2024年6月23日「起きよ。輝け」イザヤ60:1〜9
序−沈滞、停滞、スランプという言葉を聞くだけで気持ちが落ち込んでしまうようです。私たちも困難や問題によって気持ちが落ち込んで、霊的沈滞に陥ることがあるでしょう。今日の箇所には、エルサレムへ帰還した民が陥った沈滞やスランプとそれに対する神様の励ましが教えられています。
T−起きよ。輝け−1〜3
バビロンからいち早くエルサレムに帰って来た民のことです。神様は彼らに対して「起きよ、輝け」と命じておられます。1節。なぜでしょう。「闇が地をおおっている。暗黒が諸国の民をおおっている」からです。2節前半。つまり、彼らの心が闇に覆われていたからです。なぜでしょう。希望と喜びでいっぱいになりながらバビロンから帰還した民は、エルサレムに来ると愕然としました。夢にまで見た都エルサレムは、城壁は崩れ、門は焼け落ちたまま、草木が生い茂る廃墟でした。ネヘミヤ1:2〜3,2:3。顔からは喜びが消え、笑顔もなくなり、虚ろな目となりました。
土地も荒廃して、凶作になり、飢饉も起こったようです。70年の捕囚の間にその地に入り込んだ異邦人から排斥を受け、エルサレム再建も妨害されました。帰還の民は失望し、再建の希望も重荷に変わりました。心は暗くなり、気持ちは落ち込み、信仰も停滞するようになりました。バビロンでの生活をやめて故国に帰って来たことについて懐疑的になりました。その生活も無気力になりました。
私たちも、苦難や問題によって気持ちが落ち込んで、心が虚しくなり、心も暗くなることがあるでしょう。やっていることについて懐疑的になり、その働きは停滞し、生活も無気力になります。そうすると、信仰をもって生きて来たけれども、思うようにならない現実の中で、信仰が停滞するようになります。こうして、霊的沈滞に陥るのです。この時エルサレムに帰還した民は、霊的沈滞の中にいました。
そんな神の民に聞こえて来た主の言葉が「起きよ。輝け」起き上がって、光を放てでした。そんなこと言われたってと思いますか。意気消沈していても、起き上がって、光り輝きなさいと言うのです。沈んだ心でも、起きよ。輝けと言われるのです。なぜですか。御言葉をよく見てください。1〜2節。「まことに、あなたの光が来る。主の栄光があなたの上に輝く。あなたの上には主が輝き、主の栄光があなたの上に現れる」と力強い励ましが繰り替えされています。神様が創造された時、最初創造されたのが、光でした。創世記1:3。光は人の生活に必要です。不眠症やうつ病、起立性障害の治療にも、日光や照明が用いられています。
落ち込んで、暗くなった者に明るくなれと無理を言っているのではありません。神様が光を注いでくださるというのです。主の光が神の民の上に来て、主の栄光が彼らの上に輝くというのです。暗くなった彼らの心を主の輝きが照らしてくれるというのです。心が暗くなっている時、とても明るくなとできません。自分で光になる必要はありません。主の光が自分の上に来て、主の栄光が自分の上に輝くので、その光が鏡のように反射して、光り輝くようになるというのです。Uコリント3:18。
心が暗くなっている者がしなければならないことは、自分の上に輝いた主の光と主の栄光を見ることです。霊的に低迷している時は、起きてください。イエス様も、しばしば「起きなさい」と言われました。マタイ9:6。中風の人がそう言われても、起き上がろうとしなければ、そのままです。今日も、神様は私たちに対して切実な愛と恵みを持って「起きなさい」と言われます。今日も、神様は大いなるあわれみと励ましに満ちた声で
起きなさい」と語られています。私たちも、その声を聞いて起き上がることを祈ります。
U−目を上げて、あたりを見渡せ−4〜9
帰還した神の民が光り輝くようになるとどんなことが起こるようになるのでしょうか。4〜9節。まず、4節前半。「目を上げて、あたりを見渡せ」と命じておられます。起き上がって、光り輝くならば、どのようになるか神様の約束を確かめてみましょう。
