2024年6月2日「安息日の祝福」イザヤ58:13〜14
序−安息日と聞くと、安息日を守らなければならない、安息日にはあれやこれをしてはならないというイメージを持たれているでしょうか。安息日は、人を悩ませるために造られたものではありません。神様が本当の安息を与えてくださり、私たちが祝福を受けるためです。今日しっかり安息日を学んで祝福を受ける者となりましょう。
T−安息日とは−創世記2:1〜3, 申命記5:15
では、安息日とは、どんな日なのですか。まず、創造と救いの記念の日です。神様が天地万物を創造された最後に休まれたことに由来します。創世記2:1〜3。創造とともに神様の救いも記されています。申命記5:15。神様は、神の民をエジプトから救い出し、罪と奴隷の束縛から解放されました。安息日を神様の創造と救いの御業を覚える時としなさいということです。それで、神様は、「安息日を覚えて、これを聖なるものとせよ」と言われました。そして、この出エジプトの過ぎ越しの出来事は、イエス様の救いを預言していました。
新約の時代には、イエス様の復活を記念して、日曜日が安息日とされています。マタイ28:1〜6。それで、日曜日に主の創造と救いの御業を覚えて礼拝をささげるようになりました。使徒20:7,Tコリント16:2。そして、日曜日は救い主イエス様の復活を覚えて「主の日」と呼ばれるようになりました。今日、主の日を聖く守ると言われています。日曜日の礼拝を主日礼拝と言っています。また、「この日を聖であるとされた」ということから聖日とも言われています。
神様が安息日を守らせたのは、神様がくださる安息に参加させたいということでした。人は世で忙しく生活して行くと、物質や肉体に囚われ、神様を見失ってしまいます。そのために、神様が世と人を造られ、治め、人に安息と祝福を与えてくださる方であるということを覚えさせるために安息日を守らせたのです。出20:8〜11。
神様は、七日目を創造の働きを終えて安息されただけでなく、その日を祝福されました。創世記2:2〜3。ところが、人々がこの日を守らないために、祝福を受けられませんでした。本来、安息日は人のために設けられたものです。マルコ2:27〜28。それなのに、それを守らないため、間違って守ろうとしたために祝福が受けられませんでした。今日の日曜日を安息日、主の日として守ることは重要です。主の日の礼拝を守ることは、神様の栄光を表す意味もありますが、守る人々に大きな祝福となることを覚えなければなりません。今日の学びを通して、主の日を守る信仰を回復したいと願います。
安息日は、聖徒たちを悩ませるために設けられたものではありません。安息日は、神様がご自分の民に安息を与え、聖徒たちに祝福を与えるために設けられたものです。安息日をきちんと知れば恵みになりますが、知らないと荷物になりかねません。
U−安息日を守るには−13
では、主の日をどのように守らなければなりませんか。13節。「安息日に出歩くことをやめ、自分の好むことをせず、自分の道を行かず、自分の好むことを求めず、無駄口を慎む」と言われています。民の中には、こういうことをしていたので、安息日を守ることができない人々がいました。安息日に商売をしたり、肉的な娯楽のために神様を忘れ、礼拝をすることがない人々もいました。
13節を見て、何か不自由だな、制限されるの嫌だなというイメージを持ってしまうでしょうか。ただ禁止していると思わないでください。神様と交わり、礼拝をささげるために、そういう積極的な目的のためにそれらのことをしないということなのです。安息日を守るために、不必要以上に出歩くことをせず、神様の御言葉を聞くためには無駄口を慎むということです。
前回出て来たように、民の中には、安息日に何々をしないということを形式的に頑張るばかりで、何のために安息日を守るかを忘れる人々もいました。病気の人を癒そうとしたイエス様を安息日違反だと批判しました。ルカ6:7。仕事をするから人を癒すのはだめだと言い、人の命を大切に思いません。ルカ6:9。これでは、安息日を守っているとは言えません。
安息日は聖日と言われています。聖とは区別するという意味です。聖徒たちが日曜日を聖日として守ることは、自分たちを聖なる神の民であることを証しする行為です。日曜日主の日は、神様の日として区別しておかなければなりません。カレンダーの数字の色はどうなっていますか。日曜日以外は黒ですが、日曜日だけは赤です。これは世界共通だそうです。ただし、日本では週休二日になってから土曜日が青になりました。日曜日は赤です。信号でも赤は止まります。日曜日には、平日にして来たことをストップして主の日を守ろうと覚えましょう。
「安息日を『喜びの日』と呼び、主の聖日を『栄えある日』と呼び」とあります。民は、安息日にささげものをして礼拝しました。民数記28:9〜10。新約時代の聖徒たちも、主の日をイエス様の復活を記念して、礼拝の日として持ちました。使徒13:42。安息日に何かをしないより何をするかが大切です。週日はしっかり働き、学んで、主の日には神様を覚えて、栄えある日として礼拝をさささげるのです。神様は、礼拝する者を求めておられます。ヨハネ4:23。昔の聖徒たちは、土曜日までに色々準備して、日曜日には整えられて礼拝をささげることに真心を尽くしたそうです。
そして、主の日は、善を行い、命を生かすことが強調されています。イエス様もそのように教えられました。ルカ6:9。「安息日に良いことをすることは正しいことです」と言われました。ヨハネ12:12。主の愛で人に仕え、奉仕することのために用います。主の日に何もしないのではなくて、積極的に良いことをしなさいということです。ですから、日曜日には、心から神様に礼拝をささげ、聖なる日として他の日とは区別するだけでなく、神様に喜ばれる喜びの日として一日をささげるのです。主の日にともに礼拝をささげ、互いに励まし合い、仕え合い、喜びをともにするのです。
