2021年5月23日「夢見る人」使徒2:14〜21

序−今日は教会の設立記念日です。ちょうど、教会歴でペンテコステ、聖霊降臨日でもあります。新約時代の教会の誕生日とも言われています。イエス様を信じて救われると、聖霊を受けます。聖霊を受け、聖霊に満たされることが、聖徒たちをどのように変えるのでしょうか。今日のペンテコステの箇所から学びます。

T−ヨエルで預言されたこと?−14〜16
 ペンテコステの時、聖霊を受けた弟子たちが他国の言葉で福音を語るようになると、驚き惑った人々の中には、酔っているからだと嘲る者がいました。使徒2:12〜14。それで、酔っているのでなく、聖霊に満たされての変化であることを弁明しています。14〜15節。聖徒たちが、聖霊によって霊的に変化し、御言葉によって成長すると、周囲の人の中には、困惑したり、嘲ったりする人々がいます。
 嘲ったように、酒に酔うのと聖霊に満たされるのは、似ているようで、まったく違います。憂鬱な気持ちを一時期解消するために酒に酔うのでしょうが、聖霊に満たされることで真の喜びを覚えるようになります。酒に酔うのは神経を麻痺するのですが、聖霊の満たしは神経を覚醒させてくれます。酔えば罪もあらわれますが、聖霊の満たしは霊的変化を伴います。酔いによる空元気ではなく、聖霊は勇気を与えてくれます。ですから、酒に酔うのではなく、御霊に満たされなさいと勧めています。エペソ5:18。
 ペテロは、聖霊降臨は、ヨエル書に預言されたことだと言います。預言者ヨエルの時代は、アッシリヤに蹂躙され、やがてバビロンによって滅ぼされ、捕囚となりますが、捕囚からの解放まで預言されています。ヨエル2:19〜22。民が、神からのメシヤを通して罪の赦しを信じたためです。その時、メシヤ、キリストが来られることと聖霊が注がれることが預言されています。ヨエル2:23〜24。キリストを信じる民に聖霊降臨する様子を預言したのが、使徒に引用された箇所です。ヨエル2:28〜32。それが、今日の17〜21節です。
 今日の17節を見ると「終わりの日」とあるのは、キリストが待望の救い主として来られて、また再び来られること再臨のことを言っています。Tペテロ1:20。
 この預言による聖霊降臨の特徴は、すべての人に注がれるということです。17節。旧約時代は、特定の人々への聖霊が降りましたが、キリストが来られる時には、キリストを信じて救われたすべての者に聖霊が降ると預言されており、その通りになりました。イエス様の昇天後、弟子たちに聖霊がくだり、力を受けるようになりました。使徒1:8。
 説教をしているペテロは、聖霊に満たされる前は、失敗して肉の自信を失い、恐れと不安で、勇気のない人でした。しかし、聖霊を受けて、聖霊に満たされると、どこからそんなものが来たのかと思えるほど大胆さと勇気が出てきました。獄につながれ、拷問を受けても、イエス様の福音を証ししました。それで喜びを味わいました。

U−聖霊の働き、夢幻を見る−17〜18
 ペテロのように、聖霊を受けると、人々は変化します。霊的変化は、まず言葉が変わり、次に視点が変わり、そして考えが変わります。聖霊を受けると人々は、どうするようになりますか。17節。預言し、幻を見、夢を見るようになるというのです。一つ一つ見てみましょう。
 預言をするというのは、将来を予言するというのではなく、神から預かった言葉を語るということです。神様の真理を宣言するということです。ヨハネ16:13。ペンテコステの日、聖霊を受けた弟子たちが行なったことは、他国の言葉でイエス様の福音を語ったということです。そして、14節以下は、あのイエス様を3度否んだペテロが、変えられて、力強く大胆に福音を語るところです。
 特に、子どもたちは預言するというのは、聖霊が望むと、子どもたちは、御言葉を通して、将来神様が私をこのようにならせてくださる、このようなことをさせてくださると希望と確信を持ち、それに向かって歩んで行きます。純粋な子どもの心に御言葉が入ると、御言葉に生きていくようになり、御言葉がその子どもを養育することになります。
 次に、幻を見るというのは、神が与えてくださるビジョンを見るということです。ビジョンがある人には、希望があり、変化があるからです。箴言29:18に、「幻がなければ、民はほしいままにふるまう」とあります。英訳では、「幻のない民は、滅びる」となっています。民が無秩序で混沌の中にいるのは、ビジョンがないからだということです。
 若者の特徴はどうでしょう。将来よりも現実を重視します。思いのまま現実を楽しもうとします。特に、社会の将来に希望を抱けず、今だけ良ければという思考が強いようです。しかし、御霊が臨めば、幻を見て、ビジョンを持つようになります。ビジョンは、神様が将来導いてくださる希望です。そのビジョンの実現に向かって、堅実に学び、地道に働き、希望をもって魅力的に生きるようになります。幻を求めて、御言葉を黙想し、祈ることが必要です。エレミヤ33:3。
 三重苦で有名なヘレン・ケラー氏は、盲目で生まれるよりも不幸なことは何ですかという質問に対して、「世界で最も哀れな人は、目が見えてもビジョンがない人です」と答えました。現代社会には、ビジョンがないと言われます。ビジョンがなければ、方向性がありません。ビジョンを持っている人は、方向性が明らかです。
 そして、夢を見るというのは、自分の勝手な願望、肉の思いや考えをおいて、神様からの夢を見るようになるというのです。つまり、主から夢を与えられ、夢の実現を目指して生きるようになるということです。
 年老いた者の特徴は、過去志向です。昔は良かった、昔はこうだった、昔こうしておけばよかったと過去のことを自慢したり、後悔したりします。しかし、御霊が臨めば、夢を見ます。希望をもって生きて行きます。将来自分の子どもたちが、自分が助けた人々が、希望を持って生きて、やがてビジョンを実現して行くのです。そういう夢のために、信仰をもって残りの人生をしっかり生きるようになります。
 アブラハムは、75歳で約束の土地へ行く夢を与えられ、約束の地に向けて出かけました。モーセは、80歳でミデアンの荒野で召され、民をエジプトから救い出し、カナンの地へ導くという夢を託されました。私たちも、召される瞬間まで与えられた使命を果たしながら生きることができることを祈ります。体が動かなくなったとしても、とりなし祈ることができます。

