イースター礼拝2017年4月16日「復活の主とともに生きる」マタイ28:1〜10

序−人は、食べないで3週間、水なしで3日間生きられるが、希望なしでは生きられないと言います。人間は希望を食べて生きる存在です。絶望的な環境の中でも、心に希望があれば、人は生きることができます。イエス・キリストの復活は、人間に永遠の希望を与えた大きな出来事でした。

T−はじまりは絶望と恐れから−1〜6
 イースターは、イエス様の十字架の後、人々の絶望から始まっています。イエス様が十字架で殺されてしまい、主の弟子たちは、希望を失い、不安と恐れの中にいました。弟子たちを捕らえて殺そうとする人々を恐れて、弟子たちは家の中に隠れていました。イエス様に希望を置いて彼らの絶望と恐れはあまりにも大きく、痛みを伴う辛いものでした。
 女性たちも、安息日の間、悲しみに沈んでいました。恐れと不安が女性たちの心をおおっていましたが、イエス様に埋葬の用意をしてあげたいと、安息日が終わってから、墓までやって来ました。1節。墓の入り口を閉ざしているあの大きな石を転がしてくれる人がいるかな、番兵たちが許可を与えてくれるかなと心配でした。そう言いながら、墓まで来ました。マルコ16:3。すると、地震が起こって、大きな石が転がって、入り口が開きました。2節。恐れ、心配して、諦めて行かないのではなく、それでも信仰を持って行くと、墓はオープンされました。心配と憂いの中からも、イエス様によって向かって行くと、問題は解決されて行くのです。
 女性たちは、痛みや悲しみ、失意と落胆の多かった人生において、イエス様に出会って、人生が変わりました。その恵みに応えて、このような行動をしたのです。人生において私たちは、恐れや不安に陥ると、何も手につかないようになってしまいます。失望し、悲しみに沈んでしまうと、何もしたくなくなるものです。でも、恐れや悲しみを持ちながらも、イエス様に対する思いのゆえに行動して行った女性たちの姿をならいたいのです。
 墓の入り口から大きな石が転がされ、その上に御使いが座っていたので、女性たちは、恐ろしくてどうしようとできず、固まってしまいました。2〜3節。すると、御使いは女性たちに「恐れてはいけません。あなたがたが捜しているイエス様は、ここにはおられません。よみがえられたからです」と言いました。5〜6節。
 今日の箇所には、「恐れ、恐れる」という言葉が繰り返されています。人は、何を恐れるのでしょうか。私たちは、どんなことを恐れるのでしょうか。実際に恐れた出来事もたくさんあったでしょう。心に抱いた恐れはさらに多いでしょう。いつも、なにがしかの恐れや不安を持っている人もいます。失敗を恐れたり、自分の非力を恐れたり、人から悪く言われるのを恐れたり、仕事の評価や結果を恐れたり、将来に対して恐れたり、病気や死を恐れたり、様々なことを恐れます。今何の恐れがありますか。どんな恐れに抱いているでしょうか。そんな私たちに「恐れてはいけません」と、イエス様は言ってくださいます。なぜでしょう。

