2025年6月8日「神のあわれみによって」詩篇78:1〜72

序−最近謎解きが流行っているそうです。謎解きは脳を使うため、脳の活性化や認知機能の向上などの脳トレ効果があると言われています。また、謎解きに取り組むことで、自分自身を客観的に見ることができ、自己肯定感の向上にもつながるそうです。今日の詩篇は、「昔からの謎を語ろう」と言って、始まります。どんな謎なのでしょう。謎の答えは何でしょう。

T−民を救い出し、守り、導いてくださった神−
 詩篇78編は、神の民の歴史を扱ったものですが、その歴史の中に長い間謎となっていることがあると詩人は言うのです。1〜3節。イエス様は、この詩篇78:2を引用しておられます。マタイ13:35〜36。「私は口を開いて、たとえ話を、世界の基が据えられたときから、隠されていることを語ろう」と言って、毒麦のたとえの説明をされます。詩人は、何が謎なのか気付かせようと神の民の歴史を取り上げていきます。
 謎を知ってもらうために、まず神が先祖にどんなことをされたのかを語ります。民の先祖と結んでくださった契約のゆえに、エジプトで奴隷生活をしていた民を救い出して、荒野の生活を通して、約束の地に導いてくださいました。43〜53節。十の災いを通してエジプトを打ち、引き出されたことで、自分たちの神がまことの神であることを見せてくださいました。私たちにも、信仰生活の中で、神が私たちを助けるためにしてくださり、神がまことの神であることを知ったことがいっぱいあるでしょう。
 12節からは、エジプトを出る時の奇跡のみわざが記されています。12〜16節。「海を分けて彼らを通らせ、せきのように水を立てられた」ので、紅海を歩いて渡ることができました。神の民の中で特筆すべき大きな奇跡でした。エジプトを出た後の荒野での生活40年、昼には雲の柱、夜には火の柱で導き、荒野で飲み水がない時は、岩から水を出してくださいました。私たちの信仰生活の中には、奇跡的な助けや導き、癒しがありました。覚えて感謝したいものです。Tテサロニケ3:18。
 荒野で神の民は、食べるものがなく飢えた時、神は、民にマナとうずらをくださいました。23〜29節,出16:13。私たちもそれぞれ、今日まで食べることができて、日々生活ができたことをどう思っているでしょうか。当たり前のことですか。神によって生活が守られたことを忘れないで感謝して歩むことが、信仰生活です。詩篇103:2〜5。
 神は、民の荒野40年を守り導いてくださり、ついに約束の地に入れてくださいました。54〜55節。最後のところには、神が民のためにダビデを送り、聖所が与えられ、ダビデを通して民を守り、養い、導いてくださったことが教えられています。69〜72節。教会の歩みも30年守られ、こうして導かれて今日があることを感謝します。
 神は、ダビデを羊飼いとして送られて、民を牧させたというのは、やがて来られるイエス様を思わせています。救い主イエス様は羊飼い、牧者であり、救われ、養われ、導かれる聖徒たちは、その羊です。ヨハネ10:11,14。

