2021年8月1日「主イエスの恵みによって救われる」使徒15:1〜12a
序−問題が起こった時、漠然と解決法を思案しても解決はできません。論理的に段階を踏んで行く必要があるそうです。一般的に、問題の認識、原因の調査と分析、解決策の立案、解決策の実行、結果の評価という段階を踏むと言われています。今日の箇所は、ある問題によって教会史上初めて公会議が開かれることになります。
T−問題の発生、原因の調査と分析−1〜2
どんな問題が発生したのでしょうか。1節。「割礼を受けなければ、あなたがたは救われない」とは、大問題です。まずは、どうして問題が起きたのか、その背景、原因を調べてみましょう。問題の起こる背景には、必ず原因があります。原因の調査分析をします。
はじめ、福音を聞いてイエス様を信じたのはユダヤ人だけでしたが、迫害によってエルサレムから散らされた聖徒たちがシリヤのアンティオキヤに来てからは、ギリシャ人にも福音を伝え、異邦人教会ができました。使徒11章。パウロとバルナバがその教会から送り出されて、小アジアで異邦人に福音を伝え、多くの異邦人がイエス様を信じて、クリスチャンになりました。使徒14章。異邦人が福音を聞いて救われたことは、誰が聞いても確かなことでした。エルサレムの使徒たちも、神が働いたと確信しました。使徒11:17〜18。多くのユダヤ人クリスチャンは、異邦人が信じたことについては、問題はありませんでした。
ところが、ユダヤ人の聖徒たちにとって、異邦人の聖徒たちが、ユダヤ人のように律法を守ったり、割礼を受けたりしていないことは大きな問題となりました。特に、ユダヤ人としての固定観念に縛られた律法主義者は、憤慨しました。そして、彼らが要求して来たことが、「割礼を受けなければ、あなたがたは救われない」ということでした。しかし、それではイエス様の十字架を信じれば救われるという福音の根幹が崩れてしまいます。それで、パウロやバルナバと彼らの間に対立と論争が生じたのです。2節。
福音は、神の御子イエス様が私たちの変わりに十字架にかかり、死からよみがえってくださったので、それを信じる者は罪赦されて、天国への命が与えられるということです。ローマ10:9。それなのに、それでは足りず、割礼を受けてユダヤ人のように律法を守らなければ救われないというのですから、福音の根幹を揺るがす大問題なのです。律法主義、功績主義からは、信じただけで何も守らなくていいのという疑問が出るでしょう。でも、救われた恵みに応答して行くことで、結果、神様に喜ばれる歩みとなります。信じて御言葉に聞き従った結果、信仰の実が出て来るのです。
私たちには、仕事や生活などにおいて問題が起きて来ます。いたずらに騒いだり、悩んだりするのではなく、まずは、問題を発見し、認識することです。隠れている問題もあります。問題点を認識する深い洞察力が必要です。聖書的に言うならば、霊的洞察力、霊的識別力です。ヘブル4:12。御言葉に照らして、主に祈り聞いてみるのです。ピリピ1:9〜10。
そして、何が問題なのかが分かったら、原因をよく調べて、分析してみましょう。私たちは、意外に問題そのものを理解していないことがあります。ですから、できるだけ関係する事や事実を集めて全体像を把握します。原因を分析することによって、本当の原因が浮かび上がって来ます。
U−解決策の立案−2〜4, ガラテヤ2:11〜16
問題を調べ、分析して、原因が明確になったら、御言葉に照らして祈り、どう解決するか考えます。問題を知ったパウロとバルナバは、誤ったユダヤ主義を教えていた人々と話してみました。2節。まったく話し合いになりません。固定観念にとらわれていた彼らは、イエス様を信じても割礼を受けなければ救われないと主張するばかりです。それでは、福音ではありません。ユダヤ人にならなければということになります。福音の根幹にかかわることですから、パウロたちも、一歩も引けません。それでは、信仰の土台が崩れることになるからです。
ユダヤ主義者との話し合い解決は、無理だと分かりました。別な解決策を考えます。それで、「この問題について使徒たちや長老たちと話し合うために、エルサレムに上ることになった」ということです。福音の根幹にかかわることなので、使徒たちや長老たちの会議に委ねることにしました。これが、キリスト教会史上初めての公会議、エルサレム会議です。今日的に言えば、教団の総会や大会に委ねるということです。神学的な問題については、中会ではなく、大会で取り扱うことになります。
