2025年2月16日「はかりごとから守ってください」詩篇64:1〜10
序−最近、世間を騒がせていることに、偽りのニュース、ニュースによる印象操作という問題があります。個人のことでも、悪意の人々がある人を貶めようと企てて、偽りの噂を流すことがあります。それは、悪く言われた人に、心に痛みや悲しみを与えることになります。今日の詩篇は、陰謀によって言葉の攻撃を受けた詩篇の作者が、恐れや苦しみの中で神に祈っている詩です。
T−密かな罠、企んだ策略−3〜6
今日の話の中心は、言葉です。悪者は噂や嘘で正しい人を攻撃しています。3節。「苦い、マラ」とは、感情的な苦痛や悲しみを表す言葉です。心に痛みや悲しみを与える言葉が矢のように心に刺さって来るのです。辛い境遇のためにナオミは、自分をマラと呼んでくれと言っています。ルツ1:20。「その舌を剣のように研ぎ澄まし」とあるように、まさに陰口や悪い言葉は、聞く者に剣のように心を刺して来るのです。
人の舌を剣や矢に例えているのは、悪い言葉の威力を教えています。悪者は、悪い言葉を人の心を殺す道具として用います。詩篇140:2〜3。言葉で他人を傷つける者は、恐れを知らないようです。4節。私たちも、そういう陰口や悪い噂を聞いたなら、悪い言葉が心に刺さり痛むのではないでしょうか。悲しくなります。悪者は、他人を思いやる心がなく、怒りを吐き出し、他人の心を傷つけることを求めます。イエス様も、ののしりや悪口を受け、弟子たちにもそうされることを教えられました。マタイ5:11〜12。
詩篇で指摘されていることは、「隠れた所から射掛け」と言われているように、悪者は心の悪を隠しているということです。4節。外側は良い人のようにしていても、心は罪に支配され、その悪を隠しているのです。その心は、偽りに満ち、陰険で直らないと聖書は言います。エレミヤ17:9。ですから、イエス様の十字架による救いが必要なのです。イエス様の贖い、罪の身代わりだけが人の罪の本性を直してくれます。ローマ3:24,エペソ1:7。
表題にダビデの名前がありますから、こういうことをダビデも経験しています。アブサロムの謀反のために行われていた陰謀です。Uサムエル15:2〜6。アブサロムは、突然軍事行動を起こしたわけではありません。謀反のための準備をしていました。ダビデ王について悪く言いふらして民を騙し、ダビデに対する不満を抱かせました。謀反に組した家来が大勢いたということは、ダビデが知らないところでダビデの中傷や悪口がひそかに流され、家来たちがダビデに反逆するように騙し、そそのかしたのです。
この詩篇のことのようなことは誰でも経験することです。私たちも、陰口や悪い噂を流されることがでしょう。職場や学校、地域社会などの中でそんな目に遭うことがあるでしょう。それで、詩篇では、陰謀を企み、悪い噂を流す者たちの特徴的な姿を教えています。5〜6節。悪い企みを「示し合わせてひそかに」行うことでした。
ダビデに対する謀反もそうでした。謀反が分かるようになった時は、急いで逃げるしかありませんでした。Uサムエル15:13〜14。謀反を企む者たちは、ダビデの王権と支配を弱体化させるために綿密に準備しました。そして、よく分からない人々、識別力のない人々を騙し、惑わして謀反に引き込んだのです。Uサムエル15:10〜12。謀反は急に行われたことではありません。罠をしかけて人々が騙されるようにしました。ダビデ王が愚かで思いやりのない人であるように思い込ませました。そのように悪い噂や嘘で民や家来たちが騙され、ダビデ王に反逆すると、「たくらんだ策略がうまくいった」とほくそ笑むのでした。6節。
偽りのニュースやニュースによる印象操作は、間違ったことが流されたり、偽りではないものの事実と違うように受け止めるようにさせたりします。ニュースも気をつけて聞かなければなりません。噂話ならなおそうです。よく考えながら聞かないで鵜呑みすると、謀反に組した人々のようになります。罠に落ちてしまいます。ですから、自分に対する噂や批判を聞いた反応も気をつけなければなりません。詩篇の作者はどうしていますか。
U−私の嘆きを聞いてください−1〜2
詩篇の作者は、神に助けを求め、祈っています。1〜2節。どれほど苦しく、緊迫していることでしょうか。「聞いてください」という言葉の原語は、命令形です。神様に対して命令形を使うほど、強く求めているのです。ダビデのケースならば、ある日突然謀反を知ることになります。悪い噂や嘘に騙された大勢の家来や民が謀反に加担しました。ダビデは、それを知って心痛め悲しみ、恐れました。どんなに辛かったことでしょう。謀反の首謀者たちがダビデを悪く言うならまだしも、昨日まで自分に仕えていた家来や民が自分に対する悪い噂や嘘を鵜呑みしていたからです。私たちも、自分対する悪い噂や偽りを聞くなら、心が痛み、悲しくなるでしょう。
詩人は、「敵の脅かしから、守ってください」と懇願しています。敵から守られる最善の方法は敵を取り除くことですが、そのようには祈ってはいません。脅かしから守ってくださいと祈っているのは、自分の願いや自分の思いを中心にするのではなく、神様の御旨に委ねたということです。感情にかられて対抗して、悪者と同じようにならないためです。
そして、「私をかくまってください」とお願いしています。何からかくまってくださいと言っていますか。2節。「悪を行う者ども、不法を行う者ども」の「はかりごとや騒ぎから」です。悪者は、ある人について悪い噂を流し、嘘を言いふらして人々を騙し、騙され、真に受けた人々を動員して騒ぎ立てるのです。ダビデの場合は、謀反へつながりました。
