2025年6月22日「私たちを元に返してください」詩篇80:1〜19
序−私たちは、色々なことを願いますが、時には回復を願うことがあります。生活や仕事、健康などの状況が一変してしまうことがあるでしょう。物事がうまくいかなくなることがあるでしょう。そんな時、「元に戻してください」と切に祈り求めると思います。今日の詩篇80篇は、3回も回復を願っています。神によってどのように取り扱われたのでしょうか。
T−元に戻してください−1〜3
今日の詩篇の背景は、北イスラエルがアッシリアによって滅ぼされ、アッシリアに捕囚となったことです。U列王17:5〜6。一部は、南のエルサレムに逃れた人々がいました。1〜2節。「エフライムとマナセ」は、いずれも、北イスラエルの代表的な部族名です。列王記を学んだ時、ダビデ、ソロモンと続いてイスラエル王国は、レハブアムの時に南北に分裂し、北の10部族は、別の北イスラエル王国を建てました。
元々北イスラエルの人々は、特にその中心的部族、エフライムやマナセは、先祖がエジプトの宰相であったヨセフであることを誇りとし、ダビデに従うことを拒み、ついにレハブアムの時に分裂しました。北イスラエルの王は、はじめから人々が偶像に仕えるように導きました。ずっと不信仰で悪い王様が続きました。その結果、BC722年にアッシリア帝国によって滅亡することになります。
国を失い、地位を失い、生活の場を失って、南ユダ王国のエルサレムに逃れた彼らは、「私たちを救いに来てください」と懇願し、祈りました。2節。「私たちを元に戻してください」と節に願いました。3節。望郷の念でしょうか。元住んでいた所に戻してください。元の生活を回復してください。国を元通りに戻してください。そのような願いが、元に戻してくださいに込められていたのでしょう。
私たちは、何について「元に戻してください」と願うのでしょうか。生活でしょうか。仕事でしょうか。健康でしょうか。人間関係でしょうか。どのように回復してほしいと願うのでしょうか。私たちにも、変わってしまったこと、失われたもの、違ってしまった状況があるでしょう。何について、どのように回復されることを願う必要があるでしょうか。
エルサレムに逃れて来た人々は、自分たちの神について、「イスラエルの牧者、ヨセフを羊の群れのように導かれる方、ケルビムの上に座しておられる方」と呼んでいます。ケルビムとは、至聖所にある契約の箱の上に象徴的に座しておられる神を指しています。かつて、神の箱を先頭にして行進した時、神が敵を倒してくださったように、イスラエルを救ってくださるように祈りました。
3節で「御顔を照り輝かせてください」と祈っていますが、神の恵みが再び与えられますようにと言う願いです。2節でも、「光を放ってください」と祈っています。「神が御顔を向ける」ということは、神の恵みが示されることをあらわし、御顔を隠すことは裁きをあらわしていました。大祭司の祝福の中でも、「主が御顔をあなたに照らし、御顔をあなたに向け」と言っています。民数記6:24〜26。ですから、「御顔を照り輝かせてください」と祈っているのは、再び神が恵みを示してくださり、北イスラエルに変えることができ、国を回復してくださることを求めていたのです。
U−涙のパンを食べ、涙を飲ませられた−4〜7
4節。北イスラエルの残りの民は、「万軍の神、主よ」と呼んで、いつまで怒りを燃やされるのかと嘆いています。怒って抗議しているように感じます。この神の呼び名は、天地のあらゆるものを支配し、どんな敵にも打ち勝ち、御心なされる神の力と権威をあらわしています。ですから、神がその御力によって国を回復してくださり、北イスラエルに帰ることができるように願っているのです。
5節では、彼らは、神に対して「涙のパンを食べさせ、あふれる涙を飲ませられました」と嘆いています。涙のパン、あふれる涙」とは、極度の苦しみをたとえたものです。しかし、この表現の意味をしっかり受け取らなければなりません。荒野で、天からのパンを与えてくださった神が、自分たちをこれほどの苦しみに置かれたままでいることへの嘆きです。涙のパンを食べ、涙を飲むというと、どんな情景を想像しますか。いっぱい涙を流し、涙が鼻にも、口にも流れて入っている状態なのでしょう。
