2025年11 月 2日「水は引き始めた」創世記8:1〜12
序−皆さんは、どんな日にちを覚えておられるでしょうか。それには、嬉しいこともあり、辛い悲しいこともあるでしょう。ノアの箱舟の箇所には、詳しい日にちや日数が記録されています。洪水の始まりと終わりは、記憶されるべきことだったからです。そこから、信仰の適用を学ぶことができます。
T−神は覚えておられた−1
先週学んだように、ノアたちは、箱舟に入って滅びから救われました。でも、問題や苦難は終わりではありませんでした。多くの動物とともに洪水で揺れ動くうす暗い箱舟の中、40日間雨が降り続け、洪水の期間が150日間でした。7:17,24。いつまで洪水は続くのか、そんな箱舟の中でどれほど恐ろしかったでしょうか。そんな洪水にも終わりが来ます。私たちが出会う問題や苦難も始まりがあるなら、終わりもあります。終わりのない、出口のないような苦難にも終わりがあります。それを認めるだけでも、希望や励ましを与えられます。エレミヤ29:11。
どのように洪水の終わりが来るのでしょうか。1節前半。神はノアたちを「覚えておられた」と言われています。忘れていたけれども、思い出したということではありません。「覚えていた」というのは、神がノアたちに注目し、ノアたちのために行動し、ノアたちを愛されたということです。苦しい辛い時期が続くと神は私を忘れていると思い、失望し落ち込むことがありますが、神は覚えておられます。誰かが自分のことを覚えていてくれる、心にかけてくれているというのは、とても嬉しいことです。励まされます。誰も覚えていない、心にかけてくれていないとしたら、寂しいものです。神はノア覚えていてくださいました。
私たちについても、神は覚えていて、心に留めておられます。しかし、私たちの方で、苦難や問題の中で神を忘れてしまうということがあります。そうなると、孤独や失望を感じるようになります。人生の暗い時期を過ごしたら、「神はどこにいるのですか。私を忘れて、見捨てられたのですか」と言うようになります。イエス様の十字架によって救ってくださった者を神が忘れることはありません。私たちへの愛は変わりません。神は私を忘れたと言うのですが、私たちの感情が変わり、神を忘れるのです。1節では、箱舟にいるノアを神が覚えておられたということは、恐ろしく辛い、苦しい状況にいるノアのことを知っておられるということです。神はノアを救うと契約を結ばれたのですから、助け、導いてくださいます。6:18。
ですから、私たちは苦難の中でも、イエス様を通して与えられた救いの契約を握るのです。問題が起きた、うまく行かない、そのような時こそ、神を信頼し、御言葉を握るのです。ノアたちを覚えて守ってくださった神は、私たちも覚えて守ってくださいます。たとえ苦難の中にあっても、神が私たちを忘れたのではなく、私たちを覚えていてくださいます。
U−水は引き始めた−1〜5
ノアたちを忘れないで覚えていてくださった神は、どうしてくださいましたか。1節後半。神が地の上に風を吹き渡らせると、水は引き始めたのです。ついに洪水が終わり、水が引き始めたのです。大きな変化です。しかし、箱舟の中では、何の変化もなかったでしょう。箱舟の中にいるノアは、この変化は分かりません。神は、何もしておられないようですが、偉大な働きを進めておられたのです。
私たちにとっても、問題や苦難の中で、神は何もしておられないように見えますが、私たちが気付かないところで働いて、導いておられるのです。時に適って、御業を行ってくださいます。伝道者3:11。ただ、私たちがそれに気付かないだけです。神が洪水を引き起こされたのなら、それを終わらせることもできます。私たちは、苦難に会うといつ終わるのか分かりません。ずっと続くように思えるのです。しかし、時が来れば、水が引くように終わります。苦難の水が引くことを見ることを願います。
引き始めたら、着実に水は引いて行きます。2〜3節。水は、いっぺんにではなく、しだいに、少しずつ引いて行きました。洪水の始まりと比べると、洪水の始まりは突然であったが、水が引いて行くのはゆっくりとしだいになのです。ある事が起こる時は突然であっても、終わる時はゆっくりということもあります。神が着実に導かれる時は、ゆっくりと神に合わせるのです。神がされることを信頼して、私たちはついて行くのです。私たちは、自分が考え、自分が望むようにするばかりで、神のご計画や御心をまったく考慮しないので、事が進まず、葛藤するのです。
私たちの救われた人生もそうです。イエス様に救われる時は、一気に起こります。心に信じて、口で告白して救われます。ローマ10:10。しかし、救われた人生は、一生続きます。私たちは、信じてすぐにイエス様に似た者となるわけではありません。Tヨハネ3:2。新生してから、地上の生涯を信仰で生きて、イエス様に似た者と聖化して行きますが、やがて天に召され天国に入り、栄化されるのです。救われた者がイエス様に似て行くには時間が必要です。
水が引いて行く様子が詳しい日程付きで声明されています。3〜5節。水は150日間増え続けた後、減り始め、ノアの生涯の6百年の7月17日に箱舟はアララテの山の上に留まりました。山に漂着した日は、記憶すべき記念日ではないでしょうか。漂着した日の喜び、感慨を想像することができます。だから、その日を覚えていたのです。
水が引いて行くことが、ノアたちにとって、とても大きな感激であり、心励まされることだったことが、「水が引き始めた」「水が引いた」「減り始めた」という表現が、今日の箇所には、三つの言葉を使って6回も繰り返され、強調されています。1,3,5,8,11節。私たちにとっても、問題や苦難が終わる時には、ゆっくりではあっても、確実に収束して行くのです。そうなる時、どれほど心励まされ、喜び、記憶される時でしょうか。
