2021年8月8日「互いを高め合う」使徒15:12〜29
序−問題解決の最後のステップは、実行した結果を評価することです。解決策の実行によって解決されたのなら、今後起こり得る同じような問題の発生に備えて、ノウハウを体系化し、共有することが必要だそうです。エルサレム会議の結論と会議後の動きも、今後起こり得る同じような問題の発生に備えてのことだということが分かります。
T−御言葉に基づいて−12〜18
エルサレム会議は、ペテロの証しの後、バルナバとパウロが報告して、最後に議長のヤコブが議長として結論を告げます。12〜13節。ヤコブとは、イエス様の弟ヤコブのことです。エルサレム教会の柱のように重んじられ、エルサレム教会の主任牧師のようになっていた人です。ガラテヤ2:9。
預言者が言うようにおごそかに「私の言うことを聞いてください」と言い、神が異邦人を顧みてご自分の民とされたと言うのです。13〜14節。シメオンとは、ペテロのべブル語名です。神がペテロを用いて、割礼と律法も知らない異邦人に聖霊が臨み、救われるようにされたということを示しています。いずれも、律法を重んじるユダヤ人に配慮してのことです。
そして、ペテロが経験したことも、パウロが報告したことも、神が働かれたことを強調しています。聖徒たちが会議の結論をくだすには、ペテロの経験やパウロの報告が聖書に一致していることが必要です。これが大事です。私たちの信仰の根拠は、神の言葉である聖書です。良い経験や証しも大切ですが、それは聖書の教えに一致する必要があります。そうでないと、肉的な誤りに落ちる危険があります。
そのためにヤコブは、旧約聖書からアモス9:11〜12を引用しました。6〜18節。神様が倒れたダビデの仮庵を建て直し、その廃墟を建て直すのは、ユダやイスラエルの民だけでなく、異邦人も救われるためだと預言されていたのです。イスラエル民族が神の民として選ばれたのは、彼らを介して異邦人が救われる役割を担うためでした。預言通り、イエス様がダビデの子孫として世に来られ、救い主となって神の国を立てられ、救いを異邦人にも開いてくださいました。明らかなのは、神様が異邦人を救われるのは、昔から預言されていたということです。
律法も割礼も知らない異邦人が救われるのは聖書の預言通りであれば、誰も反対できません。これが、神の民の一致です。聖徒たちは、自分たちの結論が聖書に基づくことをもって確信を与えられたのです。御言葉に基づくことであるならば、後になって反対する律法主義者が現れても、変わることはありません。私たちが何かを決断したとして、それが果たして御言葉に適うものなのか、主の御心に沿うものなのか、検証すべきです。どんなに世的には良いと見えても、御言葉に照らしてみるならば、過ちが明らかになります。自分の肉の思いにも気付かされます。
U−信じるだけで救われるが、救われたら生活が変わる−19〜21
律法を重んじるユダヤ人にとって我慢がならないのは、救われた異邦人が律法を守らないだけでなく、以前の偶像を拝んでいた生活を続けることでした。このエルサレム会議の議長のヤコブは、律法を重んじた人でした。行いのある信仰を見せてくださいと言うヤコブ書を記した人です。聖書の求めることは、形式的に律法を守ることでも、救われる以前の生活を続けることでもなく、御言葉に沿った、主に喜ばれる徳を高める生活です。
そこで、2つのことを命じています。一つは、ユダヤ人クリスチャンに対して、御言葉によって神が命じておられるのだから、割礼を受けなければ救われないなどと「異邦人の間で神に立ち返る者たちを悩ませてはいけません」と厳かに勧めます。私の判断ではとやんわり言っているようですが、これは力強い宣言です。
救われるには割礼を受けユダヤ人にならなければならないと言うのは、イエス様を信じる異邦人を悩ませることになります。先に救われた者は、福音の恵みや祝福を証しし、自分は御言葉に従ってきよい生き方をし、徳を高める生活をするだけです。あれこれ言って、信じようとする人や信じたばかりの人を悩ましていないだろうかと省みます。ユダヤ人は自分たちも守れない律法のくびきを異邦人にも負わせようとしましたが、私たちも、自分を棚に置いて、人をあれこれ言う姿を省みさせられます。
