2024年4月21日「神様の招待状」イザヤ55:1〜5

序−先週の韓国高神派釜山老会の総会へ問安使として招待されて行って来ました。私たちは、色々な招待を受けることがあります。結婚式や誕生会、集会やイベントに招待されることがあるでしょう。今日の箇所は、神様からの招待状です。どんな招待なのでしょうか。

T−なぜ満たされない物のために労するのか−1〜2
1節。「ああ、渇いている者はみな、水を求めて出て来るがよい。金のない者も穀物を買って食べよ」と言っています。何と気前のよい招待でしょうか。何も無いようだが、主の守りがあり、祝福があるということです。これからは、あれがないこれがないと文句を言ったり、恨んだりしないで、神様が満たしてくださることを知って、感謝と賛美する人生を生きるようにということです。誰が岩の中から水が出て来るのを知っていましたか。紅海の下に道があることを知っていましたか。私たちの人生の危機が迫った時でも、紅海だけを見るのでなく、隠れた道を見ることを願います。
私たちは、神様の招待状を受けているのです。どれほど感謝なことでしょうか。人生には、問題があり、苦しみもあります。しかし、重要なことは、どんな状況にあるかでなく、どんな姿勢で生きるかなのです。神様の招待に応じれば、神様の持続的な愛の恵みを受けることができます。神様の招待に応じて出て来るならば、豊かな恵みを受けるようになるのです。神様は、人々はどんな生き方をしているから招待してくださったのですか。
バビロンに捕囚になっていた人々は、どんな生き方をしていたのでしょうか。2節前半。「なぜ、あなたがたは、食糧にもならない物のために金を払い、腹を満たさない物のために労するのか」と問われています。きっと神様が民の姿を見て、切ない思いをされたのでしょう。民は捕囚の地バビロンでどんなに食べることで苦労したことでしょうか。しかし、頑張った彼らがその地で豊かに暮らせたかと言うと、そうではなかったのです。稼いだ金で食べたとしても、心は満たされなかったのです。神様には、彼らの労苦が虚しい労苦に見えたのです。
現代の豊かな時代に生きる私たちも、このような状態になることがあります。捕囚の地で頑張って暮らしていた民は、例え食べていけたとしても、満足できていなかったのです。ただ肉体を生かすために労苦していたからです。私たちは、お腹を満たすだけの人生に満足することはありません。確かに美味しいものをお腹一杯食べたら、その時は満足するかもしれませんが、すぐにお腹は空きます。心が満足するわけではありません。
肉体を満足させるために刺激的なものを求めても、すぐに飽きます。肉体も傷つきます。どんなにほしい物を手に入れても、したいことができても、孤独や寂しさを感じます。幸せな生活をと無理な労苦をしたら、体を壊してしまいます。健康や幸せは、お金で買えるわけではありません。そんな人々の姿が、神様には虚しい無駄なことのために労苦していると見えたのです。時として、私たちも、気付かずにそのような虚しい無駄なことのために労苦しているかもしれません。

U−わたしによく聞き従い、耳を傾けよ−2〜3
そんな私たちが、現代の世で豊かに生きて行くためには、何が必要か、するならどんな労苦をすべきかを教えてくれます。2節後半。「わたしによく聞き従い、良い物を食べよ。そうすれば、あなたがたは脂肪で元気づく」と言っています。3節でも、「耳を傾け、聞け」と繰り返しています。
1節で「渇いている者、金がない者、穀物を買って食べよ」と言われていた捕囚の民の状態が、水が飲めず、食べ物を買って食べることができなかったわけではありません。彼らの心の状態、霊的な飢え渇きが酷かったというのです。彼らは、肉体の満たしのために労苦していたのですが、心が満たされないので、虚しかったし、その労苦は無駄になったのです。心が満たされてこそ、肉体的な生活も満たされます。心が満たされていれば、たとえ物質的に乏しい生活だとしても、満足できるのです。
心を満たす方法は、神様に聞き従うことです。耳を傾けて聴くことです。それは、御言葉に聞き従うことです。御言葉に聞き従うなら、食べ物を楽しめて、体も元気づくのです。いっぱい食べて、欲を満たしたからと言って、心が満たされ、生活が楽しくなるわけではありません。御言葉を聴いて、その通りに生きることがどれほど人生を豊かなものにしてくれることでしょうか。御言葉に聞き従うならば生活が満たされると、霊的に生きれば人生は楽しいと、神様が約束しておられるからです。3節。
神様の約束されたように、御言葉に聞き従って満たされた人生を生きた例としてダビデが挙げられています。3節。確かに、ダビデは神様に聞き従い、御言葉を守り、神様の目にかなうことを行いました。それゆえに、彼の人生は、神様の守りと祝福を受けました。T列王11:38。御言葉に聞き従う者に対して、神様がそのようにしてくださるという約束です。
アグルという人は、神様に二つの願いをしています。箴言30:7〜9。虚しいことと偽りの言葉から自分を遠ざけて、富を与えないで自分に必要な食物で養ってください、ただ御言葉通り生きていけるようにしてほしいと願うのです。記憶しておきたい言葉です。心も肉体も守られて行く人生の秘訣は、神様の御言葉に聞き従うことだいうことです。

