2025年9月28日「神を離れた民、主の名を呼ぶ民」創世記4:11〜25
序−先週、カインとアベルの兄弟のことを学んで、アベルを殺したカインが生きて、その家系が続くならどんな世になるのだろうか。アベルが殺されたら信仰の家系は続かないのだろうか。そのように心配された人もいるでしょう。今日の箇所では、その後の様子が記されています。今の世につながることを見せてくださいます。
T−神から離れた人、さうらい人カイン−11〜17
まず、カインのその後について。11〜12節。その地から追い出されて、地上をさまよい歩くさすらい人となるということでした。カインにくだされた罰は、「さまよう」ことでした。さまようということは、とても厳しい罰です。平安、安心がないということです。戻って来る所がない放浪、さまよいはとてもさびしく、不安で、苛酷です。さまようのは、体だけでなく、心もさまよいます。とても孤独で、不安です。
カインは、神に訴えます。13〜14節。「咎は大きすぎて負いきれない」とは、アベルを殺したのに、自分はそんな罰を受けるほどでないと言っているのです。悔い改めていません。それでいて、自分がするように他人も自分にするだろうと恐れて、守ってくれるように頼むのです。何と自分勝手でしょうか。これが、罪人の習性です。
自分の罪を認めない人の特性は、自分の罪の大きさを見ることがなく、自分に臨んだ裁きだけを大きく見ることになります。神の正当な裁きに抵抗します。カインだけではなく、人はそのように反応する傾向があります。自分の罪に対して無感覚なため、罪から来る裁きや苦痛だけを見てカインのように文句を言うのです。14節のカインの言い方は、追い出されたことは罪の結果なのに、神の責任のように言っています。そのために他人に殺されるかもしれないと、これも神のせいにしています。私たちは、どうでしょうか。
それでも、あわれみ深い神は、カインが誰かから殺されることのないようにされました。15節。神のあわれみを受けたカインは、どうしましたか。16節。神の御前から去ってしまいました。どこまでも神のあわれみに逆らい続けます。カインに与えられたあわれみは、今日私たちに与えてくださるあわれみです。私たちの中でこのあわれみなしにここにいることができる人は誰もいません。アダムとエバは追い出された後もその近くに住んでいましたが、カインはそこからも遠く離れた場所に移動しました。それが、エデンの東です。そこで、カインは何をしたのですか。17節。その地に生まれた息子の名を付けた町を建てました。町には、城塞都市という意味もあります。壁で囲った町というようなものです。
カインは、なぜそんな城塞都市を築いたのでしょうか。神を離れたので、不安だった、怖かったのです。神から離れた人は、それぞれ自分なりの城塞を築いて、自分を守るようにします。でも、壁で囲むということは、自分をその中に閉じ込めるということになります。むしろ、孤独になり、不安になります。そのような人生は、神に喜ばれません。私たちは、そのような城塞を築くのではなく、神に立ち返り、御前に生きるのです。心を開いて、人々と交わり、共に神に仕えるのです。
カインが城塞都市を築いたのは、神様が保護してくださるという御言葉を信じることができなかったからです。目に見える城塞が神様の約束よりも安全だと考えたからです。このカインの姿をどう見ますか。神が私たちの必要を満たしてくださり、守ってくださると約束しておられますが、それを信頼できず、カインの城塞のようなものを作っていることはないでしょうか。人がさまよいただよう人生を終える道は、より大きな城塞を建てるところにはありません。神を信頼し、神に立ち帰るところにあります。
神を離れて生きる、神なしで生きる存在となったカインは、城塞によって安定した人生を生き、城塞を安全の源として、新しい始まりをしようとしました。エノクとは、「開始、始まり」という意味です。しかし、カインの息子の名を付けられた町は、神を離れたカインの子孫が、神に反抗する罪人の働きを始めることを意味することになります。カインのその後の系譜は、神を離れた人間がどれほど絶望的で危険なのかを教えてくれます。