U−希望のニュース−6〜7
 イエス様が死からよみがえられた、イエス・キリストが復活されたという知らせが与えられたからです。6〜7節。墓を訪れた女性たちにとって、これ以上嬉しいことがあるでしょうか。なぜなら、イエス様の復活のニュースによって、恐れや不安が取り去られるからです。確かに、イエス様の復活の知らせは、嬉しい喜びであり、すべてを一変させるものです。では、イエス様が死からよみがえられたという復活のニュースの特徴は、何でしょうか。
 まず、イエス様の復活は、死の力にうち勝ったということです。アダム以来、人間は罪のために死というものを通らなければなりませんでした。しかし、死を滅ぼされるという預言通り、イエス様が十字架の死から復活されることによって、死に勝利されました。イザヤ25:7〜8。それによってイエス様を信じる者にも、復活の命が与えられました。ヨハネ11:25, Tコリント15:51〜52。十字架の死からよみがえられることによって、イエス様は、死を滅ぼし、福音によっていのちと不滅を明らかにされました。Uテモテ1:10。誰でも、イエス様を救い主として受け入れる者は、永遠のいのちを得られることを信じてください。
 死を滅ぼし、死に勝利されたということは、次に、イエス様の復活は、サタンに勝利したということです。人は罪のゆえに死んでいたような存在でした。サタンは、人に罪を犯させ、悲惨な罪の奴隷にして、支配していました。しかし、イエス様は十字架の死から復活されることによって、信じる者をそのサタンの支配から解放してくださいました。エペソ2:1〜6,ヘブル2:14〜15。
 そして、イエス様の復活は、すべて信じる者の初穂となりました。Tコリント15:22〜23。イエス様を自分の救い主だ、イエス様は私のために十字架にかかられたのだと信じる者は誰でも、イエス様とともによみがえる命を与えられているのです。何という幸いでしょうか。かつて罪のために死んだような状態であった者も、復活の命にあずかることは、生き生きと生きることができるようにされたのです。
 復活の命は、私たちの信仰の基本的な信仰の要素です。それとともに、教会復興の活力です。初代教会において、迫害と苦難の中でも信仰が曲がることなく勝利できたのは、復活の信仰があったからです。イエス様を信じる者は、自分も復活することを信じることができます。

V−ともにいてくださる復活のイエス様−10
 最初のイースターの朝、恐れの中にあった女性たちは、復活されたイエス様から、「恐れてはいけません」と言われました。10節。イエス様は、世に来られどんなに人々を愛しておられるかを示してくださいました。病気の人を癒して、悪魔に捕らわれている人を解放し、生活に望みのない人に希望を与えてくださいました。イエス様の愛は、十字架の死でなお明らかとなりました。私たちの罪と滅びの代価をご自分の命で支払ってくださったからです。Tテモテ2:6。
 「恐れてはいけない」と言われたこの復活のイエス様は、今も生きておられ、イエス様を救い主と信じる者の中で生きておられます。聖霊なる神を通して、私たち信じる者の中に住んでおられます。ヨハネ14:16〜17。イエス様は、マタイ28:19〜20で、「わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます」と言われました。今日も、イエス様は、私たちとともにいてくださいます。ヨハネ14:20。では、イエス様とともに生きる人生とは、何でしょうか。その力を体験する人生です。
 恐れて、イエス様を三度も知らないとまで言った弟子ペテロのその後を見てみましょう。彼は、弟子たちの中で一番強がっていた人です。けれども、彼は恐れが多く、弱い人でした。そんなペテロも、復活のイエス様に出会って、変わりました。神殿に行った時、足の不自由な人が施しを求めてペテロを見た時、ペテロは、「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい」と言いました。使徒3:1〜8。これは、何を意味しているのでしょう。復活のイエス様の力がこの人に働いたのです。
 ペテロは恐れが多く弱い人でした。人前で強がっている人は、実はけっこう弱いのです。そんなペテロも、復活のイエス様を自分の中に迎えた時、自分の生活の中でイエス様の力を体験することができるようになったのです。私たちも、ペテロのように恐れの多い弱い者です。金銀のない、力もない者です。しかし、できることがあります。私たちには、復活のイエス様がともにおられます。信じる者とともに、イエス様が私たちのうちに生きておられ、イエス様は、私たちの生活の中で働かれる方です。
 私たちは、人生を生きながら様々なことに出会い、恐れ、弱さを覚えます。そのたびに復活されたイエス様が自分のうちにともにおられることを思いだして、希望を持ちましょう。思い煩いを主にゆだねましょう。主が心配してくださいます。Tペテロ5:7。御言葉は、私たちの人生で起こるすべての問題について、イエスに頼るように命じています。そうすれば、人生の問題で復活の主の力を体験することができます。このように、復活の力が私たちの人生に働いてくださるなら、どのような境遇においても対処できるようになる秘訣を得ていることになります。ピリピ4:11〜13。
 イエス様は、「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない」と言われました。ヘブル13:5。ですから、復活のイエスのおかげで、私たちは、どんなことに会っても、どんな人に会っても、恐れないでいる可能性があります。イエス様は、私たちひとりひとりの罪のために、十字架死んでくださいました。そして、復活されて、死を打ち破り死に勝利されました。今は復活の主が私たちのうちおられ、ともに人生を歩んでくださいます。こうして、私たちはイエス様の愛の中で人生を享受することができます。復活されたイエス様が自分のうちにいてくださることを覚えて、復活のイエス様に拠り頼んで、イエス様と永遠に生きましょう。ヨハネ6:51。



