2024年12月1日「人の思いと心を探る方」黙示録2:18〜29

序−クリスチャンが社会で生きていく時、仕事や人間関係、生活の問題で葛藤し、思い惑うことがあります。世の論理で生きるのか、御言葉で生きるのかで悩む場合があります。そんな時、世の妨害や圧力よりも、同じ聖徒たちからの間違った教えや誘惑に惑わされます。今日の、ティアティラにある教会への手紙から学びます。

T−初めの行いにまさる近ごろの行い−18〜19
 今日の教会は、ティアティラにある教会です。18節。ティアティラは、これまでの三つの町のように大きな町でもなく、港町でも行政都市でもなく、重要な都市でもありません。しかし、この町にも特徴があります。貿易路の中間点にあり、他の地域より商業、製造業が盛んな町でした。特に、布、染色、織物で有名でした。同じ業種ごとに作られた同業者組合が商権を握っており、入っている者だけ仕事ができました。同業者たちはそれぞれが信心する偶像の神殿に集まり、偶像を拝んだ後飲食をし、商売の話や交わりをしたそうです。
 私たちが知っているティアティラ出身の商売人がいます。使徒16:14。ピリピでパウロと出会って救われたリディアが、「ティアティラ市の紫布の商人」と紹介されています。紫布とは、貝から抽出された紫色の染料、ロイヤルパープルで作られた大変高価な布で、ティアティラの特産品でした。この時代でもティアティラの布や織物の業界では、女性が活躍していたようです。
 このような中で、主によってティアティラにある教会が褒められています。19節。「あなたの行い、あなたの愛と信仰と奉仕と忍耐」というのは、その行為が愛と信仰と奉仕と忍耐で特徴付けられていということです。聖徒たちには、愛によって働く信仰が、奉仕や仕える行動となってあらわれていました。そして、その信仰が真実であるかは、一時的な熱心より、最後まで続く忍耐によって明らかになります。ヘブル13:7。
 この信仰の特性が、「初めの行いにまさる近ごろの行い」となってあらわれ、賞賛されています。19節。人はややもすれば、エペソの教会が言われていたように、初めはよく忠実に励んでいたとしても、時間が経つにつれてしだい熱心さが冷め、忠実でなくなって来るものです。初めは熱心に信仰して奉仕をしていても、しだいに後退して行く人が多いものです。
 ところが、ティアティラの聖徒たちは、時とともにますますその信仰と働きは熱心に忠実になって行ったというのです。私たちの教会は、賛美あふれる礼拝、御言葉の養育、分かち合いに恵まれるセルグループが与えられているのですから、日が経るにつれてますます忠実で熱心な信仰となって行くことを願います。

