2024年6月30日「喪失感からの回復」イザヤ60:10〜22
序−人や大切な物を失ったり、立場や居場所を失ったりするときに、人は喪失感を覚えるようになります。喪失感で生じる感情は悲しみですが、むなしさや寂しさなどのほか、その元となった事に対する苛立ちや不安も生じます。エルサレムの廃墟に帰還した民の心に生じた思いは、深い喪失感でした。そんな民に語られた神の言葉は、驚くべきものでした。
T−再建−10〜14節
人生に苦しむ人は、ほとんど過去の影響を受けています。過去に失ったことについての悲しみやむなしさを思っては、喪失感にさいなまれます。人は、様々なことで喪失感を覚えます。捕囚から帰還した民は、過去の傷と痛みがありました。捕囚になるだけでなく、信仰の中心である神殿まで破壊されました。家庭も職場も失いました。遺跡となったエルサレムには希望がありませんでした。帰還して廃墟となっていたエルサレムを見て、様々な妨害や困難を受けて、ああ自分たちは何かも失った捕囚の民だと、大きな喪失感に覆われました。私たちも、何かのことで喪失感を覚えることがあるでしょうか。
苦しむ人は、過去の事件や過去の傷のために現在も苦しむのですが、人生を喜び楽しむ人は、未来に影響されます。神様は、喪失感を感じて痛んでいる民に、未来の回復を語ってくれました。まず、10節後半。神の民の大きな喪失感は、状況が悪くなると、自分たちは神様から見捨てられたという思いから生じます。もちろん、それは、民が神様に背を向け、神を見捨てたから受けることになった捕囚です。見捨てておられない主は、今喪失感のためにむなしさと悲しみの中にいる民に対して、「恵みをもって、あなたをあわれむ」と回復を約束してくださいました。
ですから、私たちも、何があっても神様から見捨てられたとは、思わないことです。するべきことは、神を信頼し、御言葉を握ることです。
その回復は、回復というより逆転と言えるものです。エルサレムがただ再建されるというのではありません。10節前半。過去に異国の民が、エルサレムを徹底的に破壊し、民を捕囚に引いて行きましたが、これからは、異国の民がエルサレムを建て直し、異国の王たちが民に仕えるようになるという驚くべき約束です。その様子が11,13節に記されています。美しいレバノンの木々で再建され、栄光の神殿を回復するようになります。
14節にも、逆転があります。過去捕囚の民を苦しめた者や侮った者たちの子孫が、帰還した民に対して身をかがめ、その足もとにひれ伏すようになるというのです。それほどまでの回復の約束が、喪失感で痛んだ心には必要だったのです。そして、異国の人々が、エルサレムを主が臨在される所と認めるようになります。これは、現代で言えば、世の人々が、教会を神様が臨在される所と認めるようになるという約束でもあります。教会がそのようになることを願います。
ここに約束された回復は、ちょっと回復するのではなく、大逆転です。過去エルサレムを破壊し、民を踏みにじり捕囚にした異国が仕えるようになり、城壁を再建してくれるというのです。それは、敵でなくなる、敵がいなくなるということです。「あなたの門はいつも開かれ、昼も夜も閉じられない」ということは、もう敵が攻め込んで来ないということです。深い喪失感に覆われていた民にとって、この神様の回復の約束にどれほど心癒され、喜びが回復されることでしょうか。喪失感の痛みが癒されることになるでしょう。
神様は、このようにして、喪失感からの回復のためには、その元となったことを変化させ、もう起こらないようにしてくださいます。驚くべき回復です。神様の回復は、状態を変化させてくださることに特徴があります。現代の神の民である私たちに対しても、主なる神はそのようにして、喪失感や、悲しみやむなしさから回復させてくださいます。
U−回復−15〜18節