4節後半。まずは、家庭の回復です。失った家族、ばらばらになった家族を取り戻してくださるという約束です。捕囚の混乱の中でそうなった家族もあったでしょう。エルサレムへ帰還するのに一緒でなかったという家族もあったでしょう。離れ離れになって、荒廃していた家族でも、息子や娘が復帰するようになるというのです。不和や争いでばらばらになっていた家族も、和解できて、再会するという約束です。どんなに嬉しい、喜び約束でしょうか。
そうした家庭の問題や家族の痛みが、霊的沈滞や心が暗くなった原因だったこともあるでしょう。その辛い現状が主への信頼をなくしていたならば、心は暗くなり意気消沈していたことでしょう。悔い改めて、主を信頼するようになるなら、起き上がって、光り輝くようになり、家族の関係や状況も変化し、導かれるようになるというのです。現代社会でも、問題のない家庭はないと言われています。私たちにも、悲しみや痛みがあります。そんな私たちに必要なことは、私たちが、家庭や家族の問題の中でも、心が暗い中でも、主を信頼して、起き上がり、主の光を受けて、救いの恵みによって輝くことです。
次は、富の回復です。5節。富が集まって来るというのです。今貧しさの中で、心が暗くなって落ち込んでいる民ですが、やがてエルサレムが再建され、生産活動や商業活動が再会されるようになるなら、通商路の要に位置しているため、あちこちの富が集まり、栄えるようになるという約束です。イスラエル南方のミディアンとエファから、アラビヤ半島南部のシェバからも、またスペインにあるタルシュシュから船で商品や物資が集まって来るようになります。6,9節。
私たちの心が暗くなり、信仰が停滞するならば、余計に貧しさがこたえるでしょう。欲に囚われるなら、心は疲弊し、暗くなります。しかし、信仰に光り輝くなら、たとえ貧しくても心は豊かになります。信仰もって働き、生活して行くなら、経済的にも豊かにされるでしょう。心のあり方によって、生活の様子は大いに変わって来ます。
そして、霊的回復です。6〜7節。イスラエルの南方のミディアンとエファから、もっと遠いアラビヤ半島南部のシェバからも、人々が来て、礼拝をささげるようになり、主を褒め称えるというのです。ケダルやネバヨテとは、イシュマエルの子孫である遊牧民です。創世記25:13。イスラエルに敵対していた民までが、主を礼拝するようになるというのです。
このように救いが広がり、礼拝する者が集まって来ることは、今心細くなっている神の民にとって大きな励ましとなります。私たちが起き上がって、輝くようになるなら、私たちの信仰の停滞も回復し、その光り輝きが周りを照らすようになり、救いが広がるようになります。7節には、「わたしは、わたしの輝かしい家をさらに輝かす」とあります。一人ひとりの信仰の輝きによって、信仰共同体である教会に人々が集められ、ますます教会が光り輝くことになります。
V−人の光であるイエス様−
2節に「見よ。闇が地をおおっている。暗黒が諸国の民を」とあるように、現代社会も、闇におおわれています。エペソ4:18,ローマ1:21。人々の心にも闇があります。一人ひとりの人生にも精神の停滞期があります。そんな世に、イエス様が光として世に来てくださいました。マタイ4:16。イエス様が罪のために闇の中で苦しむたましいを救い、光の中に招いてくださるために、人々の救いのために十字架に犠牲となられました。イエス様を信じる者に、罪の赦しと天国への命を与えてくださいました。
「起きよ。輝け」というのは、暗い世に向かって輝く存在になりなさいという命令です。暗い世を照らす光の子になりなさいということです。私たちも、以前は闇の中にいましたが、イエス様を信じて、光の子とされています。エペソ5:8。光の子どもらしく歩みたく願います。どうしてイエス様を信じると光の子になれるのでしょうか。イエス様が命の光だからです。ヨハネ1:4。イエス様は、世の光だからです。ヨハネ9:5。イエス様に従う者は、闇の中を歩むことがなく、命の光を持つからです。ヨハネ8:12。