飲み食いすることは、日々の生活ですることです。ですから、涙を流すことが、日常的になったということです。北イスラエルの人々の苦しみと悲しみは続いていたのです。苦しみ、悲しみというものは、必然的に涙を流すことになります。後に南ユダ王国が滅亡してバビロン捕囚になった時にバビロンの川辺でエレサレムを思い出して涙を流している様子が記録されています。詩篇137:1〜3。同じような心境で涙を流していたのです。
悲しみや苦しみの涙を流す場面は、旧約聖書がたくさん出て来ます。ダビデが息子のアブシャロムの謀反にあった時、アブシャロムが死んだ時涙を流しました。Tサムエル15:30,18:33。ヨブも、友の嘲りを受けて涙を流しました。ヨブ16:20。信仰の人たちも涙を流しました。神の民、聖徒たちは、涙のパンを食べて成長します。涙の中には、霊的成長の栄養素がいっぱい入っているからです。私たちは、どんなことで涙を流しますか。自己憐憫や絶望のむなしい涙ではなく、神に対して涙しながら嘆き、祈りましょう。
詩篇42:3でも、「昼も夜も、私の涙が私の食べ物でした」とあります。詩篇102:9には、「飲み物に涙を混ぜ合わせました」とあります。これらの涙は、悔い改めをあらわしたものです。涙は、心から悔い改める時も流れるものです。シェークスピアは、ハムレットの中で「涙の泉を持っている人だけが悲しみを治すことができる」と言っています。
6節は、滅ぼされた北イスラエルの没落を周りの国々が嘲笑している姿です。嘲りは、さらに痛みや悲しみを加えました。北イスラエルは、南ユダ王国の国力の5倍でした。軍隊も気力も生活水準もはるかに上でした。それがすべて打ち砕かれ、みな失いました。どれほど悲しかったことでしょう。涙がたくさんあふれました。
今北イスラエルの人々がすべきことは、何でしょう。7節。悔い改めて神に立ち返ることです。そうです。かつてユダと共にエルサレム神殿で礼拝をささげていたように、元に戻していただくことです。神の御前に立ち返り、自分たちに神が御顔を向けてくださることが必要です。彼らがエルサレムに避難していることは、元に戻していただいたことになります。ユダの民と共に、御前に礼拝をささげられるようになりました。私たちも、不思議に導かれて、「元に戻して」いただけます。どのような「元に戻して」いただけるのでしょうか。
V−なぜ、ぶどうの木を引き抜き、植えられたのか−8〜19
そして、北イスラエルの人々は、神が自分たちをどのように導いて、祝福してくださったか思い出すことが必要です。神は、エジプトから1つのぶどうの木を引き抜いて持って行き、荒野を導き、約束の地にそれを植えられ、繁茂(はんも)させてくださいました。8〜11節。地中海やユーフラテス川まで広がりました。ぶどうの木とは、イスラエルの民のことです。彼らは、過去神が自分たちにどうしてくださったかを思い出さなけばなりません。
彼らは、神が自分たちをなぜ約束の地に植えられたのか、それを考えないで、肉の欲を満足させることに終始し、奢り高ぶりました。ぶどうの木は、葉だけ茂っても、実がならなければ捨てられてしまいます。16節。神はなぜ祝福をくださるのでしょうか。信仰的な実を実らせることを期待して祝福をくださいました。
ですから、彼らは、ぶどうの木を回復してくださるように祈ります。14〜15節。新しく育ててくださるように願っています。悔い改めた民は、回復を願うだけでなく、神への立ち返りの信仰を告白しています。18節。「私たちはあなたから離れ去りません」と宣言しています。最後には同じ言葉が繰り返されています。19節。神の祝福やあわれみを求めることも必要ですが、悔い改めと共に主に立ち返り、正しい道に戻ることが必要です。
「元に戻してください」と願っても、どういう所に戻るのでしょうか。肉の思いで誤って歩んでいた状態に戻るのではありません。主に立ち返り、正しい道に戻ることが必要です。「私たちを元に戻し、御顔を照り輝かせてください。そうすれば、私たちは救われます」という文が、3節、7節、19節とを三度繰り返されています。私たちが信じて、祈り、悔い改めるなら、私たちを神の子どもに戻し、回復させてくださいます。神が私たちに与えてくださる祝福と恵みの一つが、この元に戻してくださること、回復させてくださることです。
