2026年2月8日「ケファと呼ばれます」  ヨハネの福音書1:35〜42

序−本日の箇所には、その日が安息日であったとは明確に書かれていません。しかし、ヨハネの福音書2章のカナの婚礼の出来事とのつながりを思い合わせると、この「翌日」(35節)は安息日に当たると考えることができます。ユダヤ人は多くの場合、水曜日に婚礼を行います。その前提で日を数えると、35節の「翌日」は安息日になるのです。安息日に、バプテスマのヨハネは二人の弟子と共に静かに一日を過ごしていたのでしょう。ちょうどそのとき、二日前に自分から洗礼を受けられたイエス様が、歩いて行かれる姿が見えました。
するとヨハネは、二人の弟子にこう言います。「見よ、神の子羊」(36節)言い換えるなら、「ヨハネよ、アンドレよ。君たちが探している答えは、私ではない。あの方だ。早く行きなさい」ということです。二人の弟子は、その言葉を聞くと、未練なくバプテスマのヨハネのもとを離れました。情に引かれて迷っている時間などありませんでした。それほど重大な決断を迫られる瞬間だったからです。彼らは振り返ることもなく、イエス様の後を追いました。その後のことを、本文37節はこう伝えます。"二人の弟子は、彼がそう言うのを聞いて、イエスについて行った。"(37節)これは「その日だけ一度ついて行ってみた」という軽い意味ではありません。原語のニュアンスは、イエスについて行くの文脈で用いられているキリシア語(「アコルーセオー」)には、継続して従い、付き従って仕える、というニュアンスが含まれています。つまり、バプテスマのヨハネの弟子であった二人は、この日を境に、イエスの弟子となったのです。40節は、その二人のうち一人がアンドレであったことを明かしています。もう一人は名が記されていませんが、多くの学者は、ヨハネの福音書を書いた使徒ヨハネであろうと推測します。名を書かなくとも、当時の人々は誰を指しているか分かったからだ、というのです。アンドレと(おそらく)ヨハネは、後に十二弟子に数えられる人物です。しかし最初からイエス様の弟子だったわけではありません。もともとバプテスマのヨハネの弟子だった彼らが、自分の師を離れ、イエス様について行ったのです。人は誰でも偉大な師の弟子になれるわけではありません。弟子は師の分身のような存在です。バプテスマのヨハネが二人の弟子を育てるために、どれほどの努力と愛と、心を注いだことでしょう。ところがその弟子たちが、ある日突然、自分を離れて、新しく現れた「イエス」という方に従い始めたのです。人間的には、裏切られたような痛みを覚えても不思議ではありません。考えれば考えるほど、不愉快に思ってもおかしくない状況です。しかしバプテスマのヨハネは、去って行った二人の弟子を一度も責めませんでした。むしろ、二日にわたって弟子たちの前で「イエス様こそ神の小羊であり、自分はその方の履き物のひもを解くことさえふさわしくない者だ」ということをはっきり示し、弟子たちが自分ではなく主に従うよう、積極的に背中を押したのです。
このバプテスマのヨハネの姿勢は、私たちに大切なことを教えています。真の教会、真の主の人とは、自分のそばにいる人を、いつでも主のもとへ送り出せる人だということです。

T 「見よ、神の小羊」― 人を主のもとへ“送り出す”信仰
イエス様は、自分について来た二人の弟子を見てこう言われました。
「あなたがたは何を求めているのですか。」(38節)これは挨拶ではありません。「何のために私を探しているのか」「どんな目的でついて来たのか」という問いです。イエス様はヨハネとアンドレをよくご存じで、なぜついて来るのかもご存じでした。それでも問われたのは、彼らにもう一度“目的”を確かめさせるためです。「あなたがたは、なぜ私を探すのか。社会をひっくり返す革命のためか。権力のためか。パンのためか。もしそうなら、あなたがたは帰るべきだ。私はそういう者ではない。よく考えた上でついて来なさい。」この問いは、主を求めるすべての人に向けられています。私たちは自分に問い直さなければなりません。私はなぜイエス様を信じるのか。なぜ教会へ行くのか。多くの人々は「パンのため」「しるしのため」「刺激のため」に主を追い、やがて関心が薄れると去って行きました。誤った目的で主に従う人は、結局離れてしまうのです。ですから私たちは繰り返し問うべきです。「私はなぜ主に従っているのか」と。

