2021年12月5日「群衆心理」使徒19:21〜40
序−19世紀末ギュスターヴ・ル・ボンは、名著「群衆心理」において、群衆心理の功罪を鋭く分析し、付和雷同などの群衆の非合理的な行動に警告を発しました。現代社会も、インターネットやメディアなどにおいて、人々が自主的に判断し、行動する主体性を失い、浮遊する集団と化すこと多くなっています。今日の箇所にも群衆が登場し、騒動を起こします。
T−名分と本心−23〜27
エペソにリバイバルが起こり、パウロは次なる伝道旅行の計画を思い巡らすようになりました。21〜22節。ところが、事件が起きました。23節。先には、多くの人々が悔い改め、魔術師たちが大勢魔術をやめて、その本を焼いたという出来事もありました。19節。多くの人々が福音を聞いて、悔い改め、偶像や占いなどから離れるようになりましたから、当然、他のアルテミス神殿の門前町の商売に影響を及ぼすようになります。
アルテミス神殿は、現存するアテネのパルテノン神殿の4倍の大きさを誇り、各地から大勢の参拝客が訪れ、門前町では様々なお土産品が売られ賑わっていました。その中でも神殿の模型を作って売っていた商売人が騒ぎ出しました。24節。銀細工人組合長みたいなデメテリオが、職人や同業者を大勢集めて、訴えます。25〜27節。
このデメテリオという人は、かなり巧妙な扇動家です。「手で作ったものは神ではない」と言うパウロの活動が、あたかも人々を迷わせているかのように批判しています。そして、パウロのために自分たちの仕事の評判が落ちると表現し、さらには偉大なアルテミス神殿も軽んじられ、女神のご威光も地に落ちるとたたみかけています。こうして、アルテミスを誇りとするエペソの人々の心を次第に興奮させ、煽り立てています。
しかし、それらのことはみな、表向きの名分、言い訳です。それらを名分として掲げていますが、その本心は、パウロが自分たちの商売の邪魔をしているということです。パウロのせいで売り上げが激減したことで憤慨しているのです。このことを表向きの名分にしないことで、業者以外のエペソの人々をも扇動しています。
世の中の騒動の原因は、表向きは耳に良いような名分を掲げていても、その実は貪欲や自己中心です。まさに貪欲という偶像が、人々を騒動へと駆り立てるのです。神殿も軽んじられ、女神のご威光も地に落ちるというのも単なる名分であり、本心は自分たちの商売の邪魔になるという貪欲です。貪欲、むさぼりが、偶像礼拝なのです。コロサイ3:5。
群衆心理と言っても、集まっていなくても、群衆心理や集団心理が進行して行くものがあります。いわゆるうわさ話です。うわさ話には、集団というものが不可欠です。個人の心理に比べて、集団心理は物事を曖昧にとらえる傾向があります。集団においては、誰かが話した情報が極端に偏見に満ちたまま広がることもあります。うわさ話の発生源が信憑性の薄いことであっても、時間が経過するにつれて、説得効果が高まってしまうスリーピー効果があります。こうして、結果的に発生源の現場で見聞きしていない人々に曖昧な情報が、さも事実かのように広がって行くのです。
うわさ話においても、名分が表面を覆い、本音が隠されている場合があります。発生源になる人の見聞きしたことが、そのまま伝わるわけではありません。それを見聞きする人の理解が違ったり、偏見があったりして、事実とは違ったことが名分として広まり、聞く人々が集団を形成します。こうして、集団心理は、あいまいどころか、事実とは違ったことがあたかも事実かのように集団に受け止められて行くのです。ですから、私たちも気をつけなければなりません。
何の気なしにうわさ話を鵜呑みにすると、怒ったり、がっかりしたりするでしょう。そして、自分も集団の一人として、あいまいなうわさを広める一人となります。ですから、本当に聞いたとおりなのか、脚色されてはいないか、誤解がありはしないか洞察してみることが必要です。ヘブル4:12。主に祈って聞いてみる、御言葉に照らして黙想してみることが助けとなります。そういう受け止め方をしているでしょうか。
U−群衆と付和雷同−28〜34