イエス様は、律法の中で一番大切なのは何ですかという質問に対して、神を愛して、隣人を愛することだと言われました。マタイ22:37〜39。まずは、福音を伝え、神の愛と恵みをたくさん教えてあげることです。恵みを体験したら、恵みに応答してきよい敬虔な生き方をするようになるでしょう。
一方、救われてクリスチャンとなる異邦人にも力強く勧めています。20節。確かにイエス様を信じただけで救われますが、救われたなら、救われた人に相応しい生活があります。私たちは、倫理的、道徳的にならなければ救われないということはありませんが、イエス様を信じて救われたのなら、自分に良くないことはやめるようになります。イエス様を愛し、イエス様に喜ばれるように生活しようとするなら、自分に有害なことは避けるようになります。Tテモテ5:13,Tペテロ2:1。19節がユダヤ人の聖徒たちに配慮を求めたことであるなら、こちらは異邦人の聖徒たちに配慮を求めた内容となります。
20節のことは、当時の異邦人社会でよく行われていたことですが、ユダヤ人にとっては耐え難いことでした。偶像に供えた物は、ユダヤ人にとっては汚れた物です。パウロは後に、市場で売られている肉は偶像にささげられたかどうか気にしないで食べなさい、ただし偶像にささげた肉だと教えてくれたなら、教えてくれた人の良心のために食べませんと言っています。Tコリント10:25〜28。現代もそうですが、この時代はもっと淫らな行いがされていた社会でした。そのような社会の中で、惑わされ、誘惑されないように避けなさいと勧められています。
ユダヤ人には、屠殺する時、血抜きをして肉だけ食べる律法の習慣がありました。申命記12:21〜24。この方が衛生的であり、肉の保存に良かったのですが、異邦人はそんなことはしていません。けれども、異邦人がユダヤ人に配慮して、血抜きをしなさいというのです。それは彼らにとっても、かえって健康的には良いことであり、肉も美味しいでしょう。
本質的でないことは、互いのことを尊重して、互いに配慮してあげなさいということです。これによって、後々争いや不和が起こらなくなります。御言葉は、私たちに「互いに励まし合い、互いを高め合いなさい」と勧めています。Tテサロニケ5:11。自分勝手な主張や優越観を捨てて、互いを尊重し合い、愛し合う信仰共同体を勧めています。ローマ12:10。
V−会議報告と今後に備えて−22〜29
会議の結果は、再び同じような問題の発生に備えて、関係者に周知しなければなりません。これも、重要なフォローアップです。22節。議場から会議の決定を知らせる使者を選んで、パウロとバルナバと一緒にアンティオキアへ送ることを決めました。パウロたち以外に議場から選ばれた確かな人を送ったのは、ユダヤ主義者を納得させるためです。
さらには、議長ヤコブからの手紙を持たせ、文書でもって会議の結果を伝え、アンティオキア教会の聖徒たちの前で読ませて、周知させました。22〜29節。何の抜けもありません。後で再び問題が発生することがないようにしています。内容を見てください。配慮に満ちています。24節を見ると、アンティオキア教会に来て、割礼を受けなければ救わないと主張していた割礼派のユダヤ人は、ヤコブから遣わされたと嘘を言って聖徒たちを動揺させていたことが分かります。25節では、パウロとバルナバについても、高く評価しています。こうしてパウロたちの信頼は回復し、割礼派の嘘に惑わされていた聖徒たちの心も安定したでしょう。
エルサレムで指導的な立場にあったバルサバと呼ばれるユダおよびシラスをみんなで選んで送ったというのは、人格と品性のある人を送ったということです。22節。御言葉で一致して、互いを高めることを勧めるのですから、それを勧める手紙を持って行って、聖徒たちの前で読み上げる人には、信仰者としての人格と品性が伴うことが必要でした。私たちも、私たちの行動を見て人が躓かないように、いつも信仰にあって人の徳を高める言動をするよう心がけたいものです。ローマ15:2。そのために、主の目を意識して、御言葉に適っているかを思いながら歩みたいのです。
