2024年12月22日「御言葉に導かれて」マタイ2:1〜3,13〜15
序−クリスマスの時期、日本は賑やかです。クリスマスにかこつけてパーティーやセールを行い、プレゼントやカードをやりとりします。しかし、イエス様の誕生の時は、危険に満ち悪と罪で覆われた時代した。なぜ、神の子がそんな中に生まれたのでしょうか。
T−ヘロデ王の時代に−1〜3
イエス様の生まれた時代は、ヘロデ王の時代だと知らされています。1節。どんな時代だったのか知るために、ヘロデ王について調べてみましょう。BC63年にユダヤ人のハスモン朝が滅ぼされて、ユダヤがローマ帝国の軍政下にあった時、ヘロデの父アンティパトロスがユリウス・カエサルを助けた功績でユダヤの長官となりました。息子ヘロデの時代に元老院に取り入ってユダヤ王と認められました。ヘロデは、エドム人であったためにユダヤの王となる正当性がありません。王になると、ハスモン朝の血を引く者を虐殺し、強権でユダヤを治め、ユダヤ人に認められられようと大規模な土木事業や経済活動を行い、エルサレム神殿まで完成させました。ユダヤの宗教指導者たちはヘロデに従うようになりました。
そんな残忍で強権を振るったヘロデ王が恐れることがありました。ユダヤ人の王が現れることでした。ある日、ヘロデ王の前に東方からマギと呼ばれる博士たちが訪れました。2節。彼らから「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか」と聞かれると、残忍で強権を振るうヘロデが恐れ惑い、動揺しました。3節。博士たちが、占星術師みたいな天文学者として星を観察していたら、ユダヤ地方に王様が生まれた徴候を読んだので、やって来たというのです。2節。
ここに二人の王の対比があります。イエス様は神様の子として人々を救う王様であり、ヘロデは権力と富を求めて罪を犯して生きる王でした。イエス様は人々を救うために人と同じようになられて、十字架の死にまでも従われました。ピリピ2:7〜8。一方ヘロデは、自分の野望のために人々を殺し、強権をもって圧政を行いました。
ヘロデ王のような罪の性質は、ヘロデ王ばかりではありません。人は誰の干渉も受けたくない、人は自分が王だと思って生きていると言われます。人に支配されるのを嫌い、そうされれば怒ります。敵対し、攻撃しようとします。ガラテヤ5:19〜21。現代に生きる人々も、自分が自分の人生の主人であり、自分の人生の王だと考えて生きるならば、自分もまさにヘロデ王になるということです。自己中心になるなら、私たちもヘロデ王になりうるのです。ピリピ2:2〜3。
人の罪の性質という意味では、現代もヘロデ王の時代と変わりはありません。現代社会にも、人々の罪が現れ、蔓延しています。不和や争い、妬みや憎しみ、暴虐と権力欲が横行しています。人は、このような世の中に生まれて来ることになります。ですから、イエス様は、ヘロデ王の時代という世が罪と闇に覆われ、暴虐と強権が横行していた世に生まれたのです。それは、今日の欲と罪の中に生きる人々を救うために世に来られたからです。現代の人々が体験する痛み、恐れ、不安、圧迫を体験されました。イエス様は、人が人生で遭遇する可能性のある苦難をすべて経験されたお方です。ですから、すべての人がイエス様に救われなければなりません。
赤ちゃんが世に生まれ出た時から、人の罪が横行しているこの世で生きて行くのに様々な危険があり、そうした危険から守られなければなりません。世に生まれた救い主赤ちゃんイエス様はどうなったのでしょうか。東方の博士たちが帰った後のことを見てみましょう。
U−御使いと御言葉に守られて−13〜15
ユダヤの王としてお生まれなった赤ちゃんであるイエス様は、新しい王を抹殺しようとしていた残忍なヘロデ王の脅威にさらされることになります。そこで、ヨセフに主の使いが夢で現れて「幼子とその母を連れてエジプトへ逃げなさい」と言いました。13節。この罪と悪がはびこる世に生まれて来た赤ちゃんイエス様を神様が守ってくださったのです。
ヨセフの応答はどうでしょう。14節。その日の「夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトに逃れ」ました。ヨセフは懸命な人でした。幼子を連れての逃避行は大変だったと思います。結局、「ヘロデが死ぬまで」いることになります。15節。せっかく神様が御使いを通して危険を回避する道を提供してくれても、それに聞き従わなければ、助かりません。ヨセフは御言葉に聞き従う人でした。このような信仰の人を神様は用いられます。
しかし、この箇所は、そんなヨセフの信仰と懸命さによって、一つの家族が助かったというだけの話ではありません。救い主イエス様の話ですから、いつもイエス様のことは、救いに関連していることになります。ですから、私たちにも関係があるということです。15節後半を見ましょう。「主が預言者を通して語られたことが成就するためであった」というのは、どういう意味なのでしょう。「わたしはエジプトからわたしの子を呼び出した」という旧約聖書に出て来る御言葉の成就だというのです。ホセア11:1。
ホセア書に記されている内容は、あの十戒で有名な、神様がモーセを通してイスラエルをエジプトから脱出させ、エジプトの奴隷から解放した事件を指しています。それは、罪のしもべであった神の民を脱出させた、罪から救い出したという意味でした。ですから、幼子イエス様がエジプトに行って、出て来るというのは、罪の奴隷になっている人々を解放し、救うためにイエス様が来られたことを示していたのです。
