2021年6月20日「神の御手の中で」使徒13:13〜25
序−問題、失敗、病気などのために自分の計画通り行かない、自分の願いが頓挫する、そんな時人は、否定的、悲観的になってしまいます。でも、聖書はそうではありません。イエス様を信じる者には、そんな中でも神の御手があり、導きがあると教えてくれます。
T−ヨハネ・マルコの離脱−13,使徒15:38〜39
パウロたちの伝道旅行は、キプロス島を後にして、今のトルコ半島に上陸しますが、事件が起きます。1節。ヨハネとは、マルコと呼ばれるヨハネのことです。使徒12:12,25。マルコの母マリヤの家は、使徒たちが集まっていた家です。そのマルコが、ここでエルサレムへ帰ってしまったのです。始まったばかりの伝道チームからマルコが離脱したのです。大きな事件です。チームの一行に衝撃を与えました。
なぜ、マルコは、伝道旅行から離脱してしまったのでしょうか。ここには、何も書かれていません。突然帰ってしまったことで、非難も受け、誤解も受けたでしょう。マルコは、かなり若かったようです。それで、遠く離れて外国まで来て、寂しくなって家に帰ったという節があります。2節にあるようにパンフリヤのペルガからピシデヤのアンテオケに行くことには、強盗のいる危険で険しいタウロス山脈を越えて行かなければなりません。それで、怖れて離脱してしまったとも言います。
ホームシックにかかってお母さんの元に帰った、旅の大変さに怖れていち抜けたという印象です。ちょっと馬鹿にしたような節ですが、多くの学者たちがそのように考えています。そんなだったら、はじめから伝道チームに参加しなかったでしょう。使徒たちの近くにおり、危険なことも大変なことも分からなかった人ではありません。周りの人は、その人の言動から勝手に考えて、判断するものです。私たちも、自分の言動で誤解もされ、非難も受けることもあるでしょう。
では、他に原因は?私たちは先週の話を思い出します。マルコは尊敬する親戚のバルナバを慕ってこの伝道チームに参加したのに、いつの間にかリーダーがパウロに代わってしまったのです。血気盛んなマルコは面白くない、怒って帰ってしまったのでしょう。あるいは、この後出て来るパウロの体調を知り、伝道旅行そのものに悲観的になったのかもしれません。そんな理由だとしても、それは言えなかったのです。
いずれの理由なのか分かりませんが、途中で抜けた、大変な時に離脱したというのは、大きな失敗でした。後々まで響いて来る大失態でした。こんな人は、もう終わりだ、二度と活躍の機会はないだろう、誤解され非難されたままだろうと思われるでしょう。事実、第2回伝道旅行の時、バルナバがマルコも一緒にと提案すると、パウロには、第1回の時離脱した人なんか連れて行かないと怒っています。使徒15:38〜39。
その後のマルコは?マルコは、後悔しました。それで、第2回伝道旅行に参加しようとしました。パウロに拒否されたけれども、バルナバとキプロス伝道に行っています。使徒15:39。使徒ペテロを手伝い、頼りにされています。Tペテロ5:13。そして、驚くべきことに、後にはパウロの同労者となっています。ピレモン1:24。パウロに信頼されるようになっています。Uテモテ4:11。そして、何と言っても、マルコの福音書を記録しました。
失敗したとしても、失態を犯したとしても、神の御手は、マルコを離れてはいません。神の導きは続いていました。マルコが自分に失望したり、神の導きを疑ったりしなかったからです。私たちも、失敗や問題が続いたとしても、自分に対する神の愛や導きに対する確信を失ってはなりません。
U−パウロの病気−13〜14, ガラテヤ4:13
もう一つの事件が起こっています。13〜14節。と言っても、何が起こったか、事件そのものは記されていません。状況証拠だけが記されています。トルコ半島南部のパンフリヤ州のペルガに渡ったのに、ユダヤ人も多くいる商業都市ですが、ここを素通りして、北のピシデヤ州のアンテオケに行きました。なぜ、ペルガで伝道しなかったのでしょう。帰りには、ペルガに立ち寄って、宣教しています。使徒14:25〜26。