そして、最後に目を留めるべき会議の決定について、何と言っているでしょうか。手紙の最後には、19〜21節と同じ内容の会議の結論が28〜29節に記されていますが、結論決定の主体が、議場にいた人々が決めたというのではなく、「聖霊と私たちは〜決めました」と伝えています。自分たちが会議の結論を決定したのは、聖霊の導きによったのだということを知らせています。みんなで話し合って結論が出たけれども、それは聖霊に従って決定したというのです。
私たちは、何かを決める時、聖霊の導きを求めて、聖霊と一緒に決めているでしょか。それなら、どうすれば聖霊の声を聞くことができるのでしょうか。御言葉を読んで黙想し、祈る人が御声を聞くことができます。主に相談し、聖霊とともに決定することは、信仰生活にとって重要なことです。詩篇119:24。私たちは、御言葉を聞き学ぶだけでなく、御言葉を実行して、互いを高め合う信仰生活をすることを願います。ヤコブ1:21〜22。
使徒15:12 すると、全会衆は静かになった。そして、バルナバとパウロが、神が彼らを通して異邦人の間で行われたしるしと不思議について話すのに、耳を傾けた。
15:13 二人が話し終えると、ヤコブが応じて言った。「兄弟たち、私の言うことを聞いてください。
15:14 神が初めに、どのように異邦人を顧みて、その中から御名のために民をお召しになったかについては、シメオンが説明しました。
15:15 預言者たちのことばもこれと一致していて、次のように書じかれています。
15:16 『その後、わたしは倒れているダビデの仮庵を建て直す。その廃墟を建て直し、それを堅く立てる。
15:17 それは、人々のうちの残りの者と、わたしの名で呼ばれる異邦人が、主を求めるようになるためだ。
15:18 昔から知らされていたこと、それを行う主のことば。』
15:19 ですから、私の判断では、異邦人の間で神に立ち返る者たちを悩ませてはいけません。
15:20 ただ、偶像に供えて汚れた物と、淫らな行いと、絞め殺したものと、血とを避けるように、彼らに書き送るべきです。
15:21モーセの律法は、昔から町ごとに宣べ伝える者たちがいて、安息日ごとに諸会堂で読まれているからです。」
15:22 そこで使徒たちと長老たちは、全教会もともに、自分たちの中から人を選んで、パウロやバルナバと一緒にアンティオキアへ送ることを決めた。選ばれたのは、バルサバと呼ばれるユダおよびシラスで、兄弟たちの間で指導的な人であった。
15:23 彼らはこの人たちに託して、こう書き送った。「兄弟である使徒たちと長老たちは、アンティオキア、シリヤ、キリキヤにいる異邦人の兄弟たちに、あいさつを送ります。
15:24私たちは何も指示を受けていないのに、私たちの中のある者たちが、出て行って、いろいろなことを言ってあなたがたを混乱させ、あなたがたの心を動揺させたと聞きました。
15:25 そこで、私たちは人々を選び、私たちの愛するバルナバおよびパウロといっしょに、あなたがたのところへ送ることに全会一致で決めました。
15:26私たちの主イエス・キリストの御名のために、いのちを献げている、バルナバとパウロと一緒にです。
15:27 こういうわけで、私たちはユダとシラスを遣わします。彼らは口頭で同じことを伝えるでしょう。
15:28 聖霊と私たちは、次の必要なことのほかに、あなたがたに、それ上のどんな重荷も負わせないことを決めました。
15:29 すなわち、偶像に供えたものと、血と、絞め殺したものと、淫らな行いを避けることです。これを避けていれば、それで結構です。祝福を祈ります。」
Tテサロニケ5:11 ですから、あなたがたは、現に行っているとおり、互いに励まし合い、互いを高め合いなさい。
ローマ12:10 兄弟愛をもって心から互いに愛し合い、尊敬をもって互いに人を自分よりまさっていると思いなさい。
ローマ15:2 私たちはひとりひとり、隣人を喜ばせ、その徳を高め、その人の益となるようにすべきです。
詩篇119:24 まことに、あなたのさとしは私の喜び、私の相談相手です。
ヤコブ1:21 ですから、すべての汚れやあふれる悪を捨て去り、心に植えつけられたみことばを、すなおに受け入れなさい。みことばは、あなたがたのたましいを救うことができます。
1:22 また、みことばを実行する人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者であってはいけません。
| 戻る |