V−わたしのところに出て来なさい−
神様は、心を満たさない虚しいことに労苦しないで、御言葉に聞き従って満たされた人生を歩むようにと、私たちを招待しておられます。「わたしのところに出て来い」と命じておられます。3節。神様の恵みと祝福を受けるには、神様の招待に応じて、神様の御前に出て行くことです。神様に心と体をささげて祈り、御旨の通りに生きることです。神様を離れていくら世のことで労苦したとしても、心を満たしてはくれないし、魂に満足は得られません。神様は、私たちが御前に出て来ることを願っておられます。日々、神様に出会い、御言葉を聞かなければなりません。
イエス様も、虚しい労苦で疲れた人々を招待しておられます。マタイ11:28。イエス様は、神様の招待について、例え話をしておられます。マタイ22:1〜14。「王様が王子の結婚式に人々を招待します。準備ができたので、しもべに招待客を呼びに行かせました。ところが、畑に行ったり商売に出かけたりして、招待に応じないのです。そこで、神様は、通りで出会った人誰でも招来するようにします。」私たちも、資格を問わず招待されているのです。
今日の箇所には、招待された人々に特徴があります。1節。どんな人が招待されていますか。「渇いている者、金のない者」です。この世の権力や所有に満足している人は、渇いている者ではありません。自分の能力を誇っている人も、貧しい者ではありません。そのような人は、何の不足も感じません。神様の招待に応じようません。
では、どんな人が渇いた者であり、貧しい者なのでしょうか。罪の世を見て問題意識をもっている人です。自分も罪人に過ぎないことを認めている者です。謙遜であり、自分には神様の助けが必要だと知っている者です。自分の知恵と力の限界を知って、神様に拠り頼む者です。
招待された者は、どこに出て行けばいいのでしょうか。1節。「水を求めて出て来るがよい」とは、イエス様に来なさいということです。ヨハネ7:37。なぜなら、イエス様は渇くことがない泉だからです。ヨハネ4:13〜14。
どうして、罪人が招待されることになったのでしょうか。4節。「わたし」とは神様を、「彼」とは主イエス・キリストを意味しています。人は、一生懸命善を尽くし、努力すれば救われると考えたり、数々の神にお願いすればいいと主張します。しかし、善行や偶像を拝んだくらいで罪から救われるものではありません。人が罪を赦されて救われるのは、神の御子イエス様が人間の代わりに十字架にかかられたという尊い犠牲が支払われたからです。Tテモテ2:6,エペソ1:7。
4節も5節も、文頭に「見よ」という言葉が繰り返し記され、強調されています。注目して見なさいということです。何を見るのですか。誰を見るのですか。イエス様に関するところに「見よ」という言葉が記されています。マタイ1:23,ヨハネ1:36。神様が送られた神の子羊イエス・キリストを見なさいと言っています。世の中には人の関心を引くものが多いです。しかし、聖書は、救い主イエス様を見なさい強調しています。
なぜ見なければならないのですか。イエス様が、証人、君主、司令官とされたからです。4節。神の御子イエス様が、神を解き明かされたからです。ヨハネ1:18。私たちは、イエス様を通して神様が私たちをどのように愛されているかを知ることになります。君主、司令官というのは、私たちを守り、導かれる方だということです。神様は、イエス様を私たちの羊飼いとされました。ヨハネ10:11。羊飼いなるイエス様は、羊を救うために死なれました。ローマ5:8。
5節は、何を見なさいというのでしょうか。イエス様を信じて救われた者、私たちが呼べば、国々が私たちに走って来るというのです。世では多くの人々が心を満たさない物のために労苦しているからです。そのために救われた私たちを輝かせると言われます。ですから、まず私たちが神様の招待を受けて、イエス様を自分の救い主と信じるのです。そして、心を満たさない物のために労苦するのではなくて、御言葉で心を満たし、御言葉に聞き従って満たされた人生を歩むのです。ヨハネ6:27。



イザヤ55:1 「ああ、渇いている者はみな、水を求めて出て来るがよい。金のない者も。さあ、穀物を買って食べよ。さあ、金を払わないで、穀物を買え。代価を払わないで、ぶどう酒と乳を。
55:2 なぜ、あなたがたは、食糧にもならない物のために金を払い、腹を満たさない物のために労するのか。わたしによく聞き従い、良い物を食べよ。そうすれば、あなたがたは脂肪で元気づく。
55:3 耳を傾け、わたしのところに出て来い。聞け。そうすれば、あなたがたは生きる。わたしはあなたがたと永遠の契約を結ぶ。それは、ダビデへの確かで真実な契約である。
55:4 見よ。わたしは彼を諸国の民への証人とし、諸国の民の君主とし、司令官とした。
55:5 見よ。あなたの知らない国民を呼び寄せると、あなたを知らたない国民が、あなたのところに走って来る。これは、あなたの神、主、イスラエルの聖なる者のゆえである。主があなたを輝かせたからだ。」


箴言30:8 むなしいことと偽りのことばを、私から遠ざけてください。貧しさも富も私に与えず、ただ、私に定められた分の食物で、私を養ってください。
30:9 私が満腹してあなたを否み、「主とはだれだ」と言わないように。また、私が貧しくなって盗みをし、私の神の御名を汚すことのないように。

マタイ11:28 すべて疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。

ヨハネ7:37 さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立ちあがり、大きな声で言われた。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。

ヨハネ4:13 イエスは答えられた。「この水を飲む者はみな、また渇きます。
4:14 しかし、わたしが与える水を飲む者は、いつまでも決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水が湧き出ます。」

ヨハネ10:11 わたしは良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。

ヨハネ6:27 なくなる食物のためではなく、いつまでも保ち、永遠のいのちに至る食物のために働きなさい。それこそ、人の子があなたがたに与えるものです。この人の子を父すなわち神が認証されたからです。」

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