2021年8月15日「役に立つ者となって」使徒15:36〜41

序−あのパウロとバルナバが喧嘩して、分裂するなら、我々がそうするのは当たり前だと誤解し、争いや分裂を正当化する人々がいます。しかし、その言の元となった事件を学ぶと、私たちは、その逆であることを知るようになります。信仰に生きる人々の深い思いを知ることになります。

T−愛の衝突−36〜39
 エルサレム会議が終わり、割礼をうけなければ救われないという主張は退けられ、誰でもイエス様を信じるだけで救われるということが確認されました。その決定がアンティオキヤへ知らされたことを学びました。30〜33節。しかし、この問題については、アンティオキヤに留まらず、以前伝道された小アジヤのガラテヤ地方においても起こっていたはずです。こちらの方が心配です。何か問題が起きた時、その影響を受けた所まで配慮しなければと教えられます。
 ですから、アンティオキヤが落ち着くと、パウロは「先に主のことばを伝えたすべての町々の兄弟たちのところに、またたずねて行って、どうしているか見て来ようではありませんか」と提案したのです。36節。前回行った町々は、ユダヤ人が騒動を起こしていた所です。割礼派のユダヤ人が異邦人の聖徒たちを惑わしていないかと心配になります。
 ところが、先の宣教地を見て来ようという提案に対して、問題が起きました。37〜38節。問題の原因は、あのヨハネ・マルコです。彼は、第1回伝道旅行のメンバーでしたが、途中でエルサレムへ帰ってしまった青年です。記憶から消してしまいたい痛恨の失敗です。パウロもバルナバにも心の痛みが残っています。ミスも失敗もしないで生きている人がいるでしょうか。人から傷や痛みを受けたことがない人もいないでしょう。重要なことは、その後どのように過ごすかということです。
 マルコは、思い直して、今ここアンティオキヤに来ていました。親戚でもあるマルコを育てようとしていたバルナバは、マルコを一緒に連れて行こうと提案するのですが、パウロは強く反対しました。原語を見ると、二人は、「連れて行く、連れて行かない」と繰り返したことが分かります。そのやり取りを知って、マルコの心も痛んだでしょう。でも、主の導きを求めて、前進します。もう、後退しません。
 マルコが抜けた後で行った小アジヤのガラテヤ地方は、とても危険な所でした。ユダヤ人の迫害が激しく、パウロは死にそうになりました。そんな所に途中で離脱してしまった者はとても連れて行けないと反対したのはもっともなことです。
 その二人の様子が、「激しい議論」とか「激しい反目」表現されているので、二人の喧嘩と誤解されています。39節。あのパウロとバルナバが喧嘩して、分裂するなら、我々がそうするのは当たり前だと主張し、争いや分裂を正当化することが起こります。原文には、争いとか反目という意味はありません。この原語からparoxysm(発作、発熱)という医学用語ができています。ですから、二人は、互いの考えを主張し、顔を赤くしながら論戦を繰り広げたという様子です。
 この原語は、聖書でもう一箇所使われています。ヘブル10:24。「愛と善行を促す」の「促す」と訳されています。愛と善行を熱く、情熱をもって促し、励ましたという意味に用いられています。バルナバは、失敗したマルコを育てようとして、再び伝道旅行に加えたいと提案し、パウロは、今の段階で連れて行くのはマルコのためによくないと判断して、反対したのです。二人は、互いに憤慨して争ったのではなく、二人ともマルコのことを思うあまり、熱心に興奮して主張したということなのです。マルコのことを二人が、それぞれに思っての愛の衝突でした。

U−それでも働きは継続された−39〜41
 バルナバとパウロは、第1回伝道旅行において様々な迫害と危険の中でも、抜群のチームワークの同労者、相棒でした。この二人が、マルコのためにどうなったのですか。39節。何と、別行動を取ることになったというのです。いくらマルコのことを思って論議したからと言って、相棒解消、別々の伝道チームを作って別れたというのです。なぜ、どうして、納得できないことです。
 二人のことを考えてみましょう。バルナバは、立派な人物で聖霊と信仰に満ちていた人です。使徒11:24。慰めの子と呼ばれるくらい心優しい穏やかな人です。他の人を立てて、励ましてくれる人です。ですから、回心したばかりのパウロが孤立無援にいた時、聖徒たちが迎え入れるようにしてくれました。使徒9:27。故郷のタルソに引きこもっていたパウロを連れ出して、アンティオキヤで共に奉仕をするようにさせました。使徒11:25〜26。そして、一緒に伝道旅行に行き、途中からチームリーダーを任せます。このように、バルナバはパウロを育てた人でした。
 そして、今はマルコを育てようとしています。ですから、マルコを連れて前回と同じキプロスに渡って行きます。39節。すでに知っている所です。小アジヤのように危険ではありません。
 一方、パウロも、シラスを選び、小アジヤのガラテヤ地方へと向かいます。40節。シラスって誰でしょう。エルサレム会議の結果を知らせにアンティオキヤに遣わされていた人です。この目的のために戻っていたのでしょう。割礼問題と会議の結果を知らせるにはぴったりの人選です。ちゃんと備えられていたのです。こうして、二人の別行動は、分裂ではなく、目的に応じて2つの伝道チームができたということです。
 パウロは、バルナバに養育され、一緒に働いて来た者です。人を育てる大切さを自分自身が体験しています。二人のやりとりをよく見ると、パウロもマルコを育てるつもりであることが分かります。37〜38節。バルナバは、「マルコを一緒に連れて行く」とはっきり個人名を出しているのに対して、パウロは、「一行から離れて働きに同行しなかった者は、連れて行かないほうがよい」と個人名は出していません。これには、大きな違いがあります。マルコは駄目だとは言っていないのです。今は連れて行く時ではない、成長と変化を待ちますということです。パウロ自身大きな失敗をしたもののバルナバに助けられ造り変えられ、用いられる者となったので、失敗したマルコにも同じ希望と期待を持っていたのです。
 多くの人々が、人の失敗や過ちとその人自身を混同して、あの人は駄目だ、あの人は嫌いだと判断してしまうことがあります。聖書は、その人の行動とその人自身を明確に分けて考えるように教えています。パウロは、マルコを否定しているのでも嫌っているのでもありません。今は危険な所には一緒に連れて行かれないが、もっと整えられ、変化したら、将来は可能だろうと考えていたようです。もし、マルコは駄目だと決め付けていたのであれば、バルナバが連れて行くのも反対したことでしょう。
 別行動の行き先を見ると、バルナバは、マルコと共にキプロスに行きました。前回宣教した所の様子を見て来ようというそもそもの趣旨に合っています。パウロは、キプロスには行かず、直接小アジヤへ向かいます。41節。つまり、二人が喧嘩して分裂したのではなく、以前行った伝道地の訪問を分担したということです。ここに、主の導きがあったのです。私たちが起こった出来事の表面だけを見て軽率に判断することなく、聖霊の導きを見る霊的洞察力を与えられますように願います。

