2025年10月5日「神とともに歩む人生」創世記5:1〜32

序−家系図作りが静かなブームだそうです。自分のルーツや先祖のことが分かるだけでなく、様々なことが分かるそうです。聖書の系図もしかりです。聖書で系図の箇所に来ると興味なくて飛ばしてしまう人がいるそうですが、今日の系図には驚くべき大切なメッセージが込められています。

T− 生まれて、生きて、死んだ−1〜20
 聖書には非常に多くの系図が書かれています。系譜部分を読むとき、なぜ記録されているのだろうかと思って読むならば、恵みを受けます。神が系図を通して、私たちに霊的な何かの教訓を伝えようと記録されたのだと確信しながら読むのです。 系図の中には神の御心が込められていることを信じて、注意深く読むことが必要です。もし私たちがそのように読んでいくならば、私たちが考えていなかった宝を発見するになるでしょう。
 1節で「記録」と訳された言葉は、「系図」という意味です。読んでいけば、系図は意味なく人々の物語や名前を記録したものではないことが分かります。系図を見ると、ずっと「誰々は何年生きて、誰々を生んだ。誰々の全生涯は何年であった。こうして誰々は死んだ」と繰り返されています。3〜20節。すべての人に罪によって死が臨むようになったことを示しています。2:17,ローマ5:12。
 神のかたちに造られた人は、神との関係の中で生きていく存在です。1節で「神の似姿として造られた」人が、3節では「アダムの似姿として、彼のかたちに生んだ」とあるように、セツの子孫たちにも、アダムの似姿、かたちによって、信仰が伝わりながらも、罪の影響力も一緒に伝わっていったのです。
 なぜ系図は、人が死に至る存在であり、その理由が罪のためであると示しているのでしょうか。罪の結果による死を人間の力では防ぐことができないことを示しています。これを認める時にだけ、人間に生きる道を与えられるからです。3章で罪に堕落した人の姿を詳しく教えていたのは、人が自分の罪の実体を正確に見る時にだけ、自分を罪から救われるイエス・キリストに進んで行くことができるからです。救い主イエス様が十字架から復活されて死に勝利されたので、信じる者にも永遠の命を与えてくださいました。ローマ6:4,Tペテロ1:3。
 破格の長寿の系図となっています。なぜでしょう。セツの家系の人々がこんなに長く生きてきたということは、神様の恵みでもあるのででしょう。罪を犯した人たちに「土に帰る」と言われましたが、すぐに戻らせず長く地上に住むことを許してくれました。この系図の繰り返しにも、信仰と神の恵みの姿があります。神が人の創造の時に言われた「生めよ。増えよ。地に満ちよ」という命令に従順であったということです。1:28。セツの子孫は、長生きしながら、信仰にあって子を生んで、育てたということです。長寿も、それに対する神の恵みを示すものでした。申命記5:33。
 系図にも意味があります。連綿と同じ繰り返しなのですが、一人一人の名前がそれぞれ記されています。こうして個人個人の名が記され、家系が記されているということは、神は個人個人とその家族の営みを大切されているということです。私たち一人一人の人生において日々の生活が繰り返されますが、意味もなく繰り返されているのではなく、神のご計画と目的の中にある意味のあることだということを覚えましょう。