因(ちな)みに、アララトという古代の名称は、ミタンニやウラルトゥの地域名だと言われています。イザヤ37:38,エレミヤ51:27。12世紀に、創世記のアララト山を実際の山に見立てて、アララト山と名付けたそうです。探検隊は、手ぶらで帰るわけにも行かず、箱舟の残骸を見つけたと言っているそうです。
V−従順と忍耐−6〜12
本当に長い期間箱舟の中で待ちました。それでも、水が引いたのを知ったノアは、すぐに飛び出したりしてはいません。6〜7節。アララテの山の上に留まり、山々の頂が現れたので、水が引き始めたことが分かり、ノアは行動します。まず、烏を天窓から放ちました。なぜ烏か、悪条件でも大丈夫だからでしょう。結局、烏は出たり戻ったりして、箱舟の中には帰らなかったようです。ノアの行動は、神の導きを待ちながらしています。
それで、鳩を放ちました。8〜9節。地表が乾いたか調べるためでしたが、鳩は足を休める場所を見つけられなかったので、箱舟に帰って来ました。それから7日待って、再び鳩を箱舟から放ったら、帰って来た鳩のくちばしに取ったばかりのオリーブの若葉がありました。10〜11節。
ノアは、それを見て、水が地から引いたと喜んですぐに箱舟から飛び出したのでしょうか。いいえ、水が引いているのが分かっても、ノアはすぐに外に出ません。拙速(せっそく)に行動しません。勝手に憶測しないで、状況を調べます。ノアは、それからなお7日待って、鳩を放ちました。12節。すると、鳩はもう戻って来ませんでした。これで、完全に水が引いたことを知りましたが、箱舟から出ません。なぜでしょう。
思い出してください。ノアは、神が出来上がった箱舟に入りなさいと言われて入りました。7:1。出る時も、神の導きを待っていたのです。神が箱舟の戸を閉じられたのですから、開くまで待っていたのです。神の導きに従うというと、何もしなくていいと考えがちですが、神の導きを待ちながら自分ができることはするのです。神を信頼しないで走り回ることでもなく、何もしないことでもなく、神の導きに従順に待って、緻密に考えて行動するという信仰の姿です。私たちも、こうありたいと願います。
ノアの信仰は、従順と忍耐でした。ノアが箱舟に入ってから出るまで、それが求められました。従順と忍耐は神の民が人生を生きる最も重要な方法です。洪水が始まる7日前に箱舟に入るように言われました。7:4,7。7日後に雨が降り始めました。7:10。40日間雨が降りました。7:12。水は150日間地表に増え続けました。7:24。そして、水はその150日の終わりに減り始めました。3節。40日後に窓を開けて烏を放しました。6〜7節。烏の後に鳩を放して7日後に、再び鳩を放しました。8〜10節。さらに7日後に鳩を放しました。12節。7章では7-7-40-150日と続き、8章では150-40-7-7日と続いています。だから、記録されたのでしょう。偶然ではありません。神の導きはかくも確かなのです。ですから、ノアは、その間導かれることを信じて忍耐し、従順になって行動したのです。
私たちの信仰は整えられ、私たちの考えは改められなければなりません。いつ起こるか分からない不確かではなく、実は、神の導きは正確でご計画通りなのです。私たちは混沌とした不確実な社会に生きていますが、私たちを救い、私たちの人生を導いてくださる神は、かくも確かなのです。この神に信頼して、御言葉に従順になって、平安と恵みの人生を生きたいと願います。エレミヤ29:11。
創世記8:1 神は、ノアと、彼とともに箱舟の中にいた、すべての獣およびすべての家畜を覚えておられた。神は地の上に風を吹き渡らせた。すると水は引き始めた。
8:2 大水の源と天の水門が閉ざされ、天からの大雨がとどめられた。
8:3 水は、しだいに地の上から引いていった。水は百五十日の終わりに減り始めた。
8:4 箱舟は、第七の月の十七日に、アララテの山の上にとどまった。
8:5 水は第十の月まで、ますます減り続け、第十の月の一日に、山々の頂が現れた。
8:6 四十日の終わりになって、ノアは自分の造った箱舟の窓を開き、
8:7 烏を放った。するとそれは、水が地の上から乾くまで、出たり戻ったりした。
8:8 またノアは、水が地の面から引いたかどうかを見ようと、鳩を彼のもとから放った。
8:9 鳩は、その足を休める場所を見つけられなかったので、箱舟の彼のもとに帰って来た。水が全地の面にあったからである。彼は手を差し伸ばして鳩を捕らえ、自分のいるところに入れた。
8:10 それからさらに七日待って、再び鳩を箱舟から放った。
8:11 鳩は夕方になって、彼のもとに帰って来た。すると見よ。取ったばかりのオリーブの若葉がそのくちばしにあるではないか。それで、ノアは水が地から引いたのを知った。
8:12 それからなお、七日待って、彼は鳩を放った。鳩はもう彼のところに戻って来なかった。
エレミヤ29:11 わたし自身、あなたがたのために立てている計画をよく知っている。──主のことば──。それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。
伝道者3:11 神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠を与えられた。しかし人は、神が行われるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。
7:4 あと七日たつと、わたしは、地の上に四十日四十夜、雨を降らせ、わたしが造ったすべての生けるものを地の面から消し去る。」
7:7 ノアは息子たちや自分の妻、それに息子たちの妻とともに、大洪水の大水を避けるために箱舟に入った。
7:10 七日たつと、大洪水の大水が地の上に生じた。
7:12 大雨は四十日四十夜、地の上に降り続いた。
7:17 大洪水は、四十日間、地の上にあった。水かさが増して箱舟を押し上げたので、それは地から浮かび上がった。
7:24 水は百五十日間、地の上に増し続けた。
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