U−救い出し、助けてくださった神に文句を言い、反逆した民−
 こうして、神がご自分の民に対して良いことをしてくださったことを確認して来ました。数々の奇跡もありました。長い期間を通して、守り、身引きいてくださいました。ところが、神の恵みに対する民の反応は、神を知らず、恵みを忘れたかのようです。10〜11節。神の民の先祖たちは、神の契約を守らず、神のおしえに従って歩むことを拒み、神の数々のみわざと多くの不思議を忘れてしまったのです。37節。私たちにもないでしょうか。以前の罪が聖められたことを忘れてしまい、御言葉に従って歩むことを拒んでしまうことはないでしょうか。Uペテロ1:9。
 不信の民は、神に逆らい、神の言われることを信頼しませんでした。水が与えられても、感謝せず、「食べる物がない」と神に文句を言いました。17〜19節。神が民のためにマナを降らせ、うずらを降らせたにもかかわらず、民は罪を犯し、神の言われたことを信じませんでした。32節。私たちは、どうでしょう。祈りが聞かれ、恵みが与えられても、新しい不満が生じ、文句を呟いてしまうことはないでしょうか。何かあると、御言葉の約束を信じて神を信頼することができなくなったりしないでしょうか。
 それから、民は、神を繰り返し「試み」、罪を犯しました。18,41,56節。「試みた」と言われているのは、何度も繰り返し荒野で神に逆らい、荒れ地で神を悲しませたからです。40節。神に言われたようにしなかったからです。55,57節。民の不満や文句に対して、神が水を出し、マナやうずらを降らせても、繰り返し逆らい、繰り返し神を試みました。神を試みる、つまりテストするということは、神様の力を疑い、否定する行為で、神の御怒りを引き起こすことになります。18節。私たちは、神を試みようとはしないですが、気付かないで神を試みてもかもしれません。
 さらに、約束の地で生活することができるようになったのに、神を試み、神に逆らって、神のさとしを守らず、弓矢のように御心から反れてしまいました。56〜57節。御心からはずれ、御言葉からそれると、罪に陥ります。民は神を捨て、神を離れて偶像に仕えるようになりました。58節。偶像を拝むことについては、神は特に強く怒りを引き起こされます。私たちは偶像崇拝をしようとは思いませんが、心の中に偶像を作り、神よりもそれに頼るなら、それが自分の偶像です。
 こうして神の民の反応を見て来ると、疑問に思うことがありませんか。一方的に民をご自分の民としてくださり、エジプトから奇跡をもって神の民を引き出してくださいました。それなのに水がない荒野で死なせるのか文句を言うと、水を与えました。それなのに食べ物がないと文句を言っても、マナもうずらも与えました。荒野で神を試み、逆らって罪を犯しても、一日も欠かさず民を守り、導いてくださいました。怒っても見捨てられることはありませんでした。
 不思議ではありませんか。なせ神はこんな民を見捨てなかったのですか。どうし罪を犯す民を滅ぼされなかったなのでしょう。なぜ神に逆らい、勝手にする民を守り、導かれたのですか。これが神の民の歴史における謎です。詩人は大きな謎だというのです。詩人は、この謎を考えてもらうために、神の民の歴史で繰り返し行われた民の姿を取り上げて来たのです。たしかに謎だと気付きましたか。謎だと気付くなら、それなら私たちもなぜ見捨てられていないのだろう。どうして守られ、導かれているのかと思わないでしょうか。私たちの歴史も謎ではないですか。

V−恵みを忘れ、逆らう民を愛され続けられた神−
  謎の答えはどうでしょう。この謎の答えは何ですかと問われたら、何と答えますか。なぜ神は民をエジプトの奴隷から救い出してくださったのですか。なぜ文句を言う民に水を与えられたのですか。なぜ、それなのにすぐに荒野で飢え死にさせるのかと文句を言う民にマナやうずらを与えたのですか。なせ裏切って逆らう不信の民を見捨てなかったのですか。なぜ神に背を向け偶像を拝んだ民を滅ぼさなかったのですか。詩人は、神のなさったことと民のしたことを交互に取り上げながら、そのことを繰り返し謎として問うていたのです。これを読む私たちに対しても、謎について考えさせ、答えを質問しているのです。
 詩人は誰かに答えを言うようにとは言ってはいません。答えはもうこの詩篇の中で出されています。38〜39節。そうです。謎の答えは「神のあわれみ」です。文句を言い、逆らう民を赦して、滅ぼされないで、怒りを抑えられたのは、ただ神の深いあわれみのゆえだったのです。助けられても、愛されても、文句を言う不信の民を顧みて、なおも愛し、助け、導いてくださったのは、神があわれみ深く、情け深く、怒るのに遅く、恵みとまことに富んでおられたからです。詩篇86:15。
 「あわれみ」という原語ラフムの派生語であるラハムという動詞の意味は、「思いやる、愛する」です。ご自分の民としてくださったゆえに、どのような民となっているとしても、愛して、思いやってくださるあわれみ深い神なのです。民がどれほど弱くて、肉にすぎない風のような存在であるか知っておられたので、あわれんでくださいました。39節。
 この民の神は、イエス様を信じて救われた私たちの神です。神は私たちがどれほど弱い存在であるか知っておられます。私たちが恵みを忘れて文句を言い、背を向けても、あわれみ、愛してくだいます。私たちが間違い罪を犯したとしても、赦し、立ち返りを待ってくださいます。
 テトス3:5〜6では、私たちが救われたのは、私たちが行った義のわざによってではなく、神のあわれみによることだと教えています。神のあわれみによって救われた私たちは、間違いを犯し、文句を言い、神に逆らい、神を試みたとしても、この神のあわれみの中で赦され、愛され、助けられています。神のあわれみの中に生かされています。
 でも、あわれみを忘れていていいのでしょうか。あわれみを受けているのに、繰り返し文句を言い、逆らい、神を試みていいのでしょうか。もう、私たちにとってこの民の姿は謎ではありません。神は、大きなあわれみのゆえに、イエス様を十字架に渡され、よみがえらせることによって私たちを救ってくださいました。Tペテロ1:3 。私たちが今あるのは、私たちの願いや努力によるのではなく、あわれんでくださる神によるのです。ローマ9:16。この神の愛とあわれみに応えて生きて行く者となることを願います。



