2025年5月4日「契約に目を留めてください」詩篇74:1〜23
序−高校の世界史で習うホッブスの「リヴァイアサン」という社会契約論があります。このリヴァイアサンという海の怪獣の名は聖書から取られています。ホッブスは、それを国家に譬えました。今日の詩篇には、このリヴァイアサンと契約という言葉が出て来ます。
T−詩人の苦しみ−1〜11
詩人は破壊された聖所と破壊する敵を見て、苦悩し、嘆いています。聖所は、神の民にとって神の臨在の象徴でした。その聖所が破壊されたのです。この詩篇の背景は、バビロンのネブガデネザル王の軍勢によってエルサレムは陥落し、神殿は破壊されたことのようです。U列王25:8〜9。神に仕える詩人にとって、起きた苦難が大きすぎて、神に捨てられたと感じられました。1,19節。神の怒りが望んだと考えようとしたのです。現実は余りにも過酷であり、悲惨な状況だったからです。
詩人は神様に惨状を訴えています。4〜9節。神の民にとって、神殿が破壊されるというのは、考えられないことです。苦しみ、悩みました。詩人は、あたかも破壊された現場に神様をお連れして、一つ一つ敵の蛮行を説明しているようです。「敵は、あらゆる害を加え、ほえたけり、ことごとく打ち砕き、汚し、みな焼き払いました」と言うのです。破壊されて行く情景が目に浮かぶかのようです。苦悩する詩人は、そうして神様に訴えざるを得なかったのです。
冒頭に「アサフのマスキール」とありますが、マスキールとは、教訓という意味です。今日の敬虔な聖徒たちにしてみれば、会堂がなくなってしまう、教会に通うことができなってしまう、色々な妨害が起こって来るというようなことを想定してみれば、少しは詩人の悲しみ苦しみが想像できるでしょう。私たちにとっても、次々と問題が起こる、あるべきものがなくなってしまう、ひどいことが続く、そんな経験をすることがあるでしょう。時には不合理なことも起こり、そのすべてを理解できないことがあるでしょう。そんな時があっても、悲しみ苦しむ私たちも、「神様、こんなことが起こっているのです。こんな目にあっているのです。私は見捨てられたのでしょうか」と訴えるです。
さらに、神の民には、苦しみや悲惨の材料がもう一つありました。9節。もう神の民のしるしはないというのは、神殿が破壊されただけではありません。もう預言者もいないというのです。敵によっていち早く捕らえられ、殺されたのでしょう。信仰的指導者を除くことの影響の大きさを敵は知っていたからです。預言者がいないということは御言葉が語られない、御言葉がなくなったということです。過去「主のことばはまれにしかなく、幻も示されなかった」という時代がありました。Tサムエル3:1。御言葉がなければ、神の民は知識がなく、滅びてしまいます。ホセア4:6。神様の啓示がない、霊的な判断ができない、信仰的な受け止めが分からないということになります。神殿がないより大きな痛手だったのです。いつまでそうなのか誰も分からないということに、苦しみ悲しみの大きさが表れています。
牧師がいない、説教が聞かされないとしたら、この詩人の悲しみや苦しみを幾分かは想像できるでしょう。今日のクリスチャンにとって、御言葉を読まなくなる、御言葉を聞かなくなるということは、起こりえます。そうすると、霊的な判断ができない、信仰的な受け止めが分からないということが起こるでしょう。混乱や間違いも生じて来ます。「主のことばを聞くことの飢饉」となります。アモス8:11。
破壊された聖所と破壊する敵を見て、苦悩し、嘆いていた詩人は、その惨状を神様に訴えました。訴えるうちに自分たちの問題も見えて来ました。神の民が御言葉をないがしろにし、神殿のある恵みを忘れてしまったようです。残念なことは、人は恵みを失って初めて恵みの大切さが分かるということです。
U−いつまでなのですか。聞いてください−1〜2,19〜23
