2016年12月11日「確立し、強くなるに及んで」T列王記14:21〜31

序−人は、自分では意識していないのですが、何かに影響され、何かに支配され、何かにとらわれて人生を生きています。それが、よいことばかりではなく、その人の人生を曲げ、混乱させ、破壊させるものもあるでしょう。南ユダ王国のレハブアム王の半生を通して学びましょう。

T−レハブアム王の初期の善政−U歴代11:1〜12
 きょうの箇所には、レハブアム王統治のはじめの部分が記されていません。悪い結果だけ記されています。どうしてそうなったかは、41歳で王となった初期の様子から見なければなりません。1節、U歴代11:1〜4。王となろうとした時、レハブアムが高慢で長老たちの助言に従わなかったために、北部が分裂してしまいました。挫折を味わい、謙遜になりました。
 北部と戦おうとしましたが、預言者の告げる神の御言葉に聞き従い、戦いをやめました。謙遜になった王は、箴言13:10。こうして悲惨な内戦は未然に回避されました。聖書は、人の高慢、高ぶりの罪について再三言及しています。ヤコブ4:16。高慢のためにどれほど周りの人の心を痛めつけているでしょうか。高慢のためにその人自身、失敗をすることでしょうか。
 レハブアム王は、謙遜になって、しっかり王国の足場を固めるようになります。戦争をするよりも、王国の隅々に15箇所の防衛のための城塞都市を作りました。U歴代11:5〜12。そこに、食料や兵士、武器を備えました。ようするに兵站を整えたということです。兵站は勝利を決定する、という言葉があるくらい重要です。私たちにとって、何か問題が起こった時、騒ぐよりもやるべきことをやるのが大事ということでしょうか。
 さらに、王国の基礎が固まることが起こります。U歴代11:13〜15。偶像礼拝に堕してしまった北イスラエルから、南ユダ王国に祭司たちが亡命して来ます。彼らが、南ユダ王国の信仰を支えることになります。人が謙遜になって、やるべきことをやれば、神様が人を送ってくださるのです。何よりも、精神的基盤、信仰が整えられることは、一人一人の人生においても、必須であり、中心です。あなたの心はどうですか。心の基盤なんて考えないかもしれません。しかし、人生には必須です。
 さらに、そのような南ユダ王国に、神様が人々を送ってくださいました。U歴代11:16。謙遜な王による統治と祭司たちによる信仰の確立によって、多くの信仰の人々がレハブアム王のもとに来ることになります。祭司やこれらの人々によって、王国の初期の3年間は、王国は強固になり、信仰によって守られました。U歴代11:17。統治の初期は、謙遜と信仰がレハブアム王を支配して、守ってくれました。

U−エジプトの略奪−25〜28,U歴代12:1〜12
 ところが、防衛が強化され、国が安定して来ると、王はまた元の高慢に戻り、御言葉に従わなくなりました。U歴代12:1。人って、そうなのですね。財力と権力を握り、能力を身につけ、称賛を受けるようになったら、私たちもどうでしょうか。彼が御言葉に従わなくなった結果、どうなりましたか。U歴代12:2。ここからは、今日の箇所に出ています。25〜26節。王の心の拠り所となっていた財宝が、ことごとく奪い去られました。
 加えて、防備の町々を攻め取られ、兵站も奪われました。これが、「お前の心の拠り所は、そこじゃない。信仰だ」という警告となりました。神様が守ってくださるということを忘れていたのです。「あなたの宝のあるところに、あなたの心もあるからです」とイエス様は言われました。マタイ6:21。今あなたの心はどこにありますか。神様よりも拠り頼んでいるものは何ですか。それが、あなたの宝であり、あなたの神になっています。
 このようなことがなぜ起きたのだろうか。他の国が攻めて来て、奪っていくことが、なぜ生じたのかと省みさせています。人々が拠り頼む偶像のために、試みが入って来ます。人々の心に抱いた貪欲のために、問題が入ってきます。御言葉を捨てて神の前に罪を犯して生きていれば、何かが入って来ます。エジプトの王シシャクがわけもなく攻めて来て悩ませる理由が他にないでしょう。ですから、エジプトが攻めて来たのは、「彼らが主に対して不信の罪を犯したから」と記されています。
 ですから、どうすればいいのでしょう。財宝も奪われ、防備の町々も攻め取られて、王と高官たちは、自分たちの神様に目を向けました。神様の御心を知り、謙遜になって悔い改めました。U歴代12:5〜6。それに対して、神様は再びあわれんでくださり、王国を滅びから救ってくださいました。U歴代12:7〜8,12。財宝を奪われ、エジプトに仕えることで済みました。
 何かの時に、「こんなことが起ったのは、たまたまなのか。人のせいにしていないか。なぜそうなったのか。私が間違っていたのではないか」と省みることは大切です。私たちも、分からないうちに少しずつ神様から心から外れているかもしれません。イエス様に救われた者は、神様の愛と恵みの中で生きるようになりました。イエス様から心が離れ、他のものが心を占める時、あらぬ方向へ向かい、悲惨な状態になってしまいます。

