2025年1月5日「生きておられる神」詩篇58:1〜11
序−今年は蛇年ですが、蛇には耳がないということをご存知でしょうか。皮膚からの振動を内耳が音として感じています。今日の箇所には蛇が例えに用いられています。その蛇のイメージを通して、難しい人や悪しき人のことで悩み、葛藤する私たちに必要なことを教えてくれています。
T−不正と不義が横行する世で生きる苦しみや嘆き−1〜5
この詩篇の作者は、世の中で正義を示し、公正を行うべき立場にいる者が、かえって不正を働き、暴虐を行っている実情を嘆いています。1〜2節。「力ある者」とは、高い地位にいて、民を支配している人たちのことです。民を支配し、民を治めるべき人々は、正しいことを言い、公正を行わなければなりません。そうするために権限が付与されています。それなのに、かえって不正を行い、間違ったことをしているというのです。それが、この詩人の悩み、苦しみでした。
前書きにダビデの名前を揚げていますが、同時代の人々の思いを表したものです。ダビデも、王になる前にそのような経験をし、悩まされ、嘆いたことが多かったからです。これは、現代社会も変わりないことでしょう。しばしば政治や行政に携わる人々が偽りを言い、不正を働いていることが取りざたされ、問題となっています。人々は、為政者への反発や文句を言うだけでなく、個人的にも、職場や社会において偽りや不正、横暴に悩まされ、苦しめられることがあります。
ですから、この詩人の悩みや嘆きは他人事ではありません。私たちも時には、苦しめられ、悩み、痛み、嘆くことがあるでしょう。社会的地位にある人々への不満でしょうか。職場や学校、地域や親戚関係における痛みや悩みで嘆くことでしょうか。
確かに聖書には「上に立つ権威に従うべき」と教えています。ローマ13:1。それは、究極的には権威というものが神によって立てられているからです。その意味では、権威者たる者は、神様に対して責任を負わなければならないし、神様から責任を問われることになります。
このような不正を働き、暴虐を行う支配者たちについて、いつからそうなのか教えています。3節。偽りを言う悪者たちは、生まれる時からそうだと言っています。人は、原罪というか、生まれた時から罪を行う傾向にあるというのです。救われて変えられるのでなければ、人は、生まれた時から愚かな考えをし、罪を犯すてしまうその傾向は、そのままであれば大きくなるのです。権力とお金を得るためには手段を選ばない現代人も、その姿を見せています。只の人であっても、権力や力ある立場にないからしていないだけで、権力に就くならば、不正を行い、偽りを言う可能性だってあります。生きておられる神様を覚えなければなりません。
ここでには、神に背を向けて悪事を行う者の姿を毒蛇になぞらえています。4〜5節。その罪の毒は、蛇の毒のように強くて危険です。「耳の聞こえないコブラのように、耳を閉ざし、蛇使いの声も聞こうとしない」と耳の聞こえない、聞かないことを三度も強調しています。悪しき者たちの特徴がまさにこれです。自己中心で他人の言うことを聞こうとしません。まして、神の御声も聞きません。その結果、悔い改めることなく、変わりません。
生物学的に言えば、蛇は耳がないために聞こえません。ただ体への振動を内耳器官で感知することができます。蛇使いの笛の音も聞こえません。笛の動きに反応しているだけです。蛇使いは非常に古い時代から行われて、魔術師もしていました。この地域では、毒蛇は最も恐ろしい存在でした。コブラは素早い、怒り易いものであり、悪しき者の偽り、中傷、侮辱、悪口雑言は毒のように人の心を傷付け、殺します。毒蛇のような存在である悪しき者たち、どれだけ危険なことでしょうか。
U−悪しき者の裁きを神に委ねて祈る−6〜9
ですから、戦ってはいません。神様が彼らを裁いてくださるようにお願いしています。6〜9節。七つの裁きのお願いが記されています。まず、「蛇の歯をその口の中で折ってください」と言います。6節。これは、蛇使いがすでに毒蛇の歯を折っていたことによります。危険な毒蛇を魔法で操っているいるかのように見せ掛けた偽り、同じように悪しき者も公正を行っているかのように民を惑わしていたので、その権力をなくしてと言っています。二つ目も、最強の「若獅子の牙を打ち砕く」ように、権力を無力化してくださいとお願いしています。
三つ目、7節の「流れて行く水のように消え去るように」とは、渇いたワジに急に雨が激しく振ると、瞬く間に流れができますが、しばらくすると消えてしまうように、すぐに無力化してほしいということです。四つ目の弓矢も強力な武器ですが、折れた矢のように無力化してということす。五つ目、暑い日差しに「溶けて消えるかたつむりのように」悪しき者の力を消してということです。8節。六つ目「死産の子のように」とは権力者が「日の目を見ないように」ということです。七つ目、9節「釜が茨の火を感じる前に吹き払われる」権力が発揮される前に、力を失わせてとお願いしています。
人々が毒蛇のような悪しき者の害から、どう自分を守れるでしょうか。ダビデも、悪をなす者から大きな害を受けていましたが、自分で仕返しをするのではなく、何よりも神様に委ねました。Tサムエル26:10〜11。呪いのような祈りをした詩人をよくないと言う声がありますか。大事なことは、詩人が悪をなす者と直接対抗して戦うことをしないで、離れて神様に祈って、委ねたことです。聖書は、自分で復讐しないで、神に委ねなさい。復讐は神のなさることだと教えています。ローマ12:19。