V−夢を見る人−17〜18,21
 聖霊が注がれる時、あらわれる特徴は、預言と幻と夢です。17〜18節。今日、人々の心から夢や幻が消えている時代です。年老いた者たちが持たないだけでなく、若い人々まで夢やビジョンを持ちません。子どもたちに夢がないのです。野望すらないのです。何と言う暗い時代でしょう。子どもたちや若い人々の心に確かな指針、価値観がありません。御言葉がないからです。心を燃やし、行動させるものがありません。聖霊が注がれていないからです。夢やビジョンがないからです。
 年老いた者が夢や幻のない若い人々を見れば、嘆かわしく思い、夢のない子どもたちを見れば、未来が見えません。若者や子どもたちは、夢や幻のない老人に学ぼうとはしません。どうしたら、いいのでしょうか。21節。しかし、主の名を呼ぶ者は、みな救われます。自分のために十字架にかかってくださったイエス様を信じるなら、誰でも聖霊を受けます。御言葉に生きるようになり、ビジョンを与えられ、夢を見るようになります。
 もし、クリチャンにも、夢と幻がなかったら、悲惨です。もちろん、聖徒たちには、御言葉が与えられているし、聖霊が夢と幻を見させてくれます。ただ、見ようとしていなければ、見ることはできません。見ることすら考えないようになります。これもまた悲惨です。
 クリスチャンは、夢見る人です。幻を持っている人です。聖徒たちの夢は、自分勝手に作ったものではなくて、神様が与えて、見させてくださったものです。私たちが夢を見てビジョンを持っているのは、聖霊が私たちのうちに住み、私たちに夢とビジョンをくださるからです。
 現代は、夢のない時代です。将来の見えない時代です。ビジョンのない時代に生きています。でも、イエス様を信じて、聖霊を受けるならば、将来の話をし、未来を展望することができます。これは、知識や能力、経験や年齢に関係なく、主の民であるなら誰にでも与えられるものです。
 確かに、人生には患難があります。絶望に打ちひしがれる時があります。19〜20節を見ましょう。戦争や災害や審判が示されています。しかし、そのような災いと裁きが、救いの日に変わります。21節。世の人々は、希望を見出そうともがいています。どこに希望があるでしょうか。夢のあるところに希望があります。ビジョンのあるところに変化が生じます。
 クリスチャンが明確な夢を見ることができるのは、キリストが自分のうちに生きておられるからです。ガラテヤ2:20。クリスチャンこそ、確かな夢を見ることができます。創造主なる神が与えてくださるからです。聖霊は、イエス様を信じることによって注がれます。どうか御霊によって夢を見せていただきましょう。ビジョンを求めましょう。夢のあるところに希望があります。ビジョンのあるところに変化が生じます。エペソ1:13〜14。



使徒2:14 そこで、ペテロは十一人とともに立って、声を張り上げ、人々にはっきりとこう言った。「ユダヤの人々、ならびにエルサレムに住むすべての人々。あなたがたに知っていただきたいことがあります。どうか、私のことばに耳を貸してください。
2:15 今は朝の九時ですから、あなたがたの思っているようにこの人たちは酔っているのではありません。
2:16 これは、預言者ヨエルによって語られた事です。
2:17 『神は言われる。終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。
2:18 その日、わたしのしもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。すると、彼らは預言する。
2:19 また、わたしは、上は天に不思議なわざを示し、下は地にしるしを示す。それは、血と火と立ち上る煙である。
2:20 主の大いなる輝かしい日が来る前に、太陽はやみとなり、月は血に変わる。
2:21 しかし、主の名を呼ぶ者は、みな救われる。』


エペソ5:18 また、酒に酔ってはいけません。そこには放蕩があるからです。御霊に満たされなさい。

ヨハネ16:13 しかし、その方、すなわち真理の御霊が来ると、あなたがたをすべての真理に導き入れます。御霊は自分から語るのではなく、聞くままを話し、また、やがて起ころうとしていることをあなたがたに示すからです。

エレミヤ33:3 わたしを呼べ。そうすれば、わたしは、あなたに答え、あなたの知らない、理解を越えた大いなる事を、あなたに告げよう。

ガラテヤ2:20 私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。

エペソ1:13 この方にあってあなたがたもまた、真理のことば、あなたがたの救いの福音を聞き、またそれを信じたことにより、約束の聖霊をもって証印を押されました。
1:14 聖霊は私たちが御国を受け継ぐことの保証です。これは神の民の贖いのためであり、神の栄光がほめたたえられるためです。

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