U−非難すべきことがある−20〜23
 このような素晴らしい教会にも「責めるべきことがある」と言われています。20〜21節。イゼベルという女がいて、聖徒を教えて惑わし、淫らなことを行わせ、偶像にささげた物を食べさせていたというのです。ティアティラでは、商売人たちのそれぞれの業種ごとに偶像があり、偶像の宮に集まり、飲食し、不品行に及んでいました。
 そこに参加して、そのようなことをすることは、聖徒たちにとって信仰を否定することでした。さりとて、その同業者組合から抜ければ、商売は困難となります。参加していれば、飲食に留まらず、偶像礼拝をささげ、最後には姦淫まで進んでしまいます。聖徒たちは悩みました。
 この難しい問題にもっともらしい答えを出したのが、イゼベルでした。イゼベルも商売で儲かり、発言力が強く、性格も強かったのでしょう。世に勝つためには、世の方法を経験してみなければならない、サタンに勝つにはサタンの方法を学ばなければならないなどと言って惑わしました。そうして、宮で行われる組合の会合に参加させ、飲食で酔わせ、偶像礼拝をさせ、淫らなことまでさせたのです。
 イゼベルという呼び名は、旧約聖書に出て来るイゼベルに似ていたからなのでしょう。イゼベルは、北イスラエルで最も悪い王であったアハブの妻で、バールの偶像礼拝を持ち込み、イスラエルの預言者たちを殺し、預言者エリヤまで恐れさせた悪名高い女性です。
 イゼベルは、世での仕事のために悩んでいた聖徒たちのその思いに付け入り、預言者だと自称して聖徒たちを惑わし、騙しました。「世の人たちのようにすることで仕事ができる、彼らのようにしても大丈夫、救われていることに変わりない、聖書をよく知っている私が言うのだから平気、他の聖徒たちも参加しているから」などと言葉巧みに誘ったのでしょう。
 アダムとエバが罪を犯した時のことを思い出してください。創世記3:1〜6。狡猾な蛇が「どの木からでも食べてはならないと本当に言われたのですか」と惑わし、「私たちは園にある木の実を食べてよいのです」「あなたがたは死にません」と言って騙しました。おいしそうに見えて、食べたかったエバは、蛇の誘いに乗って食べてしまいました。「そんな所へは参加できない、罪だと知っていても、参加しなければ仕事ができなくなる、生活が心配だ、どうしよう」などと揺れ動いていた聖徒たちは、「ああ、イゼベルがそう言うならば」とイゼベルのもっともらしい言葉に騙されたのです。
 確かに食べて生きることは大変です。食べて生活することは重要なことです。参加を拒否すれば組合から除名され、仕事を失い、貧しくなるかもしれません。組合の決まり従うかイエス様に従うか、聖徒たちは悩み、揺れ動きました。この町では、迫害はあまりありませんでしたが、ずっと忠実な信仰だったと賞賛されたティアティラ教会の一部の者が、イゼベルの誘惑にかかってしまいました。
 なぜ誘惑されたのか、騙されてしまったのかを学ぶことが私たちにとっても大事なことです。ティアティラには、イエス様はどのように紹介されていますか。18節。聖徒たちを訪ねて来られる主は、「燃える炎のような目を持って」おられる方です。1:14でも、そのように知らされています。そして、23節でも「人の思いと心を探る者である」と知らされています。
 そうです。私たちの主は、人の思いと心を見ておられる方です。人の思いを知っているだけでなく、感情の奥までも知っておられる方です。そして、「人の行いに応じて一人ひとりに報いる」お方です。
 イゼベルの誘惑と騙しの言葉を聞くだけでなく、自分の思いと心を知っておられ、見ておられる主を覚えなければなりません。ヘブル4:13。イゼベルの言葉巧みな誘いを受けた時、どうすべきか葛藤する時、主を思い出すならば騙されることはありません。誘惑に陥ることもありません。主は、聖徒たちの「愛と信仰と奉仕と忍耐を知っている」と言われたお方です。