詩篇< 78 > アサフのマスキール
78:1 私の民よ、私の教えを耳に入れ、私の口のことばに耳を傾けよ。
78:2 私は口を開いて、たとえ話を、昔からの謎を語ろう。
78:3 それは、私たちが聞いて、知っていること。私たちの先祖が語ってくれたこと。
78:4 それを私たちは、息子たちに隠さず、後の時代に語り告げよう。主の誉れを、主が行われた奇しいみわざを。
78:5 主はヤコブのうちにさとしを置き、みおしえをイスラエルのうちに定め、私たちの先祖たちに命じて、これをその子らに教えるようにされた。
78:6 後の世代の者、生まれてくる子らが、これを知り、彼らが興り、これをその子らにまた語り告げるため、
78:7 彼らが神に信頼し、神のみわざを忘れず、その仰せを守るためである。
78:8 また先祖たちのように、彼らが、かたくなで、逆らう世代の者、心定まらず、その霊が神に忠実でない世代の者とならないためである。
78:9 エフライムの人々は、矢をつがえて弓を射る者であったが、戦いの日には退却した。
78:10 彼らは、神の契約を守らず、神のおしえに従って歩むことを拒み、
78:11 神の数々のみわざを忘れてしまった。神が見せてくださった多くの不思議を。
78:12 神は、彼らの先祖たちの前で、エジプトの地、ツォアンの野で、奇しいわざを行われた。
78:13 神は海を分けて彼らを通らせ、せきのように水を立てられた。
78:14 神は、昼は雲をもって、彼らを導き、夜は、夜通し炎の光で彼らを導いた。
78:15 荒野では岩を割り、深い水からのように豊かに飲ませられた。
78:16 また、岩から数々の流れを出し、水を川のように流された。
78:17 けれども、彼らはなおも神に罪を犯し、砂漠で、いと高き方に逆らった。
78:18 彼らは心のうちで神を試みた。欲に任せて食べ物を求めた。
78:19 そのとき彼らは神に逆らって言った。「荒野の中で食事を備えることが、神にできるのか。
78:20 確かに、岩を打たれると、水がほとばしり出て流れがあふれた。だが、神は、パンをも与えることができようか。ご自分の民に肉を備えることができようか。」
78:21 それゆえ、主は、これを聞いて激しく怒られた。火はヤコブに向かって燃え上がり、怒りもまた、イスラエルに向かって立ち上った。
78:22 これは、彼らが神を信ぜず、御救いに信頼しなかったからである。
78:23 神は、上の雲に命じて天の戸を開き、
78:24 彼らの上に、食べ物としてマナを降らせ、天の穀物を彼らに与えられた。
78:25 それで人々は御使いのパンを食べた。神は満ち足りるほど食物を送られた。
78:26 神は、東風を天に起こし、御力をもって南風を吹かせられた。
78:27 神は彼らの上に、肉をちりのように、翼のある鳥をも海辺の砂のように降らせ、
78:28 それを、宿営の中、住まいの周りに落とした。
78:29 彼らは食べ、十分に満ち足りた。こうして彼らが欲望を満たすままにされた。
78:30 彼らがその欲望から離れず、まだ、その食べ物が口にあるうちに、
78:31 神の怒りは彼らに向かって燃え上がり、彼らのうちの最もがんじょうな者たちを殺し、イスラエルの若い男たちを打ちのめされた。
78:32 これらすべてにもかかわらず、彼らはなおも罪を犯し、神の奇しいわざを信じなかった。
78:33 それで神は、彼らの日をひと息のうちに、彼らの齢を、突然の恐怖のうちに、終わらせた。
78:34 神が彼らを殺されると、彼らは神を尋ね求め、立ち返って、神を切に求めた。
78:35 彼らは、神が自分たちの岩であり、いと高き神が自分たちを贖う方であることを思い出した。
78:36 しかしまた彼らは、その口で神を欺き、その舌で神に偽りを言った。
78:37 彼らの心は神に誠実でなく、神の契約にも忠実でなかった。
78:38 しかし、神はあわれみ深く、彼らの咎を赦して、滅ぼされなかった。怒りを何度も抑えて、憤りのすべてをかき立てられはなかった。
78:39 神は心に留めておかれた。彼らが肉にすぎないことを。吹けば戻らない風であることを。
78:40 幾たび彼らは、荒野で神に逆らい、荒れ地で神を悲しませたことか。
78:41 彼らはくり返し神を試み、イスラエルの聖なる方の心を痛めた。
78:42 彼らは神の力も、神が敵から贖い出してくださった日も、思い起こさなかった。
78:43 神が、エジプトでしるしを、ツォアンの野で奇蹟を行われたことを。