イエス様のいない人生は、まるで光を受けない植物のようになり、やがて枯れてしまいます。しかし、イエス様に出会った人生は、日光に照らされた植物のように生き生きとなります。救い主イエス様を信じる者は、決して闇の中を歩むことがないからです。
イエス様が世の光なので、光を受けた私たちも光り輝くことができます。イエス様は「あなたがたは、世の光です。あなたがたの光を人々の前で輝かせなさい」と言われました。マタイ5:14〜16。聖徒たちが輝いて、光を放つのは、自分で輝いて光るのではなく、神の栄光とイエス様の救いの光を反映するのです。聖徒たちは、その信仰生活を通して光り輝きを表します。
「まことに、あなたの光が来る。主の栄光があなたの上に輝く。あなたの上には主が輝き、主の栄光があなたの上に現れる」と繰り返し宣言されていました。目には見えませんが、主の栄光が私たちの上にあるのを感じますか。この御言葉は、今日問題や患難で心が落ち込み、暗くなり、停滞して者に対して大きな励ましとなって、響いて来ます。エペソ5:8。
イザヤ60:1 起きよ。輝け。まことに、あなたの光が来る。主の栄光があなたの上に輝く。
60:2 見よ。闇が地をおおっている。暗黒が諸国の民を。しかし、あなたの上には主が輝き、主の栄光があなたの上に現れる。
60:3 国々はあなたの光のうちを歩み、王たちはあなたの輝きに照らされて歩む。
60:4 目を上げて、あたりを見渡せ。彼らはみな集まって、あなたのもとに来る。あなたの息子たちは遠くから来る。娘たちは脇に抱かれながら。
60:5 そのとき、あなたはこれを見て晴れやかになり、心は震えて、喜ぶ。それは、海の富はあなたのところに移され、国々の財宝もあなたのものに来るからだ。
60:6 らくだの大群が、ミディアンとエファの若いらくだが、あなたのところをおおい尽くす。これらシェバから来るものはみな、金と乳香を携えて、主の誉れを宣べ伝える。
60:7 ケダルの羊もみな、あなたのところに集まり、ネバヨテの雄羊は、あなたに仕える。これらは受け入れられ、私の祭壇に献げられる。わたしは、わたしの輝かしい家をさらに輝かす。
60:8 天雲のように飛ぶ者、鳩のように巣に帰る者はだれか。
60:9 まことに、島々はわたしを待ち望み、タルシシュの船は真っ先に、あなたの子らを遠くから運んで来る。彼らの金と銀とともに。それは、あなたの神、主の名のため、イスラエルの聖なる者のためであり、主があなたを輝かたからである。
Uコリント3:18 私たちはみな、覆いを取り除かれた顔に、鏡のように主の栄光を映しつつ、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられていきます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。
エペソ5:8 あなたがたは以前は暗でしたが、今は、主にあって光となりました。光の子どもとして歩みなさい。
ヨハネ1:4 この方にはいのちがあった。このいのちは人の光であった。
9:5 わたしが世にいる間は、わたしが世の光です。
8:12 イエスは再び人々に語られた。「わたしは世の光です。わたしに従う者は、決して闇の中を歩むことがなく、いのちの光を持ちます。」
マタイ5:14 あなたがたは、世の光です。山の上にある町は隠れることができません。
5:15 また、明かりをともして枡の下に置いたりはしません。燭台の上に置きます。そうすれば、家にいる人を全部を照らします。
5:16 このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせなさい。人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようになるためです。
マタイ4:16 闇の中に住んでいた民は、大きな光を見る。死の陰の地に住んでいた者たちの上に、光が昇る。」
4:17 この時から、イエスは宣教を開始し、「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから」と言われた。
| 戻る |