19節以下には、「ヘロデ王が死んだので、エジプトを出てイスラエルに戻るように」と主の御使いが知らせます。19〜23節。この時も、ヨセフは懸命に判断して、神様に聞き従い、イスラエルに戻ります。そして、その指示通りガリラヤ地方のナザレに住んだことが預言の成就だと言っています。23節。ヘロデ王がいくら強権を行使してイエス様を殺そうとしても、神様は御言葉で預言されたことを成し遂げられ、御言葉によって守ってくださったということが強調されています。
エジプトに行く時も、戻って来る時も、主の使いが夢でヨセフに現れて言ったことですが、大事なことは、御言葉です。夢はそれを知らせる道具に過ぎません。その神様の御言葉を信じてください。神様の御言葉が必ずイエス様を信じて救われた者の人生に現れ、その御言葉通りに神様がしてくださる祝福があります。
V−信じた者を守り続けられる−
イエス様は、私たちのためにも来られた救い主です。イエス様が私の罪と滅びのために十字架に死なれて、よみがえられることで、私たちを罪の奴隷と滅びから解放してくださいました。ローマ6:6。イエス様を信じる者に、天国へ続く命を与えてくださいました。ローマ6:28。
神様は、御言葉を示され、御言葉をもって導いてくださいます。ですから、私たちも人生において御言葉に聞き、御言葉によって子どもを育てなければなりません。なぜなら、イエス様が残忍で強欲なヘロデ王の時代に生まれたように、私たちも人の罪と欲が横行する世に生まれ、生きて行くからです。様々な危険の中で生きていかなければならないからです。
イエス様とヨセフとマリヤはヘロデ王の脅威の前にいたのですが、神様がともにおられたので、守られました。御言葉によって助けられました。神様が幼子イエス様とともにおられたので、ヘロデ王から守られたように、イエス様を信じて救われた私たちにも神様がともにおられて、私たちを守ってくださいます。ヘロデ王が死んだのでイスラエルに戻るように言われ、残忍な息子アルケラオがユダヤを治めているので、ガリラヤ地方へ行くように指示して、その後も継続的に守ってくださいました。19〜22節。そのようにイエス様を信じて救われた者を、神様はずっと継続的に守って、御ちびてくださいます。これが、今日の箇所の恵みです。
後に天国へ導いて完全な救いがなされるまで、この世で継続的に守り、導いて救ってくださるということが示されています。様々な方法を通して、時には夢を通して私たちを導き、守ってくださいます。私たちの人生の中に危機が迫って来ても、私たちを継続的に守り、救われる神様に拠り頼み、歩んで行く人生となることを願います。
クリスマスとは、イエス様が地上に王として生まれた日です。あなたの王は誰ですか。イエス様ですか。それとも自分自身ですか。クリスチャンとは、イエス様を自分の王として迎え、生きていく人を意味します。
イエス様は、迫害の中で生まれました。赤ちゃんのイエス様は、平和な祝福の中には生まれたのではありません。それは、人の罪や悪のうごめく世に生まれて生きる私たちを救うために私たちを背負われたということです。ヘロデ王の時代というイエス様が生まれた状況は、まさにそれと同じような現代に生きる私たちの人生を背負ってくださったということを発見できたことは恵みです。私たちは、「主が私たちと同じようになられた」ということをこの誕生の情況の中で発見します
クリスマスを迎えて、私たちは天の御座を捨て、私たちと同じように赤ちゃんとして世に生まれたイエス様を覚えましょう。私たち一人ひとりが救われて御言葉の導きを受け、継続して神様の守りを受ける人生になることをお祈りします。ピリピ2:7〜8。
マタイ2:1 イエスがヘロデ王の時代に、ユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき、見よ、東方の博士たちがエルサレムにやって来て、こう言った。
2:2 「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。私たちはその方の星が昇るのを見たので、礼拝するために来ました。」
2:3 それを聞いてヘロデ王は動揺した。エルサレム中の人々も王と同じであった。
2:13 彼らが帰って行くと、見よ、主の使いが夢でヨセフに現れて言った。「立って幼子とその母を連れてエジプトへ逃げなさい。そして、私が知らせるまで、そこにいなさい。ヘロデがこの幼子を捜し出して殺そうとしています。」
2:14 そこでヨセフは立って、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトに逃れ、
2:15 ヘロデが死ぬまでそこにいた。これは、主が預言者を通して、「わたしはエジプトからわたしの子を呼び出した」と語られたことが成就するためであった。
ピリピ2:7 ご自分を空しくして、しもべの姿をとり、人間と同じようになられました。人としての姿をもって現れ、
2:8 自分を低くして、死にまで、実に十字架の死にまでも従われました。
ホセア11:1 イスラエルが幼いころ、わたしは彼を愛し、エジプトからわたしの子を呼び出した。
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