U 「来て、見なさい」― 従う中で分かる恵み
イエス様のこの問いに、二人はかなり戸惑ったのでしょう。思いがけない問いだったからです。彼らはこう答えました。(38節)「何を求めているのか」と問われているのに、「どこに住んでいるのか」と尋ねる。少しちぐはぐに聞こえます。けれども、おそらく彼らの心はこうだったのでしょう。「主よ、どこにおられるか教えてください。静かな時に、時間を整えてお会いしたいのです。」しかし主は、固定した住まいをお持ちではありませんでした。公の働きを始めた時から、主には“自分の家”がなかったのです。ですから場所を説明すること自体が困難でした。主は彼らの心を見抜いて、こう言われました。「来なさい。そうすれば分かります。」(39節)極めて重要な御言葉です。「来てみなさい。従ってみなさい。そうすれば分かる」という招きです。二人は主について行きました。その時刻は第十時頃だったようです(39節)。
ユダヤの時刻の数え方では、第十時は、私たちの時間で言えば午後4時頃に当たります。日が傾き、夕暮れが近づく時間帯でしたが、それでも二人の弟子は、イエスの後について行きました。そしてその夜が更けるまで、彼らは主と共に時を過ごしたのでしょう。その日、主の言葉を聞き続けるうちに 彼らの目は開かれ始めました。自分たちを招かれたイエス様のうちに、神の栄光を見たからです。この方こそ、待ち望んでいたメシア、神の子であると確信したのです。どれほど胸が燃えたことでしょう。ルカの福音書にあるエマオ途上の二人が語ったあの経験に似ています。(ルカ24:32)感動があまりに鮮烈で、ヨハネは「第十時頃だった」という時刻まで、何十年経っても覚えていたのかもしれません。主に出会い、心に迎えた人は、その日その時のことを忘れられないのです。その日、二人の弟子が非常に大きな感動を受けたことは、疑う余地がありません。その意味で、「来なさい。そうすれば分かる」というイエス様の御言葉は、まさに真理でした。二人はイエスに従い、イエスに出会い、その御言葉を聞く中で、次第に目が開かれていきました。
そして、開かれたその目を通して、神の栄光の光が自分たちの内に差し込んでくるのを、実際に体験したのです。そして二人は、朝になるや否や走り出します。アンドレは自分の兄弟シモンのもとへ行って叫びました。(41節)メシアとは救い主のことです。アンドレの関心はただ一つ、救い主イエス・キリストでした。もし教会が持つべき究極の関心があるなら、まさにここです。イエス・キリストの救い、キリストによる救い、キリストにある救い、これこそ教会がこの地に存在する理由であり、動機であり、目的です。

V.「シモン」から「ケファ」へ― “聞く”だけで終わらない信仰
アンドレが兄弟シモンを主のもとへ連れて来たとき、本文はこう語ります。イエスはシモンを見つめ、(42節)両親が付けた名を変えることは、決して軽いことではありません。普通なら、他人が口出ししてよい領域ではありません。それでも主は、本人の意向を超えて、新しい名を与えられました。そこには深い意味があります。シモンという名は「聞く」という意味です。しかし主が与えられた「ケファ/ペテロ」は「岩」「石」を意味します。主は「聞く者」を「岩」と呼ばれたのです。これは、真の教会・真のクリスチャンは、“聞く”だけで終わってはならず、聞いたとおりにこの世で“岩”として生きよという主の招きです。
私たちもまた、「聞く者」で終わるのではなく、「岩」とされる者として招かれています。主の「来なさい。そうすれば分かる」という招きに応え、御言葉のうちにとどまり、家庭と職場で、真理の岩として立つ者となりましょう。



ヨハネ1:35〜42
35その翌日、ヨハネは再び二人の弟子とともに立っていた。
36そしてイエスが歩いて行かれるのを見て、「見よ、神の子羊」と言った。
37二人の弟子は、彼がそう言うのを聞いて、イエスについて行った。
38イエスは振り向いて、彼らがついて来るのを見て言われた。「あなたがたは何を求めているのですか。」彼らは言った。「ラビ(訳すと、先生)、どこにお泊まりですか。」
39イエスは彼らに言われた。「来なさい。そうすれば分かります。」そこで、彼らはついて行って、イエスが泊まっておられるところを見た。そしてその日、イエスのもとにとどまった。時はおよそ第十の時であった。
40ヨハネから聞いてイエスについて行った二人のうちの一人は、シモン・ペテロの兄弟アンデレであった。
41彼はまず自分の兄弟シモンを見つけて、「私たちはメシア(訳すと、キリスト)に会った」と言った。
42彼はシモンをイエスのもとに連れて来た。イエスはシモンを見つめて言われた。「あなたはヨハネの子シモンです。あなたはケファ(言い換えれば、ペテロ)と呼ばれます。」

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