U−メトシェラを生んでから−21〜24
 「生きて、生んで、死んだ」という繰り返しの中に突然、違う表現が現れます。21〜24節。「生きて、生んで、神とともに歩んだ。神が彼を取られたので、彼はいなくなった」と記されています。エノクは「死んだ」ではなく「神が取られた」ということは、死を見ることなく天に移されたということです。ヘブル11:5。
 エノクが死を見ることなく天に移されたということには、理由がありました。「エノクは、神とともに歩んだ」からです。その表現が、繰り返されています。なぜ、突然エノクは神とともに歩み始めたのでしょう。「メトシェラを生んでから」とあります。22節。信仰の系譜なので、それまでも信仰で歩んでいたのでが、子の誕生を契機に神とともに歩むようになったのです。死を経ることなく天に移されるというくらいの信仰です。いつも神と一緒、いつも御言葉に聞き従う、いつも神の御旨によって生きる、いつも神に喜ばれるように歩むようになったのです。
 それだけの転機はなぜ生じたのでしょう。何がターニングポイントになったのでしょう。メトシェラの誕生の時何があったのでしょう。メトシェラの名は「槍を持つ人」という意味であり、「最後の防御兵、彼が死んだら終わり」という意味も含みます。そこから、「彼が死んだら、裁きが来る」という解釈が出て来ます。その時代、カインの子孫たちによる強欲で退廃的文明が栄えていた時代です。それに対する裁きです。息子が生まれた時、エノクは神からさばきの啓示を受けたのでしょう。エノクはそれを受け入れ、名前にもその意味を込めたということです。私たちも、たとえ問題が起こった時、それを転機として神とともに歩むたいと願います。
 エノクは、メトシェラを見る度に、神の裁きを思い出したでしょう。裁きの日は知らさせていなかったのだから、いつも霊的に目を覚まして、神とともに歩んだのです。マタイ24:42。いつ終わりの時が来るか分からないので、今日が最後になるかもしれないという心情で、一日一日神を意識して暮らしたのです。これが神とともに歩むことです。
 とは言っても、落ち着いて今までと同じように食べて、寝て、働いて、子供生んで育てるという日常生活はしていたでしょう。その中で神の御言葉を意識し、神の前に自分を点検して、御言葉に聞き従い、信仰に生きて、神に喜ばれる生活をするようになったのです。ヘブル11:5〜6。エノクの寿命は、この系図の中ではもっとも短いものです。それでも、誰よりも意義のある人生を生きたと言えます。ですから、エノクは死を経ずして天に移されたのです。
 エノクがいた時代は、邪悪な時代でした。そんな時代に証しとなり、警告となった生き方でした。ユダ1:14〜15。現代もカインの子孫の都市文明と変わりないでしょう。その中に生きている私たちも、エノクのような思いで、終末を意識しながら、神とともに歩まなければならないでのす。
 自分の息子が生まれた時、その子に「槍を持つ者、彼が死ぬと裁きが来る」という名を付け、自分の人生の方向も変えて終末の裁きに備える敬虔な人生を生きることに決め、神様と同行する人生を生き始めたエノク、私たちはそのエノクの心情を心に思いたいのです。

V−世代をつなぐ役目−25〜32
 そのエノクの思いは、その息子と孫に受け継がれていきます。まず、「最後の防御兵」と名付けられた息子メトシェラは、自分名が神に用いられていることは意識したでしょう。彼の年齢が、神の啓示の確かさを示しています。この系図の最後はノアです。32節。つまり、「裁き」とはノアの洪水のことです。果たして「彼が死んだら、裁きが来た」のか、計算してみましょう。メトシェラは187歳でレメクを生み、レメクは182歳でノアを生み、ノアが600歳の時に洪水が起きました。7:6。それを全部足すと969年、メトシェラが死んだのが969歳でした。27節。メトシェラの長寿が気にになりますが、こういうことだったのです。驚くばかりです。こんな桁外れの長寿は変だとは言えなくなります。ノアの洪水後は、人の寿命は急激に減少します。そして「私たちの齢は70年,健やかであっても80年」と言われるようになります。詩篇90:10。
 メトシェラが死んだ時、ノアの洪水が起きました。メトシェラは、さばきを警告する役割を担当したのです。彼が死ぬと、神は裁きを始められたのです。メトシェラは人の歴史の中で最も長く生きた人となったのは、他の人々の長寿も、神がその長い期間人々が悔い改めるように忍耐して、裁きの日を延ばしてくださったあわれみなのです。Uペテロ3:9。
 メトシェラの全生涯が、神の啓示を表わしていたのです。メトシェラは、神とともに歩んだ父エノクと同じく神とともに歩むことになる孫ノアを結びつけ、神の救いのご計画をつなぐ、極めて重要な人物でした。6:9。エノクの神聖な遺産とノアにおける人類の存続を繋ぐ橋渡し役を務めています。私たちもそのような役割を担っています。どんな歩みをしますか。
 そして、ノアにつなぐもう一人、メトシェラの子レメク。28〜29節。レメクは、神がノアを通して人々を罪の労苦から解放し、慰めと平安をくださると信じていました。ノアの名は、休息と慰めを意味します。明るい啓示でなかったにもかかわらず、人の本当の望みと慰めがどこから来るのかを知っていたのです。たとえ悲惨と腐敗の中でも神を唯一の希望の光としたのです。これが信仰です。私たちも、問題が起こったとしても、神の導きに希望をもって歩みたいのです。
 やがて、洪水が起こります。神は、その中でノアと彼の家族を救われました。レメクが想像できなかったことを神様がしてくださいました。私たちが神に望みを置いて生きていくとき、私たちの望みを神がどのように成し遂げられるのか分からないのですが、主のもとに行って、主と共に歩むことが慰めと平安になります。ヘブル11:5〜6。



