2025年5月11日「ある者を低くし、ある者を高くする」詩篇75:1〜10

序−今日は母の日です。母の日はお母さんに日頃の感謝を伝える日です。今日の詩篇でも、詩人の感謝で始まっています。どうして感謝しているのでしょうか。どんなことについて感謝しているのでしょうか。中々感謝する発想のないことかもしれません。分かれば、感謝できます。

T−主の御名が近くにあるから感謝−1〜3
 75編の冒頭で、詩人は「私たちはあなたに感謝します。神よ、私たちは感謝します」と繰り返し、感謝が強調されています。1節前半。イエス様を信じて救われた私たちは、人生を通して感謝しなければならない存在です。感謝は、クリスチャンの特権と言っていいでしょう。詩人には、感謝する理由がありました。しかし、一般的な感謝とは違うことで感謝しています。
 まず、理由の一つは、「主の御名が近くにあるから」と言っています。1節後半。確かに、このようなことで神様に感謝したことはないでしょう。いったい、神様の御名が近くにあるとは、どういうことなのでしょうか。「あなたの、神様の奇しいみわざ」と言っていますから、神様の力ある働きを通して民に神様のことを知られたのなら、神様の御名が近くにあるとうことになります。神様が民のために働かれる時、神様が近くにおられることを感じます。神の民は、礼拝し、御言葉に聞き従い、祈る時、神様が近くにおられることを悟るでしょう。申命記4:7。
 神様は、絶対的な主権を持っておられるので、神の裁きは定められた時に行われます。2節。「定めの時を決め」とは、裁きの時を示しています。しかも、神様は「公正にさばく」と言っています。どうやら詩人には、感謝する前に葛藤や悩みがあったようです。後に登場するような誇る者、悪者、横柄な者が社会で認められ、高い地位に就いている。それなのに、自分は評価されていない、働きも認められていない、低く見られていると思い、心が傷付き、悩んでいたようです。そのままにしている神様が遠く離れているように感じたのでしょう。
 ところが、そうではないと分かったので、感謝するようになったようです。神様は自分たちの近くにおられ、つまり、時至って裁きを行われるということを知ったからです。「地とそこに住むすべての者」とは、神様の御前に罪を犯し、敵対する者たちのことです。一方、「地の柱」とは、神の民のことです。時至ったならば、神様に敵対し罪を犯す者は裁かれ、神様に拠り頼に従う者は守られるというのです。世で認められ出世して奢り高ぶる者は、実は揺らぐ者だというのです。評価されず低く見られている神の民は、実は神様によって堅く立てられている者だというのです。
 2〜3節で、神様がなさることについて、「わたしが決め、わたし自らさばく、わたしが立てる」と繰り返し表現されているのは、神様の絶対的主権が強調されています。これまで誇る者や悪者が活躍し、評価されるのを見るのは、不公平だ、不条理だ思って悩んでいたわけです。神様はそのままにされていると思っていたが、そうではない「公平にさばく」お方だと分かったのです。
 心が傷付き、悩んでいた詩人は、これが分かって、感謝したのです。私たちは、イエス様の十字架を信じて救われた者です。私たちも地の柱とされた者です。神様によって世に堅く立てられた柱なのです。どれほど感謝なことでしょうか。

U−神様の偉大さに感謝−4〜8
 次に感謝したことは、神様が奢り高ぶる者を戒めておられることが分かったからです。4〜5節。詩人の心を騒がし、惑わしていた者の姿がここに表されています。高い地位や富、権力を持っていることを誇り、横柄な態度で語っていた者たちです。彼らの特徴は、奢り高ぶり、傲慢です。横柄な態度、つまり慎みがなく、威張っているという姿です。主が憎み、忌み嫌うリストにも、「高ぶる目」と記されています。箴言6:16。愚か者は、怒りやすく、自信が強いと言われています。箴言14:16。悪しき者の特徴は、高慢であり、「神はいない」と言います。詩篇10:4。
 「角を高く上げるな」と繰り返し戒められていますが、何のことでしょう。4〜5節。牡鹿が自分の力を誇示する時、角を高く上げるように、自分を誇っている様子を表しています。ですから、そのような人は、人々から認められ、高く評価されていたというよりも、自分が高く評価されるように見せていたというのです。富や権力を見せつけ、横柄な態度で語ることによって、自分を高く評価されたかったのです。そうして、周りの人々、社会から認められようとしていたのです。そして、奢り高ぶる者は、悪いことや愚かなことを多くするようになり、謙遜な者や正しく歩もうとする者を傷付け、悩ますようになります。箴言6:17〜19。
 しかし、神の民や私たちは、このような愚か者の姿を他人事と見てばかりはいられません。「誇るな、角を高く上げるな、横柄な態度で語るな」と言うのですが、これを聞いているのは、神の民です。読む者は聖徒たちです。この詩人も、神殿に仕えていることで、誇りを持っていたでしょう。人にはちょっとした誇りがあります。それがいつしか、高慢、奢り高ぶりになっていきます。このようなことは、知らず知らずのうちに、私たちの中にも入って来るからです。
 「誇るな、角を高く上げるな、横柄な態度で語るな」とは、自分自身にも語られていると受け止めなければなりません。なぜなら、人は誰でも、認められたい、高く評価されると望んでいるからです。だから、注意しなければなりません。気をつけていないと、奢り高ぶる者と同じようになってしまうからです。彼らと同じ間違いに陥ってはなりません。
 彼らの大きな間違い、思い違いが指摘されています。6〜7節。自分を高く評価してくれるのは、誰か人にかかっているのではなくて、神にかかっているということです。そうなのだと気付かされます。愚かな者や悪しき者は、高く評価されようとやっきになります。イエス様も、律法学者やパリサイ人のそのような姿を指摘しておられます。マタイ23:5〜7。そして、彼らの真似をしてはならないと注意しておられます。マタイ23:3。
 人は自分を誇るのが好きですが、奢り高ぶっても高く評価されるわけではありません。「高く上げること」は、世のどこからでもなく、誰からでもなく、神様が「高く上げる」と強調されています。6〜7節。人を評価し判断されるのは裁き主なる神様だと宣言しています。イエス様を信じて救われた私たちは、神様に愛され、高価で尊い者とみなされることを感謝します。ヨハネ3:16,イザヤ43:4。高く評価されようとやっきになる必要はありません。救いの恵みに応えていくことで、身に付いてくるものがあります。
 8節には、愚かな者の苦難を受ける姿が描写されています。この杯は、神様からの裁きを意味しています。詩篇11:6。「混ぜ合わされた泡立つぶどう酒」とは、苦難や混乱を表しているようです。イエス様は、私たちの救いのために、神様の御心に従って、十字架という杯を飲んでくださったことを感謝します。マタイ26:42。
 