V−心の中の偶像−22〜24, 21,31
 それは、聖書の神、真の神ではなく、偶像というものが心を支配するようになることです。22〜24節。いったい偶像崇拝、偶像に向く心というものは何でしょうか。自分の欲を満足させて、自分勝手に自分の好きなようにしたいという心です。レハブアムも国が安定し強くなると彼は高慢になり、御言葉を捨てて、心が偶像に囚われるようになりました。現代の人々も、自分を神の位置に置いて、自分がすべての判断の基準を設定し、自分の肉の思いを満たすために、様々な偶像を心の中で作っています。
 クリスチャンも例外ではありません。聖書の神様を信じていながら、心の中に偶像を作って、知らずに偶像に支配されています。神様にも仕え、世にも仕えています。「神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知る」べきクリスチャンにおいてさえも、神様がその人の地位や財産、その人の考えや計画の次に押し出されてしまいます。ローマ12:2。
 神様が指導者たちについて、「自分たちの偶像を心の中に秘め」ていると言われている箇所があります。エゼキエル14:3。もちろん、指導者たちがレハブアム王のように偶像を作って拝んでいたわけではありません。心の中に秘めていたのです。人の心を占める地位や財産、キャリアや社会的成功、物質的豊かさや家族という、それ自体では良いものでさえ、心の中心に置かれ、神となってしまうということなのです。そこに向かってひたすら努力していけば、人生の意義、安心、達成感が得られると考えるからです。
 仕事や成績が偶像になれば、家族や健康を犠牲にしても、悪いことをしてでも、仕事の成功や成績向上を追求するようになります。人の評価が偶像になれば、人に認めてもらうことで汲々とし、人間関係も、行動や仕事もそれに左右されることになります。現代社会では、この偶像化がどれほど人の心を痛めつけ、人生を苦しめていることでしょうか。
 お金で考えれば、よく分かるでしょう。ただの貨幣としての金銭がそれ以上の存在となりうることは、誰でも納得できるのではないでしょうか。金銭がその人の心を支配し、人生を破滅させるほどの影響力を持つ偶像となります。でも、自分は関係ない、ドラマやニュースに登場する悪い大金持ちのことだと考えがちです。そうでしょうか。大金持ちでないというだけで、金銭が偶像になることは誰にとっても同じです。
 私たちは、もっと根本的なことに気付いていません。つまり、どんなものでも偶像になりうるということです。仕事を成功させる、人に認められるという良いことと考えられていることでさえ、偶像になっています。色々な不満やストレスのために、たくさん飲み食いしたり、買い物に明け暮れたりすることも、その食事や買い物が偶像になっている姿です。偶像は快楽を与えるのですが、健康を損なわせ、家計を破綻させます。
 人生においてどんなものでも、偶像になりうるのです。いったい私たちにとって偶像とは何でしょう。あなたが神のようにしているものです。あなたが神よりも重要だと見なすものです。あなたが神様からでしか得られないものをそれから得ようとしているすべてのものです。あなたの情熱、エネルギー、感情、経済力などを無意識に注ぎ込ませるものです。大変なものです。偶像の支配から抜け出すには、どうしたらよいでしょう。ただ真の神を心の王座に迎えることです。救い主イエス様を信じることです。すべてのことを御言葉に聞き従って、主に導かれて行うのです。
 今日の最初と最後の箇所には、「彼の母の名はナアマといい、アモン人であった」と繰り返されています。21,31節。アモン人は、忌むべき偶像礼拝で有名でした。レハブアム王が、母親の影響を受けて偶像を崇拝するようになったことが、強調されています。王の母親がどんな人でどんな信条の人かが、子供たちが治める国全体の運命と直結していたのです。昔も今も、子供たちを育てるお母さんの影響が大です。母親の精神的な基盤は何か、どのような信仰を持った人なのかは、その子どもの成長に大きく影響し、人生を決定すると言っても過言ではありません。
 王は、母親の影響を受けて偶像崇拝に陥り、国を危うくしましたが、反対に、どんな環境にあろうとも、母の信仰がその子どもの成長に必ず影響し、その子の人生を豊かに築いて行くことにもなります。最後に、イエス様を宿したマリヤの信仰告白を引用しましょう。ルカ1:46〜50。