U−神のいない文化−18〜24
そのことが詳しく記されています。18〜24節。カインの子孫に、ますますその罪の性質が伝わっていきます。その子孫から特にレメクという人が取り上げられています。レメクとは、力強い者、強い者という意味です。カインの六代目の時に、神に敵対する勢力が強くなり、神に反対し、神を否定し、自ら神になろうとする奢りを示します。レメクは、二人の妻をめとり、神様が立てられた家庭の原則を壊してしまいました。
レメクの息子たち、ヤバルは牧畜をする者の先祖となり、ユバルは音楽の先祖となりました。食べることだけでなく、人が楽しむ文化も始まりました。トバル・カインは鍛冶屋の先祖となりました。農業の道具だけでなく、武器も作られたのでしょう。彼の妹ナアマの意味は、面白い、楽しいです。楽しさを求めて町をさまよう姿を想像させます。アダの名の意味は、飾ることです。化粧し着飾って町をさまよったのでしょう。レメクの時代、文化文明の発展により、豊かさと快適さと快楽がもたらされました。
問題はそこに神様がおられないということです。 神様がおられない文化文明は、ますます神から離れ、自ら神になり、自分の人生の主人となり、享楽と欲望を追求します。神のいない文化文明は恐ろしいものとなります。レメクは、こう叫んでいます。23〜24節。自分に小さな傷を与える者は,大人でも子供でも容赦もなく殺してしまうという残酷さを表わしています。復讐すら楽しんでいます。神がカインを保護するために与えた7倍の復讐という言葉をもじって77倍の復讐をと言っています。退廃的な都市文明の姿です。都市文明の中で生きる私たちは気をつけなければなりません。
これは、聖書の最初の詩、歌と言われています。神の言葉をもてあそび、嘲笑している内容となっています。これがカインから始まった神に敵対する勢力の姿です。神を離れたカインとその子孫の人生は、神の御言葉を拒否し、神の御言葉を嘲笑し、神が立てた原則を破り、自ら神になろうとし、自ら治める者になり、自ら人生の主人となろうとするものでした。カイン系の神から離れ神なしの文化文明のその始まりは、カインの礼拝の失敗から始まりました。ですから、私たちの礼拝は本当に重要なのです。
V−アベルの代わりに別の子孫を−25〜26
4章で重要なのは、最後に出て来る別な系図です。25〜26節。カインの系譜だけが栄えて、神の約束は失敗したように見えました。信仰の系譜はアベルで終わったわけではありません。代わりに別の子孫を授けてくださいました。アダムとエバにセツが生まれました。セツの家系が与えられました。セツとは、立てられたという意味です。神は、セツという新しい子孫を代わりに立ててくださいました。アベルから続く信仰の子孫です。
「代わりに別の」という方法は、神が用いられる偉大な方法です。アダムとエバが罪を犯した時、獣が代わりに犠牲となり、皮の衣を着せてくださいました。やがて、人の罪の裁きの代わりにイエス様が十字架に渡されます。Tペテロ3:18。神は、「代わりに」という方法で救いを成し遂げてくださいます。私たちが得る教訓は、神様の御言葉は、いかなる妨害や障害によって中断されたり、失敗となったりすることはないということです。生徒たちには、たとえ失ったとしても、代わりのものが導かれるのです。
アベルの代わりに、神はセツを通して新しい歴史を始められます。セツの息子エノシュの時代に初めて人々が神様の御名を呼ぶようになりました。皆で呼んだというのは、一緒に礼拝したことの始まりです。当時カイン系の退廃的暴力的な文化が繁栄していました。その時セツ系の人々が主の御名を呼ぶことを始めました。セツの息子の名エノシュの意味は「弱い者、死ぬしかない存在」という意味です。彼らは自分たちは弱い者であり、死ぬしかない存在であることを悟りました。その結果、人々は神の名を呼んだのです。神を探し、神に助けを求め、神に頼ったのです。神の名を呼ぶ者は神の子どもとして守られ、天国まで導かれて行くことになります。
