2025年5月25日「建ててくださった主に感謝」エペソ4:11〜16
序−今日は、あきる台BCの設立記念日です。30年になります。ここまでの歩みを神様が助けてくださったと感謝します。今日の箇所が教会設立の基盤になっています。この箇所を学ぶことで、教会が建て上げられて来たを思い起こし、ここまで導かれたことを感謝したいと思います。
T−聖徒たちを整えて−11〜12
まず、11〜12節をみると、牧師の働きが何であるかが教えられています。牧師になってから数年して、悩み中で御言葉を学んでいた時、この御言葉に出会いました。衝撃的でした。この御言葉に出会った時、私は何をやっていたのだ、牧師としての働きをして来なかったと愕然としたのです。一応、説教して、伝道して、洗礼を授け、行事を行っていました。でも、信仰の実りがないのです。問題が起こると信仰生活が揺れ動くのです。肉の思いで行動するのです。混乱したり、落ち込んだりするのです。私は、悩み、苦しんでいました。
主が牧師を立てられたのは、「聖徒たちを整えて奉仕の働きをさせ、キリストのからだを建て上げるため」と言っています。聖徒たちが御言葉で養われて、御言葉で整えられるように助けることが牧師の働きなのだと分かったのです。Tテモテ4:6,Tペテロ2:2。それは、御言葉を生活に適用して生きること、御言葉によって聖徒たちが霊的に造り変えられて、成長して行くことでした。それを自分はしてこなかったと大いに責められたのです。
あきる台BCの設立に集まった方々も、それまで困難が多く、痛み持って来られ、新しいビジョンで歩みたいとの思いがあり、私も牧師として教会の始まりに参加しました。あきる台BCは、長老教会ですから、長老教会の信仰をしっかり学び、長老教会の制度によって教会を運営し、教会を立てて行くことはもちろんですが、御言葉の養育(弟子訓練)とセルグループと祭典的礼拝という三本柱をビジョンにかかげて始まりました。
聖徒たちを整えることの目標は、「奉仕の働きをさせ、キリストのからだを建て上げる」ことです。奉仕の働きとは、イエス様に仕えることです。そして、教会に仕え、人々に福音を伝え、人々に仕えます。御言葉に養育された聖徒たちは、御言葉によって生きて、御言葉によって働き、御言葉によって学び、信仰を証ししていくのです。そして、聖徒たちが整えられるのは、キリストの体、すなわち教会が建て上げられるためだとはっきり言われています。12節。教会が建て上げられるためには、聖徒たちが御言葉によって整えられることが必要だったのです。
イエス様に救われたということは、罪赦され、天国への命が与えられたので、新しく生まれた、新生と言います。御言葉によって造り変えられ、霊的に成長して行くことを聖化と言います。やがて、天国へ入れられることを栄化と言います。ところが、そうしたことは知らず、意識することなく信仰生活をするとどうなるのでしょう。救われたのに喜びがない、どうやって生きればいいか分からない、問題が起こると揺り動かされ、落ち込んでしまう、倦(う)み疲れ、信仰のほころびを感じるようになります。
この「整える」という原語が、他の箇所ではどんな意味に使われているかを調べてみたら、びっくりしました。イエス様の弟子になる者たちが網を繕っている箇所で、「繕っていた」という言葉なのです。マルコ1:19。「整える」という原語には、傷付き、壊れた所を改修し、回復するという意味が含まれています。つまり、神様は、御言葉を通して傷付いた心、壊れた家庭、失敗した生活を繕ってくださるというのです。
私たちの生活にどんな問題と苦しみと傷がありましたか。主の生ける御言葉によって繕われ、癒され、整えられたことを感謝します。教会に召し集められた聖徒たちが、御言葉によって癒され、整えられ、御言葉によって養育されて、世に出て行って生活できるようにされるのです。そのように聖徒たちを整える牧師の働きには、イエス様の心が必要です。牧師自身も、御言葉によって傷が繕われ、養育されて行くことが必要です。そのためにもお祈りくださり、助けてください。
U−子どもではなく、大人になって−13〜14
では、聖徒たちが御言葉によって整えられえて行くとどのようになりますか。聖徒たちが教会を建て上げるために、何が必要なのですか。13節。聖徒たち一人一人が、霊的に大人になることだと教えています。大人という原語は、成熟という意味です。信仰が成熟して行けば、互いに霊的成長に役立つことを分かち合うようになります。ローマ14:19。この信仰の成熟、霊的造り変えが聖徒たちの信仰の生涯を決定づけます。聖徒たちの仕事や学び、家庭生活を変えていきます。霊的に成熟した聖徒たちが、家庭を変え、地域を変え、職場を変え、社会を変えて行くのです。自分に期待し、互いに期待しましょう。
どれほど成熟するのでしょうか。どのくらいまで成長すればいいのでしょうか。13節を見ると、「キリストの満ち満ちた身たけにまで」と言っています。キリストの身丈というのは、イエス様に似た者になるということです。Tヨハネ3:2。イエス様に似た者となるということは、イエス様の十字架と復活による救いを信じることから始まるのですが、そこに表されたイエス様の犠牲と謙遜の姿に私たちも倣うということでしょう。また、イエス様に似た者になるには、イエス様を知っていなければなりません。知るというのは、知識の次元ではなく、生活の中でイエス様を体験しているということです。御言葉で生きるということです。
