2016年12月25日「素晴らしい喜びのニュース」ルカ2:8〜20

序−年末になれば、十大ニュースですが、ニュースというものは、ただ流されるものを聞くのではなく、情報を評価識別する能力、メディア・リテラシーが必要だと言われています。受け取る方でしっかり内容の意味を考え、反応することが大切だということです。クリスマスに、あなたの人生を揺るがす重大なニュースが告げられました。

T−ニュースを聞く人々−8〜10
 それは、「すばらしい喜びを知らせ」です。10節。まずは、素晴らしい喜びのニュースの受け手とその状況について記されています。8〜9節。ニュースは、受け手がどういう人々か、どういう状態かということが大変重要です。御使い、つまり天使が、素晴らしい喜びのニュースを知らせてくれるのですが、それを聞く人々は、羊飼いという人々でした。
 「羊飼いたち」ということで、彼らの個人の名前は記されていません。聞いたのは誰かというより、どういう人が、どういう状況で聞いたかということが重要です。皆が眠っている夜、羊飼いたちは、野宿をしながら、羊の番をしていたというのです。その地域は、昼は暑くても、夜は相当冷えたようです。休みなく羊を世話をしながら、野宿生活でした。現代的に言えば、羊飼いたちは、長時間労働で夜勤をしていたということです。過酷な労働環境であり、厳しい生活環境でした。
 また、この時ローマ帝国から人口調査の命令のために、人々は、それぞれ故郷の町で登録をしなければなりませんでした。町には、親族たちが集まって賑やかだったことでしょう。1〜3節。ところが、羊飼いたちは、野宿で羊の夜番です。そんなこととは関係ないと言わんばかりです。社会から外れているという思い、疎外感を持っていたのではないでしょうか。真っ暗な夜の野原は、彼らの心の暗さや闇をあらわしているようです。
 生活の厳しさや労働の労苦、疎外感や暗い心をいだきながら生きていた人々に、素晴らしい喜びのニュースが知らされたということです。現代人も、心理的には、彼らとあまり違いはありません。社会は繁栄しているようですが、個人個人は、労働の厳しさと生活の不安を覚えています。社会の混乱と先行きの不安を感じています。孤独感や疎外感を抱き、心の傷や葛藤を持ちながら生きています。羊飼いの時代と比べれば、圧倒的に豊かになり、便利になった現代でも、人々の心は変わりありません。心を照らす光、心を生かす良い知らせを求めています。
 そのような羊飼いたちの所に御使いが来て、主の栄光が回りを照らしました。真っ暗な夜に突然周りが明るくなりました。クリスマスは、最初から光を伴っていたのです。あきる野の畑の中に突然都心のイルミネーションが輝いたというのを想像しても、この時の彼らの衝撃のほどが理解できます。クリスマスのニュースは、衝撃的です。

U−ニュースの内容−11〜14
 昔も今も、人の心は、光を求めます。しかし、それは、素晴らしい喜びのグットニュースを飾るものでしかありません。イルミネーションも町を飾るだけで、人の心は照らせません。人々の心を照らすのは、すばらしい喜びの知らせです。良い知らせを聞いて、心に光が差し込み、心が輝き出します。ここで、「知らせ」と訳された言葉は、一語で「良い知らせ」、グットニュースを意味しています。つまり、福音ということです。
 私たちに喜びとなるニュースはたくさんあります。しかし、その多くは一時的なものです。そして、小さなことです。今御使いが知らせるグットニュースは、それらと比較できない大きな喜びを告げるものです。永遠の喜びを知らせています。あなたの人生を揺るがす重大なニュースが告げられました。素晴らしい喜びの良いニュースは、救い主がお生まれになったという知らせです。人々の救い主が来られたという福音です。
 ニュースですから、いつ、どこで、誰にという手順で知らされています。11節。いつ?「きょう」です。ニュースを聞くその時、今なのです。どこで?「ダビデの町」です。神の約束が行われたということが強調されています。偶然生じたのではなく、御言葉の約束通り救い主が生まれました。イザヤ9:6,ミカ5:2。苦しみや闇の中にいる人々に光が照ることも、約束通りでした。イザヤ9:1〜2。これらを通して、私たちは、神様の誠実さがわかります。神様は私を見捨てておられないと分かり、喜びとなるのです。
 救い主は誰のために?「あなたがたのために」です。世界のために、民のためにと言ってはいません。グットニュースを聞いているあなたがた、羊飼いたちのために救い主は生まれたと言っています。第三者のためのニュースであれば、ああそうと聞き流してしまいます。民全体のためとだけでしたら、元々社会からの疎外感を抱いていた羊飼いは、私たちとは関係ないと聞き流したことでしょう。
 しかし、救い主は、他の誰のためでもない、今グットニュース、福音を聞いている「あなたがたのために」生まれたのだと言われています。そう聞かされる私たちも、あっ!私のために救い主が生まれたのか、そうか、この私のためにイエス様は世に来てくださったのかと分かれば、感激が生じて来ます。私のために救い主は生まれたと聞く時、クリスマスのグットニュースは、私たち自身の人生を揺るがす重大ニュースとなります。
 なぜこのニュースが私たちの喜びとなる良いニュースとなるのでしょうか。キリストとは、救い主という意味です。神の御子であるイエス様が世に救い主として来られたということです。罪のないイエス様が私たちの罪と滅びの身代わりとなって十字架にかかられることで、信じる者に罪の赦しと天国への命が与えられます。Tペテロ3:18。傷付いた心が癒されます。Tペテロ2:24。心に光が差し込み、光のうちを歩むようになります。エペソ5:8。
 御使いたちの賛美も、良い知らせです。14節。栄光と平和が互いにペアになっています。戦争がない平和というのでなく、神がくださる平和、神と人との間の和解、関係が回復を言います。コロサイ1:21〜22。平和と訳されたシャロームとは、平安という意味です。私たちがイエス様を信じる時、私たちの心に平安が訪れます。神様との関係が回復し、天国に国籍を与えられます。ピリピ3:20。天国への命に与ることで、人にとっての最も根源的な平安が与えられるのです。ヨハネ14:27。あなたは、今平安ですか。