T列王記14:21 ユダではソロモンの子レハブアムが王になっていた。レハブアムは四十一歳で王となり、【主】がご自分の名を置くためにイスラエルの全部族の中から選ばれた都、エルサレムで十七年間、王であった。彼の母の名はナアマといい、アモン人であった。
14:22 ユダの人々は【主】の目の前に悪を行い、彼らの先祖たちよりひどい罪を犯して主を怒らせた。
14:23 彼らもまた、すべての高い丘の上や青木の下に、高き所や、石の柱や、アシェラ像を立てた。
14:24 この国には神殿男娼もいた。彼らは、【主】がイスラエル人の前から追い払われた異邦の民の、すべての忌みきらうべきならわしをまねて行っていた。
14:25 レハブアム王の第五年に、エジプトの王シシャクがエルサレムに攻め上って来て、
14:26 【主】の宮の財宝、王宮の財宝を奪い取り、何もかも奪って、ソロモンが作った金の盾も全部奪い取った。
14:27 それで、レハブアム王は、その代わりに青銅の盾を作り、これを王宮の門を守る近衛兵の隊長の手に託した。
14:28 王が【主】の宮に入るたびごとに、近衛兵が、これを運んで行き、また、これを近衛兵の控え室に運び帰った。
14:29 レハブアムのその他の業績、彼の行ったすべての事、それはユダの王たちの年代記の書にしるされているではないか。
14:30 レハブアムとヤロブアムとの間には、いつまでも戦いがあった。
14:31 レハブアムは彼の先祖たちとともに眠り、先祖たちとともにダビデの町に葬られた。彼の母の名はナアマといい、アモン人であった。彼の子アビヤムが代わって王となった。



U歴代11:1 レハブアムはエルサレムに帰り、ユダとベニヤミンの家から選抜戦闘員十八万を召集し、王国をレハブアムのもとに取り戻すため、イスラエルと戦おうとした。
11:2 すると、神の人シェマヤに次のような【主】のことばがあった。
11:3 「ユダの王、ソロモンの子レハブアム、および、ユダとベニヤミンに属する全イスラエルに告げて言え。
11:4 『【主】はこう仰せられる。上って行ってはならない。あなたがたの兄弟たちと戦ってはならない。おのおの自分の家に帰れ。わたしがこうなるようにしむけたのだから。』」そこで、彼らは【主】のことばに聞き従い、ヤロブアムを目ざして進む行軍を中止して、引き返した。

