわれみを受けています。繰り返し悔い改めの機会もいただいています。主の御前に立ち返るチャンスを与えられています。今日、私たちの問題は何でしょうか。私たちは、主の前に捨てられずに、こだわりを持ってそのままにしていることが何なのか、明らかに知っています。それでも、あわれみが豊かな神様は、今日までも私たちに恵みをもって機会を与えておられます。いつまでチャンスがありますか。
残念なのは、ヤロブアム王が繰り返し与えられた悔い改めと立ち返りの機会があったにもかかわらず、自分の罪の道から最後まで主の前に立ち返らなかったということです。最後の20節をみましょう。 ヤロブアム王が北イスラエルを統治した期間は22年間でした。ヤロブアム王が金の子牛を作って、偶像礼拝を引き入れたのが、王になった直後でした。ですから、彼に与えられたチャンスの時間はなんと22年だったということです。神様は、22年の間彼を待ってくださいました。忍耐してくださり、繰り返し警告を与えてくださいました。それにもかかわらず、彼は立ち返りませんでした。
神様が、今私たち一人一人に願われておられることは何でしょう。ヤロブアム王に長い期間様々な機会が与えられたとしても、最終的には彼は死んで、機会を生かせませんでした。そのような神様が私たちに、いつまでも機会をくださるか、私たちは知ることができません。ですから、私たちは、示されたならすぐに、気付いたらなら今日、機会を与えておられたうちに、イエス様を信じること、神様に立ち返って来ることを願います。ヨハネ12:35〜36。「光がある間に、光の子どもとなるために、光を信じなさい」。
V−裁きの中の恵み−13
正義をもって裁かれる神様は、同時に愛とあわれみの神様です。この悲惨な結果の中にも、神様の愛とあわれみがあります。ヤロブアム王の息子アビヤの死は、一面では、アビヤに向けられた恵みでした。13節。「アビヤだけ主の御心にかなっていた」から、災いが王の家に臨む前に、アビヤを救い天国へ取り入れてくださったということです。アビヤだけ墓に葬られ、喪を過ごす時間を許されました。残りのヤロブアム王の家の者は、墓に埋葬される機会さえ得られなくなります。 11節。
生き残った人々は、悪をより拡張し、すべて悲惨な最期を迎えることになります。しかし、神様は、唯一アビヤだけ穏やかに召して、悲惨な災害から保護してくださいました。私たちは、ここで、神様は死を介して自分の民を保護される方であることを発見することになります。神様は、災害から回避させて、アビヤを穏やかな死へと導いてくださいました。
アビヤとは、「主は父」という意味で、つまり「神の子」という意味です。その子が神の人になるように育ってもらいたい気持ちで名前をつけたのでしょうか。かつてはヤロブアム夫婦にも、そんな信仰があったのでしょうか。事実、直訳すれば、「アビヤから主への良いことが発見されたため」と記される人でした。それで、アビヤは、恐ろしく悲惨な災害の前に天国へ取り入れていただけました。それは、ヤロブアムには、最愛の息子の死を通して、取り返しのつかない罪への神様の最後の警告となりました。
神様は、私たちの罪を赦し、滅びから救い、天国へ導くために、ご自分の最愛の御子イエス様を十字架に渡されました。その代わり、イエス様の十字架を信じる者の罪と滅びが赦されて、天国に入る者とされました。Tペテロ3:18。真の神様は、あわれみ深い神であり、同時に義なる裁きの神です。その両方が合わさったのが、イエス様の十字架なのです。エペソ2:3〜6。最愛の御子の十字架の死を通して、罪への刑罰を示すと同時に、私たちへの深い愛とあわれみを示しているのです。何と言う救いの方法でしょうか。恵みに感動して、イエス様を信じてください。
私たちは、御言葉を通して自分自身を見ることを求められています。私たちも、自分の罪や肉の思いを非表示にしてしまう時があります。主の前に堂々とできないで、祈りを嫌い、御言葉を嫌う症状になる時があります。それを示された時、早く悔い改めて、立ち返り、救いの恵みのうちを歩みたく願います。アビヤの父母は自分の名前を非表示にしましたが、アビヤの名前は神様の御前にあきらかにされ、恵みを受けました。私たちも、神様に対して自分を非表示にするのではなく、主の御前に出て、良いものが発見される者となりますように願います。ヨハネ12:35〜36。
T列王記
14:1 このころ、ヤロブアムの子アビヤが病気になったので、
14:2 ヤロブアムは妻に言った。「さあ、変装して、ヤロブアムの妻だと悟られないようにしてシロへ行ってくれ。そこには、私がこの民の王となることを私に告げた預言者アヒヤがいる。
14:3 パン十個と菓子数個、それに、蜜のびんを持って彼のところへ行ってくれ。彼は子どもがどうなるか教えてくれるだろう。」
14:4 ヤロブアムの妻は言われたとおりにして、シロへ出かけ、アヒヤの家に行ったが、アヒヤは年をとって目がこわばり、見ることができなかった。