V−役立つ者と変えられた−Uテモテ4:11,ピレモン1:24
 その後のマルコは、どうなったのでしょう。バルナバの養育は進んで行ったのでしょうか。パウロもマルコの成長と変化を期待していたというが、その後どう関わったのでしょうか。
 後に、マルコは、パウロの同労者となっています。ピレモン1:24。マルコは、バルナバに代わってパウロの同労者、パートナーとなったのです。パウロは、マルコを評価するだけでなく、大きな益を受け、助けられたと告白しています。コロサイ教会へパウロから遣わされる際には、マルコを歓迎するようにと手紙に書いています。コロサイ4:10。マルコは、パウロと一緒にローマの牢獄にも入っています。パウロの遺書と言われるテモテへの手紙では、マルコは私の務めのために役に立つ者だから、連れて来てくれと頼んでいます。Uテモテ4:11。マルコは、変化したのです。造り変えられたのです。エペソ4:14〜15。
 マルコは、ペテロの秘書のような働きをしたと考えられています。ペテロは、マルコを「私の子マルコ」と呼んでいます。Tペテロ5:13。後に、使徒ペテロから聞いたことを整理して、マルコ福音書を書いたと言われています。素晴らしい変化、成長です。霊的造り変えです。失敗した痛みとバルナバとパウロの愛の衝突、熱い論争が、マルコを変えたのです。
 クリスチャンは、変化する存在、成長する者です。イエス様が十字架に犠牲になられて救われた存在なのですから、救われたに留まらず、キリストに似た者になるまで成長し、霊的に変化する者となっているのです。エペソ4:14〜15。私たちは、そういう存在なのです。失敗したとしても、挫折してはなりません。マルコのように変化し、成長し、役立つ者となります。あの人は駄目だと決め付けないようにしましょう。マルコのように変えられる可能性があります。自分を助けてくれて、自分にとって役立つ者となるかもしれません。ピレモン1:11。
 


使徒15:36 それから数日後、パウロはバルナバにこう言った。「さあ、先に主のことばを宣べ伝えたすべての町で、兄弟たちがどうしているか、また行って見て来ようではありませんか。」
15:37 バルナバは、マルコとも呼ばれるヨハネを一緒に連れて行くつもりであった。
15:38 しかしパウロは、パンフィリヤで一行から離れて働きに同行しなかった者は、連れて行かないほうがよいと考えた。
15:39 こうして激しい議論になり、その結果、互いに別行動をとることになった。バルナバは、マルコを連れて、船でキプロスに渡って行き、
15:40 パウロはシラスを選び、兄弟たちから主の恵みにゆだねられて出発した。
15:41 そして、シリヤおよびキリキヤを通り、諸教会を力づけた。


ヘブル10:24 また、互いに勧め合って、愛と善行を促すように注意し合おうではありませんか。

Uテモテ4:11 ルカだけは私とともにおります。マルコを伴って、いっしょに来てください。彼は私の務めのために役に立つからです。

コロサイ4:10 私といっしょに囚人となっているアリスタルコが、あなたがたによろしくと言っています。バルナバのいとこであるマルコも同じです──この人については、もし彼があなたがたのところに行ったなら、歓迎するようにという指示をあなたがたは受けています。──

ピレモン1:11 彼は、前にはあなたにとって役に立たない者でしたが、今は、あなたにとっても私にとっても、役に立つ者となっています。
1:24 私の同労者たちであるマルコ、アリスタルコ、デマス、ルカからもよろしくと言っています。

Tペテロ5:13 バビロンにいる、あなたがたとともに選ばれた婦人がよろしくと言っています。また私の子マルコもよろしくと言っています。

エペソ4:14 それは、私たちがもはや、子どもではなくて、人の悪巧みや、人を欺く悪賢い策略により、教えの風に吹き回されたり、波にもてあそばれたりすることがなく、
4:15 むしろ、愛をもって真理を語り、あらゆる点において成長し、かしらなるキリストに達することができるためなのです。

戻る