V−ニュースへの反応−15〜20
 情報を理解し、活用する能力、メディア・リテラシーの効果は、適用と参与にあると言われます。つまり、ニュースに対する受け手の反応や行動が大事だということです。良い知らせを聞いた者たちの、反応を見ることにしましょう。15節。御使いたちが天に戻ると、羊飼いたちは再び暗い夜空の中です。しかし、彼らの心の中は、明るくなりました。苦しみや不安、疎外感や自己否定に覆われていた心が変わりました。平安と希望が心に訪れました。ですから、彼らはその場にじっとしていられません。今聞いたことについて話し合って、聞いた所へ行って、生まれた救い主を見に行こうということになりました。
 ニュースに触れても、ニュースを聞いても、それに反応するのかしないのかでは、大きな違いがあります。まさにクリスマスの時、教会に来られた皆さんが、この羊飼いです。教会へ行ってみよう、イエス様について聞いてみようという思いが人生を変えます。イエス様を見たいという思いが、ザアカイの人生を変えました。ルカ19:1〜9。羊飼いたちは、急いで行って、飼葉おけに寝ておられるみどりごとを捜し当て、人々に幼子について告げられたことを知らせた、と生き生きと行動しています。16〜17節。
 この反応は、羊飼いたちの知らせを聞いた人にまで続いています。18節。ほかに人々がいて、羊飼いたちから御使いの告げられたことを聞いて、驚きました。それでも、彼らの反応は、単純に驚くだけです。
 ですから、それとは対照的なマリヤの反応が私たちの目を引きます。19節。「しかしマリヤは、これらのことをすべて心に納めて、思いを巡らしていた」というのです。驚いただけの人々とは違って、「しかし」ということが強調されています。「心に納めて、思いを巡らして」とは、聞いたグットニュースを心の中に留めて継続的に考えたという意味です。マリヤは、御使いから聖霊によって神の御子を宿すことを聞いた時も、「おことばどおりこの身になりますように」と御言葉に反応する姿が何なのかよく示しています。ルカ1:38。まさにメディア・リテラシーの姿です。
 私たちは、羊飼いたちのように聞いた福音に応答したいと思います。マリヤのように御言葉を思い巡らし、適用したく願います。自分の役割を忠実に実行した羊飼いたちは、聞いた通りだったので、神を崇め、賛美しながら帰りました。20節。私たちが賛美するのは、福音を喜び感謝して、神様を賛美したくて賛美するのです。彼らは元の仕事と生活の現場に戻りますが、その心は以前とはまったく違います。喜びながら生き生きと仕事をして行ったでしょう。感謝しながら生活して行ったでしょう。それによって、その仕事も生活も変えられたでしょう。救い主の誕生というグットニュースを聞いて、どう反応されますか。人生は変わります。Uコリント5:17。



ルカ
2:8 さて、この土地に、羊飼いたちが、野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていた。
2:9 すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が回りを照らしたので、彼らはひどく恐れた。
2:10 御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。
2:11 きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。
2:12 あなたがたは、布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。これが、あなたがたのためのしるしです。」
2:13 すると、たちまち、その御使いといっしょに、多くの天の軍勢が現れて、神を賛美して言った。
2:14 「いと高き所に、栄光が、神にあるように。地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。」
2:15 御使いたちが彼らを離れて天に帰ったとき、羊飼いたちは互いに話し合った。「さあ、ベツレヘムに行って、主が私たちに知らせてくださったこの出来事を見て来よう。」
2:16 そして急いで行って、マリヤとヨセフと、飼葉おけに寝ておられるみどりごとを捜し当てた。
2:17 それを見たとき、羊飼いたちは、この幼子について告げられたことを知らせた。
2:18 それを聞いた人たちはみな、羊飼いの話したことに驚いた。
2:19 しかしマリヤは、これらのことをすべて心に納めて、思いを巡らしていた。
2:20 羊飼いたちは、見聞きしたことが、全部御使いの話のとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。



Tペテロ3:18 キリストも一度罪のために死なれました。正しい方が悪い人々の身代わりとなったのです。それは、肉においては死に渡され、霊においては生かされて、私たちを神のみもとに導くためでした。

Tペテロ2:24 そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。

エペソ5:8 あなたがたは、以前は暗やみでしたが、今は、主にあって、光となりました。光の子どもらしく歩みなさい。

コロサイ1:21 あなたがたも、かつては神を離れ、心において敵となって、悪い行いの中にあったのですが、
1:22 今は神は、御子の肉のからだにおいて、しかもその死によって、あなたがたをご自分と和解させてくださいました。それはあなたがたを、聖く、傷なく、非難されるところのない者として御前に立たせてくださるためでした。

ピリピ3:20 けれども、私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになるのを、私たちは待ち望んでいます。

ヨハネ14:27 わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。

Uコリント5:17 だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。

ルカ1:38 マリヤは言った。「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」

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