14:5 しかし、【主】はアヒヤに言われた。「今、ヤロブアムの妻が子どものことで、あなたに尋ねるために来ている。その子が病気だからだ。あなたはこれこれのことを彼女に告げなければならない。入って来るときには、彼女は、ほかの女のようなふりをしている。」
14:6 アヒヤは戸口に入って来る彼女の足音を聞いて言った。「お入りなさい。ヤロブアムの奥さん。なぜ、ほかの女のようなふりをしているのですか。私はあなたにきびしいことを伝えなければなりません。
14:7 帰って行ってヤロブアムに言いなさい。イスラエルの神、【主】は、こう仰せられます。『わたしは民の中からあなたを高くあげ、わたしの民イスラエルを治める君主とし、
14:8 ダビデの家から王国を引き裂いてあなたに与えた。あなたは、わたしのしもべダビデのようではなかった。ダビデは、わたしの命令を守り、心を尽くしてわたしに従い、ただ、わたしの見る目にかなったことだけを行った。
14:9 ところが、あなたはこれまでのだれよりも悪いことをし、行って、自分のためにほかの神々と、鋳物の像を造り、わたしの怒りを引き起こし、わたしをあなたのうしろに捨て去った。
14:10 だから、見よ、わたしはヤロブアムの家にわざわいをもたらす。ヤロブアムに属する小わっぱから奴隷や自由の者に至るまで、イスラエルにおいて断ち滅ぼし、糞を残らず焼き去るように、ヤロブアムの家のあとを除き去る。
14:11 ヤロブアムに属する者で、町で死ぬ者は犬がこれを食らい、野で死ぬ者は空の鳥がこれを食らう。』【主】がこう仰せられたのです。
14:12 さあ、家へ帰りなさい。あなたの足が町に入るとき、あの子は死にます。
14:13 イスラエルのすべてがその子のためにいたみ悲しんで葬りましょう。ヤロブアムの家の者で、墓に葬られるのは、彼だけでしょう。ヤロブアムの家で、彼は、イスラエルの神、【主】の御心にかなっていたからです。
14:14 【主】はご自分のためにイスラエルの上にひとりの王を起こされます。彼は、その日、そしてただちに、ヤロブアムの家を断ち滅ぼします。
14:15 【主】は、イスラエルを打って、水に揺らぐ葦のようにし、彼らの先祖たちに与えられたこの良い地からイスラエルを引き抜き、ユーフラテス川の向こうに散らされるでしょう。彼らがアシェラ像を造って【主】の怒りを引き起こしたからです。
14:16 ヤロブアムが自分で犯した罪と、彼がイスラエルに犯させた罪のために、主はイスラエルを捨てられるのです。」
14:17 ヤロブアムの妻は立ち去って、ティルツァに着いた。彼女が家の敷居に来たとき、その子どもは死んだ。
14:18 人々はその子を葬り、全イスラエルは彼のためにいたみ悲しんだ。【主】がそのしもべ、預言者アヒヤによって語られたことばのとおりであった。
14:19 ヤロブアムのその他の業績、彼がいかに戦い、いかに治めたかは、イスラエルの王たちの年代記の書にまさしくしるされている。
14:20 ヤロブアムが王であった期間は二十二年であった。彼は先祖たちとともに眠り、その子ナダブが代わって王となった。
Tペテロ1:3 私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神は、ご自分の大きなあわれみのゆえに、イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれさせて、生ける望みを持つようにしてくださいました。
ヨブ13:9 神があなたがたを調べても、大丈夫か。あなたがたは、人が人を欺くように、神を欺こうとするのか。
ヨハネ12:35 イエスは彼らに言われた。「まだしばらくの間、光はあなたがたの間にあります。やみがあなたがたを襲うことのないように、あなたがたは、光がある間に歩きなさい。やみの中を歩く者は、自分がどこに行くのかわかりません。
12:36 あなたがたに光がある間に、光の子どもとなるために、光を信じなさい。」イエスは、これらのことをお話しになると、立ち去って、彼らから身を隠された。
Tペテロ3:18 キリストも一度罪のために死なれました。正しい方が悪い人々の身代わりとなったのです。それは、肉においては死に渡され、霊においては生かされて、私たちを神のみもとに導くためでした。
エペソ2:3 私たちもみな、かつては不従順の子らの中にあって、自分の肉の欲の中に生き、肉と心の望むままを行い、ほかの人たちと同じように、生まれながら御怒りを受けるべき子らでした。
2:4 しかし、あわれみ豊かな神は、私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに、
2:5 罪過の中に死んでいたこの私たちをキリストとともに生かし、──あなたがたが救われたのは、ただ恵みによるのです──
2:6 キリスト・イエスにおいて、ともによみがえらせ、ともに天の所にすわらせてくださいました。
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