V−最後までわたしのわざを守る者−21〜29
 この女に対して主は、厳しい裁きを宣告されています。21〜23節。主は「光り輝く真鍮のような足」で悔い改めない者を踏みにじり、裁かれます。自称預言者のように人を騙せても、主はご存知です。主に嫌われ、憎まれます。ルカ16:15。こんなに厳しく裁かれているのは、自分が罪を犯すだけでなく、御言葉を曲げて聖徒たちを誘惑し、騙したからです。悔い改めの機会を与えても悔い改めなかったからです。その罪は重いのです。悪しきイザベルをそのままにしていた聖徒たちも叱責されています。これが、信仰が良いと見られていたティアティラの聖徒たちの弱さでした。気付いたら、悔い改めて退けなければなりません。
 人は誰にも弱さがあります。罪を犯してしまうこともあるでしょう。 しかし、恵みを受けた者と恵みを受けなかった者の違いは、悔い改める機会が与えられた時に違いがあります。神の恵みの下に生きたいと願う人は、悔い改める機会が与えられた時に悔い改める人です。結果的に悔い改めることによって、自分が神の恵みの下にあることを証明することになります。しかし、神様の恵みから離れている者は、自分の言動を擁護します。 「何が間違っているの。食べて生きるには仕方ないでしょう。世の中の誰でもやっていることでしょう」などと言い訳に終始します。
 弱くても、誘惑に陥らなかった聖徒たちを励まし、勧めておられます。24〜28節。「残りの者たち」とは、イゼベルの誘惑と騙しにかからなかった純粋な信仰の者たちのことです。御言葉を良く知っているというイゼベルの誘惑や惑わしは、サタンの詐欺です。「サタンの深み」など知らなくてよいのです。イエス様を信じて救われて御霊が与えられクリスチャンは、御霊によって「神の深みを」を知ることができます。Tコリント2:10。それで十分です。イエス様も御言葉によってサタンの誘惑を退けました。
 肝心なことはすでに明らかにされた御言葉を熱心に握ることです。主はこの残りの人たちに「ほかの重荷を負わせない」と言われます。24節。ただ「あなたがたの持っているものをしっかりと保ちなさい」命じておられます。25節。「持っているもの」とは、すでに聞いた福音の真理、御言葉です。肉の言葉、騙しや誘惑の言葉に惑わされないで、すでに受けた御言葉をしっかり持って、御言葉に聞いて生きなさいと勧めておられるのです。26節。そして、最後まで御言葉を守る者には、人々を支配する権威と明けの明星の栄光を与えると約束されました。26,28節。主の働きに誠実な者は、主とともに栄光の統治に参加する約束が与えられています。ヘブル4:13。



黙示録2:18 また、ティアティラにある教会の御使いに書き送れ。『燃える炎のような目を持ち、その足は光り輝く真鍮のような神の子が、こう言われる。―
2:19 わたしは、あなたの行い、あなたの愛と信仰と奉仕と忍耐を知っており、また、初めの行いにまさる、近ごろの行いも知っている。
2:20 しかし、あなたには責めるべきことがある。あなたは、イゼベルをなすがままにさせている。この女は、預言者だと自称しているが、わたしのしもべたちを教えて惑わし、淫らなことを行わせ、偶像にささげた物を食べさせている。
2:21 わたしは悔い改める機会を与えたが、この女は淫らな行いを悔い改めようとしない。
2:22 見よ。わたしは、この女を病の床に投げ込む。また、この女と姦淫を行う者たちも、この女の行いを離れて悔い改めないなら、大きな患難の中に投げ込む。
2:23 また、この女の子どもたちを死病で殺す。こうしてすべての教会は、わたしが人の思いと心を探る者であることを知る。わたしは、あなたがたの行いに応じて一人ひとりに報いる。
2:24 しかし、ティアティラにいる残りの者たち、この教えを受け入れず、いわゆる「サタンの深み」を知らないあなたがたに言う。わたしはあなたがたに、ほかの重荷を負わせない。
2:25 ただ、あなたがたの持っているものを、わたしが行くまで、しっかりと保ちなさい。
2:26 勝利を得る者、最後までわたしのわざを守る者には、諸国の民を支配する権威を与える。
2:27 彼は鉄の杖で彼らを牧する。土の器を砕くように。
2:28 わたしも父から支配の権威を受けたが、それと同じである。また、勝利を得る者には、わたしは明けの明星を与えよう。
2:29 耳のある者は、御霊が諸教会に告げることを聞きなさい。』


ルカ16:15 イエスは彼らに言われた。「あなたがたは、人の前で自分を正しいとする者です。しかし神は、あなたがたの心をご存じです。人間の間であがめられるものは、神の前で憎まれ、きらわれます。

Tコリント2:10 それを、神は私たちに御霊によって啓示してくださいました。御霊はすべてのことを、神の深みさえも探られるからです。

ヘブル4:13 造られたもので、神の前で隠れおおせるものは何一つなく、神の目には、すべてが裸であり、さらけ出されています。私たちはこの神に対して弁明をするのです。

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