問題解決のための立案は、現実の障壁を取り除いて、解決できる状態に近づける必要があります。そのためは、具体性をもった解決策を立案しなければなりません。問題解決のためには何をすべきかを考え、特定の原因を取り除くためにはどうすべきか考え抜くのです。パウロは、よく考えて、エルサレム会議までにできる限りのことをしています。
間違った主張をしているユダヤ主義者、元パリサイ人がこれだけ強く主張しているのは、理由がありました。ガラテヤ2章を見ると、使徒ペテロがこの頃アンティオキヤに来ていたことが分かります。ガラテヤ2:11〜14。ペテロは、アンティオキヤに来た時、異邦人の聖徒たちと一緒に食事をしていました。それなのに、ヤコブに遣わされた人々が来ると、割礼を主張する人々の目を気にして異邦人から離れてしまったというのです。
ペテロは、割礼派の人々があまりにも強く出て来るので、衝突を避けるために一歩引いたのかもしれません。しかし、パウロに言わせれば、それは本心を偽った行動でした。それがために、他のユダヤ人の聖徒たちも、バルナバまでもが、その偽りの行動に引き込まれてしまったというのです。これでは、割礼派の人々が強気に出るわけです。ですから、パウロは、この時皆のいるところでペテロに抗議をしました。ガラテヤ2:14,16。会議では、悔い改めたペテロがパウロに言われたのと同じように言うことになります。
さらに、途中の道々やエルサレムについてからも、聖徒たちに異邦人の救いについて伝え、神がともにいて行わせてくださったことを報告しました。3〜4節。聖徒たちや使徒たちに何が起こっているのか理解してもらうためです。こうして、障壁となる原因を取り除いて、なすべきことをできるだけ行って、会議に臨むことになります。
私たちも、具体的な問題について原因の調査分析ができたなら、問題解決のためにおもいつく限り立案します。もちろん主に祈って、御言葉から導きを求めてみましょう。気付きや適用を与えてくださいます。
V−解決策の実行−4〜11
問題解決の立案をして、解決への筋道ができたら、計画にそって実行して行きます。どんなに良い立案ができても、実行されなければ、解決に進みません。6節。エルサレム公会議が召集されました。まずは、双方意見を聞きました。7節。ここでも、多くの論争がありました。4〜5節のような内容だったでしょう。多くの意見が出された後、使徒ペテロが立って、議場の人々に言いました。7〜11節。ペテロが言うのは、論争ではなく証しです。
自分が異邦人の救いで体験したことを証ししました。それだけに説得力があります。ペテロがローマ軍の百人隊長コルネリウスに福音を伝えたことです。聖霊がペテロを彼のもとに送られました。躊躇するペテロは、夢の中に現れたことを通して異邦人も救われることを教えられ、彼に福音を語り、イエス様を信じた彼に洗礼を授けました。使徒10章。すべて神の働き、導きによって事が進んで行きました。議場においても、すべては神指導であったと証ししています。7〜8節。
さらに、「私たちと彼らとの間に何の差別もつけず、彼らの心を信仰によってきよめてくださった」と証ししています。9節,使徒10:35。イエス様を信じて救われるのに、異邦人でもユダヤ人にも違いはない、イエス様にあって一つだと言っています。ガラテヤ3:28。
そうして、会議の結論を言います。10〜11節。10節の質問は、痛いところをついています。伝統、律法と主張するユダヤ人自身が守れていないのに、異邦人に要求するのですかと質問されれば、確かにそうだと認めざるを得ません。「主イエスの恵みによって救われると信じていますが、あの人たちも同じなのです」と言われれば、その通りですと言わざるをえません。非常に的確な言い方、表現です。この福音の表現は、ガラテヤ書でパウロに言われたのと似ています。ガラテヤ2:14,16。
ここまで聞いた議場はみな納得し、「沈黙してしまった」のです。12節前半。問題は解決されました。誰でも、「主イエスの恵みによって救われる」のです。ユダヤ人も異邦人もなく、聖徒たちはみな、キリスト・イエスにあって、一つだということです。ガラテヤ3:28。もし私たちの立案が結果を得られない時は、原因の調査と分析に戻り、問題解決に取り組みます。
誰にとっても問題は起こります。大事なことは、起きた問題に振り回されないで、信仰を持って問題を受け止め、冷静かつ客観的に原因を調べ、分析することです。御言葉に照らして考え、祈って主に相談するのです。詩篇119:24。そして、解決案を立案し、実行に移します。問題解決能力は、頭の良し悪しではありません。私たちは、自分が何をすれば、問題解決に近づけるだろうかと思い、信仰をもって臨み、御言葉に照らして考え、主の導きを祈りつつ、人生の様々な問題に取り組みます。信仰によって問題を乗り越える体験は、問題をポジティブに捉えさせるようになります。