マタイ28:1 さて、安息日が終わって、週の初めの日の明け方、マグダラのマリヤと、ほかのマリヤが墓を見に来た。
28:2 すると、大きな地震が起こった。それは、主の使いが天から降りて来て、石をわきへころがして、その上にすわったからである。
28:3 その顔は、いなずまのように輝き、その衣は雪のように白かった。
28:4 番兵たちは、御使いを見て恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになった。
28:5 すると、御使いは女たちに言った。「恐れてはいけません。あなたがたが十字架につけられたイエスを捜しているのを、私は知っています。
28:6 ここにはおられません。前から言っておられたように、よみがえられたからです。来て、納めてあった場所を見てごらんなさい。
28:7 ですから急いで行って、お弟子たちにこのことを知らせなさい。イエスが死人の中からよみがえられたこと、そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれ、あなたがたは、そこで、お会いできるということです。では、これだけはお伝えしました。」
28:8 そこで、彼女たちは、恐ろしくはあったが大喜びで、急いで墓を離れ、弟子たちに知らせに走って行った。
28:9 すると、イエスが彼女たちに出会って、「おはよう」と言われた。彼女たちは近寄って御足を抱いてイエスを拝んだ。
28:10 すると、イエスは言われた。「恐れてはいけません。行って、わたしの兄弟たちに、ガリラヤに行くように言いなさい。そこでわたしに会えるのです。」
28:19 それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、
28:20 また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。



ヨハネ11:25 イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。

Tコリント15:51 聞きなさい。私はあなたがたに奥義を告げましょう。私たちはみな、眠ることになるのではなく変えられるのです。
15:52 終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、私たちは変えられるのです。

Uテモテ1:10 それが今、私たちの救い主キリスト・イエスの現れによって明らかにされたのです。キリストは死を滅ぼし、福音によって、いのちと不滅を明らかに示されました。

ヘブル2:14 そこで、子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。これは、その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、
2:15 一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放してくださるためでした。

Tコリント15:22 すなわち、アダムにあってすべての人が死んでいるように、キリストによってすべての人が生かされるからです。
15:23 しかし、おのおのにその順番があります。まず初穂であるキリスト、次にキリストの再臨のときキリストに属している者です。

Tテモテ2:6 キリストは、すべての人の贖いの代価として、ご自身をお与えになりました。これが時至ってなされたあかしなのです。

ヨハネ14:16 わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。
14:17 その方は、真理の御霊です。世はその方を受け入れることができません。世はその方を見もせず、知りもしないからです。しかし、あなたがたはその方を知っています。その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられるからです。

ヨハネ14:20 その日には、わたしが父におり、あなたがたがわたしにおり、わたしがあなたがたにおることが、あなたがたにわかります。

Tペテロ5:7 あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。

ピリピ4:11 乏しいからこう言うのではありません。私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。
4:12 私は、貧しさの中にいる道も知っており、豊かさの中にいる道も知っています。また、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。
4:13 私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。

ヨハネ6:51 わたしは、天から下って来た生けるパンです。だれでもこのパンを食べるなら、永遠に生きます。またわたしが与えようとするパンは、世のいのちのための、わたしの肉です。

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