帰還した民の喪失感は、人からのものでもありました。15節。「捨てられ、憎まれて、通り過ぎる人もなかった」というのです。捕囚の民が経験した過去の痛みがあります。捕囚にされた時、蹂躙され虐待を受け、悲惨を経験しました。今も、人々から見捨てられ、憎まれ、軽視され、無視され、喪失感に覆われています。どれほど寂しくて、むなしくて、悲しい経験でしょうか。
人との別離、死別によって、喪失感に陥ることが多いですが、人から見捨てられ裏切られたり、無視され軽視されたりすれば、孤独感と心の痛みで喪失感を感じるようになります。悲しさやむなしさを感じます。このむなしさ、虚無感に襲われると、辛くなります。一体何のために頑張って来たのか、自分には何も残っていないのではないかという思いに陥るようになります。喪失感や虚無感に囚われると、将来への不安が生じて来ます。私たちも、そんな経験をすることがあったでしょうか。
神様は、そんな民に対して未来の回復を約束してくださいました。15節後半。「わたしはあなたを永遠の誇り、代々の喜びに変える」と言われました。たとえ私たちの過去が悲惨であったとしても、現在は変わり、未来は栄光になると言われるのです。イエス様を信じて救われ、罪の赦しと天国への命を与えられている私たちは、今は恵みの時、今は救いの日となるのです。Uコリント6:2。
人による喪失感の中にあった民に対して、神様が回復の約束をされました。まずは、富と権力の回復です。16〜17節前半。捕囚の民は、すべてを奪われ、バビロンに虐げられ、支配されました。そんな過去は過ぎ去って、回復します。「国々の乳を吸い、王たちの乳房を吸う」とは、過去国々と汪たちがユダの民の食料と富を奪いましたが、これからは、彼らが民を食べさせて生かすという意味です。民を悩ませた過去の関係は、逆転します。私たちには、救い主、贖い主が付いています。神が味方です。ローマ8:31〜32。どれほど心強いことでしょうか。
次に平和と秩序の回復です。17節後半〜18節前半。民の過去は、破壊と荒廃でした。国は戦いに敗れ、都と神殿は破壊され、廃墟となっています。神の民にとって、喪失感の大きな原因となっています。過去の傷や痛みとなっています。しかし、平和と秩序が回復され、状態が大きく変わるというのです。心に平安と喜びが回復されます。たとえ今状況が混乱して、荒れ果てていたとしても、やがて状況は変わり、回復されます。主が私たちに平安と喜びを与えてくださいます。すでに、イエス様の十字架の救いが私たちに平和をもたらしてくださいました。コロサイ1:20,3:16。
V−祝福−18〜22節
そして、最後の部分で祝福が約束されています。18後半~22節。まず、霊的祝福です。18後半〜19節。「あなたの城壁を救いと呼び、あなたの門を賛美と呼ぶ」ようになると祝福してくださいました。それは、私たちの家や教会が救いの城壁となり、賛美の門となるという祝福です。そして、「主があなたの永遠の光となり、あなたの神があなた輝きとなる」と言っています。神様が新しい天と新しい地を与えてくださいます。黙示録21:1。主が私たちの永遠の光になり、神様が私たちの栄光になります。こんな素晴らしい祝福を私たちに与えてくれます。
そして、20節「あなたの嘆き悲しむ日が終わる」という約束を宣言してくださいました。人は、今の苦しみや痛みがずっと続くと思うから辛いのです。喪失感と虚無感の中に埋没してしまいます。でも、やがて状況は変わります。そうなれば、嘆き悲しむ必要はなくなります。たとえ私たちが喪失感と虚無感の中で嘆き悲しむことがあるとしても、そんな私たちに向かって、「あなたの嘆き悲しむ日が終わる」と宣言してくださいます。この御言葉をしっかり聞いて、心に留めましょう。
今日、社会でも嘆き悲しむ人々が多いです。喪失感と虚無感の中で苦しみ、悩む人々がいます。私たちはどうでしょうか。混乱して問題の多い社会にあって、私たちも環境的には、そうした人々と同じです。では、何が違うのですか。私たちには、イエス様の救いがあるからです。嵐に恐れる弟子たちに近づいて来て嵐を沈めてくださったように、人生の嵐に翻弄される私たちの心に来て、静めてくださいます。マタイ13:24〜25,