巧妙な扇動家デメテリオのアジ演説を聞いた人々の反応はどうですか。28〜29節。もうこの時には、聴衆は、銀細工の職人や同業者だけでなく、町の人々や巡礼者も加わり、群衆となりました。そして、この時、集まった人々の心は、群衆心理に覆われました。「偉大なるかな、エペソ人のアルテミス」と叫びました。そう叫びながら、パウロの代わりに同労者を捕まえて、シュプレヒコールをしながら劇場になだれ込みました。当時のアテネには、2万5千人が入れる野外劇場があったそうです。そこで、勝手な人民裁判をしようとしたのです。もう群衆は、暴徒と化してしまいました。
ル・ボンの「群衆心理」によれば、人は、群衆の中にいる時、暗示を受けやすく物事を軽々しく鵜呑みにするようになります。論理でなくスローガンなどによって暗示を受け、その「暗示」が群衆の中で「感染」し、その結果、群衆は「衝動」の奴隷になっていきます。この時のエペソの群衆がまさに、その群衆心理のメカニズム通りになっています。「偉大なるかな、エペソ人のアルテミス」というシュプレヒコールが暗示となって、感染し、パウロの同労者をつかまえて、劇場になだれ込む衝動となりました。
ル・ボンは、群衆心理が為政者やメディアによってたやすく扇動されてしまうことにも警告を発しています。過去の独裁者が、ル・ボンの本を読んで、悪用しました。現代社会も、インターネットやポピュリズムの問題を思えば、まさに群衆心理の危険性の中にあると言えるでしょう。私たちも、現代社会の中で、知らずに扇動されているかもしれません。神の前に自分を顧みます。ですから、見たり聞いたりすることが、何が良いことで、神に受け入れられることか、信仰で御言葉によって、わきまえる必要があります。ローマ12:2。
パウロがすぐにその劇場に入っていこうとしましたが、弟子たちと友人の高官が止めました。30〜31節。暴徒と化した群衆ほど危険なものはないからです。こうして、守られました。劇場に入っている群衆を見てください。どんな様子ですか。32節。人々はそれぞれ違ったことを叫んでいたし、大多数の人たちは、何のために集まったのかさえ知らなかったのです。ただ群衆心理に引かれて、訳も分からないままシュプレヒコールしていたのです。別なことを叫んだ人々もいました。
その時、ユダヤ人たちが自分たちに害が及ばないようにアレキサンドロに話させようとしましたが、群衆はかえって騒ぎ出し、話をさせませんでした。33〜34節。興奮して、二時間ほど叫び続けました。このアレキサンドロも銀細工人の一人で、パウロを苦しめていた人です。Uテモテ4:14。ユダヤ人であるにもかかわらず、アルテミス神殿の模型を作って商売をしていたのです。こうして、こんな人からも守られました。
V−群衆から集まりへ−35〜40
群衆が叫び続けて疲れて来た頃、町の書記官が群衆を静めます。35〜40節。この地で起こることに責任のある行政官です。非常に賢い人です。まず、群衆を静めるために、アルテミスの権威を知らない人はいないとエペソの人たちの誇りを扇動しています。しかし、ここから悪いほうに扇動するのではなく、彼らの誇りに訴えて、自尊心にふさわしく行動するように求めました。36節。群衆もしだいに落ち着いてきました。
そして、一つ一つ丁寧に説明して、群衆を説得します。群衆が捕まえて来た人たちが神殿を汚したわけでもなく、冒涜したわけでもないことを確認させます。事態が分からないまま参加していた群衆のために諄々と説明して、間違って捕まえてしまったことを悟らせます。さらには、苦情があるのなら、裁判に訴え出る必要がある、群衆がやろうとしていたことは、法律違反の騒乱罪に問われる恐れがある、そうなったら弁護はできないと宣言します。そして、集まりを解散させました。40節。こうして、貪欲から始まった騒動は、むなしく終わりました。
この書記官の論理的で合理的な演説のお陰で、パウロの同労者たちは助かりました。これもまた、神の摂理によって守られたということです。コリントでのガイオ総督のことを思いださせます。私たちは、この人の対応や言葉の用い方からも学ぶことができます。騒ぐ者や反対する者に対して、いたずらに対抗したりせず、まずその気持ちを受け止め、落ち着いたところで諄々と論理的に説明してみるのです。
最後に目を留めておきたいことがあります。その集団を33,35節では、「群衆」と読んでいるのに、同じ集団を40節では「集まり」と呼んでいます。デメテリオによって危険な群衆と化した人々は、書記官によって説得された時には、ただの人々の集まりになったということです。このような人々の変化は、私たちに、色々な示唆を与えてくれます。