惨状を訴えたにもかかわらず、神様は、沈黙しておられるように感じました。10〜11節。いつまで、敵をそのままにさせておくのですか。いつまで、御手を引いておられるのですかと疑問を次々とぶつけています。詩篇の最初から、「いつまでも拒み、御怒りを燃やされるのですか」とぶつけています。1節。「いつまで〜ですか」という訴えは、単なる疑問ではなくて、敵を退け、神殿を再建し、神の民の復興を願う祈りと言えるでしょう。恵みの大切さを忘れていたことが分かったならば、再び回復させてくださることを願うのです。恵みが回復さえしたならば、どんなに強い敵も退くしかありません。「御手を引いて、出して」という表現に、神様への信頼が現れています。11節。
詩人には、いくつもの苦しみ、悲しみ、心配がありました。神殿が破壊されたこと、敵の攻撃が続いていること、神の民が御言葉を聞いていなかったこと、神様が沈黙しているように思えることです。どんなに辛く、苦しいでしょうか。私たちにすれば、大切なものを失った、人の嘲りや悪口にさらされている、御言葉から離れているというような状況でしょうか。どんなに苦しく、悲しく、辛いことでしょうか。
詩人は、どうしていますか。自暴自棄になっていますか。諦めて、投げ出していますか。いいえ、祈っています。嘆願しています。訴えています。質問しています。この詩篇は、祈りで始まり、祈りで終わっています。1〜2,19〜23節。悲しみ、苦しみ、疑問を抱えながら、神様に祈ります。それが、祈り者を神様の御前に導きます。何があっても、神様から離れません。神様に向いて、祈ります。そうすれば、神様は、私たちの苦しみや悲しみ、痛みを聞いてくださいます。
信仰とは素晴らしいものです。神様に心が向いてさえいれば、絶望の中から信仰が湧き上がって来ます。
V−祈って思い出したこと−12〜23
祈って行くうちに、詩人の心が変化して来ました。確信が与えられてきました。神様に対する信仰を告白しています。12〜17節。神様は、昔から私の王だったと言っています。12節。王とは絶対的な権力を持つ者の象徴です。そして、神様がすべてを治められるお方として行われたことを振り返ります。13〜15節。全能なるお方である神は、神の民をエジプトから救い出してくださいました。出3:17,18:9。竜もレビヤタンもエジプトのことです。巨大な海の怪獣のようなエジプトでも、神様に逆らうことはできませんでした。レビヤタンの英語がリヴァイアサンで、現代ヘブル語でレビヤタンは、くじらだそうです。
想像上の海獣レビヤタンを用いることで、神様の偉大な救出と神様のすべての敵を踏みにじる様子を描いています。こうして、神様がかつてご自分の民を救い、自然の力を支配されたことを思い起こし、神様が自分たちも同じようにしてくださることを信じたのです。
そして、神様は、宇宙や自然をも治めておられることを告白しています。16〜17節。歴史の主管者でもあります。神様は、その全能の力で死を征服され、イエス様をその死からよみがえらせました。全能の神は、どんな計画も成し遂げられ、世のどんな権威が脅かしても、私たちは恐れる必要はありません。ヨハネ16:33。世のどんな力も、神様に対抗することはできません。これは、聖徒たちにとって、大きな慰めとなります。
神は、このようにして昔も今もすべてのものを統べ治めておられます。神様も働いておられました。12節。神様は、拒んでおられない、黙っておられない、働いておられる。これが、詩人の持っていた信仰でした。このような信仰は、信仰を持つ者にどんな逆境の中でも救われる願いを持たせてくれます。詩人は、このように信仰を告白して、神の救いを願い求めました。
イエス様に救われたということは、どういうことでしょう。ローマ8:32。イエス様の十字架を信じて救われた私たちは、神様の恵みの保証の中にあります。主権者である神様は、今も働いておられます。すべてのことを治めておられます。