霊的に成熟すると、「信仰の一致と神の御子に関する知識の一致とに達」すると言っています。13節。簡単に言えば、聖書の御言葉は誤り無い神の言葉だと信じる聖書信仰とか、父・子・聖霊の三位一体の神を信じる神学、教会ごとに長老が立てられ、小会によって運営されるという長老教会の信仰と制度で一致することが必要です。使徒14:23。それによって、一人一人は個性豊かで違っていても、御言葉で一つとなるのです。
では、霊的成長をしなければどうなるのでしょうか。14節。「子どものようでなく」というのですが、子どもの特徴は、まだ弱い所が多く、病気になりやすく、自己中心性が強く、善悪の判断もつかず、親の保護が必要だというようなことです。霊的に幼い場合もそうなのでしょう。
霊的な子どもは、人の悪巧みや人を欺く悪賢い策略、教えの風に吹き回されたりすると言っています。どれほど世の悪い風潮や間違った価値観、罪の思いによって、私たちは流され、騙され、痛みを受けることでしょうか。聖書の価値観でないと、世の風潮に流され易いということです。たとえば、噂話です。罪は、肉の思い、否定的なこと裁くことが好きだからです。噂話には、人の悪巧みや欺きが入り込むし、言う者聞く者の心を歪めます。争いや憎しみも生じさせます。気を付けなければなりません。
聖徒たちは、どんなに年を取り、社会経験や世間的分別があったとしても、はじめは信仰的には幼子です。Tコリント3:1,3。なぜなら、イエス様に救われた時、新しい人として誕生するからです。そこから霊的成長をし始めるのです。イエス様の尊い犠牲でもって救われ、新しい命をいただいたのに、成長しない霊的子どものままでいいのでしょうか。いや、成長しないと、世の風潮、罪に流されて危ないですよと警告しているのです。
霊的に幼子である場合の特徴として、変化を嫌うということがあります。私はこのままでいいと信仰が固まってしまいます。変わらないというのは、停滞するのでなく、退行するのです。エペソ2:1〜3。ですから、御言葉によって成長し、成熟しなければなりません。
V−成長して、愛のうちに建てられる−15〜16
そうして、一人一人が霊的に成長して、大人になると、教会が霊的に成長し、健康な教会になります。15〜16節。教会は、キリストが建ててくださるものです。御言葉によって繕われ、整えられた聖徒たちが互いに組み合わされ、つなぎ合わされて働くことにより成長して、キリストによって愛のうちに健康な教会が建てられるというのです。聖徒と教会が御言葉を中心にしなければ、霊的に成長も成熟もできないということです。
聖徒たちの信仰の成長と教会の健康は、互いに関係があります。一人一人の信仰が成熟するならば、教会が健康になり、教会が健康になれば、聖徒たちが霊的に成長します。ここに、私たちの教会設立の理想、目指して来た教会の姿があります。こうして、30年守られ、ここまで神様が助けてくださったと感謝します。Tサムエル7:12。
これは、これからも目指して行く姿です。時代が進み、世代が変わり構成して行く聖徒たちは変わるでしょうが、この理想と目指すべき聖徒像、教会の姿は変わりません。これが、主の命令であり、御旨だからです。設立から30年、一人一人の御言葉による霊的造り変えと信仰の成熟が、主のあわれみの中で進んで来ました。それは、健康な教会として成長していく環境があるということです。ですから、私たちは、子どもでいるのではなく、これからも信仰の成熟、霊的成長を追い求め、キリストによって成長して、愛のうちに建てられることを目指します。エペソ4:16。
エペソ4:11 こうして、キリストご自身が、ある人たちを使徒、ある人たちを預言者、ある人たちを伝道者、ある人たちを牧師また教師としてお立てになりました。
4:12 それは、聖徒たちを整えて奉仕の働きをさせ、キリストのからだを建て上げるためです。
4:13 私たちがみな、神の御子に対する信仰と知識において一つとなり、一人の成熟した大人となって、キリストの満ち満ちた身丈にまで達するのです。
4:14 こうして、私たちがもはや子どもではなくて、人の悪巧みや人を欺く悪賢い策略から出た、どんな教えの風にも、吹き回されたり、もてあそばれたりすることがなく、
4:15 むしろ、愛をもって真理を語り、あらゆる点において、かしらなるキリストに向かって成長するのです。
4:16 キリストによって、からだ全体は、あらゆる節々を支えとして組み合わされ、つなぎ合わされ、それぞれの部分がその分に応じて働くことにより成長して、愛のうちに建てられることになるのです。
Tペテロ2:2 生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、霊の乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。
Tテモテ4:6 これらのことを兄弟たちに教えるなら、あなたは信仰のことばと、あなたが従って来た良い教えのことばとによって養われて、キリスト・イエスの立派な奉仕者になります。
マルコ1:19 また少し行き、ゼベダイの子ヤコブと、その兄弟ヨハネをご覧になった。彼らは舟の中で網を繕っていた。
ローマ14:19 ですから、私たちは、平和に役立つことと、お互いの霊的成長に役立つこととを追い求めましょう。
Tヨハネ3:2 愛する者たち。私たちは、今すでに神の子どもです。やがてどのようになるのか、まだ明らかにされていません。しかし、私たちは、キリストが現れたときに、キリストに似た者となることは知っています。キリストをありのままに見るからです。
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