陰謀は企てられたものですから、気をつけなければなりません。詩篇の記者は、神様に「悪を行う者ども、不法を行う者どもから、私をかくまってください」と懇願しました。神様を自分の保護者とする人は、落ち着いて悪を行う者ども、不法を行う者どもを見ることができます。神に拠り頼む者は力を受けます。私たちが神様を信頼するということは、神様を万軍の主、力ある方と信じることです。私たちが神様を偉大な力ある方と信じれば信じるほど、私たちの問題は小さくなります。私たちが心配や恐れから自由になる方法は、神様を偉大な力ある神と信じることです。
V−自らの舌につまずき−7〜10
神様を信頼して、切に祈った詩篇の記者は、神様から気付きと確信を与えられました。7〜10節。4節と7節を比べてみてください。「隠れた所から射掛け、不意に矢を射て」いた悪者に対して、「神が彼らに矢を射掛けられるので、彼らは不意に傷つく」ようになります。これってブーメランのようです。箴言12:12〜13。人々に悪い噂をし、嘘偽りを流して人を貶めた悪者が、神様によって同じようにされるということです。聖書の神を信じる人は、このことをしっかり覚えておきましょう。
神様の矢って何でしょう。悪者がするように、神様が悪い言葉で悪者を罵るということではありません。悪者の陰謀によって、彼らの企て通り神の民が一時苦しみ痛み、悲しみますが、不思議にもその痛みや苦しみが少なくなって、評価が回復されて来るのです。悪者たちの流した噂や嘘が間違っていたことが分かるようになります。悪事千里を走ると言われるように、悪い企て、陰謀はやがて人の知るところなります。ある人に関する悪い噂や中傷が、悪者による嘘だということがばれて、悪者が人々の噂となり、その悪い企てが人々から批判されるようになります。
最初は、人々が悪者の言うことを真に受けます。嘘偽りなのに、なぜでしょう。悪い噂を言い、嘘偽りを流す人々は、人々を説得し、騙すことが上手だからです。また、人々も噂話を好むからです。箴言18:8。ところが、そんな嘘偽りは長続きしません。その間に悪者の嘘や悪い行動が明らかになります。悪いことをしていないあの人をあんなに悪く言ってひどい人だと人々が言うようになります。そうして、悪者は、自分の嘘偽り、悪口が自分にかえってきて、自分の舌に躓くようになるのです。8節。
悪者は、「たくらんだ策略がうまくいった」と自分たちの陰謀の知恵を誇るのですが、神様が見ておられるということをわきまえていません。自分たちの流した噂や嘘がうまくいったと悪知恵を誇る中、「不意に」突然神様の裁きが臨むのです。因果応報、悪口は自分に返って来ます。このような悪者の悪口の結果を見て、人々は神様の裁きを知り、神様を恐れ、自分の言動に気をつけるようになります。こういう恐れやわきまえが大切です。
一方、悪者の陰謀に痛めつけられた正しい人はどうなりますか。10節。神様に信頼し、御言葉に従って来て良かったと喜び、守ってくださった神の恵みを誇るようになります。自分の信仰を確信するようになります。私たちも、自分を快く思っていない人によって、悪く言いふらされ、それを伝え聞いて、心が痛み、悲しむようなことがあるでしょう。そんな時には、この詩篇の作者のように、神様に切実に祈りましょう。その企てや脅かしから守ってくださいと祈りましょう。それによって揺さぶられることなく、しっかり神様を信頼し、委ねましょう。やがて神様の守りと導きを喜び、誇ることになります。9〜10節。
詩篇 64 指揮者のために。ダビデの賛歌
64:1 神よ、私の嘆くとき、私の声を聞いてください。敵の脅かしから、私のいのちを守ってください。
64:2 どうか、私をかくまってください。悪を行う者どものはかりごとから、不法を行う者どもの騒ぎから、
64:3 彼らは、その舌を剣のように研ぎ澄まし、苦いことばの矢を放っています。
64:4 全き人に向けて、隠れた所から射掛け、不意に矢を射て、何も恐れません。
64:5 彼らは悪事に凝っています。示し合わせて、ひそかにわなをかけ、「だれが見破ることができよう」と言っています。
64:6 彼らは不正をたくらみ、「たくらんだ策略がうまくいった」と言っています。人の内なる思いと心とは、底が知れません。
64:7 しかし神が彼らに矢を射掛けられるので、彼らは不意に傷つきます。
64:8 彼らは自らの舌につまずきました。彼らを見る者はみな、頭を振って嘲ります。
64:9 こうして、すべての人は恐れ、神のみわざを告げ知らせ、そのなさったことを悟ります。
64:10 正しい者は主にあって喜び、主に身を避けます。心の直ぐな人はみな、誇ることができます。
マタイ5:11 わたしのために人々があなたがたをののしり、迫害し、ありもしないことで悪口を浴びせるとき、あなたがたは幸いです。
エレミヤ17:9 人の心は何よりも陰険で、それは直らない。だれが、それを知ることができよう。
ローマ3:24 ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。
エペソ1:7 この方にあって私たちは、その血による贖い、罪の赦しを受けています。これは神の豊かな恵みによることです。
詩篇140:2 彼らは心の中で悪をたくらみ、日ごとに戦いを仕掛けています。
140:3 蛇のように、その舌を鋭くし、そのくちびるの下には、まむしの毒があります。セラ
箴言12:13 悪人は唇で背いて罠にかかる。正しい者は苦しみから逃れ出る。
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