17節は、あきらかにやがて来られる救い主、イエス:キリストに言及しています。神が私たちを神の子どもとして元に戻し、神の愛を回復させるために、イエス様が世に遣わされて来ました。ルカ4:18〜19節。イエス様は、十字架の御業によって私たちを罪から救い、苦しみと痛み、悲しみから回復してくださり、神の愛と恵みを受けるように神の子どもに戻してくださる救い主です。ヨハネ1:12。イエス様は、救いの光として世に来られました。ヨハネ12:46。私たちは、どんな回復の祈りをするのでしょうか。イエス様を信じて救われたことで、神の愛を受ける子どもの生活に戻され、恵みと祝福が回復されることを願います。3節。
詩篇< 80 > 指揮者のために。「さとしは、ゆりの花」の調べに合わせて。アサフによる。賛歌。
80:1 イスラエルの牧者よ。聞いてください。ヨセフを羊の群れのように導かれる方よ、光を放ってください。ケルビムの上に座しておられる方よ。
80:2 エフライムとベニヤミンとマナセの前で、御力を呼び覚まし、私たちを救いに来てください。
80:3 神よ。私たちを元に戻し、御顔を照り輝かせてください。そうすれば、私たちは救われます。
80:4 万軍の神、主よ。いつまで、あなたの民の祈りに、怒りを燃やされるのですか。
80:5 あなたは彼らに涙のパンを食べさせ、あふれる涙を飲ませられました。
80:6 あなたは、私たちを隣人らの争いの的とし、私たちの敵は、私たちを嘲っています。
80:7 万軍の神よ。私たちを元に戻し、御顔を照り輝かせてください。そうすれば、私たちは救われます。
80:8 あなたは、エジプトから、ぶどうの木を引き抜き、異邦の民を追い出して、それを植えられました。
80:9 その木のために、あなたが地を整えられたので、それは深く根を張り、地の全体に広がりました。
80:10 山々もその影におおわれました。神の杉の木もその大枝に。
80:11 ぶどうの木はその枝を海にまで、若枝をあの川にまで伸ばしました。
80:12 なぜ、あなたはその石垣を破り、道を行くすべての者が、その実を摘み取るままにされるのですか。
80:13 林の猪はこれを食い荒らし、野に群がるものも、これを食らっています。
80:14 万軍の神よ。どうか帰って来てください。天から目を注ぎ、ご覧になってください。このぶどうの木を顧みてください。
80:15 あなたの右の手が植えた苗と、ご自分のために強くされた枝とを。
80:16 それは火で焼かれ、切り倒されています。民は、御顔のとがめによって滅びています。
80:17 あなたの右にいる人の上に、御手が、ご自分のため強くされた人の子の上に、御手がありますように。
80:18 私たちはあなたから離れ去りません。私たちを生かしてください。私たちはあなたの御名を呼び求めます。
80:19 万軍の神、主よ。私たちを元に戻し、御顔を照り輝かせてください。そうすれば、私たちは救われます。
民数記6:24 『主があなたを祝福し、あなたを守られますように。
6:25 主が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように。
6:26 主が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられますように。』
詩篇137:1 バビロンの川のほとり、そこで、私たちはすわり、シオンを思い出して泣いた。
詩篇42:3 私の涙は、昼も夜も、私の食べ物でした。人が一日中「おまえの神はどこにいるのか」と私に言う間。
ルカ4:18 「主の霊がわたしの上にある。主が、貧しい人に良い知らせを伝えるため、主はわたしに油をそそぎ、わたしを遣わされた。捕らわれ人には解放を、目の見えない人には目の開かれることを告げ、虐げられている人を自由の身とし、
4:19 主の恵みの年を告げるために。」
ヨハネ12:46 わたしは光として世に来ました。わたしを信じる者が、だれも闇の中にとどまることのないようにするためです。
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