何らかの事情があって、ペルガでは語れなかったので、帰りに福音を伝えたということです。何かペルガを素通りして、ピシデヤのアンテオケに行かなければならない理由があったということです。何があったのでしょう。それは、パウロがペルガで病気になったからというのです。パウロ自身、持病があったと言っています。Uコリント12:7。また、後にこの時ピシデヤ、ガラテヤ地方に行ったのは、自分の肉体が弱かったためだったと言っています。ガラテヤ4:13。病気のための進路変更です。
パウロが病弱であったことは確かです。実際にあったら弱々しい男だと言われていました。Uコリント10:10。それなのに、異邦人宣教師として、様々な難を乗り越えて宣教できたのは、ただただ救いの恵み、罪の赦しへの感謝と福音宣教への情熱からでした。
病気であったことは分かりましたが、なぜ、ペルガからピシデヤ地方へ行かなければならなかったのでしょう。低地で湿気の高いペルガでマラリヤにかかったためだと言われています。それで、高地の涼しい乾燥したアナトリヤ高原へ行かなければならなかったのです。その結果、ピシデヤのアンテオケをはじめ、ガラテヤ地方の諸都市に次々と福音を伝えることになります。病気になってしまったけれども、それによって、この地方に福音が広まることになりました。使徒14:1,6。
ペルガでマラリヤに罹った時は、肉体がどれほど痛んだことでしょうか。加えて、宣教の働きができないことで、心がどれほど痛んだことでしょうか。せっかくここまで来たのに、どうしてこんな所でこんな時病気になるのか、伝道旅行は失敗かと嘆いたことでしょう。しかし、ここに驚くべき神の導きがあったのです。パウロは予想していなかったけれども神が働いて、ガラテヤ地方に福音が伝わるようにしてくださったのです。
勇んでトルコ半島に渡り、ペルガに乗り込んだものの、そこで病気になってしまった。それで、高原のピシデヤのアンテオケに行くしかなかった。そこにも神の導き、神の御手があったのです。詩篇139:10。私たちも、失敗や事件、病気や問題で望むとおりにならなかった、意図していなかったことをさせられたということが起こります。そのような時、主が共におられない、神様が見捨てられたということではありません。そこにも、神の御手はあり、神の導きは続いて行くのです。
私たちの信仰の人生を振り返っても、そういうことができるのではありませんか。失敗のままでしたか。神に見捨てられたのですか。共にいてくださり、助け起こし、導いてくださったではありませんか。最も苦しい時、
私と共に苦しみ、私を背負ってくださったのではありませんか。イザヤ63:9。
V−神の選び、導き−15〜25, ヨハネ15:16
パウロは、病気のために、ピシデヤのアンテオケに行きました。そこで、待っていたのは、どんなことでしょう。15〜16節。何と、ユダヤ人の会堂に行くと、福音を語る機会が与えられました。今日の所は、その前半を学びます。17〜25節。神の民の歴史を概観するのですが。
パウロの語り出しの主語は、「神」です。17節。原文の最初の動詞は、「選び」です。なぜ、イスラエル人が、神の助けと導きを受けているのですか。偉大な民、強力な民だからなど何か理由があったのですか。いいえ、ただ神がご自分の民として選ばれたからです。かえって最も少ない、小さい民だから選ばれたと言われています。申命記7:7。
選びは、神のご意志であり、神のご愛です。ご自分の民を守り導いてくださるのは、選んだ責任を負っているからです。ですから、エジプトから救い出してくださった民が、神様に逆らうことがあっても忍耐して、守り導いてくださいました。18節。ダビデを立てて王とし、神の民を養い、その子孫から救い主イエス様を送ってくださいました。22〜23節。「ダビデを見出した」というのは、神がダビデを選んだということです。
私たちも、神によって救いに選ばれました。私たちがこの信仰を選び、聖書の神を選んだと思っているかもしれませんが、神様が選んでくださったのです。ヨハネ15:16。パウロは、聖書を引用しながら、自分の信仰を告白しているようです。教会を迫害していたパウロがどうして救われたのでしょう。神の一方的な選びでしかありません。その反逆と罪の仕業を耐え忍んでくださいました。なぜ、パウロを異邦人の使徒として用いられるのですか。神がパウロを選ばれたからです。神が異邦人宣教師として用いようと選んだからです。私たちの人生もそうなのです。