V−安息日を守るなら−
それでは、安息日を守るなら、どんなことがあるのでしょうか。元々神様は、安息日を祝福されました。創世記2:3。そして、ここでも、安息日を守るならと祝福が約束されています。14節。三つの祝福が約束されています。まず一つは、「あなたに地の高い所を踏み行かせる」という約束です。「地の高い所を踏み行かせる」とは、安全や安定、平安や繁栄などへの約束です。町が丘や山にある方が砂の堆積を防ぎ、敵からの防御にも便利です。高い所にある町は安全なので、平安で繁栄することができるのです。また、聖徒たちを高い所に置いて、勝利と名誉を保証してくれるという意味にもなります。人が休まないで仕事を続けたならば、成功するのでしょうか。疲れて効率が落ち、健康を失うことになります。フランス革命やロシア革命の時10日に一度の休みにした所効率が落ち、すぐに元の週7日制に戻したそうです。私たちが安息日を守り、神様に頼り、御言葉に生きるなら、霊的な力を得るようになり、平安を与えられ、繁栄させてくださいます。勉強もできるようになり、出世もするでしょう。
次に、「父ヤコブのゆずりの地であなたを養う」と約束されています。「ゆずりの地」とは相続地のことです。ヤコブという人は、アブラハムの子イサクの息子でした。相続問題で兄に憎まれ、家から逃げることになりました。荒野で野宿をしている時夢を見ました。その夢の中に神様があらわれ、ヤコブが神の民としての祝福を相続し、神様が共にいて守ってくださるという約束を受けました。創世記28:10〜15。彼の波乱に満ちた人生は守られ、彼の子どもから後のイスラエル12部族が始まりました。イエス様の十字架による救いを信じて神の子どもとされた私たちは、神の相続人とされています。ローマ8:17。どんなに感謝なことでしょうか。
安息日を守るなら、神様がヤコブとともにおられたように、私たちとともにいて守ってくださいます。歩むべき道を導いてくださいます。
三つ目は、「あなたは主をあなたの喜びとする」という約束です。安息日をまもるなら、御言葉どおりくださる祝福を経験しながら、霊的な喜びを味わわせてくださるというのです。安息日を守ることで損害を被ることもあるでしょう。一日商売をしないために儲けも少なくなるでしょう。しかし、神様が愛し、守ってくださるので、安息日を守ることで損なわれたことよりも大きな祝福が与えられます。
自分の好むことをして得る喜びがあるでしょう。しかし、安息日を守らないで得た喜びよりも、安息日を守って得られる喜びは霊的な価値があります。私たちが安息日を聖日として守るなら、精神的な喜びが与えられます。私たちが、主の日の礼拝を守るなら、たましいの安息を得るようになります。ヨハネ14:27。イエス様が与えてくださる平安は天国の祝福です。私たちの安息日は、たましいの安息所です。マルコ2:27〜28。
イザヤ58:13 もし、あなたが安息日に出歩くことをやめ、わたしの聖日に自分の好むことをせず、安息日を『喜びの日』と呼び、主の聖日を『栄えある日』と呼び、これを尊んで自分の道を行かず、自分の好むことを求めず、無駄口を慎むなら、
58:14 そのとき、あなたは主をあなたの喜びとする。わたしはあなたに地の高い所を踏み行かせ、あなたの父ヤコブのゆずりの地であなたを養う。―主の御口がそう語られる。
創世記2:2 神は第七日目に、なさっていたわざの完成を告げられた。すなわち第七日目に、なさっていたすべてのわざを休まれた。
2:3 神は第七日目を祝福し、この日を聖であるとされた。それは、その日に、神がなさっていたすべての創造のわざを休まれたからである。
申命記5:15 あなたは、自分がエジプトの地で奴隷であったこと、そして、あなたの神、主が力強い御手と伸べられた腕とをもって、あなたをそこから連れ出されたことを覚えていなければならない。それゆえ、あなたの神、主は、安息日を守るよう、あなたに命じられたのである。
出20:8 安息日を覚えて、これを聖なるものとせよ。
20:9 六日間働いて、あなたのすべての仕事をせよ。
20:10 七日目は、あなたの神、主の安息である。あなたはいかなる仕事もしてはならない。あなたも、あなたの息子や娘も、それにあなたの男奴隷や女奴隷、家畜、またあらゆる町囲みの中にいる寄留者たちも。
20:11 それは主が六日で、天と地と海、またそれらの中のすべてのものを造り、七日目に休んだからである。それゆえ、主は安息日を祝福し、これを聖なるものとした。
マルコ2:27 また言われた。「安息日は人間のために設けられたのです。人間が安息日のために造られたのではありません。
2:28 人の子は安息日にも主です。」
ルカ6:9 イエスは人々に言われた。「あなたがたに聞きますが、安息日にしてよいのは、善を行うことなのか、それとも悪を行うことなのか。いのちを救うことなのか、それとも失うことなのか、どうですか。」
ルカ14:5 それから、彼らに言われた。「自分の息子や牛が井戸に落ちたのに、安息日だからといって、すぐに引き上げてやらない者があなたがたのうちにいるでしょうか。」
ローマ8:17 もし子どもであるなら、相続人でもあります。私たちがキリストと、栄光をともに受けるために苦難をともにしているなら、私たちは神の相続人であり、キリストとの共同相続人であります。
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