ついでに、40節の集まりの原語は、エクレシアです。その原意は、「〜から呼び出された者」ということで、「教会」をあらわすのに使われています。まさに、教会は、イエス様を信じることで、世から神へ召し出された者の集まりということです。イエス様を主としていなければ、ただの人の集まりとなり、イエス様を主と迎え、御言葉に聞き従って行こうするなら、真の召された者の集まり、教会となるのです。ローマ12:2。
使徒19:21 これらのこことがあった後、パウロは御霊の示され、マケドニアとアカイアを通ってエルサレムに行くことにした。そして、「私はそこに行ってから、ローマも見なければならない」と言った。
19:22 そこで、自分に仕えている者の中から二人、テモテとエラストのをマケドニアに遣わし、パウロ自身はなおしばらくアジアにとどまっていた。
19:23 そのころ、この道のことで、大変な騒ぎが起こった。
19:24 デメテリオという名の銀細工人がいて、銀でアルテミス神殿の模型を作り、職人たちにかなりの収入を得させていたが、
19:25 その職人たちや、同業の者たちをも集めて、こう言ったのである。「皆さん。ご承知のとおり、私たちが繁盛しているのは、この仕事のおかげです。
19:26 ところが、見聞きしているように、あのパウロが、手で作った物など神ではないと言って、エペソだけでなく、アジヤのほぼ全域にわたって、大ぜいの人々を説き伏せ、迷わせてしまいました。
19:27 これでは、私たちのこの仕事の評判も悪くなる恐れがあるばかりか、偉大な女神アルテミスの神殿も軽んじられ、全アジア、全世界が拝むこの女神のご威光さえも地に失われそうです。」
19:28 これを聞くと彼らは激しく怒り、「偉大ななるかな、エペソ人のアルテミス」と叫び始めた。
19:29 そして、町中が大混乱に陥り、人々はパウロの同行者である、マケドニア人ガイオとアリスタルコを捕らえ、一団となって劇場へなだれ込んだ。
19:30 パウロは、その集まったの会衆の中に入って行こうとしたが、弟子たちがそうさせなかった。
19:31 パウロの友人でアジア州の高官であった人たちも、パウロに使いを送り、劇場に入って行かないようにと懇願した。
19:32 人々は、それぞれ違ったことを叫んでいた。実際、集会は混乱状態で、大多数の人たちは、何のために集まったのかさえ知らなかった。
19:33 群衆のある者たちは、ユダヤ人たちが押し出したアレキサンドロに話すよう促した。そこで、彼は手振りで静かにさせてから、集まった会衆に弁明しようとした。
19:34 しかし、彼がユダヤ人だと分かると、みなの者が一斉に声をあげ、「偉大なるかな、エペソ人のアルテミス」と二時間ほど叫び続けた。
19:35 そこで、町の書記官は、群衆を静めて言った。「エペソの皆さん。エペソの町が、女神アルテミスと天から下ったご神体との守護者であることを知らない者が、だれかいるでしょうか。
19:36 これらのことは否定できないことですから、皆さんは静かにして、決して無謀なことをしてはなりません。
19:37 皆さんは、この人たちをここに引き連れて来ましたが、彼らは宮を汚した者でも、私たちの女神を冒涜した者でもありません。
19:38 ですから、もしデメテリオと仲間の職人たちが、だれかに対して苦情があるのなら、裁判も開かれるし、地方総督たちもいることですから、互いに訴え出たらよいのです。
19:39 もし、あなたがたがこれ以上何かを要求するなら、正式な議会で解決してもらうことになります。
19:40 今日の事件については、正当な理由がないのですから、騒乱罪に問われる恐れがあります。その点に関しては、私たちはこの騒動を弁護することはできません。」こう言って、その集まりを解散させた。
コロサイ3:5 ですから、地上のからだの諸部分、すなわち、不品行、汚れ、情欲、悪い欲、そしてむさぼりを殺してしまいなさい。このむさぼりが、そのまま偶像礼拝なのです。
ヘブル4:12 神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます。
ローマ12:2 この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。
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