もう一つ詩人が思い出したことがあります。20節。神様が神の民となされた契約を思い出しました。「どうか、契約に目を留めてください」とは、神様が神の民とされた約束をなしてくださるように祈っていることです。この契約は重要です。たとえ神の民が神様との契約を破ったとしても、無視したとしても、神様は、ご自分が約束されたことをくつがえすことはされません。エレミヤ31:31〜33。こうして、詩人は、この恵みの契約によって、助けと導きを祈ることができました。
今やイエス様が私たちの身代わりに十字架にかられたゆえに、私たちは救われています。これが、聖餐式で確認するように、「イエス様の血による新しい契約」です。Tコリント11:25。イエス様を信じた私たちは、この契約に預かっています。「私たちが真実でなくても、キリストは常に真実である。ご自身を否むことができないからである」と言われるように、私たちがどうであろうと、イエス様の十字架によって結ばれた救いの契約は変わりません。なんという恵みでしょうか。私たちは、どんな状況にあろうとも、この恵みのゆえに神様に寄り頼んで行くのです。ローマ8:32。
詩篇< 74 > アサフのマスキール
74:1 神よ、なぜ、いつまでも拒み、御怒りをあなたの牧場の羊に燃やされるのですか。
74:2 どうか思い起こしてください。昔あなたが買い取られ、ゆずりの民として贖われた、あなたの会衆を。あなたが住まいであるシオンの山を。
74:3 あなたの足を永遠の廃墟に踏み入れてください。敵は聖所であらゆる害を加えています。
74:4 あなたに敵対する者どもは、あなたの聖なる所でほえたけり、自分たちのしるしを、そこに掲げています。
74:5 あなたも、木の茂みの中で、斧を高く振り上げる者のようです。
74:6 今や彼らは、手斧と槌で、聖所の彫り物をことごとく打ち砕き、
74:7 あなたの聖所に火を放ち、あなたの御名の住まいを、その地まで汚しました。
74:8 彼らは心の中で、「彼らを、ことごとく征服しよう」と言い、国中の神の聖所をみな、焼き払いました。
74:9 もう私たちのしるしは見られません。もはや預言者もいません。いつまでそうなのかを知っている者も、私たちの間にはいません。
74:10 神よ。いつまで、はむかう者はそしるのですか。敵は、永久に御名を侮るのでしょうか。
74:11 なぜ、あなたは御手を、右の御手を、引いておられるのですか。その手を懐から出して、彼らを滅ぼし尽くしてください。
74:12 神は、昔から私の王、この地において、救いのみわざを行われる方。
74:13 あなたは、御力をもって海を打ち破り、その水の上の、竜の頭を砕かれました。
74:14 あなたは、レビヤタンの頭を踏みにじり、砂漠に住む者のえじきとされました。
74:15 あなたは、泉と谷を切り開き、流れの絶えない川を涸らされました。
74:16 昼はあなたのもの、夜もまたあなたのもの。あなたは月と太陽を備えられました。
74:17 あなたは、地のすべての境を定め、夏と冬とを造られました。
74:18 主よ、どうか、心に留めてください。敵がそしり、愚かな民が御名を侮っていることを。
74:19 あなたの山鳩のいのちを、獣に引き渡さないでください。あなたの悩む者たちのいのちを、永久に忘れないでください。
74:20 どうか、契約に目を留めてください。地の暗い所は、暴虐の巣ですから。
74:21 虐げられる者が、辱めを受けて帰されることがなく、苦しむ者、貧しい者が、御名をほめたたえますように。
74:22 神よ。立ち上がり、ご自分の言い分を立ててください。愚か者が休みなくあなたをそしっていることを心に留めてください。
74:23 忘れにならないでください。あなたに敵対する者の声を、あなたに向かい立つ者どもが、絶えずあげる叫びを、
ローマ8:32 私たちすべてのために、ご自分の御子さえも惜しむことなく死に渡された方が、どうして、御子とともにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょうか。
Uテモテ2:13 私たちが真実でなくても、キリストは常に真実である。ご自身を否むことができないからである。」
| 戻る |