なぜ「あなたの嘆き悲しむ日が終わる」と宣言してくださるのでしょうか。イエス様救われたたちは、主なる神の栄光をあらわす存在とされるからです。21節。そうです。私たちは、神様の御手で造られた作品です。救いの作品であり、回復の作品です。
そんな祝福を聞いても、嘆き悲しみの中で「それはいつですか。いつこんな状態が終わるのですか」という質問が浮かぶでしょうか。こんな状況がどう変わるのか、ずっと続くのではないかと言うでしょうか。あわれみ深い慈愛に満ちた神は、最後に、こう宣言されました。22節。小さい者や弱い者が集まって、強国となります。小さい者や弱い者が集まって、神の国となります。神の国を広げて行くようになります。
人生において問題が起こります。喪失感に襲われ、うなだれ、思い乱れる時もあるでしょう。そんな時、私たちはこの素晴らしい救いの約束を与えてくださった神様を信頼して、「嘆き悲しむ日が終わる」のを待ち望み、回復を待ち望みます。詩篇42:5。
イザヤ60:10 異国の民もあなたの城壁を建て直し、その王たちもあなたに仕える。わたしは激しく怒って、あなたを打ったが、恵みをもって、あなたをあわれむからだ。
60:11 あなたの門はいつも開かれ、昼も夜も閉じられない。国々の財宝があなたのところに運ばれ、その王たちが導かれて来るためである。
60:12 あなたに仕えない国民や王国は滅び、これらの国々は荒れ果てる。
60:13 レバノンの栄光は、もみの木、すずかけ、檜も、ともに、あなたのもとに来て、わたしの聖所を輝かせる。わたしは、自分の足台を栄光あるものとする。
60:14 あなたを苦しめた者たちの子らは、身をかがめてあなたのところに来る。あなたを侮った者どもはみな、あなたの足もとにひれ伏して、あなたを『主の町、イスラエルの聖なる方のシオン』と呼ぶ。
60:15 あなたは捨てられ、憎まれて、通り過ぎる人もなかったが、わたしはあなたを永遠の誇り、代々の喜びに変える。
60:16 あなたは国々の乳を吸い、王たちの乳房を吸う。あなたは、わたしが主、あなたを救う者、あなたを贖う者、ヤコブの力強い者であることを知る。
60:17 わたしは青銅の代わりに金を運び入れ、鉄の代わりに銀、木の代わりに青銅、石の代わりに鉄を運び入れ、平和をあなたの管理者とし、正義をあなたの監督者とする。
60:18 あなたの国には暴虐もう聞かれず、あなたの領土には暴行と破滅は聞かれない。あなたは、あなたの城壁を救いと呼び、あなたの門を賛美と呼ぶ。
60:19 太陽はもはや、あなたの昼の光とはならず、月の明かりもあなたを照らさない。主があなたの永遠の光となり、あなたの神があなた輝きとなる。
60:20 あなたの太陽はもう沈むことがなく、あなたの月は陰ることがない。主があなたの永遠の光となり、あなたの嘆き悲しむ日が終わるからである。
60:21 あなたの民はみな正しい者となり、永遠にその地を所有しよう。彼らは栄光を現す、わたしの植えた枝。わたしの手で造ったもの。
60:22 最も小さい者も軍団となり、最も弱い者も強国となる。わたしは主。時が来れば、速やかにそれをする。」
Uコリント6:2 神は言われます。「わたしは、恵みの時にあなたに答え、救いの日にあなたを助けた。」確かに、今は恵みの時、今は救いの日です。
ヨハネ14:18 わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。わたしは、あなたがたのところに戻って来るのです。
詩篇42:5 わがたましいよ。なぜ、おまえはうなだれているのか。私の前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。御顔の救いを。
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