78:44 神がそこの川を血に変わらせたので、その流れを飲むことができなかった。
78:45 神は彼らに、あぶの群れを送って彼らを食わせ、かえるを送って彼らを滅ぼされた。
78:46 また、彼らの作物を、油虫に、彼らの勤労の実を、いなごに与えられた。
78:47 神は、雹で、彼らのぶどうの木を、いなずまで、彼らのいちじく桑の木を滅ぼされた。
78:48 神は、彼らの家畜を、雹に、彼らの家畜の群れを、疫病に渡された。
78:49 神は、彼らの上に、燃える怒りと激しい怒り、憤りと苦しみ、それに、わざわいの御使いの群れを送られた。
78:50 神は御怒りのために道をならし、彼らのたましいに死を免れさせず、彼らのいのちを疫病に渡された。
78:51 また、エジプトのすべての初子、ハムの天幕の彼らの力の初めの子らを打ち殺された。
78:52 しかし神は、ご自分の民を、羊の群れのように連れ出し、家畜の群れのように荒野の中を連れて行かれた。
78:53 彼らを安らかに導かれたので、彼らは恐れなかった。しかし彼らの敵は、海がおおい隠した。
78:54 こうして神は、ご自分の聖なる国、右の御手で造られたこの山に、彼らを連れて行かれた。
78:55 神はまた、彼らの前から国々を追い出し、その地を相続地として彼らに分け与え、イスラエルの諸族をおのおのの天幕に住まわせた。
78:56 けれども、彼らはいと高き神を試み、神に逆らって、神のさとしを守らなかった。
78:57 もとに戻って、彼らの先祖たちのように裏切りをし、たるんだ弓の矢のようにそれてしまった。
78:58 また彼らは、高き所を築いて神の怒りを引き起こし、刻んだ像で、神のねたみを引き起こした。
78:59 神は、聞いて激しく怒り、イスラエルを全く捨てられた。
78:60 それで、シロの御住まい、人々の中にお建てになったその幕屋を見放し、
78:61 御力をとりこに、御栄えを敵の手に、ゆだねられた。
78:62 神はまた、御民を剣に渡し、ご自分のものである民に対して激しく怒られた。
78:63 火はその若い男たちを食い尽くし、その若い女たちは婚姻の歌を歌わなかった。
78:64 その祭司たちは剣に倒れ、やもめたちは泣き悲しむこともできなかった。
78:65 そのとき主は眠りから目をさまされた。ぶどう酒に酔った勇士がさめたように。
78:66 その敵を打ち退け、彼らに永遠のそしりを与えられた。
78:67 それで、ヨセフの天幕を捨て、エフライム族をお選びにならず、
78:68 ユダ族を選び、主が愛されたシオンの山を、選ばれた。
78:69 主はその聖所を、高い天のように建てられた。ご自分が永遠に基を据えた地のように、
78:70 主は、しもべダビデを選び、羊の囲いから召し出された。
78:71 乳を飲ませる雌羊の番から、彼を連れて来て、御民ヤコブを、ご自分のゆずりの民イスラエルを牧するようにされた。
78:72 彼は、全き心で彼らを牧し、英知の手で彼らを導いた。


マタイ13:35 それは、預言者を通して語られたことが成就するためであった。「私は口を開いて、たとえ話を、世界の基が据えられたときから隠されていることを語ろう。」

ローマ9:16 ですから、これは人の願いや努力によるのではなく、あわれんでくださる神によるのです。

詩篇86:15 しかし主よ、あなたはあわれみ深く、情け深い神。怒るのに遅く、恵みとまことに富んでおられます。

テトス3:3 私たちも以前は、愚かで、不従順で、迷っていた者であり、いろいろな欲情と快楽の奴隷になり、悪意とねたみのうちに生活し、人から憎まれ、互いに憎み合う者でした。
3:4 しかし、私たちの救い主である神のいつくしみと人に対する愛が現れたとき、
3:5 神は、私たちが行った義のわざによってではなく、ご自分のあわれみによって、聖霊による再生と刷新の洗いをもって、私たちを救ってくださいました。
3:6 神はこの聖霊を、私たちの救い主イエス・キリストによって、私たちに豊かに注いでくださったのです。

Tペテロ1:3 私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神は、ご自分の大きなあわれみのゆえに、イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれさせ、生ける望みを持たせてくださいました。

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