V−正しい者を高めてくださる神様に感謝−7,9〜10
  そして最後に、神様が自分を「高く上げて」くださると知って、感謝しています。7節に「裁き主なる神様が、ある者を低くし、ある者を高く上げられる」とありました。つまり、神様が奢り高ぶる者を低くし、正しい者、神様に聞き従う者を「高く上げて」くださると約束しておられます。10節でも、「悪者どもの角をことごとく切り捨て、正しい者の角は高く上げられます」と繰り返されています。何と感謝なことでしょうか。
 詩人の心にひっかかり、悩んでいたことは、悪しき者たちが高くされて、自分が低くされたと見えたことでした。奢り高ぶる者が世で評価され、自分は認められないという思いに心が痛み、沈みました。一時期、そう見えただけであって、絶対的主権を持っておられる神様は、奢り高ぶる者を低くし、神様に聞き従う者を高くされます。詩篇3:3。その約束を思い出し、どれほど心が癒され、落ち着き、感謝したことでしょうか。
 「ヤコブの神にほめ歌を歌います」と言っているのには、意味があります。ヤコブとはアブラハム、イサク、ヤコブと続く族長の系譜であり、後の12部族のもとなるヤコブのことです。彼は兄弟との確執のために何も持たずに家を出て、伯父の所で使用人のように長年働いた後で、ようやく多くの家族と家畜を得て故郷に戻って来る人です。ですから、「ヤコブの神にほめ歌を歌います」と言っているのは、神様が苦しみと悩みの多かったヤコブの人生を守り導いてくださったように、神の民である私たちの人生にあっても、神様が守り導いてくださるということを知って感謝して、賛美するということなのです。
 高く上げられる恵みを受けた者はどうなりますか。9節。「とこしえまでもみわざを告げる」ようになります。誤った価値観と欲望が人々の心を苦しめている現代社会にあって、人々は他人に認められることや人々の評価を求め、振り回されて痛み、苦しんでいます。ですから、神様が高くしてくださる恵みを知った私たちは、それを伝えなければなりません。
 人が低くされ高くされるのは、神の御手にあります。世の不条理と不平を言う人々の間で 謙遜に生きて主が高くしてくださる偉大さに感謝する人となることを願います。マタイ23:12


詩篇< 75 > 指揮者のために。「滅ぼすな」の調べで。アサフの賛歌。歌
75:1 私たちはあなたに感謝します。神よ、私たちは感謝します。あなたの御名は、近くにあり、あなたの奇しいみわざが、語り告げられています。
75:2 「わたしが、定めの時を決め、わたし自ら、公正にさばく。
75:3 地とそこに住むすべての者が揺らぐとき、わたしが、地の柱を堅く立てる。 セラ
75:4 わたしは、誇る者には『誇るな』と言い、悪者どもには『角を高く上げるな。
75:5 おまえたちの角を高く上げるな。横柄な態度で語るな』と言う。」
75:6 高く上げることは、東からでもなく、西からでもなく、荒野からでもない。
75:7 まことに、神こそさばき主。ある者を低くし、ある者を高く上げられる。
75:8 主の御手には杯があり、混ぜ合わされた泡立つぶどう酒が満ちている。主がこれを注ぎ出されると、実に、すべての地の悪者どもは、それを飲み、かすまで飲み干す。
75:9 しかし私は、とこしえまでもみわざを告げます。ヤコブの神にほめ歌を歌います。
75:10 私は悪者どもの角を、ことごとく切り捨てます。正しい者の角は、高く上げられます。


申命記4:7 まことに、私たちの神、主は私たちが呼び求めるとき、いつも近くにおられる。このような神を持つ偉大な国民が、どこにあるだろうか。

箴言14:16 知恵のある者は慎重で4、悪を避けるが、愚かな者は怒りやすく、自信が強い。

詩篇3:3 しかし、主よ、あなたこそ私の回りを囲む盾、私の栄光、私の頭を上げる方。

マタイ23:12 だれでも、自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされます。

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