11:5 レハブアムはエルサレムに住み、ユダの中に防備の町々を建てた。
11:11 さらに、彼は防備を固めて、その中に隊長を置き、糧食、油、ぶどう酒をたくわえた。
11:12 またすべての町ごとに大盾と槍を置き、これらの町をますます強固にした。こうして、ユダとベニヤミンは彼の側についた。

11:13 イスラエル全土の祭司たち、レビ人たちは、あらゆる地域から出て来て、彼の側についた。
11:14 実は、レビ人は自分たちの放牧地と所有地を捨てて、ユダとエルサレムに来たのである。ヤロブアムとその子らが、【主】の祭司としての彼らの職を解き、
11:15 自分のために祭司たちを任命して、彼が造った高き所と雄やぎと子牛に仕えさせたからである。
11:16 さらに、彼らのあとに続いて、イスラエルの全部族の中から、その心をささげてイスラエルの神、【主】を尋ね求める者たちが、その父祖の神、【主】にいけにえをささげるためエルサレムに出て来た。
11:17 彼らは三年の間、ユダの王権を強固にし、ソロモンの子レハブアムを励ました。三年の間、彼らがダビデとソロモンの道に歩んだからである。

12:1 レハブアムの王位が確立し、彼が強くなるに及んで、彼は【主】の律法を捨て去った。そして、全イスラエルが彼にならった。
12:2 レハブアム王の第五年に、エジプトの王シシャクがエルサレムに攻め上って来た。彼らが【主】に対して不信の罪を犯したからである。
12:3 戦車一千二百台、騎兵六万がこれに従った。また、彼とともにエジプトから出陣した民、すなわちルブ人、スキ人、クシュ人の人数は数えきれないほどであった。
12:4 彼はユダに属する防備の町々を攻め取り、エルサレムまで攻め寄せて来た。
12:5 そのとき、預言者シェマヤが、レハブアムと、シシャクを前にしてエルサレムに集まったユダのつかさたちのもとに来て、彼らに言った。「【主】はこう仰せられる。『あなたがたがわたしを捨て去ったので、わたしもまたあなたがたを捨ててシシャクの手に渡した。』」
12:6 すると、イスラエルのつかさたちと王とはへりくだり、「【主】は正しい」と言った。
12:7 【主】が、彼らのへりくだった様子をご覧になると、シェマヤに次のような【主】のことばがあった。「彼らがへりくだったので、わたしは彼らを滅ぼさない。間もなく彼らに救いを与えよう。シシャクの手によって、わたしの怒りをエルサレムに注ぐことはやめよう。
12:8 ただし、彼らは彼のしもべとなる。わたしに仕えることと地の諸王国に仕えることとの違いを思い知るためである。」
12:12 このように、彼がへりくだったとき、【主】の怒りは彼の身を離れ、彼を徹底的に滅ぼすことはされなかった。ユダにも良いことがあったからである。

箴言13:10 高ぶりは、ただ争いを生じ、知恵は勧告を聞く者とともにある。

ヤコブ4:16 ところがこのとおり、あなたがたはむなしい誇りをもって高ぶっています。そのような高ぶりは、すべて悪いことです。

マタイ6:21 あなたの宝のあるところに、あなたの心もあるからです。

ローマ12:2 この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。

エゼキエル14:3 「人の子よ。これらの者たちは、自分たちの偶像を心の中に秘め、自分たちを不義に引き込むものを、顔の前に置いている。わたしは、どうして彼らの願いを聞いてやれようか。

ルカ1:46 マリヤは言った。「わがたましいは主をあがめ、
1:47 わが霊は、わが救い主なる神を喜びたたえます。
1:48 主はこの卑しいはしために目を留めてくださったからです。ほんとうに、これから後、どの時代の人々も、私をしあわせ者と思うでしょう。
1:49 力ある方が、私に大きなことをしてくださいました。その御名は聖く、
1:50 そのあわれみは、主を恐れかしこむ者に、代々にわたって及びます。

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