使徒15:1 さて、ある人々がユダヤから下って来て、兄弟たちに、「モーセの慣習に従って割礼を受けなければ、あなたがたは救われない」と教えていた。
15:2 それで、パウロやバルナバと彼らとの間に激しい対立と論争が生じたので、パウロとバルナバと、そのほかの何人かが、この問題について使徒たちや長老たちと話し合うために、エルサレムに上ることになった。
15:3 こうして彼らは教会の人々に送り出され、フェニキヤとサマリヤを通って行った。道々、異邦人の回心についてことを詳しく伝えたので、すべての兄弟たちに大きな喜びをもたらした。
15:4 エルサレムに着くと、彼らは教会と使徒たちと長老たちに迎えられた。神が彼らとともにいて行われたことをすべて報告した。
15:5 ところが、パリサイ派の者で信者になった人々が立ち上がり、「異邦人にも割礼を受けさせ、また、モーセの律法を守るように命じるべきである」と言った。
15:6 そこで使徒たちと長老たちは、この問題を検討するために集まった。
15:7 多くの論争があった後、ペテロが立って彼らに言った。「兄弟たち。ご存じのとおり、神は以前にあなたがたの中から私をお選びになり、異邦人が私の口から福音のことばを聞いて信じるようにされました。
15:8 そして、人の心をご存じである神は、私たちに与えられたと同じように、異邦人にも聖霊を与えて、彼らのためにあかしをされました。
15:9 私たちと彼らとの間に何の差別もつけず、彼らの心を信仰によってきよめてくださったのです。
15:10 そうであるならば、なぜ今あなたがたは、私たちの父祖たちも私たちも負いきれなかったくびきを、あの弟子たちの首に掛けて、神を試みるのですか。
15:11 私たちは、主イエスの恵みによって救われると信じていますが、あの人たちも同じなのです。」
15:12 すると、全会衆は沈黙してしまった。
使徒11:17 こういうわけですから、私たちが主イエス・キリストを信じたとき、神が私たちに下さったのと同じ賜物を、彼らにもお授けになったのなら、どうして私などが神のなさることを妨げることができましょう。」
11:18 人々はこれを聞いて沈黙し、「それでは、神は、いのちに至る悔い改めを異邦人にもお与えになったのだ」と言って、神をほめたたえた。
ローマ10:9 なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。
ヘブル4:12 神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます。
ガラテヤ2:11 ところが、ケファがアンティキオヤに来たとき、彼に非難すべきことがあったので、私は面と向かって抗議しました。
2:12 ケファは、ある人々がヤコブのところから来る前は、異邦人と一緒に食事をしていたのに、その人たちが来ると、割礼派の人々を恐れて異邦人から身を引き、離れて行ったからです。
2:13 そして、ほかのユダヤ人たちも彼と一緒に本心を偽った行動をとり、バルナバまでもその偽りの行動に引き込まれてしまいました。
2:14 しかし、彼らが福音の真理についてまっすぐに歩んでいないのを見て、私はみなの面前でケファにこう言いました。「あなた自身、ユダヤ人でありながら、ユダヤ人ではなく、異邦人のように生活しているならば、どうして異邦人に、ユダヤ人のように生活することを強いるのですか。
2:16 しかし、人は律法の行いによっては義と認められず、ただキリスト・イエスを信じる信仰によって義と認められる、ということを知ったからこそ、私たちもキリスト・イエスを信じたのです。これは、律法の行いによってではなく、キリストを信じる信仰によって義と認められるためです。なぜなら、律法の行いによって義と認められる者は、ひとりもいないからです。
ガラテヤ3:28 ユダヤ人もギリシャ人もなく、奴隷も自由人もなく、男子も女子もありません。なぜなら、あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって、一つだからです。
詩篇119:24 まことに、あなたのさとしは私の喜び、私の相談相手です。
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