カインの子孫は強大な文化文明を作り、どんどん子孫を生み出しましたが、神を呼びませんでした。最初から神を離れたからです。神に頼らず、自分自身に頼ったからです。神を高めることなく、自分たちを高めたからです。しかし、セツの子孫は、神を離れた人生と文化は必ず崩れるということが分かっていたので、神様の御名を呼んだのです。どんなに偉大な都市文明であっても、神の名がなければ、神の前で何もないことが分かりました。それで神様の御名を呼んだのです。
現代の都市文明は、レメクの都市に似ています。権力と暴力が横行し、強欲と勝手気儘は留まることがありません。社会には悪いニュースがあふれています。その中で私たちが、セツやエノシュのように、神の御名を呼んで進む時、希望があります。今日のような社会状況の中でも、私たちが互いに励ましながら共に神の御名を呼んで、礼拝している意義は大きいのです。この時代に私たちを置かれた神の御心を成し遂げる人生になるからです。神様の御名を呼ぶことは、この世で最も偉大なことです。イエス様の身代わりの十字架を信じて救われ、頼り、ともに礼拝し、生きることを願います。ローマ10:13。
創世記4:11 今や、あなたはのろわれている。そして、口を開けてあなたの手からあなたの弟の血を受けた大地から、あなたは追い出される。
4:12 あなたが耕しても、大地はもはや、あなたのために作物を生じさせない。あなたは地上をさまよい歩くさすらい人となる。」
4:13 カインは主に言った。「私の咎は大きすぎて、負いきれません。
4:14 あなたはきょう私を大地の面から追い出されたので、私はあなたの御顔を避けて隠れ、地上をさまよい歩くさすらい人となります。私に見つけた人は、だれでも私を殺すでしょう。」
4:15主は彼に言われた。「それゆえ、わたしは言う。だれであれ、カインを殺す者は七倍の復讐を受ける。」主は、彼を見つけた人が、だれも彼を打ち殺すことのないように、カインに一つのしるしをつけられた。」
4:15主は彼に言われた。「それゆえ、わたしは言う。だれであれ、カインを殺す者は七倍の復讐を受ける。」主は、彼を見つけた人が、だれも彼を打ち殺すことのないように、カインに一つのしるしをつけられた。
4:16 それで、カインは、主の前から出て行って、エデンの東、ノデの地に住んだ。
4:17 カインはその妻を知った。彼女はみごもり、エノクを産んだ。カインは町を建てていたので、息子の名にちなんで、その町にエノクという名をつけた。
4:18 エノクにはイラデが生まれた。イラデはメフヤエルを生み、メフヤエルはメトシャエルを生み、メトシャエルはレメクを生んだ。
4:19 レメクはふたりの妻を迎えた。一人の名はアダ、もう一人の名はツィラであった。
4:20 アダはヤバルを産んだ。ヤバルは天幕に住む者、家畜を飼う者の先祖となった。
4:21 その弟の名はユバルであった。彼は立琴と笛を奏するすべての者の先祖となった。
4:22 一方、ツィラはトバル・カインを産んだ。彼は青銅と鉄のあらゆる道具を作る者であった。トバル・カインの妹は、ナアマであった。
4:23 さて、レメクは妻たちに言った。「アダとツィラよ、私の声を聞け。レメクの妻たちよ。私の言うことに耳を傾けよ。私は一人の男を、私が受けた傷のために殺す。一人の子供を、私の受けた打ち傷のために。
4:24 カインに七倍の復讐があるなら、レメクには七十七倍。」
4:25 アダムは、再び妻を知った。彼女は男の子を産み、その子をセツと名づけた。カインがアベルを殺したので、彼女は「神が、アベルの代わりに別の子孫を私に授けてくださいました」と言った。
4:26 セツにもまた、男の子が生まれた。セツは彼の名をエノシュと名づけた。そのころ、人々は主の御名を呼ぶことを始めた。
Tペテロ3:18 キリストも一度罪のために死なれました。正しい方が正しくない者たちの身代わりになられたのです。それは、肉においては死に渡され、霊においては生かされて、あなたがたを神に導くためでした。
ローマ10:13 「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる」のです。
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