選んだのであれば、責任を負ってくださいます。私たちに対しても、神様は責任を負ってくださいます。パウロがペルガで病気になっても、異邦人宣教の働きは変わりません。神がその働きに選ばれたからです。パウロが自分の考えや計画でしていたのであれば、病気になったなら、すぐ近くにある故郷タルソへ船で行き、そこで静養することにしたはずです。
でも、パウロはピシデヤのアンテオケに行きました。単に病気静養のためだけではないことを知りました。病気に罹った状態でも、ここで福音を伝えられるのだと感じながら、働きを続けました。パウロの説教にあるのは、神の意志の下にある世界観です。神に選ばれた聖徒は、どんな中でも、諦めたり、失望したりしません。神の御手が導きます。詩篇139:10。
使徒13:13 パウロの一行は、パポスから船出して、パンフリヤのペルガに渡った。ここでヨハネは一行から離れて、エルサレムに帰った。
13:14 しかし彼らは、ペルガから進んでピシデヤのアンテオケに行き、安息日に会堂に入って席に着いた。
13:15 律法と預言者の朗読があって後、会堂の管理者たちが、彼らのところに人をやってこう言わせた。「兄弟たち。あなたがたのうちどなたか、この人たちのために奨励のことばがあったら、どうぞお話しください。」
13:16 そこでパウロが立ち上がり、手を振りながら言った。「イスラエルの人たち、ならびに神を恐れかしこむ方々。よく聞いてください。
13:17 この民イスラエルの神は、私たちの父祖たちを選び、民がエジプトの地に滞在していた間にこれを強大にし、御腕を高く上げて、彼らをその地から導き出してくださいました。
13:18 そして約四十年間、荒野で彼らを耐え忍ばれました。
13:19 それからカナンの地で、七つの民を滅ぼし、その地を相続財産として分配されました。これが、約四百五十年間のことです。
13:20 その後、預言者サムエルの時代までは、さばき人たちをお遣わしになりました。
13:21 それから彼らが王をほしがったので、神はベニヤミン族の人、キスの子サウロを四十年間お与えになりました。
13:22 それから、彼を退けて、ダビデを立てて王とされましたが、このダビデについてあかしして、こう言われました。『わたしはエッサイの子ダビデを見いだした。彼はわたしの心にかなった者で、わたしのこころを余すところなく実行する。』
13:23 神は、このダビデの子孫から、約束に従って、イスラエルに救い主イエスをお送りになりました。
13:24 この方がおいでになる前に、ヨハネがイスラエルのすべての民に、前もって悔い改めのバプテスマを宣べ伝えていました。
13:25 ヨハネは、その一生を終えようとするころ、こう言いました。『あなたがたは、私をだれと思うのですか。私はその方ではありません。ご覧なさい。その方は私のあとからおいでになります。私は、その方のくつのひもを解く値うちもありません。』
ピレモン1:24 私の同労者たちであるマルコ、アリスタルコ、デマス、ルカからもよろしくと言っています。
Uテモテ4:11 ルカだけは私とともにおります。マルコを伴って、いっしょに来てください。彼は私の務めのために役に立つからです。
Tペテロ5:13 バビロンにいる、あなたがたとともに選ばれた婦人がよろしくと言っています。また私の子マルコもよろしくと言っています。
ガラテヤ4:13 ご承知のとおり、私が最初あなたがたに福音を伝えたのは、私の肉体が弱かったためでした。
Uコリント10:10 彼らは言います。「パウロの手紙は重みがあって力強いが、実際に会った場合の彼は弱々しく、その話しぶりは、なっていない。」
イザヤ63:9 彼らが苦しむときには、いつも主も苦しみ、ご自身の使いが彼らを救った。その愛とあわれみによって主は彼らを贖い、昔からずっと、彼らを背負い、抱いて来られた。
ヨハネ15:16 あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも、父があなたがたにお与えになるためです。
詩篇139:10 そこでも、あなたの御手が私を導き、あなたの右の手が私を捕らえます。
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