創世記5:1 これはアダムの歴史の記録である。神は人を創造したとき、神の似姿として人を造り、
5:2 男と女とに彼らを創造された。彼らが創造された日に、神は彼らを祝福して、その名を「人」と呼ばれた。
5:3 アダムは百三十年生きて、彼の似姿として、彼のかたちに男の子を生んだ。彼はその子をセツと名づけた。
5:4セツを生んでからのアダムの生涯は八百年で、彼は息子たち、娘たちを生んだ。
5:5 アダムが生きた全生涯は九百三十年であった。こうして彼は死んだ。
5:6 セツは百五年生きて、エノシュを生んだ。
5:7 セツはエノシュを生んでから八百七年生き、息子たち、娘たちを生んだ。
5:8 セツの全生涯は九百十二年であった。こうして彼は死んだ。
5:9 エノシュは九十年生きて、ケナンを生んだ。
5:10 エノシュはケナンを生んでから八百十五年生き、息子たち、娘たちを生んだ。
5:11 エノシュの全生涯は九百五年であった。こうして彼は死んだ。
5:12 ケナンは七十年生きて、マハラルエルを生んだ。
5:13 ケナンはマハラルエルを生んでから八百四十年生き、息子たち、娘たちを生んだ。
5:14 ケナンの全生涯は九百十年であった。こうして彼は死んだ。
5:15 マハラルエルは六十五年生きて、ヤレデを生んだ。
5:16 マハラルエルはヤレデを生んでから八百三十年生き、息子たち、娘たちを生んだ。
5:17 マハラルエルの全生涯は八百九十五年であった。こうして彼は死んだ。
5:18 ヤレデは百六十二年生きて、エノクを生んだ。
5:19 ヤレデはエノクを生んでから八百年生き、息子たち、娘たちを生んだ。
5:20 ヤレデの全生涯は九百六十二年であった。こうして彼は死んだ。
5:21 エノクは六十五年生きて、メトシェラを生んだ。
5:22 エノクはメトシェラを生んでから三百年、神とともに歩み、息子たち、娘たちを生んだ。
5:23 エノクの全生涯は三百六十五年であった。
5:24 エノクは神とともに歩んだ。神が彼を取られたので、彼はいなくなった。
5:25 メトシェラは百八十七年生きて、レメクを生んだ。
5:26 メトシェラはレメクを生んでから七百八十二年生き、息子たち、娘たちを生んだ。
5:27 メトシェラの全生涯は九百六十九年であった。こうして彼は死んだ。
5:28 レメクは百八十二年生きて、一人の男の子を生んだ。
5:29 彼はその子をノアと名づけて言った。「主がのろわれたこの地での、私たちは働きと手で苦労から、私たちを慰めてくれるであろう。」
5:30 レメクはノアを生んでから五百九十五年生きて、息子たち、娘たちを生んだ。
5:31 レメクの全生涯は七百七十七年であった。こうして彼は死んだ。
5:32 ノアは五百歳になった。そしてノアはセム、ハム、ヤペテを生んだ。


ローマ5:12 そういうわけで、ちょうど一人の人によって罪が世界に入り、罪によって死が入り、こうして、すべての人が罪を犯したので、死がすべての人に広がったのと同様に、──

ユダ1:14 アダムから七代目のエノクも、彼らについて預言しました。「見よ、主は千万もの聖徒を引き連れて来られる。
1:15 すべての者にさばきを行い、不敬虔に生きる者たちのすべての不敬虔は行いと、不敬虔な罪人たちが主に逆らって語ったすべての暴言について、皆を罪に定めるためである。」

ヘブル11:5 信仰によって、エノクは死を見ることのないように移されました。神彼を移されたので、いなくなりました。彼が神に喜ばれていることは、移される前から証しされていたのです。
11:6 信仰がなければ、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神をご自身を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。


創世記7:6 ノアは六百歳であったが、そのときに大洪水が起こり、大水は地の上にあった。

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