そんな何もしないで耐えろというのですか。いいえ、この詩人も、直接対抗したり、復讐したりしていませんが、我慢していたわけではありません。その苦しさ、痛み、嘆きを神様に訴えています。神様が裁いてくれるように願っています。毒蛇や若獅子と例えたように、その力と危険、無慈悲さをよく知って、だからこそ、彼らの力を取り除いてくださるように繰り返し祈っています。ワジの水やなめくじの例えのように、彼らを消して、その地位から退かせてくれるように繰り返し祈っています。実際、権力とは、時が来れば急速に失われ、奪われてしまうものです。
それは、悪しき者を神様は容赦しない、神様が裁かれるということを知っていたからです。それで、自分で戦おうとしないで、神に委ねました。ここで必要なことは、悪しき者によって痛み、苦しむ時、神様が悪しき者、不正を行う者を裁くまで待たなければならないということです。もし、自分が出て行って悪しき者と戦うなら、自分も悪しき者と同じになる危険があります。ダビデは、自分が苦しんでいる時、神が必ず勝利させてくださるという確信をもって、耐え抜くことができました。
耐えて逃げている間に、ダビデは力をつけていき、神の助けを失ったサウル王は力を失っていきます。ついに、サウルはペリシテによって滅ぼされます。ダビデは、逃げている間に協力する仲間が与えられ、ペリシテの力も知り、対抗できるようになりました。やがて、ダビデ自身が王とされ、立ち上がる時がやって来ます。
V−神が導いてくださる勝利−10〜11
最後に正しい者が悪しき者の滅亡を見て喜んでいるように見えます。10〜11節。これまでも、悪しき者の滅亡を懇願していたように見えました。しかし、表題は「滅ぼすな」です。いい気味だ、溜飲が下がったということではありません。神様の正義が現れたことで神の栄光を見ることができたからです。「その足を、悪しき者の血で洗う」とは、戦いで敵に勝つことを表しています。霊的な意味では、現実社会で正しい者は苦しむけれども、最後には悪しき者に勝利するという意味です。
「まことに裁く神が地におられる」という結論は、結局神様の栄光が現れるということです。「正しい人には報いがある」の「報い」とは、原語では、実(果物、結果)という意味です。悪しき者は一時期権力と悪知恵を駆使して繁栄しますが、最後には正しい者が繁栄します。悪しき者の終わりは、風に吹き飛ばされるもみがらのようです。詩篇1:4〜6。
大事なことは、神様が正しい人たちの祈りを聞いて悪人たちを裁かれること知った人々が、本当に神様が生きておられ、正しい人たちの嘆きと祈りを聞いてくださり、悪人たちを裁かれる方であることを知るようになることです。詩篇18:46〜47
私たちは、自分たちを悩まし、苦しめる者たちが力をふるい、うまく行っているように見える時、とても落胆し、心騒がせますが、私たちの信じる神様は、必ず私たちの嘆きや祈りを聞いて、裁いてくださいます。私たちを勝利に導き、神に拠り頼む者を喜ばせてくださいます。神は生きておられる方だからです。
この詩人のように、今日も多くの神の民、聖徒たちが、悪しき者が権力をもって偽りを言い、不正を行い、暴虐を行っているのを見て、にがにがしく思い、その害を受けて痛み、苦しんでいます。しかし、憎んだり、敵対したりするのではなく、主なる神様に対して嘆いて祈り、聞いてもらいます。なぜなら、私たちの神様は生きておられる方であり、悪しき者をそのままにしておかず、裁かれる方だからです。私たちは、この信仰をもって、力ある者が力をふるう世でも生きていくことができます。詩篇18:46。
詩篇 指揮者のために。「滅ぼすな」の調べで。ダビデによるミクタム
58:1 力ある者よ。おまえたちはほんとうに義を語り、人の子らを公正にさばくことができるのか。
58:2 実に、おまえたちは心で不正を働き、地上で手の暴虐をはびこらせている。
58:3 悪しき者どもは、母の胎を出たときから踏み迷い、偽りを言う者どもは生まれたときからさまよっている。
58:4 彼らには、蛇の毒のような毒がある。耳の聞こえないコブラのように、耳を閉ざし
58:5 蛇使いの声も聞こうとしない。巧みに呪文を唱える者の声も。
58:6 神よ。彼らの歯をその口の中で折ってください。主よ。若獅子の牙を打ち砕いてください。
58:7 彼らが、流れて行く水のように消え去り、神が矢を放たれるとき、干上がりますように。
58:8 彼らが、溶けて消え行くかたつむりのように、日の目を見ない死産の子のようになりますように。
58:9 おまえたちの釜が、茨の火を感じる前に、神は、それを緑のままでも、燃えていても、等しく吹き払われる。
58:10 正しい人は、復讐を見て喜び、その足を、悪しき者の血で洗う。
58:11 こうして人は言おう。「まことに、正しい者には報いがある。まことに、さばく神が地におられる。」
詩篇140:3 蛇のようにその舌を鋭くし、唇の下には、まむしの毒があります。
詩篇64:1 神よ。私の嘆くとき、その声を聞いてください。恐るべき敵から、私のいのちを守ってください。
詩篇62:8 民よ。どんなときにも、神に信頼せよ。あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。神は、われらの避け所である。
詩篇18:46主は生きておられる。ほむべきかな。わが岩。あがむべきかな。わが救いの神。
18:47 この神は私のために、復讐する